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バーンドアウトヒーローズ  作者: big bear
第一部 リスタート・アンド・リザレクション
29/45

NO.029 ダブル・ゴッデス

「――FH(フロント・ヘッド)からAー02、現状を報告せよ」


「こちらA-02、こちらは現在、第三工場(ファクトリー)区画で敵サイボーグ複数と戦闘中。FH、そちらの状況は?」


「相変わらず上とは通信が繋がらんが、それ以外は……まあ、おおむね順調ってとこだ。敵の戦力がそっちに集中してる分、他の制圧は進んでる。だが、まだそっちに増援は回せん。どうにかできるか?」


「どうにかするのが我々の仕事、だろう?」


「言われちまったな。できるだけ早くこっちも仕事を済ませるが、待たなくてもいいぜ。遠慮なくやっちまえ」


「了解した、FH。これが終わったら一杯やろう」


 作戦開始から既に一時間近く、作戦はほぼ順調に遂行されている。各ブロックの抵抗は予測していたものよりも緩やかなもので、制圧は順調に進んでいる。主要ブロックの半数の制圧が完了しつつあり、残るは機関部と艦橋この第三工場区画の三つだけだ。


 問題は作戦の要たるその二つの区画の制圧状況が全くもって芳しくないということだ。敵は主要機関の中でも最も重要な艦橋と機関部とそこに繋がるこの場所に戦力を集中したらしく、複数体のサイボーグが彼らの行く手を阻んでいる。精鋭ぞろいのA隊でも突破は至難の技、施設設備を盾に、バリケートを構築して膠着状態を保つので精一杯だった。


 しかし、弱音を吐いてばかりもいられない。彼等が役目を放棄することは即ち作戦の失敗を意味する。この程度の困難など何度も退けてきた障害に過ぎない。


「――いいか、こういうときこそ教本どおりだ! とにかく撃って撃って撃ちまくれ!!」


「「――了解ッ!!」」 


 ライアンの言葉に合わせるように十五の銃口が火を噴く。プラズマ化した弾丸が蒼白い光を放ちながら、向かってくる三体のサイボーグへと殺到する。致命傷とはいかずとも、少しでも動きが止れば集中砲火を受けることになる。彼らには回避以外の選択肢はない、所詮は汎用型プロトタイプに過ぎない彼らでは弾丸を受けきることなど到底不可能だ。


 射撃を絶やさず、サイボーグの接近を徹底して阻止する。人類戦役の頃に確立した対サイボーグ戦術の一つで、有効ではあるが所詮は時間稼ぎにしかならない。銃弾に限りがある以上、何れはこちらの限界が訪れる。


「――幾田、ラーキン、岩倉、こっちへ来い」


「――はッ!」


 特に戦闘技術に長けた三人を呼び寄せる。打開策が必要だ、それも飛び切りに無茶をすることになる打開策が必要だ。


「お前たち三人と私で先陣を切る。全員、リミッターを外せ」


「……は? た、隊長代理? 冗談ですよね?」


「私も冗談だといいたいが、冗談ではない。EMPと閃光弾と同時に突撃する、屋内突入(ブリーチ)と同じ要領だ」


「しかし、リミッターを外したら制御が――」


「――了解です」


 同僚の言葉を遮って、ヒカリは迷わずリミッターを外した。記憶を辿れば、確か前例があったはず、同じような状況で第01(ゼロイチ)特務戦隊が同じような突撃を敢行した。それも彼らは粗悪な初期型スーツで勝利している。不可能ではない、ならばやるだけの価値があるということだ。実際今はこれ以上の妙案など誰にも思いつきはしない。


 渋々といった様子で残る二人もリミッターを解除した。解除するのは二段階まで、最大出力までは解除できない。二段階解除ですら体にかかる負荷は通常の十倍近くに跳ね上がる、通常ならまともに動けるかさえ定かではないが、今は違う。オートバランサーを解除して、マニュアル操作に熟練しておけば、通常よりもさらに細かい調整が利く。多少操作難易度は増すが、充分増加した出力に対応しきれるはずだ。


 しかし、そこまで工夫を重ねたとして、体の負荷は変わらない。戦闘を終えた後、全身打撲で済めば御の字といったところだ。


「一体につき二人でやる、右の奴は私と幾田、左の奴はラーキンと岩倉だ。残りの奴は全員で掛かる、手早く片付けるぞ」


 無言で頷く。緊張の色が濃いほかの二人とは違い、ヒカリは酷く冷静だった。緊張はなく心は澄んだ水のように静かで、明確な意思に満ちていた。完全な集中、雑念は一切なく最高の状態だ。


