NO.038 リーパー・アンド・ブレイブス
彼らが辿り着いたのは今だ血に染まっていない広く開けた部屋だった。殺風景な部屋の壁には十数個のモニターが備え付けられ、その正面に巨大なコンソールがあるのみで、他には大したものは置かれていない。それまでの区画に所狭しと並べられた培養ポッドも、空の檻も、この部屋には存在していない。だというのに、この殺風景な部屋は他のどの部屋よりも強固で厳重なセキリティの掛けられた防護扉に守られていた。
「――通信室? にしては偉く厳重な警備だったな」
「とにかくここになら情報が残されているかもしれません。ハッキングして――ッ!」
設備から当たりをつけたラーキンの言葉に同意して、岩倉が指示を出そうと、周囲を見回したところで、それに気が付いた。コンソールそのすぐそばに小さくうずくまった白い何か、また死体かと内心僅かに失望を感じるよりもはやく僅かに動くその背中が目に入った。
「ソレンソンさん! あの人、生きてるかもしれません!」
「え~ほんと?」
小刻みに動くその背中に岩倉が走り寄る。その後ろを少し遅れて、衛生兵としてのライセンスを持ったソレンソンが付いていく。もし傷を負っていたとしても、致命傷でなければ今の装備でも治療は可能だ。
「――UAFです! 動かないでください!!」
「あ、ああ」
用心のため銃口を向けながら近づいてくる岩倉の言葉にうずくまっていた白い背中が振り向く。恐怖に引きつり、噛み切らんばかりに唇をかみ締め、憔悴しきった男の顔。醜く疲れ果てたその顔が彼らを認識したその瞬間に子供のように笑った。
敵である彼らを前にして、彼は笑った。その奇妙な状況に岩倉たちが困惑するよりも早く、彼は悲鳴のような声を上げる。
「よ、よし! 間に合ったぞ、間に合った! これで死なずにすむ、これでやり直しが効く!」
男はふらふらの足で立ち上がると、先程とは打って変わって両腕を振り上げて、歓喜の叫び声を上げた。もはや、ヒカリたちのことさえ眼中にないといわんばかりに喜びに身を任せていた。
「――動くな!! じっとしていろ!!」
「っ痛!? な、なにをする!?」
今にも踊りだしそうな男をラーキンが取り押させる。この男が何者であれ、何時までも放置しておく理由はない。身に纏った白衣やこの最高警備の敷かれた場所にいることから考えても、この男はこの施設の中でも重要な立場にいる人間であることは容易に推察できる。ようやく見つけた生きている情報源だ、確保するのは当然至極のことだった。
「グラナダ憲章とUAF規約に基づいて、お前を逮捕する。お前には黙秘する権利がある、お前の証言は――」
「お、お決まりの文句か……いいぞ、私を逮捕しろ! 早くここから私を連れ出してくれ!」
「あ? なにを言ってんだ、こいつ?」
「ゼ、01は居ないのか!? は、早く彼の元に私を届けろ、こ、ここには居たくない!!」
「わかった、わかった、すぐに連行してやるから、大人しくしてろ」
何の抵抗を示すことなく男は拘束受け入れた。後ろ手で手錠をかけられ、行動規制用のデバイスを起動されても、男は言葉の通り自らの逮捕を促していた。その表情はとてもこれから捉えられ幽閉させれる男の顔おもえないほどに、解放されたことへの充足感と喜びに満ち溢れていた。
だが、彼らにその不気味なまでの男の奇妙さに疑問をさしはさむ余地はない。捕らえた敵に憎しみを哀れみも疑問も憶えてはいけない。それは訓練校でも叩き込まれる彼等UAFに所属する戦士たちの不文律だ。どんな種類のものであれ戦場では感情を隔離する、不安定な力を制御するための手段として編み出されたのがこの不文律だった。
手早く拘束を済ませ、周囲を警戒する。少なくとも近くには敵の反応がないことを確認して、彼らはようやく一息吐くことができた。ヒカリたちは自分たちがあげることのできた成果に多少の満足感を感じる余裕すらも少しづつ生じてきてさえいた。音もなく忍び寄るそれに誰一人として気付かずに、彼らは束の間の休息を噛み締めていた。
