NO.026 キャバルリー ・カメラード
高度三千メートルの高みを、第五○一特殊作戦群戦隊、第A-01分隊は放たれた矢のように降下していく。彼らの背中にはBからFまでの百人以上の通常空挺隊が続いている。H.E.R.Oのみで構成されるA分隊が鏃と矢羽を構成し、胴体たる箆の部分を通常部隊が担当する。無防備な通常部隊を空戦能力を備え持つH.E.R.Oが護衛しながら敵の妨害を排除しながら降下する、H.E.R.Oと機械化装甲服採用後に発案されたこの陣形の有用性は十年以上続いた人類戦役の間、幾度となく証明されている。
「――降下地点修正、ポイント1-77-08。各員、三秒後に軌道修正」
鏃の先頭を行くAー02、ライアン・ハーディアス隊長代理から全体に向け、軌道修正の号令が掛かった。地上で突入口の確保に勤める01に代わりAの指揮を担当することになったのが彼だ。人類戦役からのベテランである彼は代理とはいえ指揮官として申し分のない人物で、この手の降下強襲作戦の経験も豊富だ。
三秒のカウントに合わせて、A隊の全員が一糸乱れぬ動きで軌道を修正する。修正角度は極小さなものだが、その極小さな誤差が大きなズレを生む。特に今回の作戦は所定のポイントに百パーセント正確な時刻、百パーセント正確な角度で侵入する必要がある、誤差はゼロコンマ一秒たりとも許されない。
スラスターを用いて落下速度を調整しながら、隊列を維持する。ヒカリのいる矢羽の位置からも後数秒で海面が見えてくるはずだ。彼女の与えらた役割は分隊の三分の一にあたる右翼側の矢羽の管制、入隊して一年足らずの新人の与えられる役割としては破格のものだ。それだけの期待と責任が彼女の両肩には重く圧し掛かっている。
しかし、意外なほどに彼女の心は澄んでいた。思考には淀みがなく、体調はこれ以上ないといえるほどに絶好調だ。今ならば、訓練で見に付けた全てを完全に発揮する自信がある、いや、それ以上の力も発揮できるかもしれない。作戦直前まで心を支配していた不安と恐怖は開始と同時に欠片も残さず霧散していた。
彼女に合わせて調整しなおされた新型スーツは、夜間戦闘に対応すべく闇に溶け込むような黒に再塗装されている。A隊に支給された新型スーツはすべて、ある一点を除いて彼女のものと同じ仕様に調整してある。最終的にバランサーを外した状態で実戦投入が可能だと判断されたのはヒカリを含めた十数人だけ、その十数人は各部の基幹戦力となるべく先頭、右翼、左翼部に均等に配置されている。
「FHQから各員、後二十秒で海上だ。何があっても陣形を乱すんじゃねえぞ、死にたくねえならな」
前線指揮官たるエドガー・ウェルソン特佐の言葉と共に、着地体制に移行する。数秒後に雲海を抜けると眼下には暗い飲み込まれそうな海原が広がっていた。
その暗い海原を戦いの光が照らす。途切れなく続く爆発と、白銀に輝く怪鳥とその主。時折発せられる赤色の光の柱が暗闇の空を引き裂き、空を埋め尽くさんばかりのドローンの大群が怪鳥を包囲せんと蠢いていた。
ドローンの注意とミサイルの照準は全て01に集中している。事前の打ち合わせ通り、降下部隊は完全にノーマークだ。しかし、突入口は開いていない。 作戦では降下時にはもう入り口が開いてるいるはずだったのだが、入り口は開いていない。このままでは全員、ギガフロートの隔壁に叩きつけられてしまう。二次計画は用意されてはいるものの、それも突入口が開いているという前提に立ったものでしかない。このままでは確実に全滅だ。
全体に少なからぬ動揺が走る。それは百戦錬磨のベテランである指揮官たちにおいても同じだ。必死になって各部の指揮官たちが統制を執るが、それでも陣形の乱れと士気の低下を立て直すのは容易ではない。
そんな状況でありながら、ヒカリは自分でも不思議なほどに冷静だった。恐怖の余り感覚が麻痺したのではないかと、自分を疑ったほどだ。まだ降下地点到達まで十数秒近く残されている、それだけの時間があればどうにかできるではないかと考える余裕すらある。それほどまでに彼を強く信じる理由が彼女にはあった。
「チィッ、話が違うぞ、01。全隊――!?」
「――少し早いぞ、エドガー。今入り口をこじ開ける」
動揺の見える前線指揮官の声を01の声が遮った。力強く自信に満ちた声だ、この状況で何をいっているのかと返したくもなるが、それ以上に言い表せない不思議な説得力とそれを裏付けるだけの実績が彼にはある。
そして、その言葉に応えるだけの度量が彼らの指揮官にはある。
「……へ、テメエがおせえんだよ、このタコ! 待っててやるから、早くしやがれってんだ!!」