 それでも、なお際どい。正面からの白兵戦では確実に勝ち目がない、不意をついてなおかつ二対一でどうにか勝負になるかどうかといったところだろう。


「カウントは三秒、射撃の間隔に合わせて突っ込むぞ」


 三人が息を呑み、カウントが始まった。


 一秒、射撃の合間を縫って敵が迫る。バリケートの一部が吹き飛び、一瞬部隊に動揺が奔った。返す刀の反撃で敵は散開、彼我の距離が再び開いた。


 二秒、再び敵が迫る。一瞬で攻防が入れ替わる、今はどうにか敵を退けられているが、何れは限界が来る。緊張に隊員の体が強張る、恐怖で引き金にかけた指が震えている。それでも力を振り絞り、部隊は間断なく弾幕を展開し続ける。


 誰にも気付かれることなく静かに、ヒカリはもう一段階リミッターを解除した。後のことは二の次、いまこの瞬間を生き残るためには全てを注ぎ込む必要がある。かつての約束を果たすために、今日交わした約束を果たすためには力が必要だ。


 三秒。ライアンの合図に合わせて無数のEMPグレネードが投擲された。円筒型のグレネードが空中で弾け、電磁波を撒き散らす。効果範囲が狭いおかげで味方に被害はないが、三体のサイボーグのセンサーが一時的に停止した。間髪いれず、今度カメラを焼くような強烈な閃光が炸裂した。これで敵は数秒間、まともには動けない。


 バリケートを乗り越えて四人が跳び出す。左の敵は閃光弾を防いでいる、すぐに対処しなければ手痛い反撃を被ることになる。背後では一足遅く残りの隊員達が彼らに続いて飛び出した。


「――幾田さん、援護を!」


「あ、ああ!」


 一瞬行動が遅れた幾田を叱咤するように声を荒げ、ヒカリは誰よりも早く敵の懐に飛び込んだ。すれ違いの様の攻撃を掻い潜り、間合いのうちへ。敵の攻撃は驚くほどに鋭いが、いまなら回避も容易い。幾田の射撃が敵の動きを牽制しているおかげで幾分か動きやすい。


 予想外の敵の反撃にサイボーグたちの動きが一瞬鈍る。それでもたった一瞬だが、いまの彼女達ならばその隙を充分に突く事ができる。


「――はあああああ!!」


「ぬあっ!?」


 銃からヒートナイフに切り替え、右上腕の間接部へと刃を突き立てる。真正面から装甲を破るのには時間がかかるが、間接部なら一瞬ですむ。そのまま刃を引いて腱を裂く。


 そのままもう一撃、引き抜いたナイフを首に向かって振るう。サイボーグの耐久力でも首をはねてしまえばそれで終わりだ。


「チィッ!?」


 かわされた、敵は腐ってもサイボーグだ、そう簡単に倒れてはくれない。ひるまずに攻勢を続ける、もう一振りのナイフを取り出して、そのまま鼻面を切り上げる。痛みと驚きに敵の体が退く、射線が空いた。


 すかさず無数の銃弾がサイボーグの体を貫く。的確に間接部を撃ち抜かれ、サイボーグの動きが鈍る。さらに続けて、背後の仲間が放った無数の拘束用アンカーがサイボーグを繋ぎとめる。その瞬間、呼ばれるまでもなく彼女はサイボーグに組み付いた。負傷させた右側から間合いを詰める、狙いは同じだ。


「これでっ!!」


 一息で間合いをつめ、ナイフを振るう。硬い手応え、分厚い装甲に刃が食い込んだ。そのまま、両手で刃を押し込む。少しづつ進んでいくナイフと、サイボーグからもれる苦悶の声。背筋に這い寄るような悍ましい快感と不愉快な手応え、ドローンとの戦いでは感じることはなかった感覚だ。


