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バーンドアウトヒーローズ  作者: big bear
第一部 リスタート・アンド・リザレクション
21/45

NO.021  オール・フォー・プロミス

「あー、疲れた。もう勘弁して欲しいぜ、なあ?」


「全くだよな。俺なんか何回投げ飛ばされたかわかんねえよ、折れてねえのが不思議なくらいさ」


「あんたらはまだいいんじゃない? アタシも腕を圧し折られる寸前だったし。あのノッポ君なんか担架で運ばれてたっしょ?」


「あれじゃ伝説の英雄じゃなくて、伝説の鬼教官だよな、マジで。何が一撃でいいから中ててみろだよ、無理難題吹っかけやがって、おれたちゃアンタと違って人間だっつうの」


「アハハー、それ言えてる!」


 同僚たちの益体もない愚痴を聞き流しながら、ひたすら目の前の焼肉定食を掻きこむ。味は中々のものだが、それはもともとも気にしていない。それよりも、この広い食堂で離れた席に座っている自分に聞こえるほどの大声で堂々と愚痴るなんて何故恥ずかしくならないのだろうかと彼女は理解できなかった。


 ヒカリにとって弱音とは決して外に出すべきものではない。内に沈め、糧とし、押し殺していくものだ。そうしなければ彼女は彼女ではいられなかったし、それを吐き出すこともできなかった。今更、それを悔いることもないし、寂しいとも思わない。それで救われる大事なものが確かにあったのだから、それでよいのだとさえ思っている。


 弱さを責める気はさらさらない。彼女とて幾度も折れ、幾度も負けてこの場所に辿り着いた。自身の中の弱さも自覚している、しかし、それを人前でさらけ出す習慣を彼女は持たない、それだけの話だ。


 今、自分たちが受けている訓練に彼女は一切不満を持っていない。むしろ、これ以上ないほどに一回一回の訓練に充足感を持っていた。いや、もはや楽しんでいるといっても差し支えない。


 無論、ずっと憧れ続けてきた恩人に指導してもらえると言う喜びも大きい。だが、それ以上に一戦ごとに感じる成長が彼女にとって喜ばしいことだった。他の連中は不満たらたらかもしれないが、彼女には厳しすぎるのではないかと思えるほどの模擬戦も、彼女にとっては確かな糧となっている。


 それに、個人的な感情を抜きにして、この世界において最高の戦士の一人に教えを請うチャンスなどそうはない。この最高の機会を活かさないなんて、それこそH.E.R.O失格だ。


 とっとと食事など済ませて、もう一度個人訓練をしたい。そういう気持ちに駆られて、箸を持つ手が早くなる。今日一日、体で学び、頭で理解した動きを反芻することでより強くなりたい。いつかの約束を守れるように、今を全力で戦う、それが彼女の唯一の目的だった。


「――ここ、いいかしら?」


「どうぞ、って!!?」


 視線を落として考え込んでいたせいで、誰か来ていたのに完全に気付いてなかった。掛けられた声に無意識に答えてすぐに声の主に気付いた。瞬間、料理をひっくり返す勢いで立ち上がった。


「し、失礼しました! 滝原統括官とは知らず――」 


「はいはい、ご苦労様。さ、座って」


 彼女の硬い敬礼に、席に座った滝原統括官は軽い敬礼で返すと、座るように促した。滝原の前には見た目に似合わぬ大盛のカツ丼がどんと置かれている。


 軍隊的な慣習が色濃く残るUAFの組織において、上官と一緒に食事を取ることなどありえない。それが個人的な付き合いのある人物だとしても、仕事上において士官は士官、下士官は下士官というのはUAFにおいても変わらない。しかも、統括官というのは通常の軍隊でいえば、中佐もしくは大佐に相当する立場にあたる。現場の戦闘員はよくて准尉程度の地位でしかない。統括官なんて、もはや天上人だ。接点もなければ、顔も知らないのが普通だ。特に、元より真面目過ぎるきらいがある彼女にとってはなおさらだ。


「は、はい! 座らせて頂きます!」


「貴方はまずそのアガリ症を何とかしないとね」


 やれやれといった感じの統括官に最大限に気を使いつつ、がちがちになりながら腰を下ろす。緊張しているのは、貴方が相手だからだといいたくなるが言う訳にはいかない。


 01を相手にするほど緊張はしないが、それでも滝原和菜統括官は彼女にとっては十年間憧れてきた人物の一人だ。知り合いであるとはいえ、緊張するなと言うほうが無理がある。それを差し引いても、相手は伝説の一人だ。極東支部の懐刀、ゼロシリーズの指揮官と聞いて緊張しない相手のほうが少ないだろう。


