NO.045 ジ・アウトブレイク
空っぽの威厳に彩られたその場所がどうにも俺は苦手だった。威圧するように大きなその建物も、物々しく飾り立てられた門も、誇らしげに掲げられたお題目も、とうとう好きにはなれなかった。そのどれもが中身のないものに俺には見えたし、なによりもあまりに装飾過多で趣味が悪い。
中身の存在しない自分たちを覆い隠すための虚飾、この場所から受けた第一印象は確かそうだったはず。っそして、その第一印象は何も間違ってはいなかった。
一、我等はいかな国家、既得権益に属さず、ただ人類全体の奉仕するものなり
わざわざ門に刻まれたその最初の理念は、ここではどこまでいっても言葉でしかない。どんな理想も時を経れば地に落ちる、それが世の理、それは俺にもわかっている。
だが、この場所は、最初から地に落ちていた。理想を高らかに語る誉れ高い場所ではなく、俗世の縮図としてこのUAF本部施設は造り上げられたのだ。図らずして人々の心の拠り所は、人間はどこまでいっても人間でしかないということの証左となった。権謀術数が蠢く魑魅魍魎の蟲毒の場、それがこの場所の正体だ。
ふいに、ある疑問に突き当たる。一体この場所の何が、憎み蔑んできた敵と違うのだろうかと。その疑問がどうにも頭から離れない。
「なにボウっとしてんだよ。早く行こうぜ」
「――ああ、そうだな」
どこか不機嫌なエドガーの声が恨み節を中断した。ウジウジここで考えていても始まらない。どれほど辟易していても、ここで逃げ出すわけにはいかないのだから、仕方がない。
「それにしても悪かったな、エドガー。休暇中だったんだろ?」
「あ? そうだ、絶賛家族サービス中だったよ。その最中に休日返上で緊急出勤だ、おかげでクレアにも睨まれるし、娘の泣き顔をみる羽目になっちまった。特別手当じゃ割りにあわねえぞ、まったく」
でも、パパ行かないでと泣きつかれるのは中々悪くないなどのたまうエドガーを尻目に本部施設に繋がる階段を昇っていく。
奥さんのクレアとあったことのない娘さんには悪いが、こっちにエドガーがいてくれて助かった。俺には本部に何のコネはない、誰かに当たりをつけるどころかむしろ腫れ物扱いされるのが関の山。滝原は本部では嫌われているし、そもそも雪那やライアンは本部の連中とはあまり係わり合いがない。その点、数年前まで本部で訓練教官を務めていたエドガーは本部内でも顔が利く。これからやろうとしている事を考えれば本部内の協力者は不可欠、エドガーがいなければそもそもこの策をとることはできなかった。
「審問会は大会議室だったはずだ。まあ、案内が付くから、迷うことはねえだろ。じゃあ、あとでな」
「わかった。ライアン、エドガーと上手くやってくれ」
「了解です、隊長。そちらもお気をつけて」
背後に控えているライアンに声を掛けつつ、大仰な門を潜る。ここから先は俺独りで行かなければならない。ライアンとエドガーは簡易なセキリティチェックですむが、俺はそういうわけにはいかない。変換防止の処置とその他諸々の制限をつけてからしか、施設の中には入れない。
だから、別の艦艇で護送してきた捕虜に関する根回しについては二人に任せる。俺の役目は、上で手薬煉引いて待っているであろう老人たちの嫌ごとを聞き流すこと。今回の審問会に嫌がらせ以上の思惑があるにせよないにせよ、それを逆手に取らなければならない。
まずは『棺桶』に行ったときと同じ腕輪を嵌める。続いて、厳重なスキャナーを通り、体内を探られる不愉快な感触をかみ締める。そんな作業を小一時間続け、数箇所に発信機やら制御装置を取り付けられてから、ようやく本部へと足を踏み入れることができた。
この扱いで英雄とは中々に笑えるが、これに限っては連中の行動も理解できないわけでもない。仮に俺がここで本気で暴れるようなことがあれば、全世界のUAFの支部の首脳部は一瞬で停止する。それを考えれば、病的な警戒心の強さも納得できないわけじゃない。それに、なによりも身内を疑っているというのはまさしくそれらしい。
「お待ちしておりました、エージェント・ファースト。委員会の皆様がお待ちです」
「ご苦労。案内してくれ」