「あ、づーー」


奇妙な耳障りな声をあげて、サイボーグが倒れた。振り抜いたナイフには返り血すら付いていない。一瞬遅れて刎ねられた首がごとりと地面に落ちた。


 初めて味わった命を奪う感触を反芻する間もなく、次の敵へと狙いを定める。不可思議なことに最後のサイボーグは味方に加勢するでもなくただ静かに状況を観戦していた。


 視界の端では、隊長代理が敵に組み付いた。敵の腕を取り、回り込むようにして間接を極める。そのまま足を払うようにして地面に倒す、流れるような動作であっという間に制圧してみせた。そうして力任せに暴れるサイボーグ押さえ込み、携行したハンドカノンで顎から脳を静かに打ち抜く。援護など必要ないのではないかと思えるほどの見事な手際だ。


 此処までは順調、残るは不気味に構えた最後の一体のみだ。


「――雑魚どもが。簡単に死にやがって……」


 倒された味方を見下すように最後の一体が言い放った。どうやら仲間意識と言うのは彼らの間には存在しないらしい。

 

 ESが警報鳴らす、目の前の敵からBクラス相当のエネルギー反応が検知された。いままでの測定では精々Dクラスの反応だったが、明らかにレベルが違う。


「撃て! 妙なマネはさせるな!」


 ライアンの号令ですかさず射撃が開始された。たしかにBクラスサイボーグは脅威だが、対処方法はそう変わらない。とにかく飽和攻撃で押し込める、何か行動を起こす前に仕留めてしまえばどんな能力を持っていようとも関係ない。


 包囲陣形からの飽和射撃、逃げ場はない。陣形開始した時点で敵は詰んでいる、そのはずだった。


「――は、遅せえよ」


 死の弾丸、その嵐が体を抉る直前にサイボーグは笑った。刹那、酷く愉快げな嘲笑と共に、空間が揺れた。


「え、?」


「なっ!?」


「うわ!?」


 命中するはずだった弾丸は着弾の寸前に捻じ曲げられ床や天井を抉る。さらに、脳が事態を把握するよりも早くA隊全員が地面に叩きつけられていた。


「――こ、の感覚は……! ESP(サイキック)か!」


 地面に押し付けられながらもライアンが苦しげにそう漏らした。しかも弾丸の軌道を曲げたところからみて、精神感応(テレパス)系ではなく強力な念動力系の能力者、面倒この上ない。経験豊富なライアンだからこそ気付けたが、気付けたところでもはやどうしようもない。迂闊だった、そう言わざるおえない。スーツに備え付けられた高周波パルスの起動まで十秒、長すぎる。


 そも超常能力(サイキック)能力者は稀有な存在だ。その存在が正式に確認されたのは人類戦役開戦後で、先天的に遺伝子に異常があり、且つ脳の活用率が高く、なんらかの特殊能力を自在に行使できる人間の事を指す。その当時での能力者数は百人前後、しかも、人類戦役以前に”組織”に回収された能力者の大半は戦死し、生き残った数少ない能力者は全てUAFのもとで厳重な監視下にある。おそらく能力を保持していると思われる人間が一千万人に一人、そのうち脳改造及び投薬を受けずに能力を発揮できるものはその中の百人に一人と言う割合でしか存在し得ない、そのうえ能力発動は極限の集中が必要で損耗率も激しいため、実戦に堪えうるのはその十分の一。こうして敵として遭遇するリスクは宝くじを当てるよりも確率の低い。


 しかし、その可能性を軽視したがために現状がある。最新鋭の装備でさえ、対能力者用の装備は最低限のものしか用意されていない。その結果が今のこの惨状を招いた、そう考えると自分の迂闊さと同じくらい予算削減に対して毒づきたくもなろうというものだ。


 嘆いていても始まらない。とにかくなんとしてもあと十秒、時間を稼がなければ全滅だ。だが、どうする、敵はこちらの事情を考えて、同情など決してしてくれない。こちらは指の一本も動せない、空気そのものが重く圧し掛かっているような感覚だ。


「さてと、仕事を済ませるとしますかね。安心しな、痛めつける趣味はない。一発ですっぱり殺してやるよ」


 それだけ言うと、サイボーグは周囲の瓦礫を分解、再構築し、自分の頭上に十五本の槍を形成した。材料は瓦礫だが、あの念動力で射出されれば、充分装甲を貫通しうるはずだ。


 ライアンには部下たちの恐怖が手に取るようにわかった。何の抵抗も許されず、ただ死刑執行を待つだけだ。何か手を考えなければと必死で思考を展開しても、どうしようもないという結論だけがただ示されるだけだった。


