NO.05 バック・アゲイン
右の拳を振りぬいた。装甲を砕く感触と同時に左のターゲットを蹴り穿つ。返す手刀でもう一体を切り裂き、流れるように眼前の標的を踏み砕く。機関部を貫かれた四つの標的は熱暴走し、そのまま爆発を起こした。生体装甲の表面を灼熱の風が撫ぜる。一撃ごとに体の感覚を確かめる。戦い方は忘れていない、拳の振るい方も、敵の壊し方も忘れてはいない。自転車とおなじだ、どれだけブランクがあろうと始まってしまえば簡単に思い出せる。
爆風に紛れて跳び上がった。追撃してくるレーザーを空中で体をかわす。紙一重だったが、当たらなければどうであろうと大した差がない。むしろ引き寄せれば引き寄せるほどその間合いは生きる。
二十五の視線が一斉にこちらへと向けられた。その瞬間、体を翻し、両足で天井を蹴る。一瞬で最高速まで加速した。圧し掛かるような慣性と空気抵抗を力ずくで捻じ伏せる。音の壁を越え、その運動エネルギーをそのまま地上へと突っ込んでいく。
狙うは一つ、厄介な多脚重装甲型のターゲットだ。超音速のまま、重装甲型の胸部へと真っ直ぐ突っ込んでいく。いかに装甲が厚くとも、超音速の質量弾の衝撃までは防げない。
着弾の一瞬、発生した衝撃波が周囲の小型を吹き飛ばす。重装甲型の五メートルはあろうかという巨体が轟音と共に弾け飛んだ。分厚い装甲を貫通し、中心の動力炉へと攻撃を叩き込む。
行き場をなくしたエネルギーが弾けるよりも早く、次の標的へと跳躍した。浮遊型を蹴散らしながら着地点の中型を粉砕する。飛び散った破片を受けながら、次から次へと拳を振るい、手刀で切り裂き、蹴り砕く。
敵は多い。倒しても倒しても湧いてくる。戦い始めてから一時間、すでに屠った敵は三桁に上る。だがまだまだ余裕がある。いくら数が多くとも囲まれさえしなければ相手にできる。終わりのない運動戦は手慣れたものだ。
背後に気配、大型個体の巨鎚のような拳が頭上から迫ってくる。見え透いた一撃だ。
一歩相手の懐へと下がる。打点をズラしつつ、前方からの射撃を大型の体を盾にして防ぐ。動きを止める事なく、振り下ろされる大型を掴む。重量級の一撃、その勢いを殺さず、背負い投げの要領で大型の巨体を思いっきり叩きつけた。
粉塵と共に砕け千切れたバーツが宙を舞った。巻き込まれ潰された中型たちが爆炎を上げる。
間髪入れず、前後左右、全ての方向から攻撃が飛んでくる。一瞬のうちに敵はその数を戻していた。重装甲型二体 、大型三体、中型と飛行型は数える気にならない。
この物量差、この劣勢こそが俺の本領だ。誰かと背中を合わせて戦った数も多いが、それよりもこうして一人で戦うことのほうが遥かに多かった。まだまだだ、まだいくらでも戦える。
飛び掛ってきた中型三体を一撃で叩き伏せる。両側から突撃してくる大型二体を限界までひきつけ、激突の間際に身をかわす。正面から衝突した二体が砕け、破片と瓦礫が飛び散った。その二体を踏み台に並みいる飛行型を次々はたき落としていく。
重装甲型の大口径エナジーキャノンを空中で避けきる。余波に巻き込まれた飛行型が連鎖反応を起こして誘爆、十体前後は潰せた。
止まることなく動く続けながら、なおもこちらを狙撃する重装甲型に狙いをつける。動きは遅い、敵の連携は乱れている。今が好機だ。
他の敵を巻き込みながら、重装甲型へと迫っていく。十重二十重の敵を踏み越え、重装甲型の足元へと滑り込む。敵が対応するよりも早く、重装甲型の巨体を持ち上げる。人工筋肉と強化骨格が想定以上の重量に軋みをあげた。痛みに構わずそのまま、全力で密集地にむかって投げ飛ばす。超重量の機体が粉塵と瓦礫を巻き上げながら転がっていった。近くにいた中型たちは下敷きになり潰れていく。これで三十、半分にも満たない数だが着実に数は減っている。
まだ足りない、まだ鈍い、まだ弱い。これではまだ、五年前に追いつけない。だから、戦う。敵は多ければ多いほど良い、強ければ強いほど良い。そうでもなければあのときに追いつけない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――少しは加減してほしいわ。いくら訓練用のオートマタとはいえ、金が掛かってるんだから。毎回、二百も、三百も壊されてちゃ火の車よ。ねえ、ちょっと、聞いてるの?」
