NO.032 フォー・ワンセルフ
嫌いだ、憎いとかどうとかではなくひたすら嫌いだ。足の先から頭の天辺まで、一挙手一動まで全てが嫌いだ。理性も感情もすっ飛ばして、本能から湧き上がるような強烈な嫌悪感、それがサーペントが目の前の存在に感じた第一印象だ。
「――彼から離れ、武装解除しろ。投降すれば国際法に則った扱いを約束する。二度はいわないぞ」
最大限の警戒をしながら、ライアンが降伏勧告を行う。今作戦では最優先確保対象である博士以外は抵抗する対象全てに殺傷許可が下りている、降伏勧告を行うような状況は今作戦では想定されていなかった。だが、今、彼らは引き金を引くことよりも言葉をかけるという選択肢を選ばされていた。
「降伏勧告ですか? 困りました、従わなかったら私、撃たれてしまうのかしら? ふふ、怖いです、もう少し優しくしていただると嬉しいのですけど、紳士の方々?」
「――あ、いや、その……」
シスター服のような拘束服を纏ったそれは楽しげに笑う。十数の銃口を向けられているこの状況すら、酷く楽しくて仕方がないといわんばかりの朗らかで心地いい声が艦橋に響いた。顔の見えない不気味さを忘れてしまいそうなほどに朗らかな声だった。
その朗らかな声とは対称的に自分たちの感じている感情にライアンは今日最高の戦慄を感じていた。なぜかこの敵に脅威を感じられない、いや敵とさえ思えていない自分がいる。引き金にかけた指に力が入らない、この敵に殺意を向けられない、こうやって銃口を向けていることにすらいいようのない違和感と抵抗を感じている。一体何が起こっているのかまるで理解できなかった。
「な、何をしている!? 私を逮捕しに来たんだろう!? う、撃て! こ、殺されてしまう!?」
「まあ! 失礼な御方! 私はそのようなこと致しません! ただ貴方には責任を取っていただくだけですわ!」
悲鳴のような博士の叫び声、一見何の脅威を受けていないように見えるが博士の顔は恐怖に引きつり、手足は震えていた。だというのに、博士は逃れることもできずにただ立ち尽くすのみだった。
銃口を向けているAもまた同じように行動を起こせないでいた。何とかしなければと思うのに行動を起こせない、行動を起こそうという気力そのものが湧いてこない、一秒ごとに敵意が萎えていくのが分かるようだった。現状を危険だと認識できていても、脅威を感じることができない、おそらくそれはこの目の前の敵が牙を剥いたとしてもそれは同じだろう。
「……こいつ、一体なんだ?」
「なんだ、とは随分失礼な物言だこと。それにどうしてそんなに睨まれるのか、私には理解できません、どうかしましたか?」
静かに懐柔されていくAの面々とは違い、サーペントは燃え上がるような嫌悪と怒りを募らせていた。やはり、嫌いだ、なにもかもにあらゆる罵詈雑言を尽くしても語りきれないほどの嫌悪を感じている。あの媚びるような声も、あざとい挙動も何もかもが気に食わない、そして何より許せないのがそのはしたない精神汚染を彼女にまで向けているということだ。一度意識してしまうと、あの顔を隠したフードを引き裂いて、その下の顔の皮を引っぺがしてやりたいという欲求まで沸いてくる。だが、それは彼女にとってはありえないことだった。
愛情の反対は憎悪ではなく、無関心であるという言葉の通り、サーペントは自身と01以外の存在には一切関心がない。どう生きて、どう死のうが、何を企み、何をなそうが、知ったことではないし、自分と01に実害がないならどうでもよかった。”組織”と敵対するのも結局のところ、彼らが彼女を縛りつけようとするからに過ぎない。だが、この敵は例外だ。こんな嫌悪感と憎悪は今まで一度も感じたことはなかった。
「サーペント、何がどうなっている!? お前はどうして平気なんだ?」
ライアンが声を荒げる。どうにか体裁を保っているものの、銃口を向けているのすら困難になるほど汚染が進んでいる。対処しようにも命令を下すことすらできないでいた。
「――平気じゃない。僕も影響を受けている、ただ君らと僕では少し方向性が違うそれだけの話しだ」
「そ、それが彼女の能力だ! は、早く倒さないと手遅れに――」