「――畜生……!」


 悪態を吐くことしかできない自分を許せない。こんな事態を招いた責任は自分にある、部隊を任されておきながら、部隊を全滅させた無能な指揮官だ。こうなれば、死なば諸共と出力を限界まで引き上げて、特攻まがいの自爆を敢行するしかない。そう悲壮な決意を固めた瞬間、彼らの体から重圧が消えた。


「――後ろから失礼、随分と隙だらけだったから思わずね」


「な、なぜ此処に……」


「生憎と今は質問を受け付けてないんだ。答えは地獄で聞くといい」


 艶やかな声で美しき悪魔(ヘビ)は死を宣告した。胸に突き刺った漆黒の槍がそのまま展開され、夥しい棘が内部からサイボーグを引き裂いていく。数秒後には肥大化した棘に内部から貫かれ、希少な能力者がまた一人、物言わぬ死体へと変えられた。


「――さてと、どうしたものかな?」


 敵意どころか殺意に満ち溢れた視線をスポットライトのように受けながら、サーペントは無造作に仕留めたサイボーグを放る。賛美と憧憬と情欲の目線を受けるのもなかなか気分がいいが、やはり恐怖や憎悪に勝る強烈な視線はないと、この状況を満喫する。獲物を吟味する狩人のような強かさをもって彼女は彼らを見据えていた。


 美しき蛇はこうして表舞台へと姿を現した。三番目の思惑を加えて、箱舟の戦いはより混迷を極めていく。戦いの趨勢はどうあれ、今この場所こそが世界の中心とさえ言えた。


◇   ◇   ◇    ◇   ◇   ◇   ◇  ◇   ◇   ◇   ◇ 


 ギガフロートでの戦いが佳境を迎えた頃、宇宙に座す大怪鳥(アルバトロス)もまた重大な局面を迎えていた。


 艦橋に詰めた十人からのオペレータが慌しくコンソールを操作し、青い顔をした技術士官たちが機材を解析し異常がないかを大急ぎで点検していた。


「――衛星経由は試したわね? 反応は追えてるんでしょ?」


「どの衛星からも通信が繋がりません、太平洋連合のものも、中華共同体も、日本のものも繋がりません。反応は終えてますが、エネルギー障害が激しく細かい位置までは……」


「つまり、何も分からないってことね。いいわ、予備隊に繋げて、すぐに動いてもらうわ」


「はい、司令。すぐにお繋ぎしま――なにごとだ!?」


 作戦開始から一時間近く、本来なら既に地上部隊からの長距離光通信での定時報告が届くはずの時間だ。しかしながら、報告はない。未だに敵の通信妨害が有効なのかそれとも、味方が全滅してしまったのか、それすらも定かではない。確認しようにもこちらの通信は妨害されたままで、突入した第一陣は愚か、周辺制圧を担当する第二隊突入とすら通信不能だ。突入が成功したのは確認しているが、それ以降の情報は一切なかった。地上に降りた彼らを信じていないわけではないが、なにか問題が起きたことは確実、故に温存していた予備戦力の投入を決定した。


 しかし通信回線を起動したその瞬間、耳を劈く警報が艦内に鳴り響いた。


「せ、接近警報! 空間転移反応です!!」


「熱源を捕捉! 前方宙域、三百キロメートル範囲、か、数は五百以上!」


「総員、戦闘態勢!! 防空システム起動! 迎撃準備急げ!! オペレーター、望遠映像を出しなさい!」 


 すぐさま正面のモニターに望遠映像が表示された。映し出された映像は艦内の全員に驚愕と恐怖を齎した。暗い宇宙に溶け込むような黒色の外骨格、巨大な昆虫を思わせるフォルムを持った無数の化け物たち、人類戦役で味わった恐怖がまざまざと蘇る。


「は、反応解析結果でます! 構成要素の八十パーセントがNEOH(ネオ)と一致!」


「ネ、NEOH(ネオ)だ……間違いない、やつらが戻ってきたんだ!!」


「――そ、そんな嘘だろ。NEOHだなんて、しかもこんな数、この艦の装備で対抗できるわけ……」


「ありえない、ありえないわ、奴等は五年前確かに全滅したはず、それがどうして……」


「撤退しましょう! 司令、あれがNEOHだとしたら、現有戦力では対抗できません! 撤退を進言します!」


 副官までもが恐怖に取り乱す、それも致し方ないことだ。一菜でさえ、手の震えを押さえ込むので精一杯だ。人類に対する根源的敵対種(Natural Enemy Of the Human)、人類戦役直前に突如として出現した怪物たちの総称だ。単体での転移回廊(ポータル)形成能力と堅固な生体装甲を併せ持った人類の敵対者、全ての人類に彼らに対する恐怖が鮮明に刻み込まれている。


