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バーンドアウトヒーローズ  作者: big bear
第二部 ジエンド・イズ・ナイ
39/45

NO.039 ワンダリング・エッジズ

 彼は諦めた。精神(ココロ)も身体も目の前に迫った死を粛々と受け入れている、もはや、いかなる抵抗も意味を成さず、迫る凶刃を止めうるものはどこにも存在しない。彼を守れろうと奮戦したUAFのH.E.R.Oたちは全て倒され、彼と死神の間に立ち塞がるものは何もない。向き出しの恐怖()にただ身体一つで向き合うのことしか彼にはできなかった。


「――あ、ああ」


 蒼い鬼火が彼を正面から捉える。何の感情も浮かんでいないそれはただ只管に恐怖を煽り立て、僅かに残った死への克己心を容赦なく微塵に砕いた。魂までもが青い炎に晒され、焼け焦げていくような錯覚、身体を動かそうとする意志はとうの昔に焼け付いていた。


 踏み越えた障害には目もくれず、黒い死神は静かに厳かに罪人へと歩み寄る。蒼白い燐光が尾を引く、ついぞ彼らには振るわれなかった蒼光の刃が輝きを増していく。


「――ッあああああ!!」


 ただ目の前で誰かが殺されるのをただ見ていることは彼らにはできない。それが例え、どんな卑劣な悪人であったとしても、今の彼らの任務はその極悪人を守ることだ。いかなる攻撃が通じずとも、それでも傍観することはできない。文字通りその身を盾にすることすら厭わぬことこそ、彼らの誓いなのだから。


 息を合わせたヒカリ、ソレンソン、ラーキンの時間差攻撃。例え一人が防がれようとも、残りの二人が、二人が防がれようとも、最後の一人が敵の動きを読んで確実に攻撃を通す。手本ともいえるほどに完成された波状攻撃だった。


 だが、何度立ち上がろうとも同じことが繰り返される、死神の歩みを止めることは誰にもできはしない。背後からの一撃をこともなげに死神は退ける。にした得物を振るうことなく、柄と無手の左手だけで続けざまの三人の攻撃を受け流し、彼らの体制を崩して、峰と柄で頭や背中を打つ。まるで彼女達がまだ立ち上がれることでさえ、掌のうちにあるかのように最小最短の動きで彼らを制圧してみせる。そのまま、倒れた彼らに当然あってしかるべき止めの一撃を放たぬままに、死神は罪人のもとへと辿り着いた。


「――や、やめろ、やめてくれ……」


 搾り出したかすれるような声とは裏腹に精神も身体も来るべき結末を当然のように受け入れている、逃げ出そうとする手足は萎え、ただ恐怖に打ち震えることだけが唯一彼に許された自由だった。


 あらゆる障害を退けて、刃が振り上げられる。そうして、一切の感情を排したまま、一片の慈悲もなく、裁きが下され、再び鮮血が舞った。


◇   ◇   ◇    ◇   ◇   ◇   ◇  ◇   ◇   ◇   ◇


 気付いた時には体が動いていた。あまりにも咄嗟の事に、死神でさえ反応が遅れるほどに、彼女の行動は誰にとっても予測外だった。


「――何故」


 目の前で起こった現実を否定するように死神が言葉を漏らした。彼の刃が罪人を仕留め損なうことなど一度たりとも無かった。だというのに、振るわれた刃は罪人を切り裂くこともなく、命を刈り取ることもなかった。


 代わりに刃を朱に染めたのは罪人ではない者の血だった。身を盾にした彼女を刃は容赦なく切り裂いていた。その光景に、誰もが、死神でさえもが、驚愕に停止していた。


「――ッ」


「ヒィィッ!」


「岩倉!!」


 仲間たちの声が遠のいていき、奇妙な声が漏れる。右の肩口から肺の寸前まで、袈裟懸けに刃がヒカリの身体を切り裂いていた。流れる血は止め処なく、遠のく意識を意地と根性で繋ぎとめていた。


 何故と、問われたところで彼女には答える術がなかった。だだ咄嗟に体がそう動いていたとしか言いようがない、そこに何か明確な理由は存在していないのだから、問われたところでそうすべきだからそうしたという以外の答えを返しようがなかった。