「言われなくてもやってやるさ。それより、穴を開けた後は責任持てないから、そっちでなんとかしてくれよ!」
「分かってるよ!! 全員聞いてるな? チキンレースだ、びびるんじゃねえぞ!!」
意気を取り戻した指揮官の一言で、隊から怯えと動揺が消えた。三秒とかからず、陣形が元の完璧な形を取り戻す。どちらにせよ一か八か、このまま進むしかないという開き直ったような捨て身の勇気だが、全員の意思が確かに一つに纏まった
残り十秒、刹那のようなその時間が、全てが決する時だ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
天を駆ける翼を体の一部のように自在に操る。認めたくはないが、あの男が開発したというだけはある。驚くほどの追従性と速度だ、俺の動きに全く遅れずに付いて来てくれる。俺の動きについてきてくれるのなら、空中でミサイル群をかわしながら、ドローンの相手をする程度そう難しいことでもない。
新型フライトユニット、名をシームルグ、ペルシャの伝承に伝わる不死鳥の名を継いだのがこの機体だ。俺たちと同じナノカーボン骨格と人工筋繊維が使われた機械の不死鳥は期待以上の性能を発揮している。問題は、こちらの性能ではなく、あちらの性能だ。
「――あと十秒、まだ時間はある」
残り十秒、いや、突入時間を考慮すれば七秒。意図的に残したこの時間、この七秒間が全てだ。ギガフロートの外壁をぶち破り、味方の突入口を開く。それが俺の役目だ。所定の位置は俺のいる位置から見て逆側の側面、そこまでこのミサイルとドローンを振り切っていかなければならない。しかし、ただ破壊するだけならいつでもできる。問題はそれを何時行うかだけだ。
ギガフロートへの攻撃自体は何度か成功している。接敵して蹴りを叩き込み外壁を破壊した、が、十数秒前につけた破壊のあとは既に跡形もなく修復されている。驚異的な速度を持つ修復機能、俺の記憶にもサーペントからの情報にもなかったものだ。おそらくは、秘匿されていたものか、この一ヶ月で取り付けられたものかどちらかだ。
真相はどちらでもいいが、俺の独断で作戦を一部変更する必要があった。余裕を持って行うはずだった外壁の破壊を降下部隊が辿り着く寸前に行う、それだけの事だが、部隊に走る動揺は大きい。ましてや、司令部との通信不能な今の状況ではパニックを起こしかねない。
賭けにも等しい独断だったが、それでも彼らなら対応できると信じていた。部隊の隊員は滝原が選び、雪那と俺で鍛えた連中だ、それをエドガーが率いている、俺が知る限り最高の陣営だ。それに、共に死線を潜り抜けた仲間を、自分が鍛えた部下たちを信じずに一体何を信じるというのだ。
それに、エドガーも、滝原も、雪那も俺を信じて託したのだ。だからこそ、俺も最善を尽くす。
残り五秒、視界を埋め尽くすミサイルの合間を縫い、ギガフロートの懐へ。大口径の対空砲が待ち構えているが、構うものか。あたったところでたいした被害はない。ドローンとミサイルを引き連れながら、さらに速度引き上げた。マッハ5、全身に叩きつけるような抵抗を感じる。申し訳程度の負荷軽減にまわしていた出力も全て加速へとまわす。
けたたましく鳴る激突警報を無視して、特攻まがいに直進する。背後のドローンもミサイルも律儀に付いてきている、ご苦労なことだ。
激突の寸前、刹那の間にアフターバーナーを起動する。一瞬の減速に合わせて、シームルグの頭を海上へと向ける。俺の意図をすばやく感じ取ったシームルグは瞬時に翼を折りたたんだ。五メートルはあった翼は一メートル足らずまで縮小され、機械の怪鳥は鋭利なフォルムを成す。
速度をそのままに、巨大な水飛沫を上げながら頭から海面に突っ込む。音速以上で突っ込めば、海面もコンクリートの地面もたいした差はない、思わずうめき声を上げそうになるような衝撃が全身に走った。
シームルグの背にある取っ手をしっかりと握り、引き剥がされそうになる体を固定した。一瞬の間にシームルグはぐんぐんと潜っていく。海中でもこの機動性、我ながら恐ろしいまでの性能だ。一体どれほどの技術と予算が使われているのか、俺には当たりをつけることすらできない。
「ッおおおおお!!」
なおも食い下がるドローンを引き剥がすように再加速、それと同時に頭を上げる。再び圧殺されそうな抵抗を振り切って、海上を目指す。視界の端に残り三秒の警報が見える。充分だ。
ミサイルもドローンも俺の挙動に対応しきれていない。これで降下部隊が狙われる心配はない。もう味方は捕捉されているだろうが、砲塔の半分と今出撃しているドローンの標準は俺に向いている。問題はないはずだ。
