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バーンドアウトヒーローズ  作者: big bear
第一部 リスタート・アンド・リザレクション
31/45

NO.031  リターン・オブ・ネメシス

 生きている。まだ、生きている。荒い自分のものではない呼吸音が鼓膜を打つ。損傷は余りにも深刻で、立ち上がるどころか呼吸すらままならないが奴はまだ死んではいない。


 全力の一撃でも殺すには到らなかった。致命傷は与えたものの、また殺しそこなった。情けない話だ、あれだけの力を込めておきながら、またも仕留めそこなうとは我ながら中途半端さに怒りを覚える。


 いつまでも自己嫌悪に浸ってはいられない。痛みを堪えながら、瓦礫を払いのけ立ち上がる。体重をかけた右脚が焼けるように痛む、自己診断プログラムは働いていないがそれでも骨が砕けてるか砕けてないか位は分かる。さっきの一撃の負荷が強すぎたのだろうが、この程度は想定内だ。


 システムの殆どは潰れている。通信も含め、まともな機能はほとんど残っていない。立っているのがやっとだが、まだ動ける。


 半分潰れた視界で周囲を確認する。異相空間に入る前に居た場所とはまるで違う光景が広がっていた、おそらくは最後の一撃が異相空間を破壊し、床を突き抜けその下にあるこの区画まで突き抜けたのだろう。周囲には瓦礫が積み重なり、その瓦礫の合間に無事な培養ポッドが散在している、奥には髑髏を巻いた巨大な蛇のような重粒子加速装置と冠のようなグラヴィティーキャンセラー。見覚えがある光景だ、かつてここにいたとき、見飽きるほど見慣れた景色に酷似している。第一研究区画、俺(01)が作られたのその場所に違いない。


 わきあがる感情を処理し、余計な感傷を封じ込める。今は必要ない、あいつところまで歩いていって止めを刺す機能さえ残ればそれで十分だ。


 右脚を引きずりながら、やつの方へと歩を進める。そこでようやく奇妙なものに気付いた。


 黒いボディスーツに身を包んだ傷だらけの少女がそこにはいた。年の頃は十五歳程度、細身な身体と肩まで届く銀色髪が特徴的だ。仰向けで横たわる彼女の胸部は赤に染まっている。そこでようやく、この少女こそ10なのだと気付いた。俺の攻撃で変換核(トランスコア)が停止したのだろう、再変換により素体の姿に戻っている。


 遠目からでも傷の具合が確認できた。抉れている、胸部中心部、重要機関が集中したその場所が見事にられていた。永久炉の一部と変換核(トランスコア)、再生機構、メインの制御装置の大半が損傷し機能を停止している、俺達(ゼロシリーズ)を俺達たらしめる最も重要な部分は全て損失してしている。辛うじて生きているのは、0俺のの一撃で変換核が停止し、奴の身体が再変換されたからだろう。比較的生身の近い人工肺にはエネルギー汚染が及びにくい。生身の身体が文字通り盾となって、永久炉の暴走、自己崩壊を辛うじて食い止めたのだろう。


 だが、即死は免れたものの機械部分のエネルギー汚染はすぐに生身の部分を蝕み、生命維持機能を阻害する。もって後数分、呼吸が止れば奴も死ぬしかない。


 それを待つ気は毛頭ない。


「――っ」


 右脚を引きずりながら、奴へと近づいていく。奴のほうも俺に気付いたらしく、動こうと身をよじり始めた。そんな些細な抵抗を試みたところでたいした意味もないというのに、奴もまだ諦めてはいないらしい。


 この場所にいると否応無しに昔の事を思い出される。瓦礫に埋もれたポッドや奥に鎮座する装置も、ありとあらゆるものが記憶を刺激する。要らない感傷が一歩ごとに膨らんで、足取りを重くしていく。思い出と言うには重く冷たい記憶たち、彼女といた痕跡が鎖のように足に食い込む。


「……」


「随分と大人しいな……」


 赤い道を引きながら、奴の元へと進む。知らずのうちに声を掛けていた、らしくないにもほどがある。奴はただ俺をにらみ返すだけで、抵抗らしい抵抗もできていない。


 落胆の感情が湧いてくる、俺はこいつに期待していたらしい。一体何をだ? 俺の正真正銘全身全霊の一撃を受けてなお立ち上がって、俺を殺してくれるとでも期待していたのか? こんな身勝手な話もあるまい、自分で終わらせる気もないくせに、他人にそれを期待して、勝手に失望する。五年間で此処まで俺も落ちたらしい。