 それだけの理由で、いやただの理由にも満たない義務感のために彼女は自分の命を投げ出していた。それも、それは悲壮な決意や壮絶な覚悟を踏み台にしてではなく、条件反射のように体が動くほど彼女にとっては当然の事だったのだ。逆に言えば彼女にはそうしない理由がなかった、身を投げ出すことをためらうような未練も、執着も彼女には思い当たらない。だからこそ、なんの戸惑いもなく最適解に身を投げ出すことができた。それは聖者の殉教であり、また世を憂いた厭世家の手の込んだ自害のようでもあった。


「――――」


 その姿に鉄面皮の死神が僅かに揺らぐ、おびえたように怯み、よろめき、後悔するように刃が引き抜かれた。はじめて人を手に掛けた時と同じように、死神の刃が呆然と震えていた。


 それと同時に、ヒカリが血溜まりに倒れこむ。そのさまを見ながらも、他の三人は指の一本すらも動かせずにいた、初めて目にする死に瀕した仲間の姿が彼らからまともな思考を奪い去っていた。


 意識が消えていくのを知覚することができた。血の気が引くように手足の感覚も消えていき、流れる血の感覚だけが彼女に残されたものになる。この感覚を味わうのは酷く久しぶりの事だった、ずっと昔に一度だけ味わったその感覚をヒカリは永遠に忘れはしない。命を感じながら死を感じる。生があるからこそ死が、死があるからこそ生があるのだと、否応なく実感させられるこの瞬間を懐かしいとさえ感じられる。十五年前に味わったその時の感覚と今味わっているこの瞬間は何も変わらない。


 だからこそ、思い出す。血のように真っ赤な夕暮れ、いまだ火の燻り続ける廃墟の街、足に感じる強烈な痛みと胸抱いた小さな暖かみ、そして目の前には白く大きく力強い背中。その背中がどうしようもなく終わりを実感させた。あの時とは違い彼女に差し伸べられる手はどこにもなかった。


「……ごめんね、シン………お姉ちゃん、また約束……」


 黒い染みに塗りつぶされていく意識の中で、唯一の心残りが最後の縁になった。あの日の約束、固く握った手と消えていく体温に誓ったあの約束、その約束を破ってしまうことが堪らなく悔しい。それだけが彼女の意識を繋ぎとめていた。だが、それも長くは持たない。いくら後悔したところで、流れてゆく血を止めることも、消えていく意識を繋ぎとめることはできはしないのだから、直ぐにでも終わりは訪れる。


 薄れていく視界の中で彼女が最後に目にしたのは、白銀の光とあの日と変わらぬ力強い背中だった。


◇   ◇   ◇    ◇   ◇   ◇   ◇  ◇   ◇   ◇   ◇


 俺は昔から我慢強いほうではない。いつでも冷静なほうだと思われてはいるが、その実直情径行が過ぎるのはある程度の知り合いなら知っていることだ。何時も何かあると言葉よりも先に手が出ている、しかも、そのときにはほとんど後先を考えていないか、考えていても意識的に無視しているかのどちらかだ。


 今回の場合は後者だった。ほんの数分前、部下たちとの通信が不能になったその瞬間に俺は行動を決めていた。途中手に入れた見取り図と最後の通信に寄れば部下たちがいるのは施設中央の通信室、俺たちがいるのはそこから三つ離れた区画だった。ぶち破らなきゃいけない扉の数は三つ、その程度なら施設全体への損傷は避けつつ、扉をぶち壊せる。そう頭の中で算段をつけた瞬間には体が動いていた。


 冷静になれと忠告する滝原の声も耳には入らず、扉を蹴破りながら強引に先に突き進んだ。当然、その最中にいた実験体を残らず蹴散らし、道は作ってきた。後ろを遅れて着いてくる滝原のことを絶えず意識しながらも、自分がどうしようもないほどに動揺していることに気が付いていた。


 その最中も嫌な予感はどうしようもなく付き纏っていた。先へ進むごとにその予感は血の臭いと共に強まっていく。


 通信室に繋がる最後の扉をぶち破った瞬間、予感は現実へと結実した。倒れている誰か、床に広がる血溜まり、そのそばに佇む黒衣の何か、それを呆然と見ている部下たち、状況を理解するよりも早く、体が動いていた。


「――――!」


 一切合財を考えず、右の拳を叩き込む。外套を殴りつけた拳から奇妙な感触が伝わってくる、衝撃を全て分散されたような違和感、それでもかまわず高出力のエネルギー波を至近距離でぶちまける。どんなからくりで防いだかなど、全くもってどうでもいい。


 まだ()ってはいない、続けざまの足刀、それに併せてさらにもう一撃、勢いを活かした裏拳を叩き込み、敵と部下との距離を離す。感情(ココロ)(イカリ)に染まっていても、思考(アタマ)は冷静に動いていた。


