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バーンドアウトヒーローズ  作者: big bear
第二部 ジエンド・イズ・ナイ
36/45

NO.036 ヴィトレイヤー・アンド・イレギュラー

「――今回も外れ……みたいだね、あーあ、手間掛けさせてくれちゃって」


「……あ、あう、あ」


 脳髄まで毒に犯され、正体を失った肉人形をアンティークの椅子から引きずり落とす。乗っていた人物とその脳みその価値を考えれば、この椅子に相応しくないのは明白だ。椅子に使われた木材も、職人も、この男より、彼女に使われるのが本望だろう。


「いい加減飽きてきたよ、全く……」


 背もたれに寄りかかり、深く息を吐く。宝石のように煌びやかなドレスを肌蹴させ、足を机の上に乗せる。憂鬱な溜息をつく姿でさえ、(サーペント)は美しい。実際のところ、疲れているのは確かだ。身体も、精神も、元より常識の範疇にはないが、それでも一ヶ月間の不眠不休というのはさすがに堪えている。


 しかも、その一ヶ月間の洗脳行脚も大して成果も上がっていない。政府の高官、財界の要人、そして裏社会の重鎮、知りうる限りの心当たりを虱潰しにしてきたが、それらのどの脳内を覗いても目当ての情報は引き出せなかった。この、香港の執政官にしてもそうだ、大した情報を持ってもいないくせに、たいそうな警備に守られていたおかげで、近づくにも手間がかかった。成果の上がらない単純作業ほど嫌気の差すものはない。


 今回得られた情報は、いくつかある”組織”の地下研究施設の一つの位置情報だけだ。それも研究していているものは中々面白いが、それだけで規模も重要性もない。サーペントにとっては価値のない情報と言うわけだ。


「まあ、いいや、一応研究所の情報くらいは流してあげようかな。声も聞きたいし……ん?」


 だが、彼らにとっては違う。ただの位置研究所の確保でも、成果は成果、今の彼らにとっては喉から手が出るほどに欲しいものだ。この情報を流せば彼も喜ぶ、それは彼女にとっても重要だ。そう思い端末に手を伸ばしたところで、端末の呼び出し音が響いた。


 彼女のものではない。となると、そこで廃人になっている執政官のものだ。


「――なんだ、言わなくても知ってるんじゃないか、近くにいるならそういってくれればいいのに」


 わざわざ端末に触れずとも、秘匿回線でもない通信程度、彼女にとっては読み取るのは造作もないことだ。届いていたのはメッセージ、内容は簡単明瞭。敵がやってくる、どうにかして自分たちの逃げる時間を稼いで欲しい、そんなありきたりなSOSだ。”組織”の研究施設を襲撃するのは、UAFしかない。そして、重要なのは最後の一言、彼」(ファースト)と(……)が来ている、自分たちではどうにもできない、その言葉だけだ。


 彼が来ている、その事実だけで疲れた身体に力が湧き上がって来る。我ながら単純なものだ、だが、それが愛と言うもの、それが彼女の全てである以上致し方がない。


「……じゃ、会いに行っちゃおうかな、すこしはご褒美がないと割りにあわないし」


 意気揚々と立ち上がる、彼がすぐそばにいる。なら会いに行かない理由がない、だから、会いに行くまでだ。他に何も理由はない、理由など必要ない。彼は彼女の唯一の理解者で、彼女は彼を愛している、それが全てだ。そこに何が待っていようが、その結果何が起ころうとも関係ないし、構いもしない、得てして愛とは身勝手なもの、例え世界が止ろうとも彼女は決して止らない。

 

◇   ◇   ◇    ◇   ◇   ◇   ◇  ◇   ◇   ◇   ◇


 その場所は思った以上に辺鄙な場所だった。目の前にあるのは閉鎖されたはずの工場施設、幸いにも位置は幸運にも香港の郊外、中央からは遠く離れたこの場所には人通りはほとんどない。連中にとっても、俺たちにとってもそれは都合がいい。ここなら異相空間を展開しなくとも十分暴れられる。問題はない、そう問題はない……ただ一つを除いては。