それから逃れることはできない、静かにだが確かに、それは彼らに迫ってくる。
「尾村さん、通信開いてください。生存者を確保したと報告しましょう」
「おう、直ぐに――――ん? なんだ?」
「~~っ!?」
専用回線で繋いだはずの通信に強烈な雑音が混じる。神経を踏まれるようなノイズの強烈さに全員が思わず耳を庇う。
「お、俺じゃねえよ、通信がおかしいんだよ。一体何が原因で……」
全員の批判の視線を浴びて、思わず尾村が怯む。妨害を受けず、なおかつ傍受もされない長中距離データ通信関連は全て技官、つまり工兵たる尾村の領分だ。部隊全隊の命脈を繋ぐ工兵にはミスは許されない、通信障害が発生して真っ先に責められるの彼らであるのは致し方ないことでもある。しかし、今回に限り彼の責ではない、通信に混じる強烈なノイズの正体は全くもって彼らの慮外の問題だからだ。
「ッ!」
「ヒィィィ!」
ノイズに続けざまに、部屋を照らす病的に白い証明に陰りが混じる。チカチカと明滅を繰り返す照明ただそれだけのことなのに、彼らの胸中に言い様のない不安が湧き上がる。これまで感じていた惨殺体や血しぶきに対する不快感や拒絶間とは全く違う、正体の摑めないどうしようもない不安がどんどん膨れ上がっていく。
「な、なんだ? 停電なんて起こるはずが……」
「……奴だ、奴が来たんだ! どうやってここに……」
尋常ではない男の怯えぶりが彼らの不安に恐怖の彩を加える。訓練で押さえつけてきた感情の堰に蟻の一穴が空いた、そんな感覚さえ覚えるほどに恐怖は確実に彼らの背中に迫ってきていた。
「奴って、まさか……」
「ここまでに転がってた奴らをやった奴の事だろうな、どうする、分隊長?」
「……尾村さん、通信はどうですか? 回復できますか?」
「今やってる!」
臨時の分隊長に任命されているヒカリの指示も虚しく、通信は回復しない。この男がスピーカーのように繰り返している奴というのはこの施設の研究員を皆殺しにした犯人の事で間違いないだろう。となるとかなり拙いことになる、この犯人の戦闘能力は直接対峙せずとも、これまで見てきた死体の山や無数の実験体の残骸から簡単に予測できる。認めたくはないが、今の彼らではどうやっても勝てないのはゆるぎない事実だ。01と合流しなければ捕虜どころか自分たちの命を守ることでさえ難しいだろう。
明滅する照明に、通信を妨害する正体不明のノイズ、状況は刻々と悪くなっている。何もかも理解できないまま、彼らは逃れ得ない泥の沼のそこへと引きづり込まれていく。
そうして、自覚もないまま、彼らは死と対峙することになった。
「に、逃げろ! 私を連れて逃げろ! はやく01と合流しないと奴に殺されてしまう! わ、わたしが殺されればお前たちだって困るはずだ! そうだろう!?」
「うるさい! 黙ってろ! 今デリケートな作業をしてんだろうが!!」
通信回復試みる尾村の努力も成果を上げられない、彼等は仲間に助けを求めることすらできずに単身最悪の敵の前にその身を晒すことになった。
「……移動したほうがいいかもしれません。ここでその犯人が来るまで待つよりも、積極的に隊長たちと合流したほうがいいと思います」
誰にも悟られないように静かにヒカリはリミッターを解除した。身体に走る鈍い痛みを気にしているような暇はない。どうしようもなく迫る恐怖を前に彼らは最高の警戒と最大の戦力を持って臨んだ。思考は恐怖に毒され、止りかけていても、訓練で骨の髄まで刻み込んだ技術は最適の回答を導き出していた。
「賛成だ。この部屋は丁度、施設の中央付近にある逆側から出ればすぐに隊長たちと合流できるはずだ」
「決まりね、とにかく移動しましょ………え?」
最初にそれを見つけたのはソレンソンだった。あまりの衝撃に、恐怖が湧き上がるよりも早く思考が停止した。目の前の光景のあまりの現実味のなさにそれが何を理解することができなかったのだ。
