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バーンドアウトヒーローズ  作者: big bear
第二部 ジエンド・イズ・ナイ
44/45

NO.044 スリーピング・プライド

 夢を見ない眠り、安らかで静かな深いまどろみの底からゆっくりと引き上げられた。羽毛のように重さを感じなかった身体が現実の重さを取り戻し、消えていた手足の感覚をゆっくりと知覚していく。いつまでも心地のいいまどろみに沈んでいるわけにはいかない、いい加減、目覚めるときだ。


 瞼を開くと、景色が霞んでいた。まだ意識が起き切っていないのか、何もかもが鈍く、まだ夢見心地で、目覚めからは遥かに遠い。どうにも自分の暢気さに腹が立つ。


「―――ッ」


 身体を起こそうとすると、全身に鈍い痛みが走った。すぐさま、再起動したシステムが身体の状態を知らせてくる。全身各部に隈なく軽度のダメージ、筋繊維の寸断は数十箇所、エナジーラインの大半が熱で焼け付いている。


 無事な箇所は少ないが、ダメージそのものは軽い。しかも全て治りかけだ、俺の自己修復の性能は平均以下、どれほどの間眠っていたのかは分からないが、少なくとも二三日ではないだろう。とにかく状況を確認せねば……。


「……なんだ?」


 身体の感覚が大分戻ってきたところで、後頭部に感じるそれに気付いた。後頭部に感じる感触は、枕よりも暖かく、柔らかく、心地がいい。今までに感じたことのないほどに安らかで、また瞼を閉じてしまいたくなる誘惑は抗いがたい。天国の寝具があったとしたら、こんな感じなのだろうか。だとしたら、身を任せるのは悪くはない。


 だが、まだそうはできない、安易な安らぎに縋る自由はとうに捨てた。今はとにかく、起き上がらねば――。


「――ん、くすぐったいよ、01」


 頭上から聞こえてきたのは艶やかな声、背筋にゾクリとした快感を覚えるほどに色気のある声だ。楽園(ヴァルハラ)で戦士を迎える女神の歌声が実在するとしたらこんな声だろう。この声で詩に謳われるのなら、そんな最期も悪くはないのかもしれない。


 そこまで考えたところで傍と記憶が蘇った。


「――は?」


 ――いや、待て、この声には聞き覚えがある、というか、この声の主は先程まで連想していた天使とか女神とかからは全く逆の存在、サーペントだ、間違いない、鈍った頭でもそのくらいのことは分かる。


「なっ!? どうなって……」


「おっと、ごめんごめん、運動神経の接続を切ってたのを忘れてたよ」


 驚いて飛び退こうとして、本当の身体の異常に気付いた。痛み以前に体がピクリとも動かない。鈍いわけだ、脳と身体が寸断されている以上、動かそうにも動かせない。感覚はあるのに動かせないなんて、まるで白昼夢だ。気分が悪いのを通り越して、不快感で頭が焼けそうになる。


「…………ここは極東支部だろ? どうしてお前がここに――」


「? 君がここにいるんだから、僕がここにいるのは当たり前だろ?」


 何かおかしいかい、などと首を傾げるサーペント。おかしいのは何かではなく全てだ、お前が極東支部(ここ)にいることも、俺の病室にいることも、そして、俺がお前に膝枕されている状況も何もかもがおかしい。一々指摘するのも馬鹿馬鹿しいほどこの状況は全てがおかしいのだ。夢と現実を間違うほど耄碌はしてないつもりだが、もしかしたらまだ夢の中と言う可能性も捨てがたい、厳格と言う可能性もあるが、確かめようにも体が動かない。されるがまま、まな板の上の鯉、もしくは、蛇に睨まれたカエルそのもの、今の状況じゃ抵抗すらもできはしない。


「いや、そういうことじゃなく……」


「ああ、あの場に僕も居たんだよ。あの香港の研究所に近くに僕も来ていてね」


 あの場にこいつがいた? いや、確かにいた、その時は気付くこともできなかったが、確かにあの時こいつは視界に入っていた。そして、その近くに、確か……。


「――!」


「とにかくおきてくれて助かったよ。もう体の火照りを抑えておくのも限界だったんだ。僕としても、最初は無理やりよりも合意の上でのほうがいいからね。――ああ、でも」


 動かない顔を無理やり向かい合わされる。蠱惑的な金色(ヒトミ)が俺を覗き込んだ、たったそれだけのことなのに二の句が継げなくなった。まるで陸地でおぼれる魚のように、発すべき言葉を捜すことしかできない。