「――さ、みんな準備して。ハイキングと行きましょう」


「は、はい、司令、あの……お言葉ですがその……」


「え~司令もついてくるんですかあ、珍しいですね~」


「司令、服務規程違反になります」


「え、マジな感じで付いてくるんですか? 司令、勘弁してくださいよ」


「滝原……」


 なぜか滝原が乗り気で着いてこようとする事以外には問題ない。何がしたいのか知らないが何故か今回に限って、現場に付いて来ようとするのかさっぱり分からない。対サイボーグ用の特殊拳銃まで用意して、一体どういうつもりなんだろうか。


「――む、なによ。人手が足りないんだから、こうするしかないでしょ?」


「いや、だが……」


 本隊を連れて来てない上に、香港支部の人員は使えない。つまり、今使える戦力は俺を含めて五人、”組織”の施設を強襲するには多少心もとないのは確かだ。それでも、生身も同然の滝原を同行させるわけにはいかない。滝原は指揮官だ、それも全部対を統括する司令官、万が一を起こすわけには絶対にいかない。


「私だってもともとは現場職(フィールドワーカー)だったのよ。自分の身くらいは自分で守れるわ、それに――貴方がいるわ、何があっても守ってくれる最高の騎士(ナイト)がここにいる。それで何を心配するって言うの?」



 滝原は俺の肩に手を置いて、誇らしげにそう宣言した。置かれた手からは揺ぎ無い信頼と自信を感じる。重たいがそれと同じくらい、この信頼は俺にとっては価値が有る。しかし、いまはそういわれても困る。どうやって説得したものやら……。


「そういう問題ではなくてだな……」


「司令、さすがに現場に出られるのは……」


 今いるメンバーでは一番年嵩で軍歴の長いラーキンが説得に加わってくる、神経は細いが言うべきことははっきり言うタイプだ。他の三人は物怖じしてまともに意見できはしないだろう。ずけずけとものが言える人材はいつでもありがたいものだ。


「――貴方達の言うことは正しい、確かにその通り。だけど、正しさもケースバイケースよ。議論の時間はないの。どう考えたって戦力が足りてないし、調査するにも、貴方たち五人だけじゃどうしようもないわ。私がいれば単純に戦力が増える、それに私のハッキングスキルは知ってるでしょ? 足手纏いにはならないわ」


「それは分かってるが、危険だ……」


 滝原の言葉の通り、彼女は足手纏いにはならないだろう。彼女の実力はよく知っている、もともと彼女は士官学校を座学、実戦、両方においてそれまでの記録を塗り替えて卒業したエリート中のエリートだった。第01特務戦隊(おれたち)と一緒に配属されてからも、前線指揮官(フロントコマンド)として数え切れない数の戦いを切り抜けてきた、あの日まではそうだった。ブランクはあっても、実力は現役のこいつらにも劣りはしない。


 そうだ、それは分かっている。しかし、それでもあの日の記憶がどうしても頭に過ぎる、五年前のあの日、全てを失ったあの日、滝原の左目を奪ってしまったあの日の事がどうしようもなく感情を食い潰していく。幾度となく味わったあの日の感覚が蘇る、部下たちの前だと言うのに手足が震えて、膝から崩れ落ちてしまいそうになる。だが、どうしようもない、俺はどうやってもあの日からは逃れることはできないのだから。


「――大丈夫よ、あの時とは違う。今度は貴方一人じゃない、もう少し肩の力を抜いて、周りを信じないと、ね?」


「――っ」


 滝原が笑い掛けてくる。片目だけの聡明な瞳が俺を射抜く、真っ直ぐなその瞳に怖気そうになる心を奮い立たせ、向かい合う。そうだ、この瞳から何時までも逃げてはいられない。何時か、真っ直ぐに俺を見詰めるこの瞳に恥じることなく向かい合えるように俺も俺でやるべき事をやらなければならない。前に進む、そのためにも今は目の前の事に全てをすべてを注ぎ込む、この心臓が燃え尽きるまで俺には果たすべき役目がある。今なすべきは一つ、何があっても滝原を守り抜くことだ。