ソレンソンの後を追って、残りの三人の瞳が同じ方向を向いた。ほんの一瞬で、全員がそれを認識した。それはサイボーグやNEOH、ESP能力者を相手取ってきた彼らをして始めて目撃する何かだった。彼らが通ってきた通路を黒い不定形が通路を覆い尽くしている。天井の照明を食いつぶして進んでくるそれは彼らの理解を超えた何かだった。数秒の間、彼らは何の行動も取ることができずにただ形のない闇を見詰めていることしか出来なかった。脳も身体も当然あるべき反応を停止していた。余りにも認識を凌駕したそれは彼らの全てを凍りつかせていた。
「――なんだよ、ありゃ」
闇はゆっくりと彼らの居る部屋へとにじり寄って来る。その闇の中心に人型の何かが居る、闇と一体化しながら確かに存在感を放つ人型のそれをヒカリたちは見ていることしかできなかった。
「……死神だ、奴が来たんだ、追いつかれてしまった! い、いやだ、死にたくない! 私は死にたくない!!」
恐怖に駆られ、男が身を身をよじる。走って逃げ出すことは拘束用のデバイスが許してはくれないが、それでも男は逃げ出そうと必死だった。
「……死神」
どうにか男を押さえつけながら、ラーキンが男の言葉を震える声で反芻した。理性は死神を否定しても、感情と直感は目の前の存在をそうだと決め付けてしまっていた。
蒼い鬼火のような双眸がヒカリたちを射抜く。闇に溶け込むような身体とは相反して、宙に浮かぶ髑髏と鬼火は不自然なまでに存在を主張していた。滑稽にさえ思えるはずのありふれた恐怖の象徴に彼らの体が震える。腹の底から湧きあがるような根源的な恐怖にただ従うしなかった。
恐怖に膝を屈した彼らに興味を失ったのか、もともと興味など持っていなかったのか、彼らを無視して死神は足音もなく近づいてくる。だらんとたらした右手の得物が床に触れるたびに悲鳴の用の音が上がり、血痕のように淡い光が尾を引いていた。
「――違う、これは違う」
根源的な恐怖の前に膝を屈した四人の中で、ヒカリだけが恐怖以外に違和感を感じていた。僅かに抱いた違和感に縋って、止りかけている思考を無理やり動かし、その正体を探る。そうでもしなければ、立ち上がる事を諦めてしまいそうだった。
なにが違うのか、彼女にもその真相は分からない。だから、記憶を辿る。走馬灯のように迅速に、一瞬で記憶を覗いていく。ギガフロートであのESP能力者と相対した時か、いや違う。では、あの時、01とであったあの時か、いや違う。思い当たる限り、全ての臨死体験を思い返しても、そのどれもが答えには程遠い。ではなんだ、一体何時だ。何故自分がこの紛れもない死を前にして違和感を感じたのかさえ分からないが、それでも身体は動くようになった。笑う膝を叱咤して、酷くゆっくりとだが、立ち上がっていく。
「……そこで止りなさい。貴方が何者であれ、これ以上の殺人行為は容認できません」
「――岩倉?」
確りとした声でヒカリは言葉を発した。足は震えているがそれでも立ち上がれた。違和感の正体には辿り着けないが、それでも、考え続けている限りは恐怖に屈せずに立ち上がることができる。今はそれで十分だ。
なけなしの勇気と使命感を振り絞り、正面から改めて、目の前の死神を見据える。不定形の闇のように見えたその姿に確かな形を得ていた。血にぬれた黒い外套、頭部のあるべきその場所には外套とはま逆の白く焼け焦げた機械の骸骨が鎮座している。右手に握った蒼く光る長刀といい、その出で立ちといい、まさしく死神そのものだった。
構成する要素のすべてが人の恐怖を煽る、そのためだけに特化した存在のように感じられた。だが、それでも形のない恐怖よりは形のある恐怖のほうがまだいい。恐怖とは理解できないことだ、即ち恐怖を克服するということはその恐怖を理解することに他ならない。だからこそ、姿のない不定形の闇よりも、姿を持った死神のほうがまだ理解はしやすい。姿を持った敵ならばまだ戦いようもあろうというものだ。
「ッ止りなさい! これ以上近づけば――」
