NO.011 フォーリング・ウォーリアー
立ち上がることができない、それどころか指の一本すら動かせない。身体の全てが何百倍、いや何千倍にも重量をましている。地に着いた膝が地面にめり込んでいる。異常が及んでいるのは俺だけでない、周囲の空間、建物や瓦礫、ありとあらゆる全てが目の前の存在に屈服したかのように潰れていく。
生体装甲が軋み、人工筋肉が千切れ、温かみのない血が滲む。負荷に耐え切れず、視界の一部がシステムダウンした。あまりの重さに倒れこむことすらできない。思考すらも重く鈍重で、自分が何をされているのかまるで理解できていない。意識を保つので精一杯だ。
避ける間などなかった、気付いたときにはこうして地面に縫い付けられていた。奴が手を上げた瞬間この場の全てが自ずから頭を垂れた、抗うことの許されない支配的な圧力の前にはあらゆる防御が無意味だ。
だが、覚えている。思考は鈍ったままだが、年季のいった感覚と四肢に刻まれた経験はこの攻撃を知っている。そうだ、この攻撃はあいつの……!
「――重力制御機能。どうだい、懐かしいだろう?」
「……貴様ッ、紅也の力を」
機能しない頭とは裏腹に激情だけは際限なく燃えあがる。認めたくは無いが、この重さ、痛み、質感、すべてが紅也と同じものだ。それだけに怒りが湧いてくる、アイツの能力は、誇りはこんな奴らが使っていいものじゃない。
「そうだよ、再現したんだ。君の弟、九番目のサイボーグ、渡紅也、NO.9の能力をね」
やつの声が、我慢できないほどに癪に障る。際限なく鳴り響くアラームすら煩わしい。痛みと怒り、二つの熱で気が狂いそうだ。
赤と黒に点滅する視界のなか、あの敵を睨みつける。ありったけの殺意と怒りをこめても身体はピクリとも動いてくれない。怒りの熱だけが先走り、肝心の身体は止まったままだ。
「君らの能力のなかで最も再現が難しかったのが、彼のものだ。さすがは最後のゼロシリーズだよ。再現した私でも驚いたくらいさ。いやはや、まさか重力特異点を自力で生成できるとは……」
「――マスター」
陶酔の声を新しい声が咎めた。ここに来てようやくあの女が声を上げたのだ。
飛びそうな意識の中、怒りと嫌悪を必死で抑えつけ、生きている回路を繋ぎ合わせる。この負荷が全て、紅也ものと同じなら、同じ方法で対処できるはずだ。後の事を考えている余裕など、無い。
「――おっと、話し過ぎたか。時間がない、次に移るとしようか、10」
主の命を受け猟犬が再び攻撃に移る。その前に永久路の出力を限界まで一気に吊りあげる。熱を持たないはずの血液が炎を帯びた。炎は全身の血管を焼きながら四肢の末端まで駆け巡り、立ち上がる力をくれる。欠損部分は熱と勢いで繕うしかない。
「さあ、次だ」
「はい、マスター」
瞬間、重力負荷が消失した。能力発動までのタイムラグだろう。いや、次に何がくるのかなんてことはどうでもいい。この身が砕けても後一撃叩き込んでみせる、ただそれだけだ。
右足を踏み込むと同時に、一直線にあの女へと突っ込んでいく。右腕のエネルギー伝達は万全、問題ない。
「ッ!」
「弾けろッ!!」
予想以上に反応が早い、しかし、掠めでもすれば仕留められる。過剰出力に右手が破壊の極光を放つ。間接と指先が悲鳴を上げるが、痛みはとうに無い。このまま叩き込む。
咄嗟に庇った左腕を掴み、その上から全エネルギーを注ぎ込む。外装を無視した内部破壊、生体装甲だろうが関係あるものか。
破裂した光が周囲の全てに干渉し、視界は光に潰され、光の触れた場所はすべて無へと帰る。その必定は誰にも覆せないはずだ。
「……ッ痛い」
「なっ!」
不覚、頭の中を驚愕が白に染めあげた。壊したはずの敵は未だ健在、放出したエネルギーは本来の威力を発揮せずに外装を焦がしただけで跡形もなく掻き消えている。ありえない、俺のエネルギーを全て一瞬のうちに相殺された。
そして、そのほんの硬直を見逃すほど敵は甘くない。
「……っく」
放たれた一撃を紙一重躱す。緩慢な理性ではなく、研ぎ澄まされた本能で体が動いたのだ。しかし、それではそれ限りだ、続く攻撃には反応が追いつかない。
腹と胸に二発、衝撃が走った。生体装甲を越えて内部にまで響くほどの威力、傷ついた器官が裂けたたのか、口の中に血の味が広がる。
痛みのおかげで、意識がはっきり戻った。三撃目を喰らうつもりは無い。どんなからくりかなどはどうでもいい、一撃でしとめられないなら何発でも叩き込むだけだ。
「痛ッ!」
右の蹴りを受け流し、カウンターを叩き込む。大して効いている様子は無い。生体装甲を砕くには威力が足りないが、このままこちらの間合い、ぺースに引ずりこまなければならない。
そのまま懐に入り込む。重力操作はこの間合いでは使えない、白兵戦で叩き潰す。
距離をとろうとする切っ先を制し、ひたすら攻めまくる。一撃ごとに身体が軋む、一秒ごとに精度が落ちていく。すぐに決めなければ、こっちの自壊が先だ。
「――流石だね、もはや立っているだけでも精一杯だろうに。見ていて心苦しい限りだ、10、終わらせてあげなさい」
「イエス、マスター」
何かが来る。だが、退いても先は無い。奴が何かをする瞬間にこっちの全力を叩き込む。元よりそれしか能がない、故にこれが最善策だ。
「はあああああ!!」
握りこぶしに全出力を押し込める。内部破壊が無理なら生体装甲ごと、永久炉を叩き壊すのみだ。
「超電・放出」
再びの驚愕と痛み。目を焼くような雷の華、認識よりも速く駆け抜ける激痛、物理的衝撃と防ぎようのない数千万アンペアの超電流。こいつは――ッ!
