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バーンドアウトヒーローズ  作者: big bear
第一部 リスタート・アンド・リザレクション
24/45

NO.024  プレヴィオス・デイズ

 ただまともに体を動かすのが、これほどの集中力と精細さを必要とされるとは思わなかった。少しでも手加減を間違えば、起き上がるどころか、床を踏み抜き天井に激突しかねない。ゆっくりと、ゆっくりと足に力を込め、体を起こす。


「うおっ!?」


「きゃっ!」


「またかよ!」


 ようやっと体を起こすと目の前では次々と同僚たちが無様に転倒を繰り返している。各支部でも選りすぐりの精鋭を集めたはずのこの部隊の隊員が飛蝗のように飛び跳ね、挙句は生まれたての子馬のような足取りで訓練所を歩き回っている。本来は持久走のはずが、これでは老人会の散歩とそう変わらない。完全装備の最精鋭のH.E.R.Oがこの様では笑い話にもならない。


「――あんたら三日後までよたよた歩いてるつもり!? とっとと立ち上がりなさい!!」


「は、はい! 教官殿!!」


 新教官殿の怒鳴り声に背中を押されながら、ヒカリは一歩一歩慎重に踏み出す。最初の数歩が肝要だ。一度リズムに乗りさえすれば、後はそのペースを維持していけばいい。先程のようにこけた同僚にリズムを崩されなければ、十週もすぐだ。


 UAF製の機械化装甲服(パワードスーツ)、UAFの象徴である選ばれたH.E.R.O証たるそれらには装着者を保護するリミッターとまた装着者を補助するオートバランサーが必ず組み込まれている。ゼロシリーズの基礎能力を参考に大幅に性能を落として設計されているとはいえ、最大出力で稼動した場合の負荷に生身の人間は耐えられない。だからこそ、リミッターをかけなければならない。現に、飛行能力まで備えた彼女のVer3スーツでさえ、幾重ものリミッターを掛ける事でようやく実用段階に到っている。


 リミッターに関してはどうしようもない、動くたびに複雑骨折などしていたら、戦う以前の話、故に今重要なのは……。


「その状態で自由に動けないなら、あんた達何時までたっても半人前未満のままよ!! 死ぬのは勝手だけどスーツは高いんだから、せめて脱いでから死になさい!!」


「む、無茶苦茶言いやがるぜ」


「こんなのまともに動けるわけ……」


「無駄口を叩いてる暇があるなら、動きなさい!!」


「は、はい!」


 本来スーツは脳から発した脳波を読み取り、体の動きに先んじて、装甲内のカーボン筋繊維が駆動することで圧倒的な機動性と戦車を上回るパワーを両立させる。そのための出力計算、バランス調整を搭載されたAIが肩代わりをする、というのが オートバランサーの簡単な概要だ。これがなければ今のように、ただ走ることすら絶妙な力加減と出力調整が必要になる。 


 オートバランサーを解除した状態での訓練、そんなものここにいる全員が初体験だ。最初はただたっていることすら困難だったのだから、一週間足らずで曲がりなりにも動けるようになっただけまだいいほうだろう。無意味にしか思えないその訓練を行う理由はただ一つ。理由は単純、その方が迅く動ける、ただそれだけの事だ。


 たしかに、オートバランサーによる調整を経ればほんのコンマ数秒の遅れが生じる。そのコンマ数秒が実戦では命とりになるのもまた事実だ。しかし、この状態で戦うなど、一体どれほどの研鑽と経験を積めばそんなことが可能になるのか見当も付かない。

 

 しかし、その実例が目の前の二人だ。最強のサイボーグたるゼロシリーズ、その初期シリーズである01と03にはオートバランサーなど積まれてはいない。確かに一つ行程を省けるのだから、速くはなる。だが、力を制御できないということでもある。もし、少しでも力を込めれば容易く人をひき肉に変えてしまうような体を完全に掌握することで、彼らは余人では追いつけない速度域に到達した。単純な強さだけでなく、その迅さこそが彼の強みなのだ。