そうやって怒りながらも、足を止めず、どこか嬉しそうに滝原が話しかけてくる。UAF関東支部の支部長執務室に続く廊下は五年前から変わっていない。明るすぎるくらいの照明も、無機質な白も、窓の位置もだ。目を瞑っても辿りつけるはずだ。そのせいだろうか思索に沈んでいたのは。
怒り狂う雪那に背を向けた俺はそのまま滝原に頼んでUAFの訓練室を貸し切らせてもらっていた。雪那の借りを返すにも、前線に復帰するにしても、どちらにせよ勘を取り戻さなければならない。
訓練室にこもって戦い続けること二時間半。今の訓練の難度がどうなっているのか分からなかったので、とりあえず最高レベルに引き上げた上にわざわざ能力制限と負荷をかけた上で戦っていたのいたのだが、実りは少なかった。三百体をスクラップにして得られたのは少しの疲労感と分かりきった再確認だけだった。仮想戦場と訓練用オートマタじゃどれほど強くとも実戦とは比べ物にならない。
「あ、ああ。すまん」
「昔とは違うのよ?一時期、もうNEOHが出てこないなら組織解体だなんて話まででたんだから。なんとか解体は避けたけど、それでも毎年予算削減しろって通達がひっきりなしよ」
「……そういうもんか」
少し遅れて返事を返す。これから関東支部長に会おうというのに呆けているわけにはいかない。復帰するにも俺と滝原の一存で全てを決められるはずもなく、直接支部長に報告し、上層部に話を通して復帰という事になるらしい。面倒な手続きのほうは滝原のほうで済ませるてくられる、なら俺は直接支部長に挨拶するぐらいの事はしよう。
「……私が言えた義理じゃないけど、無理はしないで。もう充分に戦ってきたわ、貴方も、雪那もね。そのことは私が一番良く知ってる」
足を止めた雪那が搾り出すようにそういった。純粋な心遣いと心配が嬉しい。そして、それを裏切る自分が酷く卑怯な存在に思えた。
「大丈夫だ。明日の一回きりさ、式典の護衛とゲストくらいロートルでも勤まる。それに雪那の代わりぐらいはしないと、立つ瀬がない」
無理に笑顔を浮かべ、任せてくれと強がって見せる。我ながら大根役者だ、自分でもイヤになってくる。
「――そう。私に止める権利はないわ。引き戻した張本人だしね。雪那を宥めるくらいはしてあげる」
それだけいうと滝原はふたたび歩き出した。彼女は、自分を責めているのだろうか、俺を戦いに連れもどしてしまったと。だとすれば、それは間違っている。俺は自分の意思で再び戦うのだから、彼女に責任はない。
「滝原……」
声をかけようとした瞬間、不意に滝原が立ち止まった。いつの間にか執務室の前まで辿り着いていたらしい。
「とにかく、話は私がするから。適当に相槌でも打ってて」
振り返らずにそういうと滝原は失礼しますと声を掛け、扉を開いた。スライド式のドアの中には、様変わりした執務室があった。前支部長同様、無愛想だった部屋は明るく塗り替えられ、間取り以外にはほとんど面影がない。正面に置かれた机の位置もおなじだが、そこにいる人物の印象は部屋同様、以前とま逆だ。
ブランドものとおぼわしきスーツを着こなした、どこか軽薄な印象を受ける若い男。どう見ても二十代後半程度、支部長を任されるにしては若すぎるくらいだ。少なくとも俺には見覚えがない。
「やあ滝原君、おつかれさまです」
印象に違わぬ軽い調子の声。どうにも違和感がぬぐえないのは前任者の印象が強すぎるせいだろう。
「佐渡支部長、ご命令どおりお連れしました。01、こちらが――」
ピシッと敬礼をして、俺を紹介しようとした滝原を抑え、支部長は立ち上がりこちらへと歩み寄ってくる。
「佐渡です、お噂は前任者の高幡さんからかねがね。実際にお会いできて光栄だ」
そういうと支部長は徐に手を差し伸べてくる。
「こちらこそだ、佐渡支部長。だが――」
言いかけたところで俺の言わんとすることに気付いたのか、支部長は手を引っ込めた。説明するのも面倒なので、理解が早いのは正直助かる。
「いやあ、すいません。握手は無し、でしたね」
「普段は大丈夫なんだが・・・・・・すまない」
普通に生活する分には問題ないが、久しぶりに体を動かしたせいか正直手加減できるか自信が無い。昔は箸一つ持つのにも苦労していた事を思い出す。それに握手には良い思い出が無い、できれば避けたいものだ。
「いえいえ、お気になさらずに。さて、早速本題に入りましょう」
