表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バーンドアウトヒーローズ  作者: big bear
第一部 リスタート・アンド・リザレクション
7/45

NO.07  リマインド・メモリー

 高度一万フィートから見下ろす地上はひどく霞んでまるで現実ではないかのようだ。見渡す空は一面の蒼、中天に輝く太陽は分け隔てなく全てを照らし、雲ひとつ無く晴れ渡っている。開け放たれた後部ハッチから吹き込んでくる風はコートをはためかせ、エンジン音さえもかき消していた。マイナス四十度、文字通り凍てつく寒さも機械の体では何も感じない。


 胸に去来するのは理由も分からぬ寂寥感と心地のいい孤独感。我ながら因果な性分だが、俺は一人でいるのが嫌いではない。完全な孤独ではなく、自ら選んだ中途半端な孤独は中途半端な俺にはお似合いなのかもしれない。


「……時間か」 


 地上を眺めていると、ポケットの端末がブザーを鳴らす。時刻は十二時一分前、作戦時間直前だ。


 もうやると決めておいて今更だが、タイミングを合わせて降下して登場というのはやはりどうかと思う。誰の趣味かは知らないが、正直ついていけない。しかし、是非も無い。どれだけ上手くやれるかはわからないがやってみるだけやるしかない。


 遥か遠くの地上では既に記念式典が始まっている。回線を切り替えれば、下の中継映像を見ることもできるだろうが、正直言ってそんな気分にはならない。


 人類戦役終戦五周年式典。あれから五年経った、滅びが身近にあった日々は記憶になり、安定した平和と秩序が日常になっていく。俺だけをあの日に取り残したまま世界は絶え間なく変わっている。


 だがまだ必要とされている。だから行かなければならない。それだけのことだ。


「――いくか」


 一歩前へ、落下へと歩を進める。眼下の風景へと舞い戻るためにも、成すべき事を成すために一歩ごとに思考を切り替えていかなければならない。


 雪那の映像記録、道中繰り返し見たそれを脳内で反芻する。十分程度の短い戦闘だが、得られたものは多い。敵のカラクリも大体は掴めた。もし初見であったならあれに対応できる奴はいないだろう。しかし、その特異性ゆえに脆い、そこに俺の勝機はある。


 そこまで考えたところで一つの気掛かりが残る。奴らが撤退しなければ、雪那だけでなく救援部隊も含めて全滅していた。だが奴らは退いた、おそらくは情報を隠したかったのだろうが、それにしては中途半端に過ぎる。どうしてもやつらの意図に確信が持てない。拭い切れない違和感と不信感が足を鈍らせる。


 気付けばもう後一歩、踏み出してしまえばもう落ちていくだけだ。不意に眼下の景色がひどく迫って見えた。足元からぐらつくような錯覚と胸に湧き起こるような圧迫感、この五年間常に付きまとってきた暗く重い感覚がここ一番で戻ってきた。我ながら情けないが、ここまで来てまだ俺は引きずっているらしい。


 振り切るように前方へと視線を向ける。思考と体を切り離し、後一歩を踏み出そうとする。この動作もまた五年間、常に行ってきたことだ。


「――01!」


 飛び降りようとしたその瞬間、緊急回線で通信が入った。声色からして只ならぬ様子が伺える。悠長に話している場面ではない。何があったかなど明白、襲撃だ。



◇   ◇   ◇    ◇   ◇   ◇   ◇  ◇   ◇   ◇   ◇



 自由落下に身を任せ、ひたすら加速していく。周囲の景色が残像を残して流れていき、凄まじい速度で地上が近づいてくる。渦巻く風を受けながら、体勢を整え、さらに下へと加速する。


 眼下では火の手が上がっている。インカムからは絶え間なく怒号と指示が飛び続けている。地上は混乱の極みだ。通信から伺える情報はどれも錯綜しており、真偽が定まらない。とにかくは分かっているのは異相空間の展開を妨害されているということと、例の連中以外にも未確認のドローンが複数体現れたということだけだ。


 滝原からの指示も二つ、一つは速やかな敵の掃討、もう一つは避難誘導の援護だ。事前の計画のおかげで要人連中に被害はないが、一般客の避難に障害がでているらしい。


 避難誘導の重要性は身にしみて理解している。敵を倒し、人々を護衛するだけでなく、彼らのパニックを収束させ、できうる限り早く正確に誘導しなければならない。ただ戦う以上に壮絶な戦場だ。さらに、下の連中は閉鎖空間を展開していない状況での戦闘は初体験だ。避難誘導になれていない上に、これが初陣な連中も少なくない。下手をすれば、あの夢の二の舞にもなりかねない。


 地上まで三百メートルをきった。地上で上がる火の手がハッキリと見えてくる。数箇所で爆炎があがり、センサーの反応と前後して戦闘の光が現れては消えていく。暴れている五メートル級の大型ドローンも目に入ってきた、大した数ではないが飛行型もいる。反応の数は百前後、大した数ではない上に、敵の編成は定石どおり。だが、一体一体が中々に高性能だ。H.E.R.Oなら負けはしないだろうが、数で攻められれば厳しいだろう。


 状況は悪い、最悪といってもいい。だからこそ、俺がいる。


 胸の永久炉心に火を入れる。血液に熱がこもり、皮膚の上には無数の黒いラインが浮かび上がる。炉心から供給された無尽蔵のエネルギーが各器官の起動を促す。筋肉、骨格、血液、内臓、脳、その全てに熱が満ちた瞬間、変換機が作動する。溢れ出した余剰エネルギーの光が俺を包む。目くらましと戦意高揚を目的としたものらしいが、俺には細かいことはわからん。だが、この光が俺に戦う力をくれるのだ、今も昔も変わらずに。