 それは決して、彼らゼロシリーズに限った話ではない。そもそも、この方法を考え出したのが当時の風見原雪那特戦官、後の03だ。彼女がまだ人であった頃に、粗悪ともいえる初期型スーツで、01をサポートし、NEHや敵のサイボーグと互角に渡り合うために考案した方法だ。余りにも高度な技術を要求されるがために、教本には載らず、継承されることなかったその技術を今彼女達は学んでいる。習得ない度はまりにも高いが、不可能ではない。


 なら、それでいい。不可能でないというだけで充分だ。彼女たちとて各支部の最精鋭、矜持があり意地がある。作戦決行まであと三日、それまでになんとしてでも形にしてみせる。


 敵はあの”組織”、恐怖がないといえば嘘になる。その恐怖を消すためにもこうして体を痛めつけ、技術を骨身に刻み込んで恐怖を洗い流す。少しづつでも強くなっている、その感覚が勇気をくれる。心に刻んだ誓いは今も確かな力を彼女達に与えていた。


 決戦は近い。人々の盾となり、矛となり、導き手たる旗となる。UAFへと入隊したその時、H.E.R.Oになると志した時に誓った言葉、その言葉を守るため、彼らはただ訓練を積み重ねていた。


◇   ◇   ◇    ◇   ◇   ◇   ◇  ◇   ◇   ◇   ◇


 必死で訓練所を走り回る新人たちを見ていると、昔の事を思い出してしまう。独りで、焦がれて、憎しみしかなかったあの頃の自分がどうしようもなく脳裏によぎる。あの頃の心が蘇ったような錯覚におそわれ、足元から崩れ落ちてしまいそうになる。それでも、弱音は吐けない。


「――そこの子、もう休んでいいわ。シャワーを浴びて、しっかりマッサージして休みなさい」


「は、はい! ありがとうございます!」


「全員、後十分したら休憩! そのあとはフォーメンション訓練!!」


 まばらな返事を聞きながら、全体を観察する。流石は各支部でも最高クラスの人材を集めたというだけはある。オートバランサーを外しての訓練を始めて一週間、三分の一近くがすでに感覚を掴みはじめている。転倒の回数は減り、走り続けられる距離も確実に伸びてきた。もう後三日、いや、二日あれば実戦レベルまで引き上げられるはずだ。


 才能でいうならば、自分よりも遥かに上だ。自分があの感覚を覚えるまで数え切れないほど訓練を繰り返した。


 風見原雪那に才能などなかった。並の運動神経と並みの頭脳と並み以下の肉体しか持ち合わせないただの凡人だった。故に努力した、並みでしかない性能(スペック)を並以上の努力と常軌を逸した執念で補った。欠陥だらけの初期型スーツその欠陥も利点もすべてを理解するため、誰よりも長くスーツを装着し続けた。だからこそ、オートバランサーを外すなんて無謀なことも思いつけた。


 それでも、雪那は追いつけなかった。死に物狂いで努力しても憎み続けてきた敵すら殺せず、ただ彼の戦いを見ていることしかできなかった。それがたまらないほど悔しく、たまらないほど悲しかった。けれども、諦めることだけはしなかった。どれほどの敗北を重ねようと、どれほど地に這い蹲ることになろうと決して諦めることだけはしなかった。それが機械の体になっても変わらず残る彼女の誇りだ。だから彼女は今でも戦っているのだ。


 だが、誇りと責務がすべてではない。あの兄が自分を頼ってくれた。その事実だけで、彼女は舞い上がってしまうような幸福を感じている。ただの目標だったはずの彼はいまや彼女の戦う理由になっていた。それに、新人たちの成長する姿を見ているのもまた悪くはない。昔の事を思い出してしまうのも確かだ、けれども、それ以上に、自分でも驚くほどに、彼らの成長に喜びを感じている。


「――張り切ってるじゃない? このまま訓練校の教官とかやってみる?」


「――冗談。向いてないし、そもそもそんな暇ない」


「そう? 私は向いてると思うけどなあ?」


 隣にいる一菜のからかう様な言葉にぶっきらぼうに返す。自覚はしているが認める気はない、確かに張り切っているが、表に出したつもりはなかった。が、長い付き合いだ。見透かされていても不思議ではない。