「――――」
恐怖を乗り越えて立ち上がったヒカリに何の関心を示すこともなく、死神は歩を進める。視界に存在する全てが存在しないかのように死神は彼らの、いや彼の元へと近づいていく。死神の双眸が獲物を射抜く、切っ先は鋭く標的の血に飢えていた。
「……む、無理だ、岩倉、俺たちじゃどうしようもない、逃げるしかない」
「そういうわけにはいかない。ここで逃げ出したら、約束を違えたことになるから、例え死んでも、それだけはできない」
決意を込めて、前へと踏み出した。その瞬間、記憶が脳裏を過ぎった。あの日の記憶、十年前のあの日、彼女が死んで、彼女が生まれたあの日、焼けた瓦礫と手の中に感じる心地よい温もり、そして、目の前には大きく力強いその背中。そうだ、あの時感じたあの恐怖と今このとき感じている恐怖は確かに違う。もっと恐ろしいものを知っている、ただ命を奪われることとは比べ物にならない恐怖を知っている。そうであるからこそ、前に進むことができるのだ。
「――交戦します、できるのならその間に捕虜を連れて逃げてください。お願いしますね、ラーキンさん」
ここで自分が死んだとしても、仲間は生き残り、情報は持ち帰られる、それが現状で取りうる最善策だ。限りなく正解に近いその選択を他でもない彼女の仲間が否定した。
「……そういうわけにもいかん、仲間を見捨てて逃げられるほど腐っちゃいない」
「しかし……」
「そうね、ノッポくんの言う通りよ、ヒカリちゃん。こう見えても意地くらいはあるんだから、かっこつけさせなさいよ」
「……一人で逃げ出したら、袋叩きだろうしな」
彼女に続くように残る三人も立ち上がる。今だ四肢は震え、心は恐怖に歪んでいるが、それでも彼らは自らの言葉で自らを奮い立たせ、立ち上がり、武器を構えた。歴戦の勇士とは言い難くとも、それでも彼らは間違いなく戦士たちだった。
「――――」
「ど、どうするよ、死神さん。こっちは三人だぜ、撤退したほうがいいんじゃないか? というか、撤退してください、マジで」
精一杯の虚勢を張った尾村の言葉に反応することもなく、死神は彼らの目の前で立ち止まった。彼我の距離は五メートル弱、一息で詰まるその間合いで、死神は止った。蒼色の炎は目の前に彼らを見てはいない、死神が見初めているのは彼らの背中に庇われた罪人だけだった。
「……私が突っ込みます。援護してください、時間を稼げば必ず隊長が駆けつけてくれます」
「分かってる! 行くぞ!!」
ヒートナイフに切り替え、銃を放棄する。悠長に銃で狙えるような隙は晒してはくれないだろう。白兵戦しかないが、勝算がないわけではない、命をチップにすればこの不利な賭けをひっくり返すことでさえできるはずだ。今この時を越えられるのなら、明日を捨てることすら厭わない、それが彼女の強さであり、脆さでも在った。
さらにリミッターをもう一段階解除し、全速力で床を蹴る。瞬間、砲弾のようにヒカリは突っ込む。不意を打つような高尚な技術ではない。ただ我武者羅で、真っ直ぐな突撃だった。
「―っりゃああ!!」
「―――」
すんなりと敵の間合いをすり抜け、自分の間合いに踏み込む。敵の得物は長刀、こちらの得物はナイフ、至近距離ならばこちらに部があるのは自明の理だ。
「――!?」
そんなありきたりの理は当然のごとく跳ね除けられた。一瞬の交差、至近距離まで接近を許した死神は最小の動き、刀の柄だけでヒカリの攻撃をいなしてみせる。たったそれだけの動作で、光は体勢を崩された。
「ッ岩倉!」
間髪入れずの三重の援護射撃が死神に殺到する。数十発の電磁弾頭が嵐となって渦巻いた。死苦味を嵐が包み込む、その一瞬でヒカリは体勢を立て直す。目の前では闇色の外套が嵐を真っ向から受け止めていた。ただの外套など容易く貫くはずの弾丸はその表面を滑るだけで、逸らされた弾丸は周囲の壁や床を抉り、野放図に破壊を撒き散らす。
閃光のような弾丸の嵐の中を死神は悠然と進んでいく。無数の攻撃をも意に介さず、ただ獲物だけを死神は見詰めていた。
