NO.023 ウイング・オブ・ビトレイヤル
世界最高レベルの技術力で知られるUAF管轄の研究施設の中でも、南太平洋に浮かぶこの場所はTCS技術を含めたあらゆる軍事技術の最先端の中の最先端をいく場所だ。だが、好んでこの場所に近づこうとするのはよほどの変人か、物好きだけだけだろう。昼夜問わず鳴り響く金属音と飛び交い続ける怒号、ついでとばかりに一時間に一度はどこかで何かの爆発がおき、一日に一度は警報と共に隔離措置と避難勧告が発令される。まともな神経を持つ人間なら一日でノイローゼなってしまう。しかし、此処の住人たちはそんな事を気にしてもないし、気にするような余裕もない。各々が文字通り寝る間も惜しんで研究に勤しみ、爆音どころか外で戦争が勃発したとしても気にもしないだろう。それもそのはず、この場所自体がまさしく戦場なのだから。創り、壊し、また創る。その過程がたった一日の間に目まぐるしく繰り替えされ、行き過ぎた探究心からの暴走がそれらを彩る。この場所が技術者たちの戦場と呼ばれる所以がそれだ。
UAF管轄第二研究ギガフロート、むせ返る様な鉄の臭いと耳を劈く轟音に満ちたその場所に滝原一菜はいた。
「――それで! 主任は!! どこにいるのかしら!!」
あらん限りの大声を上げ、目の前を歩いている技術士官に呼びかける。轟音には慣れているが、それでも鼓膜がいかれそうなほどに煩い、頭がどうにかなりそうだ。目の前の士官も何か言っているようだがほとんど聞き取れない。そもそも、こちらの質問があちらに届いているかさえ分からない。
ここに来てまだ五分と経っていないが、もうすで十回は此処に来た事を後悔している。事を最大限内密に進めるためには、安易に人を使うわけにもいかない。特に、存在しないはずのギガフロートに強襲を仕掛けるなんて話をおいそれとはできない。だからこそ、信頼できる技術者に彼女自身が直接話をつけるしかない。
さらに、必要な装備も使用する艦艇も当然、作戦の特異性に比例して装備もより高水準で特殊なものが求められる。今回の作戦に必要な装備を短期間で形にできる場所はここしかない。幸い彼女はここに伝を持っていた、しかしそれもこうまでひどい場所だと後悔のひとつもしたくなるというものだ。
「――では! 主任のほうから!! 説明があると思いますんで!!」
「――そ、そう! ありがとう!!」
極力ストレス要因を遮断しつつ歩いていると、いつの間にか目当ての場所に辿り着いていたらしい。
視線を上げると、巨大な一対の翼のようなものが宙に浮かんでいた。その機械の翼の周りで幾つかのロボットアームがせわしなく動き続けている。一秒ごとにパーツが接続されては取り外され、空中投影のディスプレイがそれに合わせて次々変動していく。
その一連の作業を目の前で監督している人物こそ彼女がわざわざ訪ねにきた人物だ。オイルで汚れた白衣を着て、冴えない特徴のない顔立ちの眼鏡をかけて痩せた中年男、眼鏡の奥から覗く眼光だけが不釣合いなほどに鋭く輝いていた。
「ーー主任! 極東支部の滝原だけど! 聞こえてるかしら!?」
「ーーちがう!! そうじゃない!! 何度言えばわかるんだ!! そこはもっと角度をつけろ!!」
大声を張り上げても、聞こえていないのか、それとも無視しているのかはわからないが主任は滝原のほうに振り返ることもせず、彼女以上の大声で指示を飛ばし続けている。
「ちょっと! 話聞いてくれない!? 少しでいいから作業を中断して!!」
「ーー煩い!! 耳元怒鳴るんじゃない!! 集中できないだろうが!! 」
力一杯怒鳴り声のように声を掛けると、ようやくと主任が怒鳴り返してきた。会話というには、あまりにお粗末だが、無視されるよりはいい。
「私よ!! 滝原よ!! 昨日連絡したでしょう?!」
「ん、ああ!! 君か、もう来たのか!? 今日は十日じゃないのか!?」
「今日は十一日よ!! 」
気付かなかったなどと言いつつ、主任は白髪混じりの頭を掻いた。何日も寝ていないのか、目の下の隈がいやでも目に付く。