 そしてそれは、雪那にとっても同じだ。こうやって話しかけてくるときは一菜が弱っているときだ。


「――ねえ、雪那。私、間違ってないわよね」


「――当たり前でしょ」


 一菜らしからぬ弱気な声だ。実際戦う自分たち以上に、指揮官たる彼女には重圧と恐怖が圧し掛かっている。もし情報が間違っていたら、もし作戦が間違っていたら、もし……もし……。その疑念は尽きずに、絶えずに思い浮かぶ。信じて戦う自分たちとはまた違う恐怖と彼女は戦っている。それがどれっだけ孤独な闘いなのかは他の誰にも理解はできない。ましてや今回の作戦は準備不足な上、不確定な情報が多すぎる。北太平洋連合にUAF内の主導権を奪われまいとする政治的な事情が二月先の作戦を許さず、裏切り者の存在が表立っての行動を阻害する。板ばさみになった彼女の心労は推し量るに余りあるものだ。


 その辛さがわかるなどと安っぽい同情の言葉を吐く気など微塵もない。だからこそ、自分は一菜を信じていると短くただそう告げた。


「――ありがとう。らしくないわね、私」


「作戦前はだれでもそういうもんよ」


「でも、エドガーなんて休憩時間にラグビー見ながらビール片手に騒いでたわよ」


「あいつは例外。きっと世界の終わりでもマイペースよ」


「あれで前線指揮官(フィールドコマンダー)としては超優秀なんだからビックリよね。なんかコツでもあるのかしら?」


「さあ? もしかしたら真剣の図太さと能力が比例してるのかもしれないわ」


「じゃあ、私も見習おうかな」


「勘弁してよ、ああいうのは一人で充分」


 たった一言で軽口が言い合えるようになるほど、お互いを理解している。たった一言でも相手を理解できる、深い信頼で結ばれた戦友同士余計な言葉は必要ない。


 覚悟は決まっている。指揮官は指揮官として現場の信頼し作戦を練り上げる、現場は現場として信頼に応え作戦を成功へと導く。理想ともいえる関係性がそこにはあった。


 すべては三日後、決戦の日に決まる。後ろにいる人々のために、隣に立つ仲間のために、そしてここにいる己自身のために決して負けることはできない。


 

◇   ◇   ◇    ◇   ◇   ◇   ◇  ◇   ◇   ◇   ◇


 この階段を上るのはそう久しぶりのことじゃない。短い階段を一段づつ踏みしめながら上っていく。一段ごとに足取りは重くなり、心はもっと重くなる。深く呼吸を吸いながら、階段を上がる。


 そうして、夜の山のような慰霊碑が再び俺の前に現われた。


 犠牲者の名の刻まれた黒い石碑、ただそれだけの事ものに俺はまるで子供のように怯えている。一ヶ月ほど前とは違い、供えられていた花はなく空は曇り、今にも雨が降り出しそうだ。


 慰霊碑までの広間の道をゆっくりと歩いていく。どうしてこんなに苦しい思いをするのになぜ俺は此処を何度も訪れてしまうのだろうか。


「――ッ」


 立ち止りそうな足を叱咤し、歩き続ける。何故此処にくるのか、考えたことはなかった。彼女に会うためか? 違うだろう、彼女はもういなくなってしまった此処にはいない。では、死者を弔うためか? いいや、それも違う、逃げ出した俺にはそんな権利さえのこされてはいない。……一体なんのためだ?


 堂々巡りの答えを出したのは俺自身ではなく、件の慰霊碑だった。


「――情けないな、俺は」


 ようやく慰霊碑と向かい合うと、気付いてしまった。俺は期待していたのだ、この死者の名を刻まれた黒い石が俺を裁いてくれるのではないかと期待していたのだ。


 なんと浅はかな話だ、死者に裁きと許しを求めるなんて。俺にはそんな資格すらないというのに、それほど俺という男は本当にどうしようもない。


 三日後に作戦を控えながら、俺がここを訪れたのも弱さゆえだ。戦うこと、自分が傷つくこと、死を迎えることに恐怖はない。だが、また失うことが恐ろしい。雪那の、滝原の、エドガーの、新人たちの、仲間たちの死を想像するだけで立っていられなくなる。だから、最後に与えられる余暇を使って此処に逃げ込んだのだ。