「射撃が駄目なら、私が!!」
無防備にさえ見える背中に猛然と切り掛かる。何の原理化は見当もつかないが、あの外套は生体装甲を貫通しうる電磁徹甲弾さえも弾き飛ばしている。だが、あの死神はヒカリの攻撃は刀の柄で受けた。ヒートナイフでならば、ダメージを与えうるかもしれない。
「――――」
「……っなんてデタラメ」
思惑通り、一瞬で振り向いた死神が彼女のナイフを刀で受ける。驚愕はそこからだった、鍔競り合うナイフの刃に刀の刃が食い込む。赤色のナイフを蒼色の刀が侵食していく。生体装甲を切断できる最新のヒートナイフが切れ味で負け、あまつさえ切断されかかっている。
「離れろ岩倉! 一発かますぞ!!」
考えるよりも早く、体が動いた。ナイフを捨てて、転がるように身体を逃がす。頭上では、二つの円筒が宙を舞っていた。それが何か認識したと同時に彼女は自分の取るべき行動を瞬間的に導き出していた。
片方の円筒が先に破裂した。周囲十メートル範囲に強烈な電磁波が拡散し、範囲内の電子機器を無力化する、EMPグレネードだ。その効果は如実に現われた、死神の黒い外套が艶を失い、不定形の闇が姿を消した。
「行け行け行けェ! バーベキューにしてやれ!!」
二番目の円筒を銃弾が貫く。一拍遅れて、灼熱の花が咲いた、摂氏七千度の炎の雨が周囲の空気を焼き尽くしながら、死神の頭上に降り注いだ。その熱と効果に対して、驚くほどにこの徹甲焼夷手榴弾の加害範囲は狭い。見えていては回避されるのは確実だ、だからこそ、この一瞬は最高のタイミングだった。そして、その一瞬の間はまだ生きている。
「――限定変換、再生成!」
炎の花が咲いたその瞬間に、彼女は駆け出していた。コマンドを声に出し、プロトコルを実行する。右腕だけが光の粒子に再変換され、一瞬で武装が形成される。登録された武装の中でも、最も破壊力が高く、最も扱いの難しい武装を彼女は選んだ。単発式の杭打ち機、そのあまりのリーチの短さと一発こっきりというそのリスキーさを揶揄して、絶対に当たるロシアンルーレットまで揶揄されたその武装を彼女は選んだ。
「――――これで!!」
灼熱の雨の中を彼女は駆け抜ける。雨が降り注ぐのは僅か一秒の間のみ、この機械化装甲服なら、その一瞬は耐えられる。視界を遮る赤の雨の中、直感と経験に身を任せて、右腕のバンカーを射出した。遅れて伝わる確かな手応え、確実にバンカーは相手を穿った。
事前の打ち合わせ無しでの高度な連携、ベテランの特務隊員でも難しいそれを彼らはやってのけた。もし、彼らの教官がここにいれば、例え相手が自分でも仕留めうる一撃だったと、手放しに賞賛するほどの見事な連携だった。
「――そんな」
しかし、それでも届きはしない。最後の一撃、最高のタイミングで放たれた、命を掛けた一撃でさえも届かなかった。数秒の後、未だに燻る炎の中に死神は立っていた。死神を穿つはずだった杭は蒼い刃に中ほどまで切り裂かれ、外套を突破した炎の雨は彼の体の表面を僅かに焼いただけだった。彼らの妙技でさえ、死神の前には意味のない抵抗にすぎなかった。
死神は進む、どんな妨害も意に介さず、どんな場所であろうとも、どんなときであろうとも、死神は己の機能を行使する。機械が主を選ばぬように、兵器が相手を選ばぬように、そして、彼等が自己を省みないように、彼にはそれしかない。振るう刃は遍く罪人を刈り取り、無意味な死を積み上げる。何時かのその果てに、なにもかも殺しつくすことになろうとも、彼は止らない。彼が彼になったその瞬間から、立ち止まるなどという機能は失われているのだから。
どうも、みなさん、big bearです。久しぶりの戦闘シーンでございます、ご賞味あれ(白目)
では、こんなだめ作者と拙い文章ですが、どうかこれからも暖かい目でよろしくお願いします。
誤字脱字報告、ご意見、ご感想、ご質問等ございましたらぜひぜひお書き込みください。




