NO.042 アイズ・オブ・ザ・スカイ
白く輝く花園で彼女は嗤う。ここは地上に築かれた堕ちた楽園、何人も触れえぬ最後の聖地、その中心で彼女は俗事を弄んでいた。
「――あの子達にも困ったものです、亀のように閉じこもって塵を守るなんて……どうしていつもこう問題を起こしてくれるのかしら……」
「ヘカテ、変、そういうわりには凄く楽しそう」
花園の外、壁に寄りかかった小柄な人影が一際大きな溜息と共に呆れたような声を上げた。少女のものとも、少年のものとも付かぬ中世的な声だが、口調と響きに反してどこか老成した印象を抱かせる声だった。
人影は天窓から差し込む光を避けるように花園の端を回りこんで彼女に近づいていく。足取りはあくまで軽やかで、足元で散る花々のことなど気に留めてすらいない。
「ええ、そうですね、実は私、楽しくて仕方がありません。宙は綺麗ですが、あまりにも退屈で……」
それを見咎めることもなく、彼女は観察を続ける。視線の向こうでは、無数の影を光が塗り潰していく、戦闘と呼ぶにはあまりにも一方的なそれは、実際に今行われている戦いの光景だった。その戦況が変化するたびに、彼女は酷く楽しげに歓声を上げた。
「そう、でも、僕達はここは嫌い、煩いし、臭いし、眩しいし、早く宙に戻りたい。まだ、ここに居なきゃ駄目?」
「駄目です、私の役目はここでみんなを視ている事ですからね、あなたたちも付き合ってもらわないと困ります」
従者の要求をぴしゃりと跳ね除け、彼女は楽しげに観戦を続ける。戦況は相も変わらず一方的で、白色の光が次々獣たちを撃ち落している。お世辞にも彼女達の”組織”にとって決して都合のいい状況ではないと言うのに、彼女はあくまで楽しげなまま、戦況を俯瞰している。最低条件は満たされている、ここでどれだけの数の傀儡を壊されたところで大した損失ではない、所詮は中身のない偽者、代えは幾らでもいる。それよりも重要なのは、あの宿敵がわかりやすい感情を示していることだ。
「それにほら、なかなか面白いですよ、彼がこんなに怒るなんて……ゾクゾクしません?」
「趣味悪い、それじゃ妹と同じ。もしくはそれ以下」
歓喜の絶頂といわんばかりの主に、ますます呆れたといわんばかりに従者は深く溜息をついた。主の考えはどうあれ、行き過ぎだと感じれば遠慮なく諫言する、それが良き従者であると口にせずとも理解している。
「違います! わたし、あの娘ほど、身勝手じゃありません! 現にほら、私仕事してますし」
「どうだか。ちゃんと回収できてる? あれ、ようやく姿を捉えられたんだから、必ず捕まえないと、またーー」
「ちゃんと見つけてますよ。あのマントは中々ですけど、私の目は誤魔化せません。」
趣味に興じながらも、天理の目は標的を確かに捉えている。どれほどの偽装を施そうとも、一度捉えた以上は何処へ行こうとも見逃す事はない。それが例え、不可視の死神であったとしても決して例外ではない。闇を作り出す外套の下、傷を負った死神は山の中を這うようにして進んでいた。その死神を彼女の僕たちが遠巻きに囲む。頭上では、夥しい数の僕たちがかの怨敵と戦いを繰り広げている、趨勢は誰が見ても明らかだが、課された役割を僕たちは忠実に履行している。少なくとも、あと数十秒、時間を稼げればそれで用は足りる。
「彼に御礼を言わないと。万全の状態じゃあ捕まえるのは大変ですからね。弱らせてくれて、本当助かりました。リヒターさんは忙しいみたいですから、頼れませんしね……まあ、これで詰みです」
彼女が言葉を発した瞬間、遠巻きに包囲を完成していた僕たちが一糸乱れずに距離を詰める。飛行に適した鳥の姿から、四足の肉食獣の姿に形を変え、牙と爪をもって死神を捉える。
寸前、蒼い閃光が奔った。その一瞬後、並み居る僕たちは悉くが両断された。一太刀、一呼吸、傷を負いながらも、死神の手練手管は微塵も衰えてはいない。
「あーあ、詰めが甘すぎ、あのくらいで捕らえられるわけないじゃん」
「むう、あの傷で動けるなんて少し予想外でした。でも、もう印はつけましたからあとは追うだけです。後は彼に任せます。それに、彼の仲間たちを数人始末できれば十分成果だと思いませんか?」