博士が今度こそ悲鳴を上げる。恥も外聞もない助命嘆願は紛れもない窮乏を知らせていた。だが、その声に答えられるものは此処にはいない。
「煩いですよ、博士。先に貴方を送っておきましょう、折角外出できたのだから邪魔されては適いません」
「や、やめろ! 助け――っ!?」
「――ッ待て! お前たち、しっかりしろ! 一体何をやっている!」
悲鳴を上げる暇もなく、足元から盛り上がった黒い影が彼を飲み込んだ。だが、ライアンの叱咤もむなしく響くのみだ。Aの面々は対応は明らかに遅れている、最精鋭部隊がまるで素人集団だ、敵の行動どころか現状の把握すらできていない。確実に精神汚染は既に危険な領域にまで達していた。
「――まあいいさ、こいつが死ねばそれで終わりだ」
感じている憎悪も嫌悪感も全て目の前の存在の齎す精神汚染によるものだと結論付け、全てを殺意に変換する。背中の四本の攻撃端末も含めて、今使えるすべての攻撃機能を起動させる。
上等だ、安易にこのサーペントを挑発した罪を償うには死ではたりない。意思のない人形にした後、死体まで辱めつくさないと気がすまない、こいつの影響下にあろうとも知ったことではない、此処に来た目的も忘れて加虐と故のない悪意に浸るとしよう。
「――なっ!?」
「――あら?」
嫌悪感に任せて力を振るう。立ち尽くす隊員たちの合間を縫い、頭上を越えて、四匹の蛇が奔る。キバに蓄えるは精神侵食を伴う最強の毒、一滴でも触れさえすればでそれで十分。何もかもお構いなしの攻撃だった。
だが、必殺を帰したはずの一撃は黒色の障壁に阻まれる。サーペントのそれと同じ、吸い込まれるような黒は同じ効果を発揮した。衝撃、エネルギー汚染、侵食毒素すらも、完全に防ぎきる隔絶領域が展開されていた。
「まあ! いきなり攻撃なんて!」
「サ、サーペント、一体何を!?」
「――こいつは僕の獲物だ、邪魔にならないよう下がってろ」
「だ、だが――」
ますますの怒りをもってそう言い放つ。自分と同じ隔絶領域、腹立たしくて仕方がない。ここまでくれば、怒りに思考が塗れていても、最善の手段で抹殺行為を実行できる、それだけに余計に憎悪と嫌悪感が燃え上がった。絶対にただでは済まさないと、さらに攻撃機能を展開する。今度は倍の八つ、八方を取り囲めば病魚に隙が生まれる。自分と同じ防御機構、その欠点は完全に理解している。だからとっとと、殺してやる、必ず、絶対に――。
おぞましいまでの殺意と脅威に晒されながらも、目の前の敵は一向に恐怖を感じている様子がない。それどころか彼女は一層の喜びを持ってその言葉を発した。
「はしたない事、そんな風に感情をむき出しに暴れるなんてとても淑女の行いとは思えないわ。慎みなさい、”テレイア”」
「――え、?」
瞬間、彼女の思考が停止した。その名前で呼ばれることはもう二度とありえないはずだった。その名前だけはもう誰も憶えていないはずだ、彼女が心を得て、彼が生まれ変わったその日にその名前は消失した。ただ、この世でただ一人、サーペントの記憶の奥底にあるだけのただの記号に成り果てた言葉のはずだ。だというのに、どうして目の前のこの何かはそれを口にした。それはありえないはずなのに……。
「……どうして、その名前を――」
「どうして、だなんておかしな子。私が貴方の名前を知ってるなんて当たり前じゃない、だって私は――」
そういうと彼女は顔を覆っていたフードに手を掛ける。ゆっくりと隠し続けられた彼女の尊顔が衆目に晒される。全てが現われた瞬間、時が止った。
「――貴方の姉なのだから」
「――なっ!?」
光を反射する銀色の髪、輝く黄金の瞳、そして女神すらも嫉妬するその顔立ち。あらゆる全てがサーペントに酷似している、瓜二ついや同一人物とも思えるほどにこの二人は似通っている。ただ一つ違うとすれば、両者が与える印象だろう、冷酷で冷たい印象を受けるサーペントに対して彼女はあまりにも暖かい。違和感を感じるほど朗らかで楽しげだ、その声はまるで心毒す魔性の楽器のようだった。
「では改めて、始めまして皆さん。私の名前はヘカテ、彼らの巫女として今の”組織”を束ねているものです。どうぞよしなに」
