NO.010 ハーフ・シスターズ
「やああああああッ!!」
飛行型のドローンを蹴飛ばす。ブースターによる加速にマニュアルインパクトによる威力集中、高等技術二つを用いれば空中といえど装甲を砕けるはずだ。
「――よし!」
赤色のつま先が装甲を砕く。未熟、駆動部を砕いた感触はあるが、動力部までは到っていない。だが、今はそれでいい。動きを止めるのがいまの自分の役割なのだから。
動きを止めた飛行型の胴体を蒼色の閃光が貫いた。動力炉を狙った的確な狙撃、さすがは先輩方だ。旧式のエネルギーカノンの火力でも、動力炉を狙えば一撃で仕留められる。それに事前に打ち合わせたどうりの見事なタイミング、私ではこのタイミングでの狙撃はとてもじゃないが無理だ。
「――いいぞ、アンタレス11(イレブン)! その調子だ!」
地上で歓声が上がる。それに合わせるようにブースターを吹かして、さらに上空へと飛ぶ。メタリックレッドの装甲が太陽光を反射し、眩いばかりの光を放つ。間髪いれず、ディスプレイに数え切れないほどの警告が表示された。注意をひきつけるのは狙い通りだが、これだけの攻撃に中れば装甲がもたない。
一瞬、空中で動きを止め、眼下から迫る無数の閃光を待ち受ける。恐怖と焦りで視界が揺れる。中れば死ぬ、確実に死ぬ。けれども、ここで役割を果たせなければ味方が死ぬ。ギリギリまで引き付け、ブースターを止めた。重力に引かれて、真っ逆さまに堕ちていく。
すぐ脇を膨大な熱量が掠めた。なんとか避けきれた、でも安心している暇は無い。煩いほどの警告音を無視して、最後の大型を狙う。作戦通り、一撃で決めてみせる。
飛べる私が囮になり、その隙を先輩方が狙う。戦力比で劣っている以上正面から戦うのは得策じゃない、急場しのぎの策だが悪くない、というのは受け売りだが、実際成果は上がっている。危険な役割に志願した甲斐があった。
司令部との通信が途絶えて十分近く。自体は刻一刻を争う、一秒でも早く司令部に向かわなければいけない。
ブースター全開に、重力を味方に付け、ぐんぐん加速する。狙いは当然胸部動力炉。
こちらの間合いに入るには、敵の間合い、死線を越えなければならない。訓練のとおりに動けば必ず越えられる!
「っああああああ!!」
大鎌のような腕が私に向かって振るわれた。大きい、その上に速い。中ればミンチにされてしまう。死の恐怖を目の前にしても、存外心は静かだ。一度死に掛けたおかげかもしれない。これなら……いける。
瞬間、リミッターを外し、出力を限界まで引き上げる。振るわれた巨腕を紙一重で越え、二撃目よりも早く動く。巨大な腕を掻い潜り、巨体の懐に入り込んだ。スペック以上の動きに体とスーツが悲鳴を上げる、こみ上げる痛みと吐き気は後回し。今こそ必殺の間合いだ。
「――再生成! フォールディング・バンカー!!」
音声認証と共に右腕が光に包まれる。一度きりの再生成、ゼロシリーズの変換機能、そのデットコピーでも量産型としては破格の機能だ。
一瞬の後、光が晴れ、バンカーの生成が完了した。一撃だけだが、威力は折り紙つきだ。そのまま落下と加速の勢いを殺さず杭を叩き込む。刹那の抵抗の後、杭の先端が装甲の内部に突き刺さる。これで終わりだ。
「射出!!」
一息の間にトリガーを引く。生体装甲で生成された杭は容易に内部を食い破り、動力の中心を一撃で破砕する。反動に右腕が軋む。予想以上の反動と衝撃に体が竦んだ。このままじゃ爆発に巻き込まれかねない。
「ッ!」
どうにかこうにか落ちるように大型から離れた。背中に熱を感じながら空中で身を翻し。上手く着地してみせる。今のは危なかった、今日何度目かもしれない臨死体験だ。いい加減、慣れてしまいそうだ。
