NO.04 ライズ・アゲイン
拗ねたように顔を背ける彼女の横顔を何の気なしに眺める。赤みがかっているものの一時間前よりは、大分顔色はいい。食事はまだ取れていないが、点滴のおかげで栄養も取れている。外見で判断するならとても瀕死の重傷者とは思えない。
だが問題は外側ではなく、内側だ。全身の改造部分が悲鳴を上げている、オーバーヒートを起こした確実に生体部品は宿主の生命を蝕む。中でも、心臓ともいえる動力炉が機能を止めてしまえばその時こそ、俺たちの命は尽き果てる。
改造人間ゆえの頑丈さは、繊細かつ緻密な内部構造が支えている。つまり、内部からのダメージこそが俺たち0(ゼロ)シリーズの弱点だ。
「それで? 今更どうゆうつもりかしら?」
少し怒った様に上擦った声で雪那はそういった。相変わらず俺のほうを見ようともしない。それも当然だ、俺の顔なんて見たくもなかったはずだ。
「すまん。重傷だと聞いてな、無理を言って来させてもらった」
我ながら消え入るような声でそう答えた。纏めに顔を見れないのは俺のほうも同じだ。雪那の目を見て、面と向かって糾弾されるような勇気は今の俺には無い。
「一菜から聞いたのね。……余計な事を」
忌々しげに雪那はそう呟いた。その声色には怒りのほかに、かすかに恥ずかしさが滲んでいた。プライドの高い雪那のことだ、弱ってる姿を見られたこと事態が恥辱なのだろう。
「――すまん」
謝ってばかりだが、俺にできるのはその程度ことだけなのだから仕方が無い。
「謝らないでよ。謝られたら私――」
消え入るような声。続く言葉を聞き取ることはできないが、俺にはわかっている。恨み言ならいくらでも甘んじて受け入れる。だが、雪那がそれを口にすることは無い。彼女の美しいまでの矜持は彼女の弱さを許さないからだ。
「――怪我は、どうだ?」
少しの沈黙の後、俺は分かりきった事を質問していた。彼女の傷についてはもうすでに医師と滝原から説明を受けているのに、そんなありきたりな無意味な言葉を俺は口にしていた。
「…ご覧のとおり。無様な有様よ」
自嘲するようにそういうと、雪那はこちらを振り向く。熱を帯びた顔には、普段の凛々しさと鋭い眼光が戻りつつある。意思の篭った鋭い視線に射抜かれ、俺は思わずたじろいだ。それほどまでに澄んだ美しい瞳だった。
「――変換機能を潰された。しばらくは戦うこともできない、唯一のライフワークもなくなっちゃった」
冗談を交えながら、雪那は軽い調子で自分の状況を告げてみせる。細胞変換機能は俺たち0シリーズの特徴であり、根幹のシステムだ。
改造部分を基礎として、生体部分を強固なバイオネティックアーマーへと再構築する。しなやかで強靭な人工骨格と筋肉、どんな金属よりも硬度の高い生体装甲、この二つが俺たちが最強の兵器と呼ばれた所以だ。
あれから五年たった今でも、俺たちに傷を付けられるほど性能を持つ敵は少ない。ましてや、雪那に致命傷を負わせることのできる敵などもはや潰えた上位種のオールアンノウンか、ネームドのブラックリスト上位数名しかありないはずだ。その数名にしても、五年前の時点では大半が牢屋の中か、地面の下だ。だとすれば、この五年間現れた新しい敵しかありえない。
「……気付いたら胸に穴が開いてた。見えなかったわ、本当に」
俺の疑問を察したのか、雪那は悔しそうにそう答えた。
雪那が見えなかったというのだから、実際に見えなかったはずだ。光学迷彩か、いやそれならセンサーが感知するはずだ。もっと別の何か、視界そのものを誤魔化すよう何かだろう。となると選択肢は限られる。
「――状況は? 他にもいたんだろう、そいつらは」
大雑把な状況は把握しているが、あおれでも当事者から聞くのと人づてに聞くのでは全く違う。事前情報の有る無しでは天と地の差がある。
「……私の目算では五、六体。それ以上かもね。哨戒中に突然襲ってきたわ。私が戦ったのはやたら硬い奴とバイオボーグ型のやつ、あとはそうね、なんていうか軟体系なやつ。打撃は効かなかったわ。遠巻きに見てたのが二体、そのうち一体はリーダ格のはず、他のに指示を出してたし、後は勘ね。もう一人は良く分からなかった、正直言って。後は――」
つらつらと話しはじめた雪那はそう途中で言葉を止めた。どこか戸惑うような、怒っている様な瞳が俺に向けられた。
「――ねえ、どういうつもり?」
今度こそ確かな憤りがこもっていた。燃えるような一過性の怒りではなく、心の奥底から湧き上がってくるマグマのような激怒だ。
どういうつもり、どういうつもり…か。その言葉に直面してようやく俺は自分の矛盾に直面した。俺は、今更俺は関わろうとしていた。五年前逃げ出した戦いと投げ出した責任にいまさら関わろうとしていたのだ。雪那の憤りは至極当然のものだ。
本当にどういうつもりなのだろうか、俺は。今更何がしたいんだ、今更如何するつもりなんだ。五年間も逃げ続けた俺に、いまさら何をする資格があるというのだろう。
「――もう戦わないで。お願いだから・・・」
消え入るような、本当に小さな、小さな懇願だった。
その懇願はどんな糾弾の言葉よりも、どんな憎悪の言葉よりも深く俺の心に突き刺さった。
「もういやなの。あの時みたいに置いていかれるのは! 見ているだけなんて! もうあんな気持ちを味わうくらいなら、私は独りでいい!!」
それは悲痛な訴えだった。五年間、孤独に耐え、抱えた痛みに耐え、戦い続けることだけで自分を保ってきた彼女の苦しみそのものだった。どれほどのその五年間が辛く、苦しく、長かったなんて俺にはきっと理解してやることさえできない。それを背負わせたのはほかならぬこの俺だ。
だからこそ、今更でも俺にはやらねばならないことがある。たとえ、何を裏切っても、誰に憎まれても、せめて逃げ続けてきた五年間のケジメはつけなきゃならない。
「――雪那。俺にこんな事を言う資格はないかもしれないが、それでも・・・お前は独りじゃない。少なくともこれからは違う」
詫びるように静かにそう告げた。詭弁だとしても、もし彼女の孤独に決着を付けられるのは俺だけだ。
「――なにを!」
押し殺したような声、押し殺してきた感情の一部が声にならない叫びとなって木霊となって響いた。
「もう、いいんだ。お前はもう戦わなくていい。――――あとは、俺が戦うよ」
俺にできる唯一の事、それは雪那の代わりを務めること。いや、俺が果たすべきだった勤めと、五年前背負うべきだった責任を今から背負うことだ。たとえ、雪那の想いを踏みにじったとしても、俺は雪那を解放する。
どうも、みなさん速さの足りないbig bearです。本編放置でなにやってん(Ry
今回は今まで書いた中で、一番短い話です。話進んでないじゃないかという、自覚はありますのでお許しください(懇願)
では、こんなだめ作者と拙い文章ですが、どうかこれからも暖かい目でよろしくお願いします。
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