丁寧な挨拶と共に、彼女は満面の笑みを浮かべる。自らを”組織の長”と名乗りながら彼女は彼らに対して一片の敵意を抱いてすらいない、むしろ彼らに対して紛れもない好意を向けているとばかりに彼女は微笑んでいた。
「――ふざけるな、同じ塩基配列だというだけだ。お前は僕の姉なんかじゃない。そもそもお前のことなんて僕は知らない、僕が知らない以上、お前が僕の姉のはずがない。どこの研究所で造られたのか知らないが、劣悪なコピー商品が調子にのるな」
「はあ……どうしてそんなに傲慢に育ってしまったのでしょうか。確かに貴方には素晴らしい知識が与えられましたが、貴方が与えられていないものもあるのですよ。例えば、私の存在とかね?」
凍てつくようなサーペントの怒気を気にも留めていないのか、呆れような様子で彼女はそういった。朗らかな笑みが挑発的なそれに変わり、ますますサーペントの怒りを逆撫でる。意図してか、そうでないかは分からないが、彼女の動作全てがサーペントの嫌悪感を煽っていく。サーペントは完全に感情の制御を失っていた。明晰な頭脳は既にヘカテの言葉を真実だと結論付けているのに、どうしても認めることができなかった。
「……たとえ、僕とお前の塩基配列が同じだとしてもそれがどうしたっていうんだ。僕には姉妹なんていない。それに――おかしなことに僕はお前が大嫌いだ、姉妹どころか遠い親戚だってクソくらえさ」
賭け地なしの敵意と悪意、理性で否定できないなら、力で否定するだけだと決意を改める。ぽっとでの相手に家族の情を感じるような甘さは当然存在しない、むしろこのヘカテさえ殺せば、彼女の名は再び意味のない記号に戻る。嫌悪の対象も始末できて一石二鳥だ。
「――ふふ、それは嬉しいです。やっぱり私たち姉妹ね……お互い考えてることは同じだなんて。気付いてると思うけど、私もあなたのこと、嫌いなの」
仮面の裏から本性が顔を出す。朗らかな笑顔のまま彼女は凍る悪意を解き放つ。サーペントが振りまくような直接的なものではなく、笑顔や優しさといったものに紛れ込む暗器のような悪意がサーペントを含めた全員に忍び寄る。
自身もかくやという悪意を目の前にサーペントは笑う。これでこそ、こうでなければ殺しがいがない。
「――此処に来てはじめて嬉しいことがあったよ、お互い嫌いあってるなら話が早い。とっとと殺しあおう、僕と同じ顔だ、いいアンティークになるだろうさ」
「……随分と生意気。すこしお仕置きが必要なようですね。生かさず殺さず、本来の機能を果たすように調教してあげましょう――」
二つの殺意に空気が張り詰める。一瞬即発、どちらがか動けばどちらかも動く。周りのことなどお構いなし、お互いがお互いを殺すために全神経を傾けていた。
「――といいたいところですけど、回収と消去が終わってしまいました。残念、楽しい姉妹喧嘩はまたの機会にお預けですね」
張り詰めた空気を破って、心底残念そうに彼女はそういった。いつの間にかその手には旧式の記憶媒体が握られている。何の変哲もない古ぼけた記憶媒体、十数年前までは使用されていた古ぼけた装置に過ぎない。
「――ッ」
しかし、その変哲のないものを目撃した瞬間、サーペントは自身の計画の失敗を悟った。今は奪い返せない、転移回廊で逃げられれば、いくら彼女でも追い切れない。一瞬で殺しきれない以上、もう大人しく彼女の大切なものが奪われるのを待つしかなかった。これ以上ない屈辱だ、悔しさに歯噛みするしかないというのは彼女にとっては初めての事だった。
「……へえ、こんなものがねえ。記憶容量足りるのかしら? それにしてもいい表情ね、悔しそうで実に気分がいいわ」
「……いいさ、自分で回収するのも死体からもぎ取るのも大して変わらない。手垢が付いてるのが残念だけど、それは我慢しよう。ただこれだけは誓う、お前は必ず僕の手で殺す。首を洗って待っていろ、お姉さん」
復讐を誓う。皮肉にも彼女の嫌う名の通り、彼女は嫉妬深く、また執念深い。屈辱は絶対に忘れはしないし、彼女のものを奪うものには際限のない苦痛を味あわせる。これはその結末を確約する誓いの言葉だ。彼女は一度たりともその誓いを破ったことはない。例え姉妹であろうとなんであろうと例外はない。