 生きている回路を通じて、左腕にエネルギーを集中させる。どれだけ落ちぶれようが、俺の感傷と任務は何の関係もない。自らに課した義務を遂行するまでだ。


 左腕に力を集めながら、こちらを睨むやつの目を見返す。瀕死の状態でありながら、確かな意思の篭った双眸は、今まで受けてきた印象とはまるで違う。歳相応の少女のようでありながら、ただの操り人形ではない確かな意思を持った戦士の瞳、雪那や滝原、岩倉や部下たちの瞳を見ているような錯覚に囚われる。こいつは所詮敵だ、今まで倒してきた連中と何も変わりはしない。


 だというのに、纏わり付くような感傷が今になって動きを鈍らせる。横たわる少女の姿の敵が、どうしようもなく五年前の彼女の姿が被る。


 降り続く雨、消えていく熱、光を失った瞳。この場所の記憶に触発されて、どうしようもなく全てが蘇る。無力感、怒り、憎悪、哀しみ、痛み、嘆き、喪失感、あの時感じたあらゆるものが堰を切って噴出そうとしている。


 違う、こいつと彼女は似ても似つかない。それはわかっている、それなのにどうしてこうも痛みの記憶が噴出してくる。この程度のことで迷うほど俺は弱かったのか。


「……終わりだ」


「…………」


 痛みを振りはらわんと、そう自分に言い聞かせた。ここでこいつを倒す、今はそれしか考えない。痛みも感傷も胸のうちに強引にしまいこむ。心を蝕むような痛みと悲しみを押し潰すように、俺は裁定を下した。


◇   ◇   ◇    ◇   ◇   ◇   ◇  ◇   ◇   ◇   ◇

 

「――さてと、そろそろ銃をおろして欲しんだけど? 殺したくなっちゃうだろう?」


「黙って歩き続けろ、お前に付き合っていられないんだ」


「はいはい、そう急かされても君じゃ何も感じないし、不快なだけだから黙っててくれ。あんまり煩いと舌を溶かすよ」


 背中に突きつけられた銃口を無視しながら、のんびりと歩き続ける。撃たれたところでどうということはないが、万が一攻撃を受けた場合、言葉通り弾みでうっかり殺しかねない。今はそれは困る、今のところUAFと敵対関係になるのは面倒でしかない。しかし、この01子飼いの部隊を殺せば、01が殺意満々で自分を追いかけてきてくれるかもしれない。それはそれで酷く魅力的だが、今は別の目的がある。残念だが、趣味はあとだ。


 やる気のなさを加味しても、艦橋へとつながる巨大なエアロックは中々の難敵だった。中枢回路を侵すのに、五分近くかかったのは久しぶりの体験だった。しかも、ハッキング、そう呼ぶには多少の御幣がある彼女の侵略行為を行う間は、どうしても無防備になる。全く面倒この上ない話ではあった


 その観点で考えれば一応、いまは味方となった彼らA(アルファ)分隊は非常に役に立つ駒だ。背中に突きつけられた銃口はうっとおしいことこの上ないが、まあ、我慢できないことはない。つかの間の間、精々馬車馬のように働いてもらうとしよう。


「……隊長代理、本当に奴を――」


「信用できるか、か? 決まっているだろうが……信用できるわけがない。だが、FH(フロントヘッド)は奴は味方だといっている、ならFH(フロントヘッド)を信じるまでの話、そうだろう、A-5?」


「は、はあ、仰るとおりだとは思いますが……」


 能天気にそう考えるサーペントや、仕事と割り切り戦友の判断に全てを任せたライアンとは違い、彼等(アルファ)は簡単には割り切れない。それも仕方がないことだ、相手はあの悪名高きサーペント。人類戦役中、どちらの勢力にも付かず、好き放題に暴れまわった気紛れで残酷な魔女、その数々の所業を鑑みれば心を許せなどと言うほうが無理がある。


 ましてや、サーペントと協力関係にある、ということは一般隊員はおろか隊長代理を務めるライアンでさえ知らされていなかった。01を含めた部隊首脳部のみが把握していたことだった。