人払いのされたフロアでは案内役と思わしき人物が一人で待ち受けていた。黒色の制服は彼が通常部隊所属ではなく、本部直属の特務部隊の所属である事を示している。逆に言えばそれ以上の情報を彼からは一切読み取れない。貼り付けたような鉄面皮は俺よりもよほど機械として完成されている。
鉄面皮の彼の案内で、本部の中を進んでいく。内部の様子は俺の記憶と多少の差異はあるもののそう変わりはない、強いて違うとすれば今日は昼も夜もなく働いていたせわしない職員たちが一人も見当たらないことだろうか。それも今日が特別、俺の審問貝と言うことで特別に厳戒態勢がしかれているからだろう。
外観と同じく中身も以前と変わりない。ここはやはりそういう場所なのだ。
長く退屈な通路を歩き、エレベーターで五階まで上がる。緊張はない、実際の戦闘に比べれば審問貝程度は物の数ではない。得意ではないが慣れてはいる。審問会というのは如何にボロを出さないかと言う我慢比べようなもの。それはまだ俺の領分だ。
「――正面の扉が大会議室です。すでに皆様お待ちですので、即後入室を」
「案内ご苦労。言われずともそうさせてもらう」
ほんの数秒で、エレベーターは五階まで辿り着いた。息つく暇もないというのはこのことだろう。だが、準備はできている。この程度一々怖気づくほどほどやわな神経はしていない。
尻で椅子を磨く連中に目に物見せるとしよう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――それで? 例の男は逃したということでよろしいか? それも一個大隊規模の戦力を投入し、一平残らず討ち取られたと?」
「あ、あはは、そういうことになりますね」
怒気を含んだリヒターの言葉を、ヘカテは笑って誤魔化した。地上に写された白い花園は移ろうことなく妖精郷の輝きを宿している。その場所には相も変わらず、現実味の無い笑みを浮かべてた女神とその従者のみが姿を現していた。残る執行者の姿はどこにも見えずただ声だけが虚空に響いている。
死神を捕縛するために投入した戦力は、量産型サイボーグとAI兵器の混成大隊。五年前、彼らの力の最盛期ならばいざ知らず、いまは大隊規模の戦力の損失という痛手はかなり大きい。その損失を埋めるには、かなりの時間と労力が必要になる。それは即ち、回りまわって計画そのものの遅延にもつながりかねない。
この結果を成功と呼ぶのは些か無理がある。リヒターの怒りも当然のものといえるだろう。
「貴方も分かっていると思うが、傀儡どもを含めて我々には無駄に戦力を消費するゆとりは存在していない。それをこうも使い捨てにされては――――」
「リヒター、そこまで。あれを捕らえるのは最優先事項。そもそもあれを捕らえないと計画が進まないんだから、ヘカテの判断は間違ってない」
なおも続く追求に従者が割り込んだ。リヒターの言葉も全くの道理ではあるが、従者の言葉も道理が通っている。あの死神を捕らえることは”組織”にとっては最優先事項の一つ、そこに戦力を出し惜しむのは愚策といえる。結果は伴わなかったものの、件の死神の追撃と捕縛に大隊規模の戦力を投入した判断は決して間違っていなかった。
「――む、それは貴公の言う通りではあるが……しかし、物には限度と言うものがある。戦力の逐次投入を行うくらいならすぐに私に連絡すべきだった」
「それはたしかにそう。でも過ぎたこと、今はこうして貴方に報告している。奴の居場所はつかんでる、直ぐに動ける?」
「もう既に向かっている。こちらの工作は彼らに一任した、問題はあるまい」
ヘカテの意見を聞くこともなく、従者とリヒターは話をつないでいく。次善の策は既に動き始めている。多少の予定外はあったものの、未だに彼らの掌から事態は逸していない。
「――強いて懸案事項があるとすれば、あの羽虫のことであろうな」
「うん、べらべら喋られるのは少し困る。どうするヘカテ?」
「えー、面倒ですね。放ってちゃ駄目なんですか? 彼、大した事は知りませんよ?」
ようやく水を向けられたヘカテは心底うんざりとした口調でそう答えた。あの研究施設の所長の裏切りは計算外の出来事ではあった、彼は本来ならば香港の研究施設で死んでいるべきだったのだ。彼が生き残るという結末は”組織”の筋書きには存在しない可能性だった。
