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バーンドアウトヒーローズ  作者: big bear
第二部 ジエンド・イズ・ナイ
43/45

NO.043 バーン・マークス

 炎が消えるのはもう焼くものがなくなったときだけだ、それと同じように俺が正気を取り戻したときにはそこにあったのは瓦礫の山と何の生命も存在しない荒野だけだった。緑をたたえていた自然も、空を覆う黒い軍勢も、病的な白さだった研究所も、その全てが他ならぬ俺の手で破壊しつくされていた。この有様で何が英雄だ、笑わせてくれる。NEOHや”組織”の連中と一体何が違うというのか、どれだけ繕っても結果は歴然と俺の正体を示している。感情を持って暴れまわる、兵器としての本分をも見失った中途半端な存在、それが俺だ。


 目の前に広がるのは、決定的なまでに俺の本質を物語る破壊の爪痕、そして、背後にあったのは傷ついた仲間たちだ。結果的に彼らを救ったのは俺だ、それは周囲に広がる無数の残骸たちが証明してくれている。だが、それは所詮結果に過ぎない、憎悪に染められた俺の頭の中にあったのはただの衝動だけ、傷を負った仲間たちのことなんて思い出すことすらしなかった。ただひたすら敵を殺して、潰して、壊して、最後まで守り抜くべき誇りすらも拭い捨てて、戦いに没頭していただけだ。


 あの時と同じだ、結果は違っても、辿った過程はまるで変わらない。憎悪に全てをくべて、結果を考えずに戦い、何もかもを失った。今回は偶々、失わずにすんだだけのこと、この過程を辿り続ける限りは何れは五年前と同じ結末に辿り着くことになる。あの時と同じように、何もかもを失い、何もかもを亡くして、何もできないまま結末に到るのだ。


「――なんて」


 黒い血にまみれた手を呆然と眺める。俺は五年前のあのときから、何も進歩していない。結果はどうしようもないほどにその事を示している。


「――ッ」


 ようやく戻ってきた理性が燃える、脳が焼ききれそうだ。足元から這い上がってくる余熱と心中で新たに生まれる恐怖。その二つが心と身体を同時に蝕む。熱に浮かされているような感覚に、足元がふらつく。均衡を欠き、制御を失った力が体内を荒らしているのが分かる。何もかもがあの時の再現だ、違うのは一つ、俺の背後にあるのが愛おしい亡骸か、生きている誰かか、その違いだけしかない。


 視界の端に倒れた誰かが映る。ノイズに混じって荒い呼吸音が聞こえてくる、まだ彼女は生きているらしい。安心すると同時に緊張の糸が切れた。それにあわせて、忘れていた痛みと熱が戻ってくる。感情に任せて永久炉を暴走させたツケは払わなければならない。


 頭を抱えるように膝を突く。立っているどころか、意識を繋いでいることすら厳しい。心臓から発して熱は行き先を失って、血管を焼き、肉を裂き、骨を焦がしている。この熱が回りまわって心臓に辿り着けば、その時こそ俺は(オワリ)を迎えることになる。懐かしい感覚、血管も骨も焦げ付いて、脳は沸騰してている。


 薄れ行く意識の中、光が俺を包み込む。あの時と同じように最後の安全装置が起動した。機械へと変換されていた身体が、再び人間のそれへと再変換され、生身の感覚が戻ってきた。ただの痛みが耐え難い苦痛へと姿を変える。生きたまま剥き出しの神経を焼かれる痛みは言語を絶する。黒い斑点が赤い視界を塗りつぶしていく、脳を直接抉られるような頭痛、消えかけの意識にスパークが走った。身体を支えている芯が折れたようにゆっくりと倒れていく。


「おっと、受け止めてあげないとね」


 前のめりに倒れる身体を誰かが支えた。やわらかく、人のものとは思えない冷たい感触が熱に浮かされた身体に心地いい。初めての感触ではない、前にも何時かこんな感触に抱きとめられた記憶がある。あれは一体何時の日の事だったか――。思い出せはしないが、それは決して悪い記憶ではなかった、そんな気がした。