「こうして君が目覚めたなら、すこし乱暴にスルのも悪くない。もちろん君が、僕を望むなら、だけどね」


 動けない頬を白魚のような指が撫でる。なにが無理やりはしないだ、脳も感情もグジャグジャに犯しておいて、今更無理やりもクソもないだろう。だが、真に腹が立つのが、そこまで分かっていながら抗えない自分の不甲斐なさだ。どうしようもないではなく、どうもできない、それがこいつの誘惑の真の恐ろしさだ。


「――沈黙は肯定と受け取るよ」


 金色のヒトミが近づいてくる。艶やかに濡れた唇、瑞々しい頬、美しいという概念が形を成したような美貌が視界を占有する。溶かされた脳が僅かに抗えと警鐘を鳴らす、そんな断末魔を本能は容易く凌駕する。人間の根本的な欲求は、この機械の体にも残されている。今はそれがどうしようもなく恨めしい、俺が本来の兵器として、感情も欲求ももっていなければ、こんなことにはならなかった。いや、そもそも思い悩むことすらなかったのに……


「――兄さんから」


 再び蕩けた意識の向こうで聞きなれた声が響いた。ぼんやりと、今日はまた随分と機嫌が悪いな、などと暢気な感想が過ぎる。


「離れろ!!」


 現実に引き戻す、怒号のような声、続いて鳴り響いたのはおよそ人体が接触したとは思えぬ衝突音。誰が着たかは見なくても分かる。このまま悪魔の膝に身を委ね、再び意識を手放したくなる。それは、事態を悪化させるだけと分かってるだけに、安易に逃げることもできない。とにかく今は、玉砕覚悟で仲裁しなければなるまい。


◇   ◇   ◇    ◇   ◇   ◇   ◇  ◇   ◇   ◇   ◇


「――――」


「…………」


「……あー、何だ……とりあえず、座るか?」


 見るも無残にあらされた病室から目を逸らしながら、気まずい沈黙に耐えかね、口を開いた。ここが個室でよかった、でなければ他の患者の迷惑じゃすまなかっただろう。


「――うん」


「――ああ」


 俺の横たわるベッドを挟んで、右側にサーペントが、左側に雪那が腰掛ける。状況は改善するどころか悪化の一途を辿っている。


 無理やり運動神経を接続して、どうにかこうにかこの相性最悪の二人の殺し合いと呼んでも差し支えない喧嘩を仲裁したが、いまだ一触即発の冷戦状態は続いている。まあ、それでも二人の喧嘩でこの病室が崩壊しなかったのは運のいいほうだった。


 それも、いつもよりは大人しく雪那が引き下がってくれおかげだ。俺としては助かるが、こういうときはいつも雪那は無理をしている。そのことに古傷がうずくような気がした。


「俺は、どれくらい寝てたんだ? 一週間くらいか?


「三日よ」


「三日だよ」


 俺の疑問に、これまた同時に両者が答える。そんなところまで意地をはる必要がどこにあるのかと突っ込みたくもなるが、それはそれで鬼門だ。

 

 だが、それにしてもたったの三日とは驚いた。倒れる前の状況とこの体の治り具合から考えて、その三倍は寝ていたのではないのかと思ったいた。しかし、一体何がどうなっているのやら、体の調子はまずまずといったところ。何をされたのだろうか。


「ああ、体なら問題ないはずだよ。完璧とまではいかないけど、その三日間を使ってできる限り僕が治療をすませておいたから、直ぐにでも動けるはずだ」


 ……なるほど、だから目覚めたときこいつがすぐ傍にいたのか。三日間もこいつがここにいられたのは、事情を理解している滝原が上手いこと手を回してくれたからに違いない。こいつに三日間も意識のないすきだらけの姿を晒していたと思うとゾッとしないが、それも含めて俺の責任。すぐさま復帰できるだけまだありがたい。


「……兄さん」


「ゆ、雪那、状況を教えてくれるか? 俺が寝てる間に何があったのか教えてくれ」


 雪那の機嫌は当然悪いが、そればかりに感けているわけにもいかない。そもそも、香港に向かう前に居留守組みになったときから機嫌はすこぶる悪かったが、サーペントがこの場いるせいで機嫌の悪さは底抜けになっている。それでも暴れてないのは俺を慮ってくれているからだろう。