「とにかくこいつがいないと俺たちは先に進めない、それが事実だ。今重要なのはそれだけだ、あれこれ考えるのは後にとっておけ」


「……わかりました、そうします」


 それだけ言って新人の肩を叩くと、ライアンはエアロックに向き直る。この巨大なエアロックもそうだが、先程のESP能力者に関してもサーペントの乱入がなければ全滅していたかもしれない、ここに至る道にしてもサーペントの戦闘能力がなければもっと多くの時間が掛かっていただろう。


 腹の立つことに命の恩人といっても差し支えないほどの恩恵を受けている。味方のうちは頼もしいのは事実だ。問題はこの扉の先、エアロックを抜けた先、環境を制圧したあとが問題だ。あのサーペントが慈善事業で行動するはずがない、目的の如何によってはそのまま即戦闘もありうる。


「――FHからA―02、応答せよ」


「……こちらA-02、感度良好」


 あれこれ思考をめぐらしていると、上層部からの通信が入る。何か状況に変化があったのかもしれない。


「何かあったのかFH?」


「今度は吉報だ、ようやくそっちに戦力を回せそうでな。C(チャーリー)F(フォックス)がそっちに向かってる。待つ必要はないがな」


「いや、助かる。通路を抑えておきたいんでな」


「そうか、伝達しておく。それとな、宇宙(ソラ)とも連絡が付いた。予定通り降下を敢行するって話だ。これで帰りの心配せずに済むってワケ」


「そいつは助かる。海水浴をする余裕はなさそうなんでな。だが、原因は何だったんだ?」


 宇宙にあるアルバトロス級の無事が確認できたというのは素直に喜ぶべきことだ。万が一撃墜されていたら、彼らは帰還の手段を失うところだった。それだけではない、司令部を落とされるという事は即ち敗北そのものといっても過言ではない。前に進むことしかできなかった先ほどまでとは違い、今は少なくとも先の見通しがある。それだけで士気は自然と上がる。


「敵の襲撃を受けていたみてえだが――嬢ちゃんが全部ぶっ飛ばしたらしい」


「03が? 何故彼女が……知ってたのかFH?」


「いんや、俺も聞いてなかった。滝原の奴以外は誰も知らなかったみたいだな、あのがちがちのルーキーが全くたいした食わせ者に成長したもんだぜ。なあ、おい」

 

 司令部が襲撃されていたというのも驚きだが、重傷を負い、今だ修復中であったはずの03が今作戦に参加していたというのはそれ以上の驚きだった。部隊首脳陣のなかでも滝原司令しか把握していなかった。03の参戦はサーペントとの協力関係以上に秘匿されていたのだ。


 それほどまでに情報を隠す理由、それについてライアンは一々考える気はない。彼女達が隠すということはそれなりの理由があったのだ、それだけ分かっていさえればそれで十分だ。


 そうしていると、目の前を塞いでいたエアロックが巨獣の呻き声のような音を上げて開いていく。サーペントがシステムを支配している以上、エアロックを支配するのもドアを開けるのもそうは変わらない。此処から先は艦橋と中央機関部、このギガフロートの心臓ともいえる場所へと続いている。


 扉が開くと、サーペントは前方から自分を見詰める奇妙な視線に気付いた。先程まで閉じていたエアロックの向こうから視線を感じるというのも奇妙だが、それ以上に視線から受ける印象が奇妙だった。殺気や恐怖の篭ったものではない、人間態のときに浴びる賞賛や憧れの視線とも違う。今まで感じたどの視線とも違う視線、サーペントをして未経験の類の視線だった。


「――随分とじろじろと人を視姦してくれる。どこから見ている? それにこの感覚、不愉快にもほどがある」


「は、え、いや、すみません?」


 独り言のように呟いた一言に背後の隊員の一人が反応した。別段誰かに向けて放った一言ではないのだが、うっとおしい視線が一つ消えてくれるのはありがたい。だが、意識を集中しても見られていること以上の情報は一向につかめない。光学迷彩、認識阻害や空間変動の類なら見破れる、だが、それのどれとも違う。遠巻きに見詰めるそれを認識できているのに、正体がつかめない。