「まあ、細かいことだ、気にすようなことじゃない! それで、統括官殿が此処までなんのようだね!? また滅茶苦茶な注文付けに来たのかね!?」
「ええ! 追加の要望があるからきたの!! これよ!」
データの入ったUSBを直接手渡す。あくまで部隊からの要望と作戦に必要とされるであろう数値を纏めたもので、実用的なデータではないが知識があるものがこのデータを見れば、たちどころ子に作戦内容と目的まで予測されてしまう。そんなものを不用意にメールで送るわけにもいかない。だからこそ、彼女自身が直接この場所を訪れたのだ。
「……なんだね、これは! 推力二倍にして、旋回速度も上げて、神経接続コネクタをつけろなんて冗談にしては質が悪い。しかも、二機、それを一ヶ月足らず用意しろとは……」
「――でも、できないなんて言わないでしょう?」
「当たり前だ! むしろ、望むところだといわせてもらおう!!」
新たな無理難題を前にして、落ち込むどころか余計張り切った様子で主任はてきぱき指示を飛ばしていく。この場所にいるのは基本的に変人か変態ばかりだが、この男はその中でも最悪の部類だ。開発した兵器は高性能だがあまりにもコストが掛かる上に使用用途の限定されたものばかり、既存の兵器の改装案をださせれば原型を留めぬ魔改造と非常に扱いにくい。
しかし、腕は確かだ。それは五年前の戦いでいやと言うほど思い知っている。
「君が私を頼るとはね!! 等々君らも中々業が深い!!」
「――”組織”を裏切って、今はUAFで働いてるアンタに言われたくないわ!」
「私は私の頭脳を最大限活用できる環境で働きたい、それだけだよ!」
五年前の決戦の寸前に、この男は”組織”を裏切り、UAF側に亡命した。しかも”組織”の内部情報を手土産にだ。その情報がなければ、今の世界はなかったかもしれない。だからこの男はほかの”組織”の大多数とは違い、檻に入れられてもなければ土の下に埋められてもいない。しかも、その知識と頭脳を有効活用するためにこうして最大最高の研究施設に地位を用意され、日々趣味のついでに世界平和に貢献しているというわけだ。
そして、数少ない裏切り者の一派に組していないと言い切れる人物の一人だ。この男は”組織”残党から01やサーペントに匹敵するほど憎まれている。現に幾度となく暗殺の危機に晒されていた。その上、今は主任自身が”組織”を毛嫌いしている。そんな男がいまさら裏切り者に手を貸すとは考えられない。
「で、この私謹製の作品を使うのは彼なのだろうね!? というか彼以外ではこのじゃじゃ馬は扱えまい!!」
「……ええ、そうよ。だから、搭乗者の負担無視で、好きにいじくっても構わないわ」
「それは楽しそうだ! 予算のほうも好きにして構わないんだろうね!?」
「どうせ、だめだっていっても好きにやるんでしょうが。――とにかく最高のものを用意して」
「当たり前だ! 常に私は最高を追い求める、妥協などするわけがない!!」
そう一際大きな声で答えると、新しく設計図を起こし始める。データを見た段階でもうすでに設計図が出来上がっていたようで、凄まじい速度で書き込み、数値を入力していく。
主任と滝原の関係は一口で説明できるようなものではない。かつては敵であり、最近までは彼の護衛を担当していた。幾度もの暗殺から彼を救ったのは彼女でもあるが、彼の作品を次々壊したのもまた彼女達でもある。そういう複雑な敬意を感じさせないのは主任が異常なほどに過去に関心を持たないからだろう。
「いや、それにしても此処でも強襲するつもりかね、君たちは! しかもこの戦法、また愉快な事を思いつく!!」
「――やっぱりアンタ、何か知ってるんじゃないの?」
「そう疑ってくれるな! そもそも私の知ってることはすべて五年前に話した! そもそも一技術者だった私にたいした情報が知らされるわけないじゃないか!!」
極めて胡散臭いが、嘘は言ってはいないだろう。この男には”組織”側につくメリットがない。不気味なまでの察しの良さも、データと言う根拠のある予測にすぎない。