「いただきます。さ、貴方も食べないと持たないわよ?」


「は、はい」


 黙々と食べ始めた統括官に、若干気圧されながら、ふたたび食事をかっ込む。ただでさえ分からなかった料理の味はますますわからなくなった。


「――どう? 訓練は?」


「は、え、訓練ですか?」


「大変でしょう?」


 不意に声を掛けられ、喉に料理を詰まらせかけながら、どうにか質問を理解した。失礼に当たらないように、慎重に言葉を選びながら答えを考え出す。


「――はい、統括官。大変です、ですが訓練とはえてしてそういうものではないかと」


「そうね、そういうものよね。でも、彼のは特別大変でしょう? 見てるこっちも疲れるくらいだし」


「はあ……」


 会話の真意を掴めず、どうにも困惑しながら話を続ける。正直言って、統括官との世間話など何を話していいのかさっぱりだ。


「――貴方は良くやってるわ」


「……へっ?」


「だから、よく付いて行けてるわよ、貴方。私の目から見ても、中々いい動きしてると思うわ」


「あ、え、は、はい」


 少し考えてようやく自分が褒められていることに気付いた。しかし、そうなるとますます、頭の中が混沌としてくる。褒められていることへの困惑やら、素直な喜びやら、言いようのない感動やらが綯い交ぜになってどうしていいのか分からなくなってしまう。


「そ、そのありがとうございます……?」


「自信を持ちなさい、折角良いもの持ってるんだから、活かさなきゃ罪よ」

 

「は、はい!」


 敬愛する指揮官からそんな言葉を掛けてもらえるなど、彼女にとっては望外の喜びだ。確かに嬉しいのだが、余りの事に現実とは思えないというのが正直な感想でもある。嬉しさが緊張に勝ったおかげで、過度の硬さは消えたものの、今度は今まで忘れていた重要な疑問が意識に上ってくる。


「し、失礼ですが、統括官、お聞きしてもよろしいでしょうか?」


「ん、なにかしら? 機密以外は答えるわよ?」


「なぜ私をここまで気にかけてくださるのでしょうか? こう言ってはなんですが、私は所詮一戦闘員に過ぎません、統括官に気にかけていただくほどのものでは……」


 今更といえば今更な問いかけだった。ヒカリが滝原と始めてであったのは二年前の事だ。偶々訓練校に来ていた滝原が彼女を見つけて以来、なにかといえば声を掛けられたり、一方的に世話をされているのは気のせいではないだろう。自分の一体何が、伝説の統括官に気に入られたのか、そのことはこれまで聞けずじまいにいた大きな疑問だった。


「……今更でしょ、それ。まあ、贔屓してるのは確かかな。貴方、私の友達に似てるから」


「統括官のお友達……ですか?」


「そ、貴方みたいに真面目で、不器用な私の親友にね」


 そう言うと彼女は笑みを浮かべた。同性であるヒカリでも、ドキリとさせられるような大人びた美しさと少女のような可憐さを併せ持つ独特の色気のある笑みだった。


  一体、どんな経験を積めばこんな笑みを浮かべることができるのだろうか、今のヒカリには及びもつかなかった。そして彼女の語る友人が誰かと言うのも想像が付かず、ただ漠然と尊敬と憧れがより強くなっただけだ。


 いつかこの人たちの居る場所まで辿り着いてみせる、そう心の中で決意の炎が燃え上がる。そうしなければ、あの日救われた意味がない。あの日の約束を果たすためなら、命だって惜しくはないのだ。



◇   ◇   ◇    ◇   ◇   ◇   ◇  ◇   ◇   ◇   ◇


 埃っぽいベッドに腰掛けながら、適当に荷物を鞄の中に放り込んでいく。荷物の量自体はそう多くない、下着を数着と貰いものの品を一つか二つ、ついでに買ったはいいもののほとんど使ってない最新ゲーム機、それだけだ。五年間ここで暮らしてきて引き払うにしては少ないが、もともと大した物は持ってない、こんなものだろう。