 しかし、気にしている暇もそうはない。少なくともがいいが感じられない以上、わざわざ忠告してやるような義理もない。趣味を後回しにした以上、今は目的が最優先だ。


「――先に進むぞ、A-11、お前が殿だ」


「りょ、了解!」


 背後で緊張した声が上がる。この後ろから彼女に銃を突きつけている隊員、働きぶりのわりに初々しい反応だと、サーペントは内心感想を漏らした。数値上は他の隊員と大差がないが、この少女は他の隊員とは明らかに違う。中々に興味深いが、今は前方に意識を集中しなくてはならない。進むごとに正体不明な気配は大きくなっていく、だというのに正体をつかめない、その事実がどうしようもなくサーペントをイラつかせた。


 通路を少し進むと、最後の門が立ち塞がった。これまでのエアロックよりもなお分厚く、堅牢なエアロックだが、もはや大きさは意味を成さない。


 サーペントが手を翳すだけで、堅牢なエアロックがいとも容易く開いていく。この先は艦橋、この巨大な(ギガフロート)の脳ともいうべき場所だ。


 A分隊は艦橋を制圧し、おそらくはそこで指揮を執っているイワン・アルダノビッチ博士を逮捕すべく、サーペントはおのが真の目的を果たさんがために最後の扉を潜った。


「――おや? 思ったよりお早い到着ですね、皆さん。困りましたわ、まだ歓迎の準備ができていませんのに……」


「た、助けてくれ!! 私を逮捕しろ!」


 朗らかで明るい声と悲鳴が彼らを迎えた。




◇   ◇   ◇    ◇   ◇   ◇   ◇  ◇   ◇   ◇   ◇


 

「――なっ!?」


「――!?」


 振り下ろしたはずの拳が止った。奴と拳の間に展開された障壁、赤と黒の交じり合った渦巻きのような波動。振るった一撃がその衝撃ごと消え失せたような感触、それを認識するよりも早く体が動いた。いうことの聞かない右脚を強引に動かし、その場から飛び退くように離れる。


 瓦礫の上を転がり、誇りと粉塵に紛れて距離を取る。現状での最善策を的確に選択した本能とは対称的に脳内では先程の現象を理解できていなかった。あの障壁は10が展開したものではない、障壁が展開された瞬間でもやつから出力上昇は感じられなかった。それにもしあんな能力があるなら今まで使用しなかった理由が分からない。


 しかも、あの感覚、覚えがある。攻撃を防がれるのではなく、攻撃そのものを無力される感覚は今まで一度しか感じたことがない。


 それは、ありえない、ありえていいはずがない。経験が導き出した答えを理性と感情が否定する。肯定は即ち、この目で見た光景を否定することになる。五年前、全てに決着が着いたわけではない、だが、確かに倒したはずだ。この手で止めを刺したわけではないが、最後の一撃が届く瞬間を俺は確かに見ていた。しかし、経験は間違いなく()だと確信している


「――なぜだ、なぜ……どうやって!?」


 思考はとめどなく迷路をさ迷うが、考えている暇はない。足元を薙ぎ払う赤と黒の波動をかわす。遊んでいるのか狙いは甘いが、中れば防ぎきれない。万全の状態でもそれは変わらない、そのことは身をもって識っている。


 続く連撃を紙一重でかわしていく、仕留めるためというよりは牽制、俺を10から引き離すための攻撃だ。気に食わないが今は敵の意図に乗るしかない。やはり、救援、10の窮地を見て援けに入ったというわけだ。


 止め処なく降り注ぐ波動の洗礼を避け続ける。この身体ではまともに回避運動を続けるのでさえ厳しい、あと一秒持つかさえ怪しいのが現状だ。一瞬一瞬に意識と感覚を完全に集中しなければ今度こそお終いだ。


 数秒か数分か、時間の感覚さえ薄れるほど意識を集中し、死線を踏み越える。永遠にも思える刹那の後、波動の嵐が止んだ。


 欠けた視界にそいつが映った。五年前と変わらない姿で奴はそこにいる。岩を削りだしたような濃紺色の鎧、血の様な赤に塗られたマント、全てを覆い尽くし表情を伺わせぬ黒灰色の鉄仮面。そしてなによりも巨大な山に向かい合っているような威圧感、押し潰されるような錯覚、間違えようがない。