「しかし、その反応!! 当たっていたか! 今度は身内と殺し合いでもするのかね!! まさしく死神だな、君達は。いやあ、君らの側について正解だったよ!!」
「……死神、ね」
当たらずとも遠からずだが、反論できないのが痛いところだ。五年前、ようやく戦いが終わったはずだった、しかし、現実はどうだ。この五年間、休みなく戦い続けてきた。小規模な”組織”残党、TCS技術をもった新興のテロ組織、敵は様々だったが、そのどの戦いの中心にはいつも自分たちがいた。死神といわれれば確かにそうかもしれない。
「――でもね、死神だからできることもあるのよ。……それにどこかの誰かに全部放り投げられるくらい器用な性格してないの、私も彼もね」
その言葉を聴くと、主任は一際上機嫌に大きく笑った。死神と呼ばれようが、疫病神と罵られようが、やるべき事を放り出すよりは良い。その矜持だけは何時だって持ち続けてきた。見ている事しかできない自分でも、できうる全てをもって彼らの戦いを援ける、それが彼女が選んだ生き方だ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
じりじりと間合いを詰めながら、呼吸を合わせていく。彼我の距離は、どちらにとっても間合いの外。一息で呼吸を詰めることも可能だが、タイミングが肝要だ。先に動きすぎれば合わせられる、機を逸すればあちらの動きに対応できなくなる。一瞬の差で勝敗が別たれる。その緊張と奇妙な高揚感が他のすべてを洗い流して思考を澄み渡らせていく。
「――は!」
動く。そう感じた瞬間には、体が動いていた。姿勢は低く、右足で床を蹴り、全速で突っ込む。
「――っ!」
「――まだ!」
交差、相手の初動を潰しながら、続けざまに蹴りを放つ。当然これは読まれているがこちらもそこまで折込積みで動いている。
返す刀の裏拳をかわし、左の拳を放つ。隙を付いたはずだが、これも危なげなく防がれる。流石だ。
俺の動きが一瞬止まったのを隙と見て、大振りの一撃が振るわれる。威力は折り紙つき、当たれば俺でも一発KOだ。
「ーー甘い!」
「っチィッ!」
が、あくまで当たればの話だ。これだけの大振り、躱すのは容易い。右頬を掠めた拳をそのまま掴み、背負い投げの要領で投げとばす。腕力だけでなく、自分の体重、踏み込み、相手の勢いのすべてを活かして勢いを殺さず床へと叩きつける。
「この程度!!」
「――なっ!?」
余りの事に一瞬思考が固まった。投げ飛ばしたはずが俺の体も宙に浮いている。何が起こったのか考えるよりも先に体が動く。空中で姿勢を入れ替えると、床を滑るようにして着地。追撃を向かいうつ。
追撃を捌きながら、先程何が起こったのか思考をめぐらせる。俺は投げられた。しかも数メートル近く投げ飛ばされた。おそらく彼女は投げ飛ばされながらも、俺を掴んで腕力だけで力任せに投げ飛ばしたのだ。確かに彼女の腕力ならそれくらいは可能だろうが、恐ろしいのは一瞬でそれを思いつく発想力とそれを実行に移す行動力だ。やはり、才能で言えば彼女のほうが俺より遥かに上だ。
だが、まだ、俺のほうが上だ。
打ち合いの合間、隙を作ってみせる。極限までさりげなく、その隙を突かざるおえないタイミングを見計らったうえで、わざと最善手ではない手を打つ。
相手は気付いてはいない。狙い通り、俺の隙にここぞとばかりの右の正拳。同じく威力は一撃必殺、だがその分、隙も大きい。
「えっ……!?」
「……一本だ、雪那」
喰らい突かせた隙を逆手に取り、拳を放ち浮いた左足を払う。そのまま倒れた相手の顎に拳を叩き込む、その寸前に拳を止める。組み手でそこまでする必要はない。
長く続いた組み手だったが、幕切れはあっけないものだった。どこか一つ違っていれば負けていたのは俺のほうだったろう、それくらいに充実した組み手だった。
「はあー、また負けた。……これで五十戦、十五勝三十五敗? 病み上がりとはいえ、ブランクのある兄さんに敵わないなんて自信なくなるわ」