「ッああああああああああ!!」
視界は全て雷の光、メインシステムが落ちた、もう既に視界どころか音も消えている。けれども、まだ四肢の感覚が残っている、地面に踏ん張り、拳を振るうことはできる。それで充分だ。
この永久炉が止まるまえに奴にこの拳を叩き込む。
「あ、?!」
「なにッ!?」
どの感覚が消えても、拳の感覚だけは分かる。俺の一撃は確かに奴に届いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――きょ、今日は驚かされてばかりだよ。まさか、電撃をくらいながらも反撃してくるとは……」
一瞬の後、穴だらけながら視界が戻った。まず目に入ったのは焼け焦げた大地、続いては苦しそうに膝を突いた奴の姿だった。俺の一撃は確かに奴の胸部を抉った、だが、そこまでだ。永久炉までは届いていない。仕留めきれなかった。ほんの少し、ほんの少しだけ出力が足りなかったのか、打点をずらされたのかはわからない、ただ、俺は唯一のチャンスを逃がした、それだけのことだった。
だが、まだ、死んでない。まだ動く、まだ戦える、だから、ここにいるのだ。
麻痺した足を無理やり動かし、再び立ち上がる。あれで駄目なら、もう一撃だ。この腕が千切れてもここであのまがい物を壊してみせる。
「まだ立上がるのか……。10、早くトドメをさせ……」
「……イ……ス、マス……ー」
「……!」
ノイズ混じりのオープン回線など気にしている余裕は無い。意識は恐ろしいほどにハッキリしている、死が近づいてくればくるほど、頭は透明へと近づいてくる。煩わしい感情も、消えない痛みさえも、全てが彼方へと押しやられ、今この瞬間だけが全てになる。
奴が一歩づつこちらにこちらに近づいてくる。好都合だ、こっちから近づく手間が省けた。もう一撃、同じ場所へと叩き込む、それだけのことだ。
「――システム・クリムゾン起動」
奴の全身から紅蓮のエナジーが迸る。なるほど、雪那のクリムゾンか、いまさら驚く気にもならない。重力に先ほどの超電といい、クリムゾンといい、とことん俺たちを馬鹿にしてくれる。
だが、確かに、俺を殺そうというならクリムゾンは充分すぎるほどに強力だ。まあ、問題はない、どちらにしろ相打ち覚悟だ、今更どうなろうが一緒だ。
数秒もしないうちに紅い残像を纏いながら、俺の目の前へと奴がやってくる。俺を確実に始末するつもりなのだろうが、失策だ。クリムゾンの特性を利用すれば、やれる。
奴の右腕が上がる、紅蓮の奔流が俺へと迫る。今だ。
「ッ!?」
「なんだ!?」
激突の瞬間、最後の一撃が訪れるその直前に、最悪のタイミングで横合いからの閃光が俺と奴を分った。
完璧な奇襲。奴の意識は俺と同じく目の前にのみ集中していた。続いて、いくつもの閃光が奴へと降り注ぐ。ここに着てようやく頭が状況に追い付いた、間違いない、味方からの援護射撃だ。
「――01! 今のうちに下がって!!」
「あ、ああ!!」
頭に響くは心地いい仲間の声、その声が俺に力をくれる。生きて……生きていてくれたか、滝原……!