呆れてものが言えないといわんばかりの従者の視線に若干怯みながらも、ヘカテはそう返した。そもそも自分は現場向きではないなどと小声で呟きながら、戦況の俯瞰を続ける。もはやこの場で死神を捉えることはできないだろう、二の手三の手を打とうにも動かせる手駒が存在しない。残りの手駒はすべて別のことに使っている。
際限なく続くとも思えた殲滅戦は既に終焉の兆しを見せていた。空を覆いつくさんばかりに展開していた彼女の僕たちは一体も残さず、残骸へと変えられ、手付かずの自然ゆえの美しさを見せていた山々は見る影もなく無残に抉られている。虐殺の園と化した戦場に白銀の太陽だけが燦然と輝いていた。
投入した僕の数は百を裕に超す、個々の戦闘力もオリジナルの尖兵たちには劣るものの、並のサイボーグなど相手にならない戦闘力を持つのがあのまがい物たちだ。だが、その災厄の群れをあの戦士は事も無げに殲滅してのけた。たったの一撃も受けることなく、掠り傷を負うこともなくに、圧倒的な力で自らの仇敵を戦士は皆殺しにしたのだ。
まさしく最強、その言葉はまさしく彼のために存在しているのではないかと思えるほどの力だ。戦いにさえなっていない、あれだけの数の僕たちは彼の敵にさえなれなかった。いや、むしろ敵があのNEOHであったからこそのこの結果だ。あの光、永久炉の燐光は痛々しいほどに輝きを増している。引き出された力は制御しきれないほどに膨大で、内側から彼の体を焼いている。力と呼ぶにはあまりにも暴力的で野放図なそれを引き出しているのは、一つの感情、燃え上がるようなそれは彼女達がとうの昔に不要と断じたものだった。
「――やはり緑山博士の人選は最適だったというわけですか……ですが、皮肉なものですね、彼女の死がなければ彼は完成しなかった」
憎悪、どんな感情よりも強く、どんな衝動よりも凄まじいものがそれだ。その憎悪が過剰なまでの力を引き出している、それこそ彼らの失った永久炉の深奥だ。人間の揺らぎがなければ真の力を引き出すことはできない。それを理解していたのはこの世でもたったの四人、一人目は彼らの王、二人目は力を与えられた蛇、三人目は唯一の裏切り者、そして最後の四人目こそ、組織の巫女たる彼女だ。
だからこそ彼女は嗤う。まさしく彼こそが相応しい、いや彼でなければならない、彼らの用意した器が破れたあの時から彼女達の計画はようやく定まった。揺らぎゆえの力、その力こそが彼女達の計画のためには必要だった。
「――感心してるけど、どうするの? あれには逃げられるし、もどきたちは無駄死にだし、良いとこなし」
「――あら? そうでもないですよ、彼はもう捉えましたし、あとはあの人に任せておけば安心です」
「また丸投げ? リヒターだって暇じゃないとおもうけど……」
「良いんですよ、何の問題もありません、私が”組織”の主なんです、多少のわがままは許してくれます。――それにもう誰にも止められません、私の世界は決して覆らない、もう全部決まっていることなんですから」
彼女は嗤う、全てを俯瞰し、理解し、見下ろして、彼女は嗤う。必要な駒は一つも欠けてはいない、何が起ころうとも所詮は些事、大河に投げ込まれた小石に過ぎない。例え誰が立ちはだかろうとも、流れ出した濁流を止められはしない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――――あ」
深く、重く、永いまどろみの底から彼女は目を覚ました。ぼやけた視界がおぼろげな輪郭を捉える、影のような人影が彼女を取り囲んでいた。
「――司令、目が……傷が――」
「サーペント、ここから移動――」
「分かって――!」
途切れ途切れの言葉が聞こえる。視力だけでなく、聴力もまだまどろみの中から脱しきっていない、途切れ途切れに越えてくる言葉ですらその単語の意味を思い浮かべることもできない。それだけではなく、自分が誰で、どうしてここにいるのかというう根本的なことですら欠如している、散り散りなった記憶は断片に過ぎずなんの感情も齎してはくれない。だというのに、痛みと不快感だけは酷くハッキリしている。