「――君はどうして俺を……」


 続く言葉は出なかった。問いかけても答えは返ってきてはくれない。そもそも彼女はこの答えを自分で見つけて欲しいと俺に言った、此処で問うた所で答えは出ない。触れた慰霊碑はただ冷たく、降り出した雨が体を打つ。世界が、時が止ったようにさえ感じられる。それほどまでに長く、俺は此処にただ立ち尽くしていた。


 今この場所は、俺にとって五年前のあの日そのものだった。降り止まぬ雨と横たわる死者たち、無力に立ち尽くす己の姿さえ、あの日と同じだ。だからこそ、此処に弱さを置いていこう。悲しみも怒りもすべて此処に残していこう。


 今度の敵は俺達(ゼロシリーズ)の映し身、俺たちの能力すべてを持ちあわせた最悪の敵。奴の相手は俺しか務めらない。万全ではない雪那では勝てない、当然他のやつらでは戦いにもならない。俺が戦うしかない、いや、俺が戦わなければならない。性能では劣っている、それがどうしたというのだ。あれが俺の影なら、あれを打ち倒すのは俺の義務だ。たとえ、頭だけになっても喉下に齧り付いてやる。


「――必ず戻る、待っていてくれ」


 またも意味もない言葉を呟いて、決意こめて弱さを振り払う。三日後だ、すべてはその日に決まる。滝原の作戦に疑いはない、部下たちも問題はない。勝機はある、後は俺が勝つだけだ。


 四肢に漲る力は澱みなく、胸の永久炉は熱を発している。猛る体とは対称的に心は冷たく低く沈んでいく。これでいい、此処に来たこと自体はただの感傷でも、この状態へと到れたのなら此処に来たことも意味があったというわけだ。


 必ず勝つ、それが俺の存在意義だ。造り変えられたその時から、そうやって生きてきた。だからこそ、こんな感傷ではなく、戦い続け、勝ち続けることが俺が死者に報いる唯一許された方法だ。三日後の決戦、許されるのは勝利のみだ。



◇   ◇    ◇   ◇   ◇   ◇  ◇   ◇   ◇   ◇


 鼻歌を歌いながら、天井を見上げる。余りの愉快さにこのまま踊りだしてしまいそうだ。わざわざ誂えたベージュ色の天井は彼女の趣味に適ったもので、シミ一つない新品だ。用意した浴槽は最高級ホテルのそれよりも大きく、高価で、美しい。誰も羨むような浴室でサーペントは待ち焦がれていた。


「後三日……待ちきれないなあ」


 浴槽から長く艶やかな足を投げ出しながら、サーペントは子供のような無邪気さでそう呟く。湯船から覗く濡れた身体と銀色の髪をみて魅了されない男はいまい。


「後三日……君がいるだけで僕の世界はこんなにも色鮮やかになる。なんて、なんて――――」


 恋焦がれる乙女のように、傾国の毒婦のように、艶のある熱の篭った声で彼女は言葉を発する。その言葉が何時か重い人に届くようにと願う一途さと忍び寄る蛇のような狡猾さの相反する二つの感情がその声には確かに同居していた。


「――思い通りにさせはしない。思い通りにするのは僕だ。”組織(アイツら)”のやり方も、あり方も気に入らない。だから、僕が壊してやる。あいつらの希望も計画も全部」


 復讐を誓う女神(ヘラ)のような残酷さで、彼女はそう宣言した。彼女の目的はただ一つ、想い人の心をすべて手に入れる。喜怒哀楽、愛憎も何もかもを独占する。それだけが唯一の望みだ。


「僕は君は手に入れる、君は僕を受け入れる。待ち遠しいよ、その日が来るのが」


 その言葉と共に、浴室が大きく揺れた。彼女の大海蛇が主の意を汲み進路を変えたのだ。目指すは一路、魔の海。決戦のその日のために静かに蛇を大海を這う。


 あらゆる思惑が静かに行きかい、交わり、ぶつかり、混じりあう。すべては決戦のために、あらゆるすべてが収束していく。決戦の日は近い。


 




どうも、みなさん、big bearです。二週間ぶりの更新でございます。たった一週間書いてないだけなのに、感を取り戻すのが難しいことです。けれどしばらくはペースが戻ると思いますよ(他人事)

では、こんなだめ作者と拙い文章ですが、どうかこれからも暖かい目でよろしくお願いします。

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