 決意はできた、ならば後は行動あるのみだ。


「……全員、着装しろ。ソレンソン、ラーキン、岩倉は尾村を連れて裏に回れ、俺は正面から行く、いいな? そして――滝原、君は俺の後ろだ、付いてくる以上、現場の指揮は任せる。その代わり指一本君には触れさせない」


「――了解!」


 決意を込めた号令に全員がすぐさまに答える。覚悟はここにいる全員が持っている、迷いはない、全員が己の責務に命を懸けている。そのことが狂おしいほどに心強い、こういう瞬間こそ背負うものがあるからこそ立っていられるのだと実感できる。


「バイオコードを確認。着装開始(プロトコル・スタート)


 四つの無機質な機械音声と共に同じ数の光体が俺の目の前に顕現した。蒼白い光、動力炉たるプラズマエンジンを中心に分子化されていた機械化装甲服が次々と物質化を開始していく。俺達(ゼロシリーズ)の力を基礎として開発された分子再構成機構(トランスシステム)だ。このシステムのおかげで、装着に施設を必要としたかつての機械化装甲服(パワードスーツ)は携帯可能な腕輪程度のデバイスにまで縮小化できた。展開も数秒かからない。それでいて俺達のように身体改造の必要性もない、必要なのは資質と覚悟だけだ。彼女の求めた本来の力の形が目の前にあるようにさえ思えるほどに、この光景は俺にとっても価値のあるものだ。


 一瞬の後、目の前に完全武装の戦士たちが現われる。太陽を照り返す黒金の装甲に薄緑色の両眼が映える、肩にペイントされた盾の紋章は彼らが紛れもなくUAFのH.E.R.Oである証だ。


 ならば、俺も相応しい姿へと戻る必要がある。心臓に火を入れ、永久炉の光を解き放つ。生身の身体が分解され、本来の姿へと身体のすべてが立ち戻る。苦痛はない、全ては一瞬だ、痛みを感じる暇すらありはしない。光が晴れた頃には、俺の準備は完了している、後は戦いあるのみだ。


「――始めるわ、通信は常に繋いでおいて、逐次状況を連絡しなさい。合流場所は研究所内部、制圧を優先して、捕虜は出来る限りでいいわ。いいわね?」


「――了解!」


 滝原の言葉と共に発破がかかる。俺が指示するまでもなく、四人の部下たちは山間に紛れながら、拳銃の背後に回っていく。その姿には迷いはない、彼らの無事を願うまでもない、彼らなら何の心配もない、彼の姿にはそれだけの力強さがあった。

 


「――それじゃ、エスコートして頂戴、私の騎士(ナイト)さん」


「任せろ、怪物退治ならお手の物だ。姫の前で一番の手柄を上げてやるさ」


 どこか楽しげな滝原の軽口に軽口で返す。久しく忘れていた感覚だ、こんなにも落ち着いていて、こんなにも心地よいのは本当に久しぶりの事だ。隣にソレンソンは信じられる誰かがいてくれる、そんな単純なことがこんなにも安らぎを与えてくれるなんて忘れてしまっていた。


 五年前、あの日逃げ出してしまう前にもこんな暖かい記憶があった。思い出に縋っているだけなのかもしれないが、それでもこの暖かさは本物のはずだ。この暖かさがあれば俺は最後まで役目を果たせる、罪に塗れて地に堕ちても、あの日の思い出だけは本物でいてくれるのならそれだけで俺は報われるのだから。

 

 ◇   ◇   ◇    ◇   ◇   ◇   ◇  ◇   ◇   ◇   ◇


 迫ってくる、すでに(……)は中枢にまで進んでいる、研究所の守備戦力も、檻から放った猟犬たちにも、奴をとめることはできなかった。足止めさえも適わずにその全てが残骸に変えられた。彼が物言わぬ死体に変わるのも時間の問題だ。


 死が迫ってくる。恐怖に駆られて、足をもつれさせ、転びながらも、駆け抜ける。通信室に繋がる短い廊下が永遠にさえ感じられた。動悸に息を切らしながら、どうにか生体認証をクリアして、扉を開く。この扉の先は、この研究所のなかでも最高のセキリティの敷かれた場所、この中央管制室を使用できるのは管理者権限を持つものだけだ。そして、幸いにも彼はその管理者権限を持つ唯一の生き残りだ。