だが言葉の通り、UAFに捕らえられたあの男には重要な情報は伝えられていない。所詮は羽虫に過ぎない、巨象を殺すにはあまりにも戦力不足だ。しかし――。
「蟻の一穴を侮ることはできない。五年前に犯した愚を二度も冒すわけにはいくまい。僅かな可能性でも詰んでおくべきだ」
「――仰ることはわかりますけど、もう本部に連行されてますし……直接、彼に手を下させてしまうわけには行きませんし。彼の正体を明かすタイミングにしてはあまりにもつまらない」
「ふむ、確かに面倒ではある。しかし、見逃すのはあまりに不用意であろう」
「でも、割に合わない。どんな手を使うにしても、それは確か」
いかな彼らとて、UAFの本部を強襲する余裕は今はない。腐敗はしていても本部は本部、世界最高クラスの戦力が控えている。正面切ってその戦力と正面からぶつかるのはまだその時期ではない。さらに、その世界最高の戦力の控える場所に、今はまさしく最強の戦士達が加わっている
かといって、伏せている切り札を切るタイミングでもない。切り札とはその効果が最大となる瞬間にこそ明かすべきもの。このタイミングで期待できる効果は最大とはいえない、故にまだ使えない。王道での勝負も、切り札を用いた奇襲も、今回に限っては選択肢として取れない。これでは両腕を潰されたようなものだ、羽虫を叩き潰そうにも叩き潰す手段がないのでは意味がない。
だが、まだ万策が尽きたわけではない。
「――失礼、お取り込み中でしたかな?」
少しの沈黙を軽快な声が破った。失礼と口にしながら、その口調には少しも悪びれたところはなく、堂々としている。まるで図ったかのような瞬間での闖入だった。
「――貴公か」
「はい、私めにございます。リヒター様、どうかこの場に同席いたすことお許し願いたい」
「差し許す。貴公は今が機会と見るか。それに、ここに到るのは少々遅きに逸したほど。今更止めはせぬ」
「感謝いたします:
突然の第三者の闖入にも彼らに驚いた様子はない。何故と問うこともない、この場に立ち入る資格を持つものは極限られている。ここへ立ち入ることができるということは即ち、総帥より直接立ち入る事を許された存在だけだ。
故に驚きはない。ここを訪れる存在は全て彼等にとっては見知った相手に他ならないのだから。
「では、まずはご挨拶から。総帥代行閣下に従者殿、お初にお目にかかり光栄の至りでございます。私は――」
「存じておりますわ、名無き方。総帥閣下も貴方には期待しておられましたよ」
慇懃無礼を体現したような的外れの挨拶にヘカテは気分良く答えた。見知っていても、彼と直接会うのは彼女にとっては初めてのこと。どんなときであれ客を歓待するのは淑女として当然のたしなみだ。
「そはまさしく望外の喜び。なれば、その期待に応えずして、なにが臣でしょうか」
「へえ、じゃあ、ようやく仕事するの? 丁度いいかもね、前のときはまるで役に立たなかったみたいだし」
「これは、耳に痛いお言葉を頂いた。従者殿、さればこそ、我らもこうして馳せ参じた次第。どうか、我らに機会を頂きたい」
芝居がかった声。内から湧き出でる生の感情ではなく、まるで何かを模るような印象を抱かせる声だった。超全的なものを感じさせるヘカテの声とは逆に、人間に近いからこその不気味さが姿無きその声にはあった。
「――御許を騒がす羽虫の始末、どうか、この名なき我らにお任せくだされ。必ずやご期待に沿いましょうや」
ようやくここにいたって彼は本題を口にした。元よりこの場に現われたのはそれが目的だったのだ。もう前置きは必要ない。すでに、幾星霜を待ち続けた。
どんな存在であれ、生まれ落ちた以上はその存在意義を果たすことを望む。今このときこそが、彼等にとってその時だった。だが、満願を成就せんとするその熱意さえも模ったものに過ぎない。彼らはどこまでいっても、名を持つことすらできないのだから。
どうも、みなさん、big bearです。引き篭もるっていったな? あれは嘘だっというわけではないですが、書いちゃったので上げます。仕方がないね
では、こんなだめ作者と拙い文章ですが、どうかこれからも暖かい目でよろしくお願いします。
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