 足元から這い上がってくるトラウマを、かすかに聞こえる呼吸音と鼓動が振り払ってくれる。感情はその事実を認識したことで、いくらか熱が醒めた。まだ生きている、スーツの生命維持機能が機能している限りは彼女の命は繋ぎとめられている、それもそう長くはないが、良くて後数分、その間に治療すればまだ岩倉は助かる。治療すれば、だが。


「ソレンソン!! 呆けている場合か! まだ間に合う、とっとと動け!!」


「ッはい!」


 呆けている部下たちを怒鳴り上げる。ソレンソンは一応衛生兵(メディック)だ、この場で岩倉を救えるのはソレンソンしかいない。そうだというのに、一体何をやっているのだ、こいつらは。どうして呆けていたかは分かるが、何時までもそうさせているような贅沢は今は許されない。


「ラーキン! 尾村! 邪魔だ!捕虜を担いで下ってろ!!」


「す、すいません、直ぐに――」


 その後ろで倒れている白衣の男の方は気絶していること意外は全くの健康体だ。恐らくはここの研究員、あんな研究をやっていたクソ野郎が無傷で岩倉が傷を負う。しかし、そのことに怒りを感じるのはあとだ、いまはそのときじゃない。


 怒鳴りながらも、目の前の敵から一瞬たりとも注意を逸らさない。そこに来てようやく正しく敵の姿を認識した、黒い外套を纏った髑髏の死神、そうとしかいいようのない陳腐な夢物語を体現したような姿だった。身にまとう外套から伸びた影が周囲の光を侵食し、その陳腐な姿を現実の悪夢へと昇華させている。だが、真に認識すべきなのはこけおどしの見た目などではない。奴は本物の死神などではない、ただの敵だ、それ以上でも以下でもない。


 先程の連撃をまともに受けても目の前の敵はダメージを受けていない。目の前の敵は難敵だ、直に感じる威圧感がその事を裏付ける。しかも、こいつは港で副支部長とマフィアどもを皆殺しにして、ここではこの施設の人間の大半を殺しつくした下手人だ。そして、こいつは今俺の部下を、岩倉ヒカリを殺しかけた。そこまで分かっていればそれでいい、それだけで十分だ。


 地を這うようにして姿勢を落とし、全速力で真正面から突っ込む。瞬間的に右腕の出力を全開にする、まとう光は刃にも、盾にもなる。敵の得物は不気味なほどに長い長刀、蒼白く輝くその刃は死神のようなその姿に相応しい。


 死ならば数え切れないほど越えてきた。今更死神など恐れはしない、恐れず怯まず一瞬たりともスピードを緩めずに、フルスロットルで駆け抜けた。


「――――ッ!!」


 盾のように構えられた刀の上から拳を叩き込んだ。蒼い刀身と纏った光が反発しあい、眩いスパークを放つ。狙い通り拳で刃と打ち合うことはできた、だが、伝わる感触は今まで感じたことのないもの。今まで戦ってきたどの敵のそれとも違う。防がれるのでもなく、受け流されるのでもなく、反発しあっている。一体どうなっているのかはわからないが、どうでもいい。


「はああああ!!」


 鍔競り合った状態から、右腕の出力を引きあげて、そのまま上方へと刃を弾いた。明らかに反応が鈍い、今が機だ。そのまま体勢を立て直されるよりも早く、追撃の左を放つ、タイミングは完璧だ、この間合いなら返す刃は間に合わない。


「――なるほど」


「…………」


 計りきったタイミングの一撃を止められた。想定の範囲内ではあるが、驚くべきことでもある。こいつの反応速度は俺達(ゼロシリーズ)と同じくらい速い、並みの攻撃なら今のように防がれる。ただの白兵戦では仕留めきれないのは明白、現状では手詰まりだ。


 反撃を試みる時間を与えずに、防御の上から振り下ろすように蹴りを入れる。ダメージは通っちゃいないが、衝撃までは殺せない、衝撃に身体を引いた死神とその場に留まった俺、お互いの間合いが離れる。


