NO.017 ウォーリアーズ・ハイ
「ああ、くそったれ! どうしてあいつが絡むといつもこうなるんだ!!」
階段を必死で駆け上がりながら、悪態をつく。いい加減オフィスワークで鈍った体が悲鳴を上げている。目指すは最上階のサーバールームだが、残り後半分と言ったところだろうか。
「ハア、ハア、ハア、クソッ、一体どこのどいつだ、サーバールームを最上階に作ったクソ間抜け野朗は!?」
息を切らしながらも悪態をつくのはやめない。どうにか持ち出したアサルトキャノンがどうしようもなく重く、邪魔に感じる。司令室が占拠された以上、施設のコントロールを取り戻すにはサーバールームから直接各部にハッキングを仕掛けるしかない。
騒ぎが起きたとき、無事に済んだのはただ幸運のおかげだ。笑い話にもならないが、司令室が襲撃されたとき、偶々トイレに行っていたのは不幸中の幸いだった。自分のしょうもない悪運の強さに今は感謝だ。
司令室を占拠したのはこの基地の駐在部隊員だった、少なくとも見た目はそうだった。しかし、エドガーが見る限り、それは巧みな偽装だ。部隊章、識別番号、細かな仕草まで完全に偽装してあったが、身に纏う雰囲気までは誤魔化せない。何時入れ替わったのかは知らないが、機械化装甲服の中身は後方地の腑抜けた兵士ではなく、相当に訓練され実戦経験を積んだ連中だ。そうでなければ、あそこまで統制された動きは無理だ。
だが、実行部隊は外部の人間でも、内部に手引きした人間がいるはずだ。そうでなければ、ここまで迅速な制圧は無理だろう。しかも、ここに干渉できるのはそれなり以上の権限を持った極少数の限られた人間だけだ。そんなお偉いさんとは一切縁がないが、それでも候補は絞り込める。何人かの顔が浮かんでは消えていく。しかし、そのことについて今考えている余裕はない。今はもっと差し迫った問題がある。
厄介ごとを持ち込んだ彼の戦友ならまだしも、自分ひとりでこの連中の相手をするのは無理だ。この異常事態を外部に知らせようにも、通信は全て抑えられている上に、端末での通話も妨害されている。逃げ出そうにも、船もヘリもない。唯一残されたのはサーバールームからのハッキングだけだが、敵の手が及んでないと考えるのは楽観的に過ぎるだろう。
「畜生、畜生、おれはアクションスターじゃねえんだぞ! こんなのは俺の給料には入ってない!!」
心からそう愚痴りながらも、足は止まらない。とりあえず足を動かし、身体を動かし、すべき事を成す。久しく、五年間忘れていた妙な高揚感と充足感、平和な生活と家族を愛しながらも、どうにも忘れていた感覚だ。一時の衝動に身を任せ、後は野となれ山となれ、サーバールームまで一直線だ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
タイミングを合わせるのではなく、呼吸を読む。サーペントが俺の思考を理解し、先読みするように俺はサーペントの呼吸を読み、動きを予測する。それさえなせれば、連携をとるのに言葉など必要ない。もとより、不倶戴天の宿敵同士、お互いの手の内は知り尽くしている。感情さえすてさればこれ以上のパートナーはそういない。
凄まじい速度で上昇するエレベータフロアの上で、お互いの背中を守り合う。絶え間なく動き、入れ替わり、ダンスを踊るように鮮やかに攻守を切り替える。感覚に狂いはなく、指先まで力がみなぎっていく。研ぎ澄まされた感覚は、澄んだ水のように違う視点を映し出す。盤上の駒を見下ろすように、己の動きと相手の動きを掌握する。手は足りている、詰めまであと一歩だ。
炸裂する無数の棘から、サーペントの背中を守る。こんな日が来るとは夢にも思わなかったが、実践してみれば意外なほど馴染む。
「01……!」
「分かってる!」
背後のサーペントと入れ替わるようにして、兄のほうを蹴りつける。装甲を砕く必要はない、牽制し距離を開けるだけで充分だ。
俺の脇をサーペントの鞭が通り過ぎる。装甲に触れない本当にギリギリの至近距離だが、恐怖は感じない。冷たく凍りついた頭はあらゆる感情を遮断している。
「クソっ、またかよ!?」
「隙ありってやつさ、存分に溶けるといい」
鞭の先端が、分厚い装甲を物ともせずに突き刺さった。突き刺さった肩の部分から分泌された黒い毒は瞬く間に装甲を侵していく。しかし、それも一瞬のこと、当然のように敵もそれには対策済みだ。侵食していた黒はふたたび元の色へと塗りつぶされていく。こいつらにはただの侵食毒は通用しない。
だが、織り込み済みはこちらも同じだ。
「――砕けろッ!」
間髪いれず踏み込んだ。苦し紛れに振るわれた爪を最小限の動きでかわし、懐に潜り込む。狙いは一点、今だ毒に侵された肩部装甲、分厚い装甲も今ならば容易く破れる。抗体を持っていても、侵食部分の装甲強度の低下はどうしても避けられない。