 何処から現われたのかも、何者かさえも分からぬ天敵によって人類は絶滅の境まで追い詰められた。それほどまでにNEOHは強く、恐ろしい存在だった。


 二十億人、当時の総人口の五分の一がNEOHによって虐殺された。それも抵抗も許されず一方的にだ。転移回廊により人口集積地を襲撃する彼らの前には通常装備は通用せず、大量破壊兵器の使用は実質不可能だった。それでも、二度、サンフランシスコとメキシコシティにおいて核兵器による殲滅作戦が決行されたが、犠牲を払うばかりで、人類は敗北の決まった消耗戦を強いられることとなった。


 そんな現状を打開すべく発案されたのが、ゼロシリーズ計画であり、サイボーグ技術を占有するUAFだ。滅亡を傍観するだけのみの”組織”から持ち出された技術で持って人類は二つの敵と戦った。

 

 それが人類戦役、人類を支配すしてきた”組織”と人類を滅ぼさんとするNEOHとの十年にも及ぶ戦いだ。その終結が五年前、たとえ決戦以来その発生が完全に停止しても、NEOHへの恐怖は今だ強烈に息づいている。


 そんな恐怖そのものともいえる存在が群れを成して彼らの前に再臨した。しかし、それはありえないことのはずだ、失われた神託頭脳(ヴォルヴァ)の計算結果とあの総統の言葉の通り、NEOH(ネオ)の発生は五年前から確認されていない。完全に消滅したはずだ。それがなぜ、いまさら活動範囲外である大気圏外に現われる。


「――落ち着きなさい! 相手がたとえNEOH(ネオ)だとしても我々にやるべきことは変わりはない! 弾幕を形成しつつ後退!!」


「りょ、了解!」 


 恐怖と疑念を捨て去り、一菜は大声で指示を飛ばす。彼女の言葉通り、例え相手がNEOH(ネオ)でもいや、NEOHであるからこそ、彼らは戦わなければならない。それこそがUAFの存在意義なのだから。


 だが、現実問題としてまともな戦闘能力を持たないアルバトロス級では対抗できない。遅滞戦闘が精一杯だ。この指令所が撃墜されるわけには行かない、今はとにかく援軍が到着するまで持ちこたえる必要がある。


 問題はまともな援軍など到底期待できないと言う事だ。


「急速接近! 敵は包囲陣形を形成しつつあり!」


「馬鹿な……なぜNEOH(ネオ)が戦術行動を取る!? 連中に知性などないはずだ!」


「今はそんなことはどうでもいい! 副官、パニックを起こす前に仕事をしなさい! オペレーター、反撃はしなくていいから、全出力を防御シールドにまわして!!」


「りょ、了解!」


 反撃を諦め、穴熊に徹する。どうせ機銃照射など中りはしないし、中ったところでたいした意味もない。成体のNEOH(ネオ)の戦闘能力はAクラスサイボーグにも匹敵するアルバトロス級の空戦能力では到底対抗できはしない。


 それでも数分持つかどうかすら危うい、一瞬あとにもシールドも食い破られてもおかしくはない。


 そんな切迫した状況の中、一菜は確信を強める。やはりこの敵は違う、かつて戦ってきたNEOH(ネオ)とは何かが根本的に異なっている。この敵は何かがおかしい。


「シールド出力低下! も、持ちません!」


「敵は……そんな馬鹿な、レーザー兵装を使用しています!」


「――もう何でもありね。次はなに、エイリアン? それとも怪獣?」


「し、司令、何を暢気な――」


「――か、格納庫のハッチが勝手に開いています! 一体誰が……?」


「シ、シールド停止! やつらが取り付きます! 装甲が――」


 終わりは突然訪れた。抵抗を試みる間もなく、迫る死に恐怖する間もなく、どうしようもない現状に絶望を感じる間すらなく、終わりは訪れる。


 司令部が陥落すれば、当然、地上部隊も混乱を起こす。敗北、そして、作戦失敗、世界は蹂躙され、すべて”組織”の手に堕ちる。それが確定した未来だ。覆ることは決してない、そのはずだった。