「そうか? 今回は何度かヤバイかったんだがな。それに、前の時よりも動きに無駄がない、後二、三回やれば組み手じゃ五分だとおもうが……」
「だといいけど」
そう雪那に声を掛けながら、道場を見渡す。ひっくり返された畳やら、壁の穴やら中々に悲惨な様相を呈している。滝原に起こられるかもしれない。
俺も雪那も思った以上に真剣になってしまっていた。訓練所の道場とはいえ、こうも荒らされるのは予想外だろう。
「もう一戦やるか? 時間は一応余ってるぞ」
「いい。もうスッキリしたし」
「そうか。ならいいんだ」
サーペントはあの後、再び姿を消した。一ヵ月後にまた会おうという言葉を残して、嵐のように現われ嵐のように消えた。その際に齎された情報に基づいた作戦は滝原が建ててくれた。相当に無茶な作戦だが、それは望むところだ。
そのためにも新米たちの戦闘力を大幅に引き上げる必要があるのだが、どうにも良い方法が思いつかなかった。とりあえず体を動かしていれば何か思いつくかもしれないと、訓練やらの合間を縫ってこうして何度も組み手をしているのだが、なかなか効果的だ。ストレス発散とリフレッシュのために始めた訓練だが、お互いの技量を高めつつ、訓練方針を考えるヒントにもなってくれている。
一ヶ月、長いようで短いこの期間で俺のコンディションを最高のものに整え、なおかつ新米たちの実力を引き上げなければいけない。やることは余りにも多い、寝る間も惜しいくらいだ。
「お。ようやく終わったのか? んで、どっちが勝ったんだ?」
「兄さんよ、エドガー」
「よっしゃ、負け分は取り返したな」
「また賭けたのか? 今度は何人で見てるんだ?」
「うーん、まあ二十人ちょっとかな」
昨日よりも増えている。組み手をエドガーに見つかって以来、何人か支部の人間を誘っては組み手の勝敗を賭けの対称にしている。新編部隊の経理関係だけで、相当以上に忙しいはずだが、どうしてこんな事をする時間を確保できるのかまったくの謎だ。
「エドガー、いい加減にして。見世物じゃないんだけど」
「そう怒るなって。こっちだって可愛い妻子と引き離されて、激務の毎日なんだ。娯楽の一つもあって然るべきだろう?」
「いくらなんでも二十人は多すぎじゃないか。まだ職務時間中のはずだ」
「今は昼休みだぜ。それに見にきてんのは皆、おまえの部下たちだ」
「――そうなのか?」
入り口からこちらを伺っている顔には見覚えがある。確かに新米たちだ。何でわざわざ見に来たんだ。
「01と03の模擬戦なんて一大イベントだ。見に来ないやつのほうがもぐりってもんさ」
「はあ、分かったわよ。好きにして」
「おうよ、高評だぜ。この三日で俺の財布の中身が三倍になったくらいだ」
「――そうか、そりゃよかったな」
エドガーの懐事情は至極どうでもいいが、俺たちの組み手には思わぬ効果があったようだ。この二三日、新米たちの動きがよくなってきたと思えば、俺たちの組み手を参考にしていたのか。効率的に考えれば、俺との模擬戦よりも効率が良い。ただ見ていただけといえば、ただ見ていただけなのに何が原因だ。
「――さて、兄さん、仕事の時間でしょ。行ってきたら?」
「――あ、ああ、そうだな」
また考え込んでいたらしい。雪那に声を掛けられて、ふと気付いた。そうか、そういうことか。
「――なあ、雪那。お前、この後暇か?」
「え、ええ、暇だけど……ど、どうかしたの?」
「そうか、なら少し付き合ってくれ。試してみたいことがある」
少し悪戯っぽく雪那に微笑みかける。今日は雪那に驚かされっぱなしだ。だが確かに、俺なんかより何時だってひたすら努力を重ねてきた雪那の方がよっぽど相応しい。そのことが何故か、我がことのように嬉しかった。
どうも、みなさん、big bearです。前回次の更新は遅れるといったな、あれは嘘だ。遅れるのは次だ(震え声)
では、こんなだめ作者と拙い文章ですが、どうかこれからも暖かい目でよろしくお願いします。
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