 直感に思考が追従する、だというのに感情は未だに否定を叫んでいる。ありえない、絶対に、こいつが生きているなんてことだけはありえないはずだ。他の何が生き残っていたとしても、こいつだけは生き残っていてはいけない。こいつの生は即ちそのまま、五年前の勝利を無意味に帰すのと同じことだ。だからこいつだけは生きているはずがない、アイツ等の戦いが無駄だったなんてことだけは絶対に許せない。絶対にこいつだけは――。


「――見事、その身体でそこまで動けるとは。それでこそ我らが宿敵だ」


「……ふざけるな。今更死人が出てきやがって、どういうつもりだ」


「然り、あの時確かに私は一度死した。しかし、我が肉体は滅せども、我が魂は死せず。五年の雌伏を経て再び現世に依り代を得たのだ」


 ふざけた話だ。どうやったかは知らないが、蘇ったとでもいうつもりらしい。どうやっても死人は生き返らない、人を馬鹿にするにもほどがある。


 驚愕と否定に怒りが勝る。怒りを感知した永久炉(シンゾウ)が灼熱を持って燃え上がる、身を焦がすような熱は心臓から四肢に流し込まれる。熱と怒りが痛みを吹き飛ばし、力が戻ってくるのが分かる。右脚の間接を最大出力で無理やり稼動状態へと回復させた。右腕は動かす関節が残ってないからどうしようもないが、両足と片腕が動かせれば戦える。


「満身創痍で、なおその闘争心。やはりそうでなくてはな、最初の男はそうでなくてはならん」


「――生きていたならこの場でもう一度殺してやるまでだ。あいつ等の仇、此処でとらせてもらう」


 三人の護衛団筆頭、鉄槌の裁定者(リヒター)。かつて戦った総統に仕える三人の怪人たち、”組織”の中でも比類なき実力を持った最高幹部。かつて戦った最悪の強敵が今また俺の目の前にいる。理屈は分からないが、その事実だけ認識できていれば十分だ。

 

 生きていようが死んでいようが構うまい、満身相違だろうが構うまい。どうやって蘇ったかなどどうでもいい、一体どういうつもりで此処に現われたのかなんてどうでもいい。幽霊だろうが何だろうが、絶対にこの場で殺してやる。アイツらの戦いは無駄にはさせない、この身を引き換えにしても辻褄を合わせてやる 


 俺の殺意と殺気にリヒターが応える。奴が手を翳すと、虚空から鉄槌の名の通り、巨大な戦槌(ウォーハンマー)が出現した。戦槌から発せられるのは空間を圧する鮮烈なる波動、一振りで地を砕き天を裂く神話の武具の一つが目の前にあった。10と対峙したときよりなお凄まじい死の気配、幾多の敵を屠り、数多の城砦を一撃で砕いてきた古の災厄が今再び振るわれる。


 身構える、勝負は一瞬で決めなければならない。先程よりはましだがそう長くは堪えられない。先程よりも鋭く、小さく、全てを奴らの絶殺のために収束させる。


 永久炉の波長域をわざと乱す、制御を放棄し、意図的に暴走状態を作り上げる。これでいい、今の俺は動く核爆弾のようなものだ、しかも少しでも刺激が加えられれば破裂する臨界状態の核爆弾だ。死なば諸共、俺の最後にこいつらは道連れにしてやる。俺の命一つで、あのリヒターと10を始末できるのなら安い取引だ。


「……死を賭して、か。まさしく戦士の姿、そう賛辞を送りたいところだが――」


 最初の一歩を踏み込む、彼我の距離はそうない。一瞬で間合いに入る、それで終わりだ。


「――今の貴様は死人だ。死を恐れているのではなく、生きてはいないだけだ。故に――”停止せよ”」


 呆れたような言葉と見下すような憐憫と共に、戦槌の柄が打ちつけられる。槌の先端が煌き、赤黒い波動が空間を波立てながら、ドーム上に展開される。


 まずいと思ったときには遅い。弱まった防護を容易く通り抜け、波動が間接部に干渉する。全身の力が抜け、転がるように地面に膝をつく。その状態から動けない、各部の間接が麻痺したように停止している。自分への怒りで頭が真っ白になっていく、情けなさを通り越して自分に殺意すら覚える。