「ぐあっ!?」
「兄さん!!」
突き出した拳は装甲をぶち破り、内部機構へと到る。作戦成功、狙い通りだ。そのまま内部の部品を引きちぎり、爆発させないように絞り込みながらエネルギーを流し込んだ。これでしばらくは動けないはずだ。
「よくも!!」
向かってくる弟を足をとめて迎撃する。あの棘は厄介だが、避ける必要は無い。
防御した両腕に数本の棘が突き刺さる。痛みに歯を食いしばり、地面をしっかりと踏みしめた。棘の赤熱化、炸裂までの時間は最速で0.3秒、奴が算出したこの時間を信じて、全力で敵へと跳ぶ。思考と疑念を置き去りにして、目の前の敵の殲滅に全てを捧げる。
「き、貴様!?」
「この距離じゃ、爆破はできないな。さあ――墜ちろ!」
至近距離も至近距離、拳を振るう隙間もないほどに密着してしまえば、棘を破裂させることはできない。こいつは脆い、敏捷性を追求した結果の齎す構造的欠陥と軽装甲は自身の攻撃にも耐えられないほどに脆弱だ。故に、この距離まで近づけば、爆破という選択肢を潰せる。
稚拙な反撃をいなし、正面から掴みかかる。そのまま、空中で身体を入れ替えた。俺が上で奴は下だ。奴が次の行動に移るよりも速く、思いっきり下へと蹴り飛ばす。空中では充分な威力は出ないがそれで良い、狙い通りの方向には飛ばせた。
「――僕の考えを読んでくれるなんて、やっぱり君は最高だ!」
「ッああああああああ!!」
一本の槍から分化した無数の棘が容赦なく、弟の全身を貫く。百近くにまで分裂した棘の束は一本一本に侵食毒が染み込んでいる。見ているだけで背筋が凍りそうなくらいの圧倒的な面制圧能力、これで俺を巻き込まないように加減しているというのだから堪らない。
サーペントは俺が自分の行動を理解しているという前提で動いている。故にギリギリのレベルでの無茶ができる。今の槍による攻撃も、少し俺の位置がずれていれば成功しないどころかば俺も巻き込まれていた。その無茶を強かな計算と俺への狂信でやってのけるのがサーペントという怪物だ。その狂気が今は頼もしくさえ思えるのは、俺も疲れているからだと思いたい。
しかし、このまま巻き込まれては本末転倒だ、各部のブースターを吹かし、安全な着地点へと身を翻す。サーペントがわざと空けていたのだろう、着地点はすぐに見つかった。
着地しながらも、ダメージを負わせた二体から注意を外さない。まだ仕留めたとは思えない、これでは終わっては拍子抜けにもほどがある。
「――ふーん、おもったよりは丈夫みたいだね。殺したと思ったのに……」
突き刺したまま放り投げた弟がまだ息があるのを見て、サーペントが忌々しそうにそう吐き捨てた。それには俺も同意だ、兄のほうにしてももう立ち上がってこちらを睨んでいる。いくら自動修復の生体装甲とはいえ、余りにも再生速度が速すぎる、どういうからくりだ?
「……こいつらどうなってやがる」
「新型装甲に再生細胞、ついでに相互保存か。随分と詰め込んだものだ、見苦しいにもほどがある」
口をついて出た疑問に、サーペントが答えた。目の前では再生を終えた二体は遠巻きにこちらを警戒している。一度は殺されたのも同然なのだ、これで警戒しなければただの阿呆だ。
からくりが分かったところで大した変化は無い。今のやり方では仕留めきれないのが分かっただけだ。再生能力程度、いつもなら鼻で笑ってやるところだが、今の状況では笑おうにも笑えない。こっちは十全の破壊能力を発揮できず、相手は生半可な攻撃では死なない。せめて、通常空間ならもっとやりようがあるのだが、今は生憎とこの閉所だ。どうしたものか……。
「――兄さん、あれをやろう。このままじゃ埒が明かないよ」
「だが、弟よ、あれは……」
「それしかないよ、兄さん。あいつらにも上の連中にも僕たちの優秀さと有用さを証明してやるんだ」
「いや、しかし……」
「兄さん、ここでこいつらを殺せなきゃ僕らが殺される。そうでなきゃ、意識をデリートされて再利用だ。やるしかないんだよ」
「――そうだな、弟よ。ああ、そうだとも」
渋る兄を弟が説き伏せる。連中にしてもこのままなら千日手なのは同じだ。だが、連中には切り札が残っているらしい。それが相応の代価を伴うのは、連中の態度から明らかだ。経験上そういう場合は、自爆かそれに相当するレベルでのリミット解除の二つしかない。前者はこいつらの言動を鑑みて排除していい、後者なら面倒だが、逃げ回っていれば勝手に自壊していくのが必定、大したものではない。
だが、これから起こるのはそんな生半可なことではないと、第六感が吠え立てている。
「――ん、この反応は……」
「どうした? 何が――!?」