月を背に、海面を飛び出して空を舞う。瞬時にエンジンカット、翼を開き余剰エネルギーを周囲に放射する。内部機構をショートさせるエネルギーの波は追走してきたミサイルとドローンを叩き落とし、敵の迎撃に一瞬の緩急を生じさせた。
残り三秒。脊髄コネクタを切り離す、自動操縦に切り替わったシームルグの背を蹴ってギガフロートに向かって跳ぶ。
リミッターを外す、引き金を引くように確かに永久炉の重石を取り除いた。溢れるような力が血管を焼き、骨格が白熱化して光り輝く。体から漏れ出した光が暗転の空を照らす。痛みはない、体を焼く熱さえも今は心地良く思える。
肥大化したエネルギーを一点に、右足に収束させる。久しぶりの全力の一撃だ、手加減は当然効かない。降下部隊のとの距離はまだ充分にある。指向性を持たせてぶちかませば味方が巻き添えを食うこともない。
勢いを殺さずに体を反転。溢れた光に視界が染まる、此処までくれば見るまでもない。タイミングは体が覚えている、今だ。
装甲に足を突き入れたその瞬間、収束したエネルギを一気に解放した。夜空を引き裂くように立ち上った光の柱が分厚い装甲を容易く蹂躙する。視界は真っ白に染まり、焼け付いたような右足はバターのように外壁を溶かし、穴を穿っていく。
一層、二層、三層、数える気も薄れるような数の防壁を蹴り穿ち、内部まで大きな突入口を開いていく。一秒の間の事なのか、刹那の合間の事だったのか、外壁を抜けたと確信した。
しかし、急に止れるわけでもない。エネルギーの奔流に身を任せたまま、甲板と思しき場所を蹂躙しながら、甲板そのものを破壊しないように気をつけながら、エネルギを周囲に逃がす。視界は相変わらず真っ白なままだが、生きているレーダーは数え切れない数の敵を捕捉している、そいつらも蹴散らせて一石二鳥と言うわけだ。
甲板を削りながら勢いを殺して着地する。回復した視界には無数の爆発となおも数を増すドローンの大群、所詮は烏合の衆とはいえこの数は厄介だ。攻撃に備えるべく身構えたその瞬間、彼らが追い付いた。
「――A-02からオールA! 射撃開始!!」
上空からの弾幕に降下地点周辺のドローンが堕ちていく。舞い降りた漆黒の戦士たちは敵を蹴散らし、降下地点を確保する。見惚れるような戦いぶりだが、ただ見ているだけにはいかない。
立ち塞がるドローンを叩き潰しながら、降下地点前方の敵を思いっきり薙ぎ払う。そのまま力任せに地面を踏み込んで、前へと出る。何時もそこが俺の居場所だ、味方を背に背負うこの場所が俺の立つべき場所なのだ。
「――隊長、ご無事で」
「―-ライアン、部隊の損耗率は?」
「ゼロです、肝は冷えましたがね」
「慣れたもんだろう?」
「貴方と仕事していればね、久しぶりのスリルを楽しませてもらいましたよ。新人たちには少し刺激的過ぎたかもしれませんが」
すぐさま隣に陣取ったライアンはどこか楽しそうにそういった。ライアンとは滝原やエドガーと同じくらい長い付き合いだ。こうして軽口を交わせるくらいにはお互い気心知れている。背中を預けて戦うのも慣れたものだ。
「――全員、足は竦んでいないな?」
「当然です、隊長。このぐらいなら隊長の訓練のほうがきついっすよ」
「自分は次はもっと余裕を持って突入したいです」
「相変わらずのビビリね、モテないわよ?」
「……それだけ口が利けるなら十分だ」
続いて着地した隊員たちが周囲を固める。同じく軽口を叩く余裕すらある新人たちを頼もしく思うが、通信越しの声には僅かな恐怖が混じっている。こればかりは訓練で消えるものでもない、経験の浅い新人たちにおいては仕方がないことだ。後方では続々と通常部隊が降り立ってきている。俺が開いた突入口は早速閉じ始めているが、どうにか間に合うはずだ。
「……ここからは作戦通りだ。お前たちの命は俺が預かる。だから、俺の背中はお前たちに預けた。――オールA、突撃!!」
「――応!!!」
こんな英雄じみたマネは好きでも得意でもないがこれが俺の役割だ。必要とあれば演じて見せるまで、感情を置き去りに先陣を駆け抜ける。自身への嫌悪以上に、誰かに背中を預けるその感覚が俺の心を満たしていた。
目指すは、機関部動力炉と艦橋、そして、あの10(ワンゼロ)。俺にできるのは戦うことのみだが、いまはそれでいい。戦いしかない俺には、死闘こそが相応しい。
どうも、みなさん、big bearです。今回はキリがいいので少し短めですが、一日早く更新でごぜえますだ。
では、こんなだめ作者と拙い文章ですが、どうかこれからも暖かい目でよろしくお願いします。
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