「――あの01が堕ちたものだ、昔の貴様ならばこの程度、簡単に捻じ伏せたであろうに。感情と行動が混じり合わずにお互いを高める、それが貴様らサイボーグの本質ではなかったのか?」


「…………畜生が」


 動けない俺を無視して、リヒターは踵を返す。絶好の機会に体が動かない、脳と四肢が寸断されたように手足が凍っている。怒りが身のうちから湧き上がる、合わせて出力が上昇していくが、どれだけ高出力になろうとも麻痺した身体は言う事を聞いてはくれない。


「――トドメを刺してやりたいところだが、今はそのときではない。そこで大人しく見ているがいい」


 そういうと奴は俺に背を向け10に近づいていく。俺は眼中にすらないらしい、目的はあくまで10の回収、納得はできるがそのためにわざわざリヒターが出向いたとも思えない。


「――やはりこうなってしまったか、予測していたとはいえ苦々しいものだ。しかし――致し方あるまい。器にはなれずとも、使い道はある」


「…………?」


 儀礼を行うように恭しくリヒターは戦槌を翳す。一拍の間のあと、槌から波動が溢れる。敵に向けられる破壊と蹂躙をなす為の波動ではない。だが、結果は苦痛と悲鳴を伴った。


「――っあ、ああああ!!」


「一体何を……」


 戦槌に惹かれるように永久炉の光が集積していく。その光が増大するたびに、10が大きく悲鳴を上げる。永久炉に干渉している、そうでなければあれほどの光はありえない。だが、なぜ? 10は”組織”にとっても重要な存在のはずだ、それになぜあんなまねをする。


「あああああああああああああ――!!」


「これでようやく、二つ目の鍵が揃う!」


 一際大きな悲鳴のあと、光が収まっていく。心臓の様に脈打つ光だけが戦槌に残される。永久炉の光、その集積、見ているだけで分かる、中心核を動かす消えない種火までもが吸い上げられている。傍らに伏す10の呼吸が止るのがわかる、完全な状態なら種火を奪われても自己保存が機能する。だが、いまは 俺の一撃で全機能がダウンしている、抵抗どころか呼吸すらもできないはずだ。


「――これが”光”、あの時目にしたものと同じ真なる光、この輝きこそが……」


「……何を企んでいる」


 状況に頭が追いつかない。奴らにとって10は重要なはずだ、だというのになぜ殺すようなマネをする。しかも、なぜいまさら永久炉の種火を手に入れる必要がある? なぜ10そのものを回収しない?


 何故、頭の中で疑問が渦巻く。余りに理解しがたい、状況の推移が突飛過ぎる。


「企んでなどいないさ、貴様と同じ成すべきを為している、それだけの話だ。ではな、最初の男よ、いずれまた合間見えようぞ」


 戦槌の先に(ポータル)が開く。逃げられる、いや見逃される。止める間もなく、奴は扉を潜った。奪い取った光と共に奴は転移回廊の先へと姿を消した。それを呼び止めることすら今の俺にはできない。


 逸る気持ちに対して体は微塵も動かない。また逃がした、しかも前回とは格が違う、リヒターが生きているなんていうのは驚愕や怒りを通り越して許せない事態だ。それを仕留めることすらできずに、何もかもを台無しにした。悔しさと怒りが身の内から俺を焼く、できることならこの熱が俺を焼き尽くしてはくれまいかそう思えるほどの激情が疑念と共に渦巻いていた。


 戦場だったこの場所につかの間の静寂が訪れる。何もできない俺と消えかかった呼吸音だけがこの場所に残された。


 目の前で命が消えていくのを感じる。命を奪うときのような刹那の瞬きではなく、静かにゆっくりと消えていく。あの時と同じだ、あの時と同じく俺はどうしたらいいのかわからず立ちすくんでいる。教えてくれ、瑠璃華、俺は一体、どうすれば――。


  


どうも、みなさん、big bearです。はい、みなさん、またです、また長いです。しかもまた新たな敵が登場です、ジェットコースターかよとセルフ突込みしておきます。

では、こんなだめ作者と拙い文章ですが、どうかこれからも暖かい目でよろしくお願いします。

誤字脱字報告、ご意見、ご感想、ご質問等ございましたらぜひぜひお書き込みください。

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