他の感覚は全て麻痺しているのに、肩の傷とその周辺の感覚だけが取り残されている。突き刺されるような鋭敏な痛みとその傷に直接手を突っ込まれ弄繰り回されているような不快感、その二つがおぼろげな意識を食い潰していく。
「……ッう!」
手放してしまいそうになる意識を鋭い痛みを頼りに繋ぎとめる。時間の感覚も曖昧だが、時間が経てば経つほどに痛みと不快感以外の感覚が戻ってくる。
聴力を取り戻した耳を轟音が打つ。いまだ寝ぼけた思考でも自分のいる場所を何とか理解できた、ここは戦場の真ん中、周囲では未だに戦いが続いている。状況を理解した以上、起き上がらねばならないと言う使命感が湧き上がってくるが、身体を動かすどころか手足の感覚がないのではどうしようもない。せめてものこと首だけを動かし、周囲の様子を確認しようとして、ヒカリのぼんやりとした思考に目の覚めるような衝撃が走った。
「……まだ動かないほうがいい、今動き回られると助けた意味がなくなる。といっても動けないだろうけどね」
驚きがまどろみを吹き飛ばす。目の前にいるのは文字通りの意味で目の覚めるような美女、その美女がヒカリのとなりに跪いていた。一瞬、その彼女から後光が差しているのではないかと言う錯覚に一瞬襲われる。天使か女神が迎えに来た、そんなありきたりな幻想に身を任せてしまいそうになる。だが、すぐにそんな幻想は拭い去る、彼女の知っている死はそんなに美しいものではない。まだ少しまどろみを残した瞳が現実を捉える。実際には彼女自身が輝いているのではない、彼女の触れた場所から淡い光が漏れている、つまりはヒカリが肩と胸に負った傷から淡赤色の光が放たれているのだ。
「…………一体……何が……私は――」
「斬られた、それで今は治療中で、戦闘中、知るべき事はそれだけだ。良いから寝ててくれ、どうせ直ぐに終わるしね」
凍りついたような喉から絞り出した疑問に彼女は極めて簡潔に答えた。斬られた、そのことは憶えている、あの捕虜を庇って自分は斬られた、その後、意識を失った、そんな根本的なことは死にあがりの呆けた頭にも理解できている。知りたいのは自分が斬られてから何が起こったのか、そして今何と戦っているのかだ。
「サーペント! 本当にこの防御壁もつんでしょうね!?」
「当たり前だ。こいつら程度で僕の創った防御壁を抜けられるわけないだろ、まあ、黙って見ていろ、直ぐに僕の01がこいつらを始末してくれる」
滝原の悲鳴じみた怒鳴り声が響く。ますます状況が分からない、自分たちの指揮官の声の調子からかなりまずい状況なのは漠然と理解はできたものの、具体的に何が起こっているのかはまったくもってわからない。
「――っ!?」
「ッ随分派手に暴れてるね、観戦できないのが残念だよ、まったく」
瞬間、感覚の麻痺したヒカリでも感じられるほど大きく空間が揺れた。彼女の周囲で円陣を組むようにしていた仲間たちにも動揺が走る。仲間たちの漏らした小さな悲鳴と一緒に、ギシギシという空間の軋む音がかすかに聞こえてくる。なんであれ、自分が思っているよりもかなり大規模で本格的な戦闘が行われているのだとようやくここにきて理解できた。
「一体何が――っ!?」
痛みを堪え、視線を上げたとき、再びの驚愕が彼女を襲った。自分を庇う仲間たちの向こうに半透明な壁が展開している、そのさらに向こう側にこそ信じられないものがあった。半透明の壁に喰らい付き、爪を立て、吼える、無数の巨大な昆虫のような姿の化け物たち、その化け物の正体を彼女は知っている。
焦げ付いた記憶があの日の感情を呼び起こす。NEOH、人類の絶対的敵対種、二十億人の人間を虐殺し、世界を滅ぼしかけた正体不明の化け物たち。確かに目の前に存在しているそれが、五年前まで実際に存在していたNEOHそのものではないということは理解できている。それでも感情が震える、どうしようもないほどに恐怖と憎悪が蘇る。もし体が動くのなら、いや体が動かずとも目の前の存在を八つ裂きにしてやりたいという衝動と、今すぐこの場から逃げ出せという本能が混ざり合い、痛みと不快感を蹂躙した。