「――さ、今は眠るといい、目覚めるまでは僕がそばにいてあげるから、安心してお眠り」


 謳うような声がまどろみへと誘う。熱に熔けた意識を遠慮なく手放す、この声に導かれるのなら安らかに眠ることもできるかもしれない。けれど、まだ、眠るには、まだ――。


「――ふふ、相変わらず強情だね。でも、このままじゃ焼き切れてしまう、まだそれには早いだろう?」


 しなやかな指先が頬を撫でた。魂までも売り渡してしまいそうな狂おしい感覚。そこまで来て一体誰に抱きとめられたのかを理解した。


 拒絶しなければと、理性が訴える。身を任せろと、本能が嘯く。何もかもを甘美で優しい(ドク)が記憶と感情をドロドロに溶かしていく、熱と艶麗に犯された意識ではまともに考えることすらできない、理性がどれだけ頑強に抵抗を試みても身体はもう既に身を任せてはいけない相手に身を任せてしまっている。


「―-―、――――!!」

 

 幽かに聞こえる声が遠い残響へと代わる。駄目だということはわかっているのに、俺は抵抗すらしなかった。堕ちていくことの心地よさに、なにもかもを売り渡したのだ。


 道を踏み外して、まどろみの淵へと堕ちていく。大蛇(うわばみ)に頭から呑み込まれる様に、毒の沼でおぼれる様に、眠りに堕ちた。失ったはずの、何の夢すら見ない安らかな眠りだった。


 

◇   ◇   ◇    ◇   ◇   ◇   ◇  ◇   ◇   ◇   ◇


「あー、それで? 俺は何をすればいいんだ?」


「だから言ってるでしょ、目覚め次第、彼と捕虜をそっちに送ることになるから面倒を見て」


「……俺、休暇中じゃなかったっけ?」


「恒例の休日出勤よ。貴方がいないと、こっちまで情報が回ってこないでしょうが」


 映像通信の向こうで心底嫌そうな表情を浮かべるエドガーの愚痴を聞き流しながら、滝原一菜は廊下を進んでいく。端正な顔立ちは疲労と苛立ちで険のあるものへと変わり、近寄りがたい雰囲気をかもし出していいる。道行く職員たちが自然と道を譲らざるおえないほどに、今の彼女は怒りを隠しきれずにいた。


「大体なんでそんなことになったんだ? 香港へはただの調査のはずだったんじゃねえの? それがなんでまた、山一個吹き飛ばすようなことになったんだよ、一昔前の映画でもそんなことめったにおきやしねえぞ」


「だから、それも言ったでしょ。例のNEOHモドキが襲ってきたの。それに01が応戦した、それだけのことよ」


「んで、例によって例のごとくやりすぎたってワケか。おまけに本人はオーバーヒートでダウン……考えるだけで胃に穴が開きそうだな、そりゃ」


 どこか他人事なエドガーを怒鳴りつけたくなる衝動を堪え、片手間でメッセージを確認して部下たちに指示を下していく。しばらくは実質極東支部に軟禁状態だ、デスクワークをやる時間はいくらでもあるが、それでも頭か身体を動かしてないと、居ても立ってもいられなかった。


「まあ、そこらへんことはあの詐欺師まがいの支部長が上手く誤魔化してくれんだろ。香港支部も禿山一つで騒いでいるような余裕はないだろうし、大丈夫だろ? 山が吹き飛んだのと副支部長の汚職事件じゃ、どっちのインパクトが凄まじいかなんて、言うまでもねえしな」


「それはそうだけど……捕虜の尋問は本部でやるなんて、一体何を納得すればいいのよ」


 第五○一独立空挺戦隊が香港周辺の敵施設で確保した捕虜の身柄の拘束、および尋問は本部管轄のもとで行うものとする、それが彼女に通達された決定だった。


 二日前の香港郊外での戦闘による被害規模は少なく見積もっても周囲の森林及び山岳地帯の十キロメートル範囲内に今後二十年は続く重度のエネルギー汚染を齎した。その責任を取らされての更迭や停職、または審問会ならまだ納得はいった。そもそもが独立行動権を盾にした無茶だったのだ。それぐらいのことは甘んじて受け入れた。