 ますます殺風景になった部屋を眺めながら、この部屋で過ごした時間を思い出そうとして、すぐにやめた。思い出すようなことがほとんどないことに気付いたからだ。この場所での時間は余りにもゆっくりで朦朧としたものに過ぎない。五年もあったのに、俺の中でも起き掛けの夢みたいに曖昧で不確かなものだ。


 それだけその五年間の前と後が濃すぎるのだと思い直し、時計に目を向ける。時間は大体、十二時過ぎ。確か、十二時半に迎えが来ることになっていたはず、少し時間が余ってしまった。


「――仕方がない」


 何か時間を潰そうにも、たいしたことも思いつかないので、何の気なしにテレビのリモコンを手に取る。何か見たいものがあるわけでもないが、暇を潰すにはこれ以上のものはないだろう。


「――最近の一連の事件について、UAF本部の公式発表は依然、調査中という回答のみです。恵谷さん、その点についてどう思われますか?」


「いやー、いつもの事ですよ。UAFは市民の安全を保障するといいつつ、いつも重要な情報を隠蔽します。式典会場といい、例の秘密施設といいここまで顔に泥を塗られて、犯人を特定できないなんて、そんな言い訳通用しませんよ」


「やはり、以前から指摘されているUAF内での隠蔽体質が原因でしょうか?」


「私はそう思いますがね。UAFは設立当初から、徹底した秘密主義の立場を取っていましてね。取材も基本的にNGで、何か聞いても機密ですの一辺倒でまともな答えなど返ってこない。それに最高委員会により非常に強い権限を与えられていますし、これでは不都合な情報も簡単に隠蔽されてしまいますよ」


「では、なにか情報を掴んでいるのに発表していないと?」


「十中八九そうでしょう。それにですね、私はなにか、UAF内での重大な過失を隠しているのではないかと考えているんですよ。ほら、01の復活劇、あれ絡みでしょうね」


 最悪だ。よりにもよって流れていたのは昼のワイドショー、しかも内容はどんぴしゃ俺たちのことだ。相変わらず耳障りな声で無責任な事を言ってくれる。善悪に関わらず、秘密にするのには秘密にするだけの理由が何時だってあるのだ。仮に今回の事件が”組織”絡みだなんて発表してしまえばたちまちパニックが怒るだろう。それこそ時計の針を五年前まで引き戻す結果になりかねない。そこまで考えて発言しているのかと反論したくもなるが、あながち言ってる事が全て間違いと言い切れないのが痛いところだ。実際、UAF内に重大な過失がのさばっているのだから。


 奴等の情報と同じく、裏切り者についても現状では何も分かっていない。この一週間と少しの間、サーペントから何も連絡がないことから考えて、相当に尻尾出さない狡猾な奴であることは間違いない。そこまでしか分からない状況が、じれったく腹立たしい。できることなら、体を動かして忘れていたいほどの怒りは燃え上がるばかりで、何処に振り下ろせばいいのかさえわからない。目の前の事に集中しようにも今日一日は滝原から休暇を押し付けれて、仕事もできない。それに仕事といってもほぼ手詰まりだから、困ったものだ。


 訓練自体はひたすら模擬戦という俺の方針もそれなりに成果はあったようで、全員の動きは日を追うごとに良くなってきてはいる。あと少し続ければ、三回に一回くらいは俺から一本取れるだろう。しかし、それ以上の上達は俺みたいな半人前の教官じゃどうしていいかさっぱりだ。最初から感じている彼らの動きのぎこちなさを解消しなければこれ以上は無理だ、だが、その方法が分からない。結局、打つ手なし、両手を挙げて降参だ。


「しかし、01は何故五年間もの間、公に姿を見せなかったのでしょうか。一時は死亡説がまことしやかに語られていた彼が何処で何をしていたのか、当番組では当時の関係者の証言を交えつつ、徹底調査を行いました。VTRはCMの後で」


 CMを待つまでもない、本人自ら答えてやる。正解は今と同じで何もしていないだ。極秘任務に従事していたわけでもなければ、実は死んでいて今の俺が偽者と言うこともない、俺はただ五年間、屍のように生きてきた、事実はただそれだけの事だ。そんなことを言える程度には俺も開き直ってきたらしい。


 そんなくだらない事を考えていると、インターホンの機械音が無機質に響いた。時計に目をやれば十二時二十分過ぎ、少し早いが迎えが来る時間としてもはおかしくない。やかましいCMの流れるテレビの電源を落とすと、すぐさま立ち上がり、扉に向かう。