 三日間俺が寝てていたのは分かったが、それ以上のことは分からない。たった三日間とはいえ、されど三日間、状況はどのようにも変わっているだろう。まずは状況を理解せねば動きようがないし、すべきことも分からないままだ。


「――まずは」


 できるだけ主観を交えず淡々と雪那は事実のみを俺に語ってくれる。そのおかげで、五分ほど話を聞いたところで状況は正確に把握できた。


 いつものことだが、状況はかなり悪い。俺とあのモドキどもの戦闘で、施設の大半は瓦礫になり、手に入られるはずの情報は大概が灰になってしまった。我を失った、モドキと分かっていたのに、奴らを目にした瞬間、死んだはずの憎悪が一瞬で激発した。五年前と同じく、感情のままに戦った。その結果が、五年前のあの時であり、三日前のあの戦いの結末だ。まったくもって、自分の進歩のなさに殺意すらも覚える、仇を目にしただけで均衡を欠くなんて、未熟者にもほどがある。


「……本部か。どうして連中はいつもこう」


「邪魔ばかりするのか? でしょ。それこそ何も考えてないんじゃない?」


 確かにそれは言えてるかもしれない。人類戦役の最中も、今回の戦いでも、本部の連中が役に立ったことはなくても、足を引っ張られることは数え切れないほどにあった。思い返せば恨み山積ではすまない。さらに厄介なのはこれでも連中が見方であるということだ。有能な敵や厄介な敵なら、戦って倒せばそれでお終いだが、これが味方だとそうはいかない。できうる限りこちらが器用かつ油断なく、目の前にも背中にも気を配って立ち回るしかない。


 その点で言えば、俺の今回の失態はただの失態ではすまない、大失態だ。敵の施設を吹き飛ばしたのはまだしも、山を一つ吹き飛ばしたのは最悪だった。


 だが、俺の大失態があったにせよ、今回は今までよりさらに拙い。唯一手に入れた情報源である捕虜も、本部で尋問を行うという。それは最高に拙い、おそらく、いや確実に本部には裏切り者がいる。その裏切り者が捕虜にべらべらと”組織”の情報を話すのを許すはずもない。当然、まともに情報は手に入らないし、最悪捕虜も始末される。


「そこは兄さんたちが上手くやるしかないでしょ。元はといえば、兄さんの責任でもあるんだから……」


「そうだな、できることをやるよ。もっともそういう裏工作で俺が役に立つとは思えんがな」


 そういう意味では、俺まで呼び出されたのは好都合とは言える。本部にはエドガーがいる、ライアンも同じく招聘されている、同じ本部にいれば捕虜を尋問する機会もどうにか作れるかもしれない。それに、自慢じゃないが、短時間で情報を引き出すのは俺は得意のほうだ。どこをどう圧し折れば、人間が喋りたくなるかはよく知っている。


 八つ当たりまがいの嗜虐心を弄んでいると、頭の中で何か引っかかるものがある。何に優先しても聞くべき事を俺は失念している。そんな気がしてならない。


「――そうだ……岩倉だ、アイツは……アイツはどうなった?」


「そのことだけど……」


 戸惑うように言葉を発してようやくそのことに思い至った。今の今まで忘れていた自分が恥ずかしくて仕方がない。自分のことばかりに目がいって、その事を思いもしなかった。


 雪那からの返答を待つ間、心の奥で覚悟を決める。俺が最後に見たのは、傷を負い横たえられた岩倉の姿だ、あれからどうがなったのか俺にはわからない。岩倉が死んでいればそれは全て俺の責任、俺の咎以外の何者でもない。


 もう一つ咎を背負う、押し潰されようとも、背負うのが俺の義務だ。


「――それは心配ないよ。死んでないんだから、君が余計な重荷を背負わなくていい。それに僕が治療したんだから、後遺症も残らない。我ながら完璧な施術だった」


「…………お前が」


 サーペントの言葉に雪那が静かに頷いた。どうやら本当のようだ。意外だった。完全に慮外だった。こいつがあの場に居合わせたのはいつも通りの気まぐれかと思ったが、まさか岩倉の治療をしてくれていたとは思いもしなかった。


 だが、どんな意図があったにせよ、こいつのおかげで岩倉は助かった。それは事実として受け入れなければならない。


「――礼を言う。お前がいなければ俺は……」


「――う、うん」


 礼は言えるときに素直に口にしなければ、いえなくなってしまうことが多い。礼も、別れも機を逸する前に伝える、俺が今までの人生で学んだ数少ない人生則の一つだ。誰が相手でもその基本は曲げてはいけない、それが例え終生の仇敵でもだ。