「コ、コンピューター! ここを隔離しろ!!」


「管理者権限を承認。中央管制室を隔離します」


 急いで駆け込んだ彼の背後で重厚な隔離壁が降りる。隔離壁の上から、さらにプラズマウォールまでもが展開され、完全に外部と内部を遮断する。一時の安全は確保できた、だがこの防護壁も何時破られるか分かったものではない、どこまでいっても一時凌ぎに過ぎないのだ。


「――どうすれば、どうすればいい……私は、お、俺はどうすればいい、ここで死にたくない! だが、どうすればいい、彼らに連絡すれば、ぼ、僕も彼らと同じにされる、それはいやだ! 僕にはそんなこと堪えられない!!」


 隔壁の前にへたり込んで、感情に任せて取り乱す。差し迫った死を退けたせいで、どうにか押さえ込んでいた恐怖が一斉に噴出した。恐怖と焦燥がまともな思考を食い潰していく。いくら考えたところで、答えは出ない、堂々巡りで何時までたっても結論には辿り着くことができない。


 このまま待っていても何れはあの黒い死が追いついてくる。だが、上役たちに助けを求めても彼らは彼を助けはしない、ここにある情報を処分して、()を回収するのみだ。”組織”とって彼など所詮数え切れない凡百の研究者の一人にすぎないのだから。


 これも、当然ではあるが、彼にとってはそれで済ませられる問題ではない。


「クソ! クソ! クソ!! どうしてこんな目にあう!? 全て順調だった、なのに、なのにどうしてこんなことに!!」


 ”組織”スカウトされ、それからは順調に成果を挙げてきた。五年前の決戦をも生き延び、順調に出世街道を歩んできた。後数年、この施設での研究を終えさえすれば幹部への道が開ける、そのはずだった。その矢先に起こったのがこの事態だ。


 始まりは張小龍の死、そこから全てが始まった。他の協力者に助けを求めたが誰一人連絡が付かなかった、施設の内部では件のサイボーグが暴れ回り、施設の正面にはUAFがそれも、あの01が来ている。現有の戦力では完全に対処不能だ、このままでは大人しく殺されるのを待つか、回収され、あのイワン・アルダノビッチのようになるか、UAFに逮捕されるのを待つかしかない。


「――いや、待て、そうだ、連中がいる。連中は私を殺しはしない、UAFなら命の保障はある。それに、もしかすると……」


 UAFならば、問答無用に彼を殺しはしない。情報を持って投降すれば、少なくとも身柄は保障される、それに上手くすればあのかつての裏切り者や、緑山博士のようにUAF内でのポストでさえ手に入るかもしれない。他にこれ以上いい選択肢は無い、そう思えるほどにこの選択肢は今の彼には魅力的に映っていた。


 もとより”組織”を選んだのは自らの研究を完成させ、彼を放逐した学会を見返したいが為だった。研究を続けられるのなら、所属がどこであれ、構いはしないのだ。忠誠心などと言う非論理的なものなど、元より持ち合わせてなどいない。


「やれる! やれるぞ!! 私がこんなところで終わるものか! いいぞ、そうだ、”組織”もUAFも大した違いがあるものか!」


 自分ならどこであれ上手くやれると、自尊心を奮い立たせる。萎えかけていた気力が戻り、思考力が戻ってくる。ここの施設自体の重要度はそう高くないが、自分の持っている情報はUSFにとっても有用な情報だ。伊達に様々な施設を渡り歩いてきたわけではない。この情報と引き換えにあの裏切り者のような地位でさえ手に入れることすらできる。高揚すらも覚える、今まさに自分が世界の中心にいるという自惚れが恐怖を忘れさせていた。


 されども、死を思う事をやめてはならない。死という裁定から逃れうるものなど、何者もいないのだから。


どうも、みなさん、big bearです。次回からいつも通りの戦闘回、今から腕が鳴りますよ(震え声)

では、こんなだめ作者と拙い文章ですが、どうかこれからも暖かい目でよろしくお願いします。

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