「わざわざ、迎えご苦労。じゃあ、行こう……か?」


 扉を開けると、目の前にいたのは見覚えのない可憐な少女。年の頃は十六歳くらいか、深く被った帽子から覗いた艶のある黒髪には何か覚えがある。柄物の眼鏡のせいで瞳は見えない。年頃の少女が好みそうな赤いミニスカートに、なにかのキャラクターのロゴの付いたTシャツの上からどこかのブランド物と思わしきジャケットを羽織っている。こんな知り合いはいない、UAFの職員にしては若すぎるし、一体誰だ。


 そんな俺の考えを察したのか、何故か少女が不機嫌そうになる。この反応からして、俺の知り合いではあるらしい。だが、俺のほうにはとんと覚えがない。このままで原李が空かないので誰か尋ねようとしたとき、無言のままだった彼女がようやく口を開いた。


「――悪かったわね、似合ってなくて」


「――あ、雪那か!?」


 声を聞いてようやく気付いた。自分の妹だというのに、気付けないなんて俺は一体いつから耄碌したんだろうか。言い訳がましいが、いつもの雪那と印象が違いすぎるのだ。いつものUAFの制服姿の印象が強い上に、数少ない私服は無理して着てた大人びたやつばっかりだった。しかし、今度の服は大分、違う。端的に言えば雪那の容姿とあいまって凄く似合っている。


「いや、すまん。そういうわけじゃないんだ、その、新鮮だな、っとじゃなくて似合ってるぞ」


 素直に感想をつげるのはあまり得意ではない。しかし、文句のつけようがないほど今の雪那は可憐な少女そのものだ。贔屓目抜きにそんじょそこらのアイドルよりも雪那の方が断然可愛い。ファッションセンスなんて元から持ち合わせてないが、この上なく素晴らしい素材をセンスのコーディネートが装飾しているのだ、俺の目にもわかるほどに美少女そのものだ。文句があるなら、どこのどいつだろうが、この俺が相手になってやる。この熱情を口下手な俺ではその熱情を上手く表現できないが、せめて視線に熱意をこめて正面から雪那を見詰める。


「――い、いいわよ、お世辞なんて。そ、それより部屋に入れて、目立つから」


「あ、ああ、そうだな。入ってくれ」


 少しは熱意が伝わったのか、俺と同じく表情を隠すのが下手な雪那が顔を真っ赤にしながら脇をすり抜けていく。迎えに来たんじゃないかという言葉を飲み込んで、後から付いていく。まあ、いいさ、どうせ今は暇だ。たまに兄妹同士の時間を持つのも悪くない。


◇   ◇   ◇    ◇   ◇   ◇   ◇  ◇   ◇   ◇   ◇


「あー、お茶でも飲むか?」


「いい、すぐにでるから」


 部屋に戻ったはいいものの、何もすることがないのは変わらない。というか、すぐに出るなら何故部屋に入ったのかとも思うが、口に出したら怒られそうなので口には出さない。


「…………」


「…………」


 気まずくはないが、少し長い沈黙が続く。何か切り出したほうがいいんだろうが、どうしたものか。


 話題を探そうとベッドに腰掛け、妙にそわそわしている雪那を観察する。帽子を脱いでいると、綺麗な黒髪が流れて、一目で雪那だと分かるようになった。度の入っていない眼鏡を外したおかげできれいな瞳も覗き込める。そうだ、服のほうは似合っていたが、この野球帽と眼鏡だけは違和感があった。おまけに外は雨が降っている。


「なんで、帽子なんか被ってたんだ? 外、雨だろ? それどうして眼鏡なんて……」

 

「顔隠さないと、面倒だから仕方ないでしょ」


「あ、ああ、そうか。そうだよな……すまんな」


 そういわれれば納得だ、というか俺のせいだ。雪那は俺の代わりにUAFの宣伝活動に引っ張り出されて、ほとんどマスコットみたいなもんだ。当然、変換前の顔も知れ渡っている。それこそ、そこらの有名人よりは有名だ。顔を隠さなければ、気軽に出かけることもできない。本当に、申し訳ないとしか言いようがない。