 おかしいのはサーペントの反応だ。まるで似合わぬ乙女のような恥じらいよう、さっきまでの妖艶さは完全になりを潜めている。何か企んでいるのか、それとも俺が素直に礼を言うのがそんなに珍しいのだろうか。


「この借りはいずれ返す。いつまでもお前に借りを作りぱっなしなのはゾッとしないからな」


「ま、まあ、ついでだったから……でも、君がどうしてもお礼がしたいいって言うなら、その、お願いしようかな」


「――ああ、できる範囲なら吝かじゃない。無論限界はあるが」


 こいつとも長い付き合いだが、ようやくはっきりと理解できた。こいつは俺に向かって迫ってくるのは得意の癖に、逆にこちらから距離をつめようとすると、途端に弱る。まさかそんなことはないだろうと、今までは否定してきたが、ここまであからさまだと、否定のしようがない。弱点といえば弱点といえるだろう。


 それはそれとして、口にした言葉は全て偽りなく本心だ。因縁は浅からぬし、恨みも山積だが、それとこれとは別問題だ。それに今は、今だけはサーペントはこちらの味方だ、自分の言葉の責任くらいはしっかり果たさなければならない。


「……とにかく! 状況は理解できたなら、これからどうするかを話したいんだけど!!」


「あ、ああ、頼む」


 若干脇道に逸れていた、会話を雪那が軌道修正する。お邪魔虫め、などと毒づくサーペントを横目で睨み、話を続ける。


「……私は兄さんが戦ったってやつの事を聞きにきたの。そいつの捜索は私の担当になったから。起きててくれてよかった。起こす手間が省けたから」


「へえー、じゃあ、そこの床に散らばってる花は誰が持ってきたんだろうね」


 一瞬殺気が膨れ上がるが、一々サーペントの茶々を相手にしていたら、いつまでも話が進まないと、観念したのか、雪那は話を進める。俺が黙れといっても黙るものでもないし、こいつへの対応としては限りなく最適解に近い。


「……やつの話か。話とは言われても、多分お前が滝原から聞いた以上のことは多分、俺も教えられないと思うぞ」


「でも、直接やった兄さんにしか分からないこともある。少しでも感じが分かっていれば対応できるでしょ?」

 

 確かにそれはいえるかもしれない。奴と戦って俺が感じた違和感は、俺にしかわからないものだが、雪那ならそれだけの情報からでも充分に感覚をつかめるだろう。

 

「注意しなきゃならんのは、あの長刀と奴の反応速度だ。打ち合ったとき妙な感触を覚えた、なんというか反発しあうような感じだった。他のやつとは違った、それ以上のことは分からん。反応速度はそうだな、俺と同じくらいっていえばわかるよな?」


「……随分速い。刀のことは現状じゃ分からないけど、反応速度だけなら私より速いってことじゃない」


 俺の感じた所感を、大いに主観を織り交ぜて語っていく。まずはやつが死神の殻をかぶっていたときの印象と分かっている能力だ。あの得体の知れない刀もそうだが、警戒すべきは雪那の言うとおり反応速度、正面から真面目に戦っていては有効打を叩き込むのは難しい。


 しかし、最大の問題はそれから、奴が仮面を脱ぎ捨ててからだ。奴が使用した、奴の体を通して発現したESP能力は完全に予想がつかない。下手に触れれば俺のように引きずり込まれる。俺の能力では場当たり的な対応しかできなかった。触れればアウトと言うのはあまりに相性が悪い。


「……精神干渉系のESP。確かに脅威ね、でも――」


 そこで言葉を切って、雪那は不敵に笑う。そうだ、俺には相性が悪くても、雪那は違う。雪那の能力なら充分すぎるほどやつのESP能力を正面から制圧できる。


「……私なら大丈夫、一菜もいるし、戦隊の大半はこっちに残る。だから兄さんは、安心して本部の連中を蹴散らしてきて、私と一菜の分までね」


 そういって胸を張る彼女が狂おしいほどに愛おしい。いつだってそうだった。この姿に、この言葉にいつだって励まされてきたのだ。ならばこそ、俺も雪那の言葉に応えよう、せめものこと彼女気高さに恥じることない兄であり続けるのは、俺にとっても誇れることなのだから。

どうも、みなさん、big bearです。話がすすまな(RY

では、こんなだめ作者と拙い文章ですが、どうかこれからも暖かい目でよろしくお願いします。

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