「、ァアアアアアア!!」
なけなしの気力を振り絞り、必死で身体を動かそうとする。しかし、無常なことに憎もうとも、悲しもうとも、身体はピクリとも動かない。心もとない壁を隔てた向こうに無数の化け物が群れを成している、一秒後にはその怪物が壁を食い破って襲い掛かってくるかもしれない、だというのにその惨劇を見ているだけ。無様に横たわり、仲間の死を傍観しているだけが彼女に唯一許された自由だった。
「一体何が……っまた!?」
「…………拙いね、これは」
一際大きく、結界が揺れた。隙間無く群がったNEOHの群れ、視界を埋め尽くすそれは結界を食い破ろうと絶え間なく動き続けている。見ているだけで、恐怖に全てを呑み込まれそうになる光景ではあるが、それは所詮檻の中の猛獣が鉄格子を引っ掻いているのと同じだ。サーペントの言葉の通り、檻が食いやぶることはない、鉄格子を揺るがしているのはもっと強大で、もっと凄まじい要因だ。
「今、拙いっていった!? この防壁は絶対破れないなんていったのはアンタでしょ!?」
「こいつらには破れないといったんだ……01の八つ当たりの巻き添えを食うなんて聞いてない」
永久炉を動力源としたゼロシリーズ、その戦闘能力は個々に群がっているNEOHのまがい物とは比べるまでもない。その戦闘は余波だけでも大地を削り、雲を割り、空間を揺るがす。実際、絶妙なバランスで構成されたこの防壁を揺るがしているのは、01の戦闘の余波だ。
「もって後数分ってとこだろうね、それまでに決着が着く事を祈るとしよう。でないと、すぐさま君らはこいつらの餌に直行だ。まあ、僕は平気だから問題ないけど」
「ッこいつ! ヒカリの治療は終わらないの!?」
「奇遇なことに動けるようになるまで後数分ってとこだね。間に合うと良いが……ふふ」
深刻な口調に隠しきれない嗜虐心が混ざっていた。状況は良く理解しているがそれゆえに、楽しくて仕方がないのだ、憎い恋敵の運命をこの手で弄んでいるという現状、その事実がサーペントにとっては堪らなく愉快だった。
「尾村技官! ジェネレーターは生きてるわね?」
「は、はい、ですけど、出力が……」
「ラーキン! 貴方のコアとジュネレーターを繋いで!」
「――ッ了解!!」
「ソレンソン! 貴方は岩倉についてなさい!!」
「は、はい!」
サーペントの趣味には付き合っていられないと、滝原一菜は頭脳と知識を総動員して、次善策をひねり出す。結局のところ自分の身は自分で守るしかない、そもそもサーペントを頼ったこと事態が間違いだったのだと自分を責めてたてながら、腰の引けた部下たちにテキパキと指示を下していく。前は上手く行ったが、今回もそうだとは限らない、そんな不安を押し殺し、勇敢で有能な指揮官として、彼女は采配を下した。
「――動力炉二つつないだところで、こいつら相手じゃ長くはもちませんよ! それから、どうするんです!?」
「フィールドを展開しなきゃ一瞬で死ぬわ。十秒でも稼いでくれれば次の手が打てる、黙って準備しなさい!!」
念ために持ち込んでいた簡易型の隔離フィールドが功を奏した。出力は当然ながら足りない上に、そもそも簡易型のジェネレーターだ、NEOHを押し留めるような強固なフィールドの展開は当然望むべくもない、ほんの数秒持てばそれで御の字だ。
問題はその後だ、数秒間押し留めたところで結局のところ結末は変わらない。彼らがただの肉塊になるまでの猶予が数秒間延びるだけのことだ。
その猶予をそれ以上引き伸ばす策は彼女の手にはない。01がその猶予が尽きるまでにNEOHを殺しきる、そんな不確定なものに縋るしかなかった。
「ッ――食い破られます! 司令、準備はできています!!」
「まってもう少しよ、もう少し時間が……」
結界の一部を群がっていた一体が食い破る、その場所を中心に彼らを守る防壁に罅が走った。想定以上に防壁が脆くなっている。もうあと数分どころか、あと数秒ももつとはとても思えない。