「ふふ、楽しみにしてるわ、私の妹。けれど、今日はここでお別れ。彼に会えないのは残念だけど、楽しみは全部次回に預けるとするわ」
復讐の誓言を対なる女神は微笑みと共に受け入れる。それはまるで普通の姉妹のやり取りのようにさえ見えた。だが――言葉の裏にはいつも致命の刃が隠されている。
「――では、みなさん、さようなら。この船は皆さんに差し上げますわ、もう私たちには不必要なものですから。生きていらしたら、またお会いしましょう!」
別れの挨拶と同時に彼女を影が覆い尽くす。次の瞬間には不定形の影も消え、彼女も消える。残されるのは復讐に燃えるもう一人の女神と状況においていかれたAだけ。どうしようもなく彼らは敗北した。
だがまだ終わりではない。たとえ、勝利が遠くとも、今はそれだけで十分だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
自分が何をしているのか理解できない。自分が何をしようとしているのか、自分が何を望んでいるのか、自分が何故戦っているのかさえ、分からなくなってしまった。渦巻く困惑と疑念が封じていたものを解き放つ、憎しみ、憤り、哀しみ、虚無感に無力感、そのすべてが何もかもを押し潰して、何も分からなくなってしまった。
何もかもが分からなくなっても、皮肉なことに体は動く。右脚を引きずりながら、ゆっくりとそれに近づいている。
「――――はあ、はあ、は、あ」
鼓膜をたたく呼吸音は一瞬ごとに消えていく。それは即ち命の秒読みに相違ない。俺が壊し、リヒターが奪った命に確実に終わりが迫っていた。
足が動く。なぜ? お前は何をしにここに来た? お前はこいつを殺しに来たのではないのか? だというのに、俺は何をしている? 何故奴に近づいていく? トドメを刺すためか?
いや違う、放っておいてもやつは死ぬ。俺が与えた傷は致命傷だ、その上永久炉の火は消えかかっている。辛うじて生きているのは、奴が創られた存在であるからだ。もし、奴の素体が人間ならばもう生きてはいないだろう。
では、何故だ? 俺は何をしようとしているんだ? 分からない、だというのに足は動いていく。
「――、――――、――!」
「―、――――」
ノイズが聞こえる、自己修復は機能しているらしい。通信機能が回復し始めている、だというのに頭の中では混乱が続いている。頭も身体も言う事を聞かず、自分が何をしているのかも分からない。
それでも体は動く。どうしようもなく、体は動いてしまう。全身の痛みは一向に俺を正気に戻してはくれない。水の中を泳ぐようにのろのろと近づいていく。自分が何をしているのかもわからないまま俺は進んだ。
「――俺はいったい何をしている? 俺は…………何を……」
声に出してみても疑問はまるで晴れてはくれない。もはや彼女は目の前、消えかけの音が酷く耳障りだった。
倒れこむように膝を突く。それだけで胸の傷から、紅い血液がこぼれる。人の事を言えたものではない、こっちも傷だらけでこの様だ。
「…………」
「――――そういうことか」
光の消えかけた瞳が俺を見詰めていた。救いを求めるのでもなく、恐怖を抱いているのでもない、ただ諦め死を受け入れた瞳。そこに映るのは傷だらけの俺の姿、途方に暮れ、自分が何をしているかも分からない哀れな男の姿だった。
瞬間、はたと気付いた。この瞳は俺と同じなのだ、与えられた役割しか生きる意義をもてない、それなのに機械にもなり切れない中途半端な、俺と同じものの瞳だった。何を為すのかも何を望んでいるのかさえ、自分で決められない哀れな存在。俺とこいつは何が違う、俺とこいつを別けたのはただどちらに立っていたか、ただそれだけだ。
これ以上瞳を覗いてはいられない、苦痛に視線を逸らす。自分の姿を見続けるのは苦痛でしかない。俺は未だに自分に向き合えない。だからここにいる、だからこうして自分を救えないから、こいつの命を救おうとしている。
霧散した光を再び左腕に集める、なけなしの光でも消えかけた種火に再び火を灯すには足りている。
とんだ偽善者だ、許せないほどに自分勝手で、どうしようもないほどにクソ野郎だ。殺すはずだった相手を自分の事情で助ける、それもただ単に自分と同じ姿を見ていられないというただそれだけのことで、俺は背信行為ともいえる行為を働いている。