背後で巨体が崩れ落ち、再び歓声が上がった。穿たれた動力炉が最後の光を放ち、内部から巨人を蝕んでいく。打ち倒した敵に構っている暇は無い、次にいこう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
光の中を突き抜け、着地の衝撃を殺す。脚部の残留エネルギーを体内で散らし、暴発を抑える。封鎖空間でもないところで拡散させてしまえば周囲に被害を出しかねない。
それでも抑え切れなかったエネルギーと衝撃波が周囲を蹂躙した。地面が弾けとび、粉塵と瓦礫が空高く舞い上がる、轟音から察するにどこかの建物が崩れたのだろう。しかし、ブランクがあるとはいえ、ここまで被害を出してしまうとは我ながら情けない話だ。
残りはこれで二体。どちらも手の内を晒していない以上、いまだこっちが不利といえる状況だ。だが、毛頭負けるつもりは無い。
滝原とは未だに連絡がつかない。それどころか、通信自体ができない。敵の妨害なのは明らかだ。
静観に徹していた二体の敵は少しはなれたところから、俺を見据えている。あの四体の間では多少の仲間意識はあったようだが、あの二体はまた別のようだ。目の前で仲間がやられている間も奴らの注意は俺のほうへと向いていた。特にボロボロのマントを纏ったやつには妙な感覚を覚える。こちらを見詰める視線が感情を掻き立てる。腹の底で理由も分からぬ懐かしさと怒りが浮き上がってくる、ここにきて一体なんだというのだ。
「――流石は01、プロトタイプ達をこうも容易く破るとはね…」
「……誰だ!?」
突然、通信に割り込まれた。聞こえてきたのは、静かな男の声。聞き覚えは無いはずだが、どうにも頭に引っかかる声だ。
「誰だとは……これまた失礼な物言いだね。君と私は随分前に会ってるというのに。いや、そうか、君は覚えていないんだったね」
「――ああ、生憎と覚えてないな」
身体にくまなくスキャンをかけても異常は見当たらない。通信回路に割り込まれただけで、ハッキングはされていない。戦闘に支障がないのは助かるが、うっとおしいのは確かだ。
驚いてはいるが、浮き上がっていた感情は底のほうへと沈んでいく。おかげで頭が冷えた。喋ってくれているほうがクールダウンになる。
「……そうだね、私はまあ、君たちのファンの一人と言ったところだよ」
「……ファン?」
「古くからの、ね。その証拠に君たちのデータは全て私の手元にある。集めるのには苦労したんだ、何せ君たちの戦闘データはどれも最高機密だからね」
残る二体への警戒を決して緩めずに、通信の向こう側からできるだけ情報を引き出す。恍惚とした声でベラベラと教えてくれるのだから、ありがたい話だ。
「――最強のサイボーグ、人類の守護者、完璧な英雄、なんとも素晴らしいじゃないか。……これほどの賛辞と崇拝を受けるものは歴史上にそうはいない。だが、君たちはそれと同じかそれ以上に恨まれ、妬まれ、疎まれている。特に私たちのような裏側の人間にはね――」
なるほど、大体の素性には予想がついた。早合点は禁物だが、この程度の情報も読み取れないほど耄碌しちゃあいない。
元組織所属の技術者、それも幹部クラスの、そんなところだろう。それに芝居がかった物言いといい、ひどくらしく振舞っている印象を受ける、余り場慣れしていないはずだ。
「あ、勘違いしないでくれたまえ、私は別に君たちを恨んでいるわけじゃないんだ。むしろ、あこがれていた、いや崇拝していたといってもいい。君たち自身にも、君たちを構成する技術にも、そして君たちを作った彼女にもね」
こちら聞き出すまでも無く、そいつは話