転がるようにその場から逃れる。血溜まりを残しながらどうにか、攻撃範囲から逃れる。後ろで爆発音が聞こえる、滝原の奴、航空支援まで使っているのか。
「全隊火力を集中! 敵を釘付けにしろ!!」
落ち着いて周囲を見渡せば多数の味方が集まってきていた。旧型新型含めたパワードスーツを纏った幾人ものH.E.R.Oが奴の周囲を取り囲んでいる。この規模での火力集中なら、奴とて無傷ではすむまい。
「……クソ、化け物め!」
数秒の後、砲撃がやんだ。砲撃された場所は抉れてクレーターとなっていた。そのクレーターの中心に奴はいた。先ほどと寸分変わらぬ無傷のままで、その場に留まっている。よくみれば、もう一体残っていたあのサイボーグが奴を庇うように立ち塞がっている、どうやったかは知らないが、こいつが砲撃を防いだのだろう。
「――ッ全隊!」
滝原からの指示が飛ぶが、奴が相手では余り意味は無い。味方が退くまで、俺が時間を稼ぐしかない。そう覚悟を決めて、向かい合う。限界などとうに超えた、後はこの心臓が止まるのを待つだけだ。
『時間をかけすぎたみたいだね、今日のところはここまでだ』
秘匿回線にまで割り込まれた。ねちっこい声に取り繕いきれない苛立ちが現れている。雪那の時もそうだが、こいつらは異常なまでに横槍を嫌う。その気になれば、この場の全員を皆殺しにするくらいは容易いはずだ。だというのに退くというのか。
「な、なんだ!?」
味方にどよめきが広がる。突然、奴の前に漆黒の洞が現れたからだ。間違いない、転移回廊だ。本当に退くつもりらしい。
『次の機会まで楽しみは取っておこう。では、10、別れの挨拶を』
その言葉と共に奴が腕を振りあがる。その瞬間、目視できるほどのエネルギーの渦が奴の周辺に集中した。次に何が起こるのか、俺にはわかった、何度も自分が使ってきた力だ、それがどうゆう結果を齎すかなど熟知している。
「滝原!!」
「わかってる!! 全員! 防御姿勢を――!!」
そこで通信が途切れた。あれの影響だ、味方の防御は間に合わない。
「全員、俺の後ろに下がれ!!」
「は、はい!」
声を枯らして叫ぶ。このままじゃ皆殺しだ。手段は一つ。壊れた回路に強引にエネルギーを流し込み、意図的に暴走状態を作りあげる。そうでもしなければ、あのエネルギーの奔流を防ぎきれない。せめて後ろの味方だけでも護りきってみせる。
一瞬の後、周辺の全てを吹き飛ばしながら衝撃波が迫ってくる。俺の隣を味方が駆け抜けていく、それでいい、そうしてくれないとどうしようもない。
衝撃波が到った。それにあわせて突き出した両腕に全てのエネルギーを集中させる。触れた場所から相殺されたエネルギーは行き場を失い、消滅していく。上手くいった、このまま消してやる。絶対に後方には行かせない。
身体の中を熱が荒れ狂う、血管も内臓も全てが焼けてドロドロになったような錯覚さえ覚える。火花を上げて左目の視界が消えた。この熱も今は在り難い、崩れかけの意識を繋ぎとめてくれる。あと少しでいい、ここで倒れるわけにはいかないんだ。
どのくらい経ったのだろうか。一瞬にも永遠にも感じれられる時間の後、気付いたときには衝撃波は消えていた。目の前では回廊の中に奴が消えていく、逃げられた、いや見逃されたというのが正解だろう。ここまでコケにされては怒りを通り越して、何の感情も抱けない。
「――あっ」
視界が揺れている。今更痛みが戻ってきた、痛まない場所がないのではないというくらいに痛む。修復システムが死んでいるおかげで、止血すらもできていない。情けない話だが、倒れるまいと思ってももはや、力が入らない。
目に見える空を黒点が塗りつぶしていく。ここに着てようやく自分が倒れかかっていることに気付いた。少しづつ意識が遠ざかり、痛みと熱さえも遠くへと消えていってしまう。
「ゼ、01!!」
消えていく景色の中、誰かに抱きとめられた。聞いた覚えがあるが、一体誰の声だろうか?
全てが霧の中で、何もかもがあやふやだ。数えきれ無い声と映像が千切れ、混ざり、乱雑に再生されている。霧の中で確かなのは数え切れない何故だけだ。どうして俺は此処にいる? どうして俺は戦っている? どうして俺は――、どうして教えてくれないんだ……瑠璃華。
そうして全てが崩れた後、意識が途絶えた。
どうも、みなさん速さの足りないbig bearです。
ようやく第一章終了と言ったところです
では、こんなだめ作者と拙い文章ですが、どうかこれからも暖かい目でよろしくお願いします。
誤字脱字報告、ご意見、ご感想、ご質問等ございましたらぜひぜひお書き込みください。