死が目の前に迫る極限状態の中、一菜は澱みなく思考をめぐらせる。この状況を切り抜けるための策をここにある手札だけで導き出さねばならない。
「おや、予想より早いじゃないか。まあ、僕のことは気にせず、頑張って玉砕してくれたまえ」
「煩い! 先にアンタから――――そうだ、その手が……」
邪魔にしかならないはずのサーペントの言葉が彼女に回答を齎した。策はまだある、その場凌ぎでの手駒が、状況を打破する必殺の切り札になりうる、その可能性が彼女の問題を解決した。
「尾村技官!! 合図をしたら、ジェネレーターのリミットを外して! ラーキンも出力制限を解除して、良いわね!?」
「へ? そんなことしたら爆発――――」
「いいから! 命令よ、合図したらかなず解除しなさい! やらなかったら軍法会議は覚悟しなさい!!」
「は、はい、ですけど――」
「デモも糸瓜もない! 信じなさい!!」
過剰供給と制御の解除、この二つの齎す結果は明白である、エネルギーの暴走とそれに伴う破壊の渦だ。制御されてない凝縮融合炉のエネルギーは深刻な破壊とエネルギー汚染を引き起こすだろう、そのエネルギー汚染こそがNEOHの唯一にして最大の弱点だ。爆発の余波も、エネルギー汚染も、機械化装甲服が防護してくれる、傷を負っているヒカリにしても、そばにいるサーペンの影になる、サーペントが身を護るならヒカリも護られる。爆発によって、包囲が解ければ、逃げ出せる可能性は十分にある。01と合流すれば必ず生き残れる。
では一菜はどうだろうか、彼女の身を護る機械化装甲服も、盾となってくれる戦士も、ここには存在していない。人の身に過ぎない彼女では大人しく死を享受するしかない。
彼女はその結末をあの一瞬で受け入れていた。別に望んで死ぬつもりはない、まだ生きていたい、まだやりたいこともやるべきことも山のようにある。けれども、これしか手がない、彼女以外の全員が確実に生き残る手段がない。だから、迷いなく彼女はその選択肢を選んだ。
「――フフ、今更痛まないでよ、別に信じてないわけじゃないんだから」
無くしてしまった左目が鈍く痛んだ。今はその痛みでさえ愛おしく思える、あの日左目をなくした事を悔やんでいないように、この選択を悔やむこともない。ただ、少し、惜しくはあった。最期になるのなら、何時の日か告げようと決心しようとしていた言葉を伝えておけばよかったのに、無くした左目がそう言っているような気がした。
数秒もしないうちに、終わりを告げるように防壁が崩れる。張り付いていたNEOHたちが一気呵成に押し寄せてくる、彼女が今と声を上げた、自分が何をしているかも分からぬまま二人が動く、光が行き場なくして炸裂し、一人の命を引き換えに、四人の命を救う。そんなありきたりな結末をもっと都合のいい絶対の力がひっくり返した。
「――はあ、少し早いよ。もう少しで楽しい自己犠牲ショーが見れたのに……」
暴走しかかったジェネレーターの輝きよりも鮮烈な光が結界の周囲を駆け抜けた。その余波だけで崩れかけの防壁が吹き飛ぶが、それ以前に光の触れたNEOHは砕かれ、引き裂かれ、溶かされている。まさしく正真正銘、死の嵐とも言うべき完璧な破壊だった。
救援と呼ぶにはあまりにも荒っぽい攻撃の後、光が呆気にとられた彼女のたちの前に降り立つ。上気した背中が彼女達の視界を占領する、その背中は三人の女に別々の感情を呼び起こした。
一人は懐かしさに似た安堵感を、一人は狂おしいまでの憐憫を、そしてもう一人は強烈な殺意にも似た愛情だった。そのどれもが、それぞれに正しく、それぞれに間違っていた。燃えるような憎悪の後に残される灰のような虚無感、どうしようもないそれだけが彼に残されたものだった。
どうも、みなさん、big bearです。今回は逆に戦闘シーン無し、極端だという自覚はあるのだ……(無常観)
では、こんなだめ作者と拙い文章ですが、どうかこれからも暖かい目でよろしくお願いします。
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