 一瞬のうちに、俺の体は人から兵器のそれへと創り還られる。白銀に輝く生体装甲バイオネティックアーマー、漆黒のエナジーライン、緑色の双眸、そして真紅のマフラー。取り繕った人体ではなく、本来の兵器の体と精神へ還る。


 もはや地上は目と鼻の先、落ちていく視界の中で目測をつける。左側で暴れている大型が避難経路に近い。戦闘しているのは一人だが、どうにも動きがおかしい。視界をズームしてみるとすぐ近くに複数の人影がある、逃げ遅れたのだろう。納得がいった、遠ざけようとしているのか。


 空中で身を翻し上下を入れかえ、落下地点を調整する。狙いは決まった、後は落ちるだけだ。


 地上まで後数十メートル。各部のバーニヤを一瞬吹かし、落下速度を調整する。速すぎれば巻き込み、遅すぎれば弾かれる。敵の装甲強度と動力炉の位置を考慮して最適の速度へと減速しなければならない。


 激突の寸前、ドローンはこちらに気付いた。だが、遅い、遥かに遅い。


 右の足が敵の胴体に大穴を空ける。落下の勢いを殺したせいで、動力炉まで砕いた感触が無い。しかし、狙い通りだ。


「なっ!?」


 少し遅れて地上から驚きの声が上がる。こちらも狙い通り被害は無いようだ、だが構っている暇は無い。反撃の隙をやるわけにはいかない。


 左足でドローンを蹴り、再び宙へと舞う。AIの処理速度にあわせて動き、視線と攻撃方向をこちらへと誘導する。三つのレーザーカノンの砲塔がこちらを向く。やかましいほどに警告音が鳴り響いている。中ればそれなりのダメージを負いかねない代物だ。


 三つの閃光がほぼ同時に迫ってくる。だが、その刹那のズレが俺の活路だ。


 左側のバーニヤをほんの一瞬僅かに吹かし、体を捻り、極小の隙間に滑り込む。高出力のレーザーが装甲を僅かに焦がす。AIが次の行動へと移るまでの隙、その刹那に敵の間合いのうちへと飛び込んだ。


 再び至近距離へ。狙いは先程の着弾点、砕けた装甲を打ち貫くのみだ。


 交差、今度こそ必殺の感覚。動力炉のみを確実に蹴り砕き、そのまま背中を突きぬけた。その勢いのまま、避難経路の逆側へとドローンの体を倒す。爆発を避けても、残骸に押し潰されましたでは笑い話にもならない。


 轟音と共に巨体が崩れ落ちる。粉塵と瓦礫が舞い瞬間、視界を染め上げた。


 ゆっくりと立ち上がり、周囲を見渡す。周囲に敵の反応はないが、用心しておくに越したことは無い。


 一番反応の多い激戦区はすぐ近くだ。絶え間なく入る通信音声は事態の窮乏を告げている。雪那を襲った連中は確認されていないようだが、それでも状況は最悪だ。


「あ、あの」 


 声に振り返るといつか見たメタリックレッドのパワードスーツがいた、戦闘していたのは彼女だったのか。二戦目で病み上がりにしては動きは悪くなかった、滝原が期待するだけの事はある。熟練すれば優秀なH.E.R.Oになるだろう。


「――状況はわかっているな? 」


「は、はい! 避難誘導にはもう少しかかります!」


 見たところ傷もなし、士気も旺盛だ。この状況でたいしたものだと感心すると同時に頼もしさを感じた。おまけに冷静に自分のするべきことに従事できている。こればかりはいくら訓練をつんでも得がたいものだ。


「わかった。俺は向こうに向かう。ここは任せるぞ」


「りょ、了解しました! ここは任せてください!」


 いちいち素直に反応されるのはどうにも苦手だ。それに彼女の背中越しに無数の視線を感じる。おそらくは俺に気付いたのだろう。奇異と驚愕、好奇心とが入り混じった視線には慣れている。いちいち対応している暇はない。


「――頑張ってくれ」


「は、はい!!」


少し間抜けだが、俺には洒落た言葉は思いつかない。それだけ伝えると、すぐさま転進し、戦場へと駆けてゆく。


 先ほどまで感じていた重石のような迷いはいつの間に消えていた。体は軽く、精神は鋭敏に、四肢に漲る力はそのままに敵を砕く。この感覚だ、五年前と同じこの猛りは決して訓練では得られない。


 猛りは迷いと悲しみを塗りつぶし、余計なものは全て意識の外へと追いやられる。五年間、絶えず付きまとってきた痛みと嘆きを一過性の激情が取り払っている。


 澄んでいる、心も視界もこれまでにないほどに。ふと、ある言葉が思い浮かんだ。かつて、アイツにいわれた言葉だ。


「君は戦うのが楽しくて仕方がないんだよ、僕と同類さ。ああ、とってもうれしいよ」


 あの嫌味たらしく粘つくような口調と、それに似合わぬ清澄で快い声が何度も繰り返えされる。ああ、そうだそのとおりだ、認めよう、お前が正しい。俺はこんなにも戦場ここへと帰りたがっていたのだから。どこかで、あの高笑いが響いた。







どうも、みなさん速さの足りないbig bearです。今回は短めですが、動きは多かったと思います。ただでさえ更新が遅いのに、次の更新はいつになるのかわかりません。本当にごめんなさい。

では、こんなだめ作者と拙い文章ですが、どうかこれからも暖かい目でよろしくお願いします。

誤字脱字報告、ご意見、ご感想、ご質問等ございましたらぜひぜひお書き込みください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