サーペントの答えを聞くよりも早く、あらゆるセンサーが最大限の警報をかき鳴らした。このエレベータどころか、地上施設すらも吹き飛ばすほどの膨大な反応が二つ、それだけならまだいい。問題はその二つが重なり合い、一つになってきていることだ。強く重なり合うほどに、反応も爆発的に強まっていく。一体何が起こっている。
目の前で起きた現象は俺をして、初めて目撃するナニカだった。重なり合った二体は文字通り、一つに溶け合っていた。二体のパーツは一つになり、一つの影を形作っていく。出力だけでなく、体積も増えている。二体を足したそれよりも明らかに大きい。俺が言うのも何だが、もはや物理法則など蚊帳の外もいいところだ。これまでも、常識の外で生きてきたが、それでもこんな光景は見たことがなかった。
なんにしても良い予感はしない。だが、ただ見ているなんて、悪手を取る気はない。何が起こってるかはわからないが、こういうときの定石は決まっている、攻撃あるのみだ。
「――待って、01、これは――」
思いっきり踏み込み、正面から弾丸のように飛び込む。サーペントが何か言っているが、今更気にしている暇はない。
「ッ!?」
止められた、申し分の無い一撃を容易く止められた。その事実以上に触れている巨大な鋏から伝わる敵の力量に驚愕を禁じおえない。上昇したのは、単純な数値だけでない。単純な足し算でもなく、掛け算でもない、まるで二体の実力を二乗したような力、馬鹿げたレベルでの能力向上だ。
「――シャァアアアア!!」
「……クソッ!」
思わず悪態が漏れた。驚きで呆けていた自分に腹が立つ。反撃で振るわれた反対の鋏の速度は俺の予想よりも格段に速い。避け切れなかった先端が胸部の装甲を確かに抉る。焼ける様な痛みが走った。
続いて振るわれる鋏の連撃を紙一重でかわしながら、敵の姿を観察する。かなりの速度だが、それでもどうにか捉えられる。
歪な姿だった。二色の生体装甲は互いに混じり合わず、凄惨なグラディエーションを作り上げている。巨大化した身体を構成するパーツ一つ一つは完璧に融合しているのに、二体の特徴は全く独立していた。兄の持っていた二つの大鋏は更に肥大化し、甲殻類のような装甲が腕と肩、胴体を覆っている。背中に生えた無数の棘、もはや槍のようなそれは間違いなく弟のものだ。脚部は同じく肥大化した弟のものだが、しっかり二体の区別ができているわけではない。新たに生成された頭部は一つ、身体と同じく二体の特徴が交じり合うことなく同居している。
二体の合体、いや融合というべきであろうそれは俺の頃にはなかった技術だ。
「考えたね、同型の動力核の共鳴反応による出力の二乗化と融合による特質共有か。僕が寝てる間に人間も中々進歩したじゃないか」
「暢気な事を言う前に対策を考えろ、どうやったらあれを殺せる!?」
どうにか攻撃を捌き、後方まで下がると、サーペントが感心したようにそういった。かわしながらも弱い部分を狙って攻撃を加えたが、一瞬で再生された。あの再生能力からして、毒に対する抗体も高まっているはずだ。始末するには一撃で、消し飛ばすか、コアを砕くしかないが、今はその手段が無い。少なくとも、俺には思いつかないが、こいつの頭ならどうにか思いつくかもしれない。
絶え間なく飛んでくる棘の弾幕をかわしながら、サーペントな答えを待つ。やつは皮膜が防いでくれるかもしれないがこっちは、そんな便利なものはない。動き続けなければ死ぬだけだ。
「――ん、ああ、対策ね。ちゃんと手は打ってるから褒めてほしいな」
「まともな手なら褒めてやるから、速くしろ!!」
攻撃が激しくなっていく。この密度と範囲、何れは捌ききれなくなる。この事態を打開できる手があるなら、この際なんでも良い。それがまともな手ならキスしてやってもいいぐらいだ。
「りょーかい、少し濡れるけど我慢してね?」
「お、お前、何を――!?」
ガコンという大きな音と共に、エレベーターが停止した。慣性に一瞬体が浮いた、何が起こったか考えるよりも早く、視界に入ったそれのせいで思考が停止した。
瞬間、自分を殺したくなった。絶対に信用しても、信頼してはいけない相手を一瞬信頼して、主導権を委ねてしまった。その結果が、壁に開いた巨大な穴と視界を覆い尽くす勢いで流れ込む大瀑布と知っていさえすれば、もっとましな手を打てたかもしれない。海水に押し流されながら、そんな後悔がよぎった。まったくもって、人生後悔だらけだ。
どうも、みなさんbig bearです。展開が遅い……。もっとスムーズに終わるはずだったんですがねえ……。
では、こんなだめ作者と拙い文章ですが、どうかこれからも暖かい目でよろしくお願いします。
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