 だが、部下たちが命を欠けて確保した唯一の成果を取り上げられるのは納得できない。その上、どこに裏切り者が潜んでいるとも分からない本部に唯一手に入った手がかりをみすみす承服できようはずもない。少なくとも、捕虜の尋問だけでも第五◯一戦隊の人員の手で行う必要がある。そうでなければ都合の悪い情報は握りつぶされた後の、価値のない情報しか回ってはこない。


「――分かったよ、やればいいんだろ、やれば。一応、まだ本部にコネはあるからどうにか手を回すさ。それより問題はそっちだろう? まだ起きてないんだろ?」


「傷は何処かの誰かさんのおかげで浅いわ。もう目覚めてもおかしくない、すぐに準備は整うはずよ」


正攻法での抗議を行うには、時間も人手も足りていない。阿漕で綱渡りのような策だが、とりうる策としては一番現実的だった。いくら五◯一戦隊が独立行動権を有していても、真っ向から、堂々と本部の決定に逆らうわけにはいかない。現在帰国しているエドガーのコネクションを利用して、どうにか本部内で秘密裏に捕虜の尋問を行う、それが彼女の考え出した苦肉の策だ。


そして、不幸中の幸いというべきか、怪我の功名と言うべきか、山一つ吹き飛ばした張本人たる01が本部に召集された。さらに一応の最高責任者である佐久間支部長と吹く隊長の一人を務めるライアン・ハーディアス、その三名が纏めて本部の、それも最高委員会の権限で召集された。つまりは滝原一菜を除く五○一戦隊の首脳陣が召集されたのだ。言い換えれば、戦隊の頭脳たる滝原一菜と手足たる彼等(ゼロシリーズ)を切り離された形になる。


そこにどういう思惑と意図が働いているのか、それを勘繰っても、あまりにも答えの可能性が多すぎてどれが正解ともとれる。想像の余地はいくらでもある、重要なのはどんな思惑があれそれを正面から踏みつぶせるだけの人材が揃っているということだ。例え一菜(アタマ)が欠けても、彼らが自由に動けるならあらゆる状況に対処が可能だ。このような状況は何度も切り抜けてきたのだから。


「――おまえさんは大丈夫なのか? その負傷したっていう新人もだが、二日も働きづめじゃ何時か倒れるぞ?」


「……私は平気よ。あの()、岩倉も傷は塞がってるし、今のところ命に別状はないから01と一緒で直ぐに目覚めるはず。でも気になるのは――」


「例のアンノウン、か。あの01が仕留めそこなうような奴、しかも追跡不能か、次から次へと、まあ、とんでもない奴が沸いて出てくるな、ほんと」


 ”組織”の手によるNEOHの復活と最古参にして最高幹部の一人たるリヒターの生存、新たな”組織”の長をなのる女、これだけでも充分すぎるほど厄介なのに、そこに更なるアンノウンが加わった。そのアンノウンは分かっているだけで01と互角に戦い、たった一人で”組織”の施設を壊滅させるほどの戦力を有しているというのだから、無視するわけにもいかない。


 あの時に行われたNEOHによる介入、あの介入がなければ捕らえることは出来ずとも、不確定要素たるアンノウンを排除できていた。あの場で彼を取り逃したのは、山を一つ吹き飛ばしてしまったことなんかよりよほど大きな失態だった。


「――そっちの調査は私が続けるわ。とにかくそっちは貴方と01に任せるから」


「了解、こっちはむさくるしい男勢に任せろ、手土産は必ず持って帰るさ」


「……ええ、こっちはこっちで女同士で仲良くやるわ、仲良くね」


 頼もしい声が安心しろと諭す、状況は悪いが、最善を尽くすのみと、通信の向こう側の男は腹をくくっている。ならば彼女もそれに答えるだけ、飛車が欠けてもまだ角行(カク)は残っている、獲物を追うにはそれで充分だ。



◇   ◇   ◇    ◇   ◇   ◇   ◇  ◇   ◇   ◇   ◇


 痛みは感じない。そんな機能はとうの昔に失った。


 怒りは感じない。その理由も必要もない。


 ただ流れる血と動かない腕が心のそこから疎ましかった。いっそ切り落としてしまえば、すっきりするのではないかと言う考えが脳裏を過ぎる。まだ腕はいる、どれだけの重荷であっても刃を振るうには腕が必要だ。