「――別に、もう慣れたから」


「……そうか」


 またも沈黙、大体が俺の責任とはいえ話題を続けるのも気まずい。話題を変えよう。


「――それにしても、どうしてお前がわざわざ迎えに来たんだ?」


「暇ならってことで一菜に頼まれたの。まだ傷のせいで訓練もできないし」


「……お前、車の運転できたっけ?」


「免許取ったの、兄さんがいない間にね」


 一々言葉に棘があるのは気のせいではあるまい。何に怒ってるのかは知ってるが、そこに触れるのは躊躇われる。俺自身、意図的に避けてきた話だ。結局結論などでないし、話せばはなすほど雪那を傷つけるだけかもしれない。


「……すまん。だが、この前も言ったとおり他に方法がなかったんだ」


「だからってよりにもよってアイツなんて納得できない。兄さんだって、あいつが何をしてきたか忘れたわけじゃないでしょう、それなのにアイツと手を組むなんて、絶対に納得できない」


 少し雨に濡れた体を怯える様に抱きしめながら、雪那は自分に言い聞かせるようにそう呟いた。握り締めていた眼鏡が拉げ、レンズが割れた。掌から一筋、血が流れている。その姿を見ているだけで、足元から崩れ落ちてしまいそうな錯覚を覚える。できることなら、全て投げ出して、雪那を抱きしめてやりたいが、それすら俺には許されない。


 ついこの前、雪那にサーペントの事を伝えたが、案の定、まともに話を聞いてくれなかった。それも無理からぬ話だ、滝原やエドガーが納得してくれたのが奇跡のようなものだったんだ。雪那が納得しないのは当然の事だ。


「俺も忘れちゃいないさ。だが、分かってくれなくてもいいが、あの時はそれしか手がなかった」


「――そうよね、そのとおりだわ。あのままじゃ兄さんは死んでたし、”組織”も裏切り者のことも追えない、このままじゃやられっぱなしだから、悪魔と手を組む? 全く筋が通ってるじゃない、ねえ兄さん?」


「――面目ない。俺の責任だ、俺を責めて満足するなら好きなだけ責めてくれ」


 何か傷を押さえる物はないかと周囲を探りながら、雪那と視線を合わせないように逃げる。我ながらどうしようもない奴だ。


 そもそも全部俺のせいだ、ゆえに咎を受けるのは俺の義務だ。結局は逃げているだけだが、責めるなら責めてくれたほうが俺も気がらくだ。


「――そんなことがしたいわけじゃない! 私は、私は……」


「分かってる……俺は卑怯だな」


 雪那がいいたいのはそういうことじゃない。それなのに責任云々持ち出して、雪那が何もいえなくなるようにした俺は余りに卑怯だ。


 雪那は単純に不条理なことに怒り、俺の事を心配してくれているだけだ。それなのに、俺は本当にろくでもない。


「――兄さんが悪いわけじゃない。それはわかってる、これはただの私の我侭だから。けど、それでも良いなら一つだけ約束して、今度は置いていかないって、ちゃんと帰って来るって約束して、お願いだから……」


 最後の声は消え入りそうな嘆願だった。その切実な言葉が重く心に圧し掛かる。雪那もまたあのときに縛られている、全ては力なきわが罪が故に、雪那の心まで縛り付けてしまった。


「約束する、今度は絶対に最後まで一緒だ。俺は約束は破らない、知ってるだろう?」


 できない約束はしない、それはつまり約束したことは絶対に守るということだ。俺は卑怯者だが、自分の信念を安売りするほど、下種になってはいない。それが、大事な妹との約束ならなおさらだ。


「うん、知ってる。けど、怖いの、どうやっても」 


「判ってる。だから今は傍に居るよ、お前が安心できるまでな」


 そういいながら、ようやく見つけた貰い物のハンカチで雪那の手の傷を押さえる。俺が握ったその手は、冷たく震えていたが、それでもその奥に確かな強さが感じられた。その強さがどんなものより愛おしい。


 雪那が顔を上げ、俺の手を握り返したその瞬間、端末からの呼び出し音がけたたましく鳴り響いた。

  

どうも、みなさん、big bearです。二十一話目です。アクションシーンは次の次あたりであるかなと言う、私らしからぬ状況です。申し訳ないです(震え声)

では、こんなだめ作者と拙い文章ですが、どうかこれからも暖かい目でよろしくお願いします。

誤字脱字報告、ご意見、ご感想、ご質問等ございましたらぜひぜひお書き込みください。

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