「はい、支部長。彼、01には、負傷中の03、風見原雪那特務官に代わり、明日の記念式典への出席と護衛任務を行ってもらおうと考えています。その件について支部長の許可を頂きたく――」
端的かつハッキリと滝原が用件を伝えた。どこか必要以上に態度が硬く不機嫌に見える。まあたしかに、真面目な滝原とこの支部長では相性が悪いだろうことは分かる。
「いいですよ」
支部長は予想外にすぐさま了承した。引退していた人間にいきなり大役を任せるのだから、それなりに揉めると思っていたのだが、どうにもいい加減な感じがする。揉めるよりもいいのだが、どうにも釈然としない。
「は、はあ。では、本部のほうへの連絡は――」
「ええ、こちらでやっておきますよ。相当揉めるでしょうけどね」
どこか人事のような能天気さといい加減さで支部長は答えた。
「では、よろしくお願いします」
これまた不機嫌に滝原が返した。統括官という立場上、滝原は現場の最高責任者にすぎない。現場においては強い権限をもつが、それ以上のことはできない。
「当日の件ですが、警備プランの変更及び増強を行いたいと考えています。03を襲撃した未確認のサイボーグ集団による襲撃も考えられますので、当支部所属のH.E.R.O全員に動員を掛け、なおかつ当初の予定の二倍の通常部隊を運用します」
つらつらと変更案を述べる滝原はとても様になって見えた。五年前、何かあるたびに慌てふためいていた彼女とは大違いだ。傍から見てどちらが支部長かと聞かれれば、滝原のほうだと皆答えるだろう。
現在の保有戦力は分からないが、滝原はおそらくは総動員、総掛かりでことに当たるつもりだろう。それも当然だ、相手は尋常な相手ではない。あの雪那に致命傷を負わせたような連中だ。どれだけの数を用意しても安心できない。
その未確認の奴らの狙いは記念式典だと、滝原は睨んでいた。哨戒任務中の雪那を襲撃したのは当日の警備から排除するためだと。確かに式典会場で横槍が入る中雪那と戦うのはリスクが大きすぎる。そして、雪那のいないUAFの部隊など残念だが連中の相手にはならない。目的が何であるにせよ、連中の作戦はうまくいっている。
だからこそ、俺が復帰することが重要なのだ。俺の存在自体が連中の計画にとっての予想外だ。それに相手が何者であれ、妹をやられて好き放題させるほど俺はお優しくない。
「――当日の出席者は私と君で、挨拶をするのは誰でしたっけ?」
「首相です、首相の式辞のあと支部長の予定ですが、何か問題でも?」
「いえね、どれだけ名演説をしても01復帰のインパクトの陰に隠れるなと思いましてね。首相もお気の毒にねえ」
冗談めかした調子でそういう支部長は終始頷くだけで、滝原の案に全面的に合意していた。やはりいい加減な感じは否めないが、余計な口を挟まれるよりはましだ。
「では当日はこのプランで進めてよろしいですね?」
少しうんざりしたような調子で滝原が最後に確認した。
「ええ、私の名前で発令しておいてください。現場の指揮は滝原君に一任します」
少し意外だった。こういうタイプは責任を負いたがらないタイプだと思っていたが、彼は違うらしい。判断と作戦は下に任せるのに、何かあればその責任は負うというのだから希少にもほどがある。ともすれば理想の上司ともいえるような行動といえる。滝原とは合わないだろうが、悪い上司ではないはずだ。
「まあ、おかげでほっとしました。正直言って肝が冷えましたよ、風見原さんが重症と聞いたときは。でも今は安心してます、あの01と超ベテランの統括官が私を守ってくれるんだから。二人とも頼みますよ?」
どこか嬉しそうに彼はそう言った。明日の式典の如何は俺と滝原に掛かっているといっても過言ではない。
緊張は無い。五年前ではいつもの事だった。俺たちの両肩にはいつだって色んなものが掛かっていたのだから。
「――任せてくれ」
静かにそう一言返した。五年前と同じだ、不利な条件も状況も、過度の期待と希望も背負って戦う。五年間雪那に背負わせてきた重荷を俺が背負う、ただそれだけの話だ。
どうも、みなさん速さの足りないbig bearです。
今回は久しぶりの戦闘シーン、おまけに一人称での描写は超久しぶりなのでおかしなところが多いかも・・・。
では、こんなだめ作者と拙い文章ですが、どうかこれからも暖かい目でよろしくお願いします。
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