 血の跡を引きづりながら、彼はほの暗い船内を、闇から闇へと跳んでいく。周囲には人影はなく、闇の中で蠢いているのは彼だけだ。あれから三日間、彼を追う刺客と幾度となく戦った。その全てを闇の中で切り捨て、ここまで進んできた。敵の正体を彼は知らないが、そのどれもが余すことなく罪人だった。だから、切り捨てた。道標のように死体を残して、彼は東へ向かう船を目指したのだ。そうすることが、彼のもう一つの衝動だったからだ。


「――黙れ、もとはといえば貴様のせいだ。これは罪ではない、咎があるとすれば貴様のもの、彼は関係ない」


 同居人を責めたて、薄汚れた壁に寄りかかる。度重なる連戦で01に付けられた傷は広がり、ひび割れ、悪化の一途を辿っている。だが、敵の追撃がようやく止んだ。傷を塞ぐとしたら今しかない。


影の中から必要なものを取り出す。港で回収した物品がようやく役に立つ、モノさえあれば治療は可能だ。


「――――」


ナノカーボンと生体装甲、その二つを一度影によって量子まで分解する、続けて、傷口とその周囲を分解した。お互い少なからぬ軋轢があるとはいえ、影は現し身を失えば消えてしまう。治療に手を貸すのは当然のことだ。それに治療には伴う激痛は彼には無縁のもの、代わりとなる骨と肉さえあればいかようにも体を繕える。なんのことはないゼロシリーズサイボーグや"組織"のサイボーグが行う、物質の分解、変換、再構成、それをESPで再現しただけだ。


数秒すれば裂けた装甲も、切り裂かれた肉と骨も、傷跡も残さずに完治している。まだ磨耗した部分は少なくはないが、刃を振るうには何の問題もない。


「――このまま極東に向かう。奴らを許してはおけない、それは貴様も同じのはずだ」


影に潜む同行者に、静かに語りかける。彼の意思を乗っ取り、暴走したことへの怒りはない、その感情はかつては彼も抱いていたもの、行動が理解できないわけではないのだ。


 返答は、雪崩のようなイメージの流入、彼の関わった惨劇の映像が憎悪と悲しみに彩られて送り込まれる、報復せねばならぬと、必ず仇は取ると、どんな言葉よりも雄弁にそのイメージは物語っていた。



「言っても無駄だろうが、彼の行為は間違っていない。私達と戦ったことも含めてな」


 だが、それでも彼の行いは間違ってはいなかったと彼は続ける。どれほど憎もうとも、正しかったということには変わりはないと彼は語る。その復讐は無為に過ぎないと、彼は説く。


 返ってくるのは燃えるような怒りだけだが、今はそれでいい。憎悪とはそういうものだ、道理が通じるような甘いものでは到底憎悪とはいえない。全てを燃やし尽くすまで、火が消えることはない。手綱を取り続ければいい、憎悪が焼くものは彼が決める、罪なきものを焼くことだけは彼は許さない。


「――さて、無駄話はここまでだ。喜べ、今度の敵は全て罪人、存分に憎悪をぶつけるがいい」


 ゆっくりと立ち上がる。空気そのものが入れ替わったような感覚、狭い船内が兵された異界へと変質してた。隔離された闘技場に彼を待つ敵、数にして五つ、狭い船内で彼を囲むように展開している。


 上等だ、どうやって不可視の外套を見透かしているのか、そのカラクリは彼にもわからない、そんなことはどうでもいいし、気にもしない。敵は全て罪人、何の遠慮があろうものか、先刻のような制限はない。これより極東の地に辿り着くまでの数時間、憎悪のままに影を延ばし、使命のままに刃を振るおう。


 夜明けまでの刹那を朱に染めて、船は東へと進み始めた。





 


どうも、みなさん、big bearです。今回はいつもより短めでござい。では、こんなだめ作者と拙い文章ですが、どうかこれからも暖かい目でよろしくお願いします。

誤字脱字報告、ご意見、ご感想、ご質問等ございましたらぜひぜひお書き込みください。

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