 その絶望(ミライ)を――。


「ッやあああああああ!!」


 ――朱い嵐が覆す。


 意思を持った嵐が暗い宇宙に吹き荒れる。アルバトロスの周囲に突如展開した嵐は取りついたものも含め周囲の全てのNEOHを纏めて吹き飛ばしていく。紅い風に触れたNEOHは全て、内部崩壊を起こして、周囲の固体に連鎖反応を齎した。


 続けて嵐から飛び出した一筋の閃光が嵐から逃れた固体を次々と仕留め始めた。逃れようとした固体は先回りした閃光に引き裂かれ、向かっていく固体は正面から貫かれ爆散、レーダー上の光点が瞬く間に数を減らしていく。音速以上での飛行が可能なはずのNEOHが逃げる間もなく蹴散されていた。まさしく蹂躙と言うべき光景だった。


「い、一体何が……?」


「副官、呆けてないでしっかりなさい。今のうちに後退するわ」


「は、はあ」


 事態についていけず、呆然となった副官とは違い、一菜は落ち着き払っていた。恐怖がなかったわけではないが己の用意した策を、それ以上に彼女を信じていた。どんな絶望的な状況であっても、彼女がいれば覆すことができる。


「――V-23からHQ。このまま殲滅するわ、このぐらい一人で充分。邪魔にならないように下がってて」


「は、え? し、司令?」


「-―許可します、病み上がりなんだから気をつけるよう伝えて」


 どこか楽しげに一菜はオペレーターにそう告げた。ようは手加減が利かないから巻き込まれないように下がっていろということだ。実際、彼女の能力範囲はゼロシリーズの中でも最も広範囲に及ぶ、最大限離れていなければ巻き添えを喰らいかねない。


「あ、あれは――」


「マジかよ! 俺生で見たのは初めてだ!」


「―ー助かるんだ! 俺たち助かるんだ!!}


「どうして、彼女が此処に……」

 

 モニターに映し出された彼らの救い主の姿に歓声が上がった。彼女がこの艦に搭乗している事を知っていたのは、一菜を含めて僅かな技術士官のみだった。それも、裏切り者に知られるのを避けるためだ。本来は地上部隊支援のために用意した切り札だ、味方を騙してまで切るにたるタイミングを待たなければならなかった。


 そして、その切り札は最高の効果を発揮していた。01に支給されたものと同じシームルグユニットの上に立つ一つの人影、その姿はただそこにあるだけで味方の士気を大いに高めていく。敵を前に、味方を背に、たった一人で立ち向かう。それこそが彼女の在り方でもあり、それが彼女の強さでもある。


 深い緑を貴重とした生体装甲は美しい女性らしいフォルムを形成し、それを走る赤色のエナジーラインにはあふれんばかりの膨大な熱量が満ちている。彼女の純白のマフラーは暗闇の空でもなおはためき、紅

く鋭い双眸は真っ直ぐに敵を見据えていた。病み上がりを感じさせない、力強いその姿こそが彼女の本来の姿、ゼロシリーズサイボーグ三番目の戦士、NO.03、風見原雪那の本来の姿だ。


「――紛い物の掃除はとっとと済ませて、兄さんのとこに行かないと」

 

 特徴的な腰部のスカートと脚部のブラストユニットから紅色のエネルギーが噴出し、彼女の全身を包み込み、シームルグにも流れ込む。宇宙空間なら手加減はいらない、最大出力のクリムゾンモードで暴れられる。こんな紛い物に苦戦などしない。


 独りではない、それだけでこれほどまでに心が軽やかで、内側から力が沸々と湧き上がってくる。胸の傷の痛みさえ、些細なことにさえ思える。この五年間、彼女は孤独だった。どれほどの賛辞を受けても、どれほどの歓声を浴びても拭い切れない孤独が彼女のうちに確かにあった。


 その孤独は今は消えていた。いま兄が、01がいる。例えどれほどの距離が離れていても、一緒に戦っている。それだけで、彼女の心は満たされていた。


「――時間はかけない、速攻で片付ける! 兄さんが待ってるんだから!!」


 今度は置いていかれない、一緒に戦う、最後まで、胸にしまったその言葉は誓いであり願いだ。紅い戦装束(ドレス)と共に彼女は宇宙を舞い踊る、想いを果たすその時まで誰も彼女を止められしない。



今回は長いです、めちゃんこ長いです。どうやら私には両極端しか存在しないらしい……。では、こんなだめ作者と拙い文章ですが、どうかこれからも暖かい目でよろしくお願いします。

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