「――01! もう止めないわ、私たちは退くから好きに暴れて! ただ――」


「分かってる、できるだけ施設を壊すな、だろう? できるだけ気をつける」


 背後から追いついてきた滝原の声が聞こえた。流石は滝原だ、ありがたい。今追いついてきたというのに、瞬時に状況を把握し、俺が今どうして欲しいのかまでを導き出している。俺がここで暴れれば、死に掛けている岩倉はもちろんの事、他の部下たちや滝原も巻き込みかねない。退いてくれれば、それを気にせずに暴れられる、当然この研究所をぶっ壊すことにはなるが、捕虜を確保できたのだから、この際そんなのは必要経費として割り切るしかない。それに、こいつが何者で、何が目的であれ、独力でこの研究所に辿り着き、独力でUAF内の裏切り者を見つけ出して殺している、捕らえれば何か収穫はあるはずだ。


 そこまで決めたところで、改めて死神と向かい合う。まだ隠し玉を持っているにしても、。敵の戦力は先程の白兵戦で大体は計れた。ただ捕らえるのはかなりの難行だが、殺す気でいけば方法はある。四肢を圧し折るなるなんりで動きを止めればいい、最悪死んでなければあとの状態はどうだっていい。


 こいつを倒し、捕まえる、それがすべきことだ。だから、後ろは振り返らない。岩倉が死ぬことはない、必ず助かると自分に言い聞かせ、記憶を振り払う。あの時とは違う、違う結末へと俺が変えてみせる。


「…………0、1、01」


「こいつ…………」


 滝原たちが岩倉を運び出している間も、目の前の死神は構えを取ることもなくただ呆然と立ち尽くしていた。これだ、先ほどといい、今といい、こいつはやる気があるのないのか、まるで分からない。ここの職員どもを惨殺し尽くした異常性も残虐性も、あまつさえ攻撃性もこいつは発揮していない。


その気になれば、部下たちを皆殺しにするのは簡単だったはず。だというのに、岩倉以外は軽傷しか負っていない。重傷の岩倉にしても、即死ではない。今までの犠牲者は悉くが一目で分かるほどに、完璧に殺されていた。岩倉もそうなってしかるべきだった。だが

こいつは刃を止めた、両断出来た一撃を自らの手で止めた。


頭の中で疑問と焦燥が混じりあう。 矛盾している。今までの殺しぶりと今のこいつの様子がどうしても噛み合わない。こんなことは今まで経験したことがない、一体こいつが何を考えているのか、まるで見当がつけられないでいるなんて初めてのことだった。


「……01、ああ………そうだ、彼だ、違いない、だが、それはできない、彼はそうじゃない、それは正しくない、私はそうではない。もう間違いは犯せない」


「……今度は一体なんだ?」


奴の突飛な行動の変化が思考を遮る。死神は震えるように、頭を抱えると、小さな声で何かを呟き始めた。 わずかに聞き取れる言葉からは一切意味を読み取れない。狂人の戯言と同じだ、いや、そのものと言ってもいい。少なくとも目の前のこの死神はまともな精神状態ではないだろう。


「……それはできない、駄目だ、諦めろ。お前がなんと言おうと、彼はそうではない。あれは正しかった、それだけのことだ。奴を追う、彼らとは戦えない。なぜこんな簡単なことが理解できない」


 俺を無視して、死神は何かと会話を続けている。声のトーンは大きくなり続けているが、俺はセラピストでもなければ、ここは相談室でもない。こいつの一人芝居にいつまでも付き合っている義理はない、仕事は一つ、戦うこと、ただそれあるのみだ。


 通信は相変わらず不能だが、それでも滝原たちが退いたことぐらいはわかる。引き際の良さは良く知っている、あとは岩倉の往生際の悪さ次第だ。胸中に蘇る不吉な記憶と痛みを意識から締め出し、意図的に信じるべきことだけを頭の中に残す。アイツは大丈夫だ、まだ助かる、あの時とは違う。そう思い込み、精神を感傷は俺の贅沢だ、今はやるべきことが目の前にある。


 確りと足を踏み込み、出力のたがをもう一つ外す。今度の一撃は一味違う、小細工満載のそのふざけたマントごとぶち抜いてやる。一発は岩倉の分、もう一発は俺の八つ当たりだ。何時も何時も連れて行くべき奴を連れて行かず、連れて行くべきでない奴を連れて行く責任は取ってもらう。本物でないのは知っている、だから、これは八つ当たりだ、思いっきりやってやる。



どうも、みなさん、big bearです。今回は戦闘シーンとの按配が丁度いい……はず。では、こんなだめ作者と拙い文章ですが、どうかこれからも暖かい目でよろしくお願いします。

誤字脱字報告、ご意見、ご感想、ご質問等ございましたらぜひぜひお書き込みください。

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