こいつから引き出せる情報もあるとか、リヒターがこいつを殺そうとするなら助けることでなんらかの意図を挫けるはずだとか、頭では尤もらしい理由を並べ立てているが、そのどれも違う。結局のところは俺は弱くなったのだ。此処にいるだけで決心も何もかもが鈍っていく、機械のように敵を始末してきたのに今更になってこいつを助けようとしている。それもただ、こいつと自分が同じだからと言う理由で、そうすることで救いようのない自分自身を誤魔化すために。
ゆっくりと左手を翳す。壊すときとは違い強引に力を押し込むわけにはいかない。初めてではない、前に同じ事をしたときの感覚を引き出し、あらゆる指向性のない純粋なエネルギー体として光を使う。壊すよりも遥かに難しい、だが、やってみせる。
「――――ッ」
意識が霞む。痛みと疲労を極力排除して、できうる限り意識を集中する。まだ大丈夫だ、体は動いている。
10の永久炉に注ぎ込んだ光をそのまま制御して循環させる、体を流れるエネルギーは血液と同じだ。全身に行き渡せれば、死はま逃れる。これは延命措置だ、種火を灯すには時間が要る、それまで時間を稼ぐ必要がある。
光が際限なく膨れ上がり、熱が奔る。俺の永久炉が10の永久炉に繋がり、二つの心臓の炎が混ざり合っていく。
意識の混濁が始まる。俺の意識と10の意識が混ざり合い、自分の認識を手繰り寄せる。痛み、恐怖、困惑、憎悪、自分のものではないそれを搔き分け、理解し、押し進む。溶液の中から眺める景色、死んでいく無数の試作体、甲斐甲斐しく世話を働く誰か、そして、光を纏った俺の姿、俺のものではない記憶が走馬灯のように駆け巡る。余りにも短い記憶、見た目の通りこいつは子供と変わりない、生まれたての何も知らない子供と同じなのだ。だから自分の抱く感情そのもに戸惑い、命令以外に存在魏を見出せない。俺とは違う、まだこいつは救いようがある。
「……あっ」
共鳴した二つの永久炉がお互いの出力を引き上げ、消えかけた種火を再び灯していく。鼓動が戻ってくる。あとは心肺蘇生と同じだ、俺が注ぎ込んでいるエネルギーは心臓を再び動かす電気ショックのようなものだ。一度心臓が動き出してしまえば血液が流れるように、永久炉の循環も再び始まる。そうなれば、身体の機能も回復を始めるはずだ。
どうにかなんとかなった、倒れるように座り込む。永久炉間の接続を切断し、変換を解除する。意識も身体も恐ろしいほど磨耗している。正直言って、意識を保っているのでさえしんどい有様だ。
だが、通信は戻ってきた。全周波で甲板へ集結せよと呼びかけている。俺以外は皆上手くいったらしい、それがせめてもの救いではある。とりあえず皆生きてはいる、俺のやった事もまるで無駄ではなかったということだ。とにかく上に戻らなければならない、こいつを背負ってもだ。
立ち上がろうとして身体に力を入れた瞬間に、こちらを見詰める視線に気付いた。恐怖でも、憎悪でもない、ただなぜと問い掛けるような視線だった。
「――どう、して……?」
「……ただの自己満足だ、お前が気にすることじゃない」
光の戻った瞳にそう答える。事実だ、どれほど理屈を並べ立てても俺のやったことはそれにすぎない。英雄が笑わせる、結局のところ俺はそんなちっぽけな奴に過ぎない。何時だってそうだった、だからあのとき、君を守ることすらできなかった。
血だらけの手を見詰める。血で染まったこの手にできるのはこれだけだ、だが、この手でもまだやれることが残っている。なら――自己満足に過ぎないとしても構わない。俺が生かしたこいつを利用してでも、やるべき事を為すまでだ。
どうも、みなさん、big bearです。ふははは、連休中に間に合わせてやったぜ!(白目)どうだ、見たか、これが急ごしらえの最新話だ! ということで穴が多いとおもいます、誤字の予感……
では、こんなだめ作者と拙い文章ですが、どうかこれからも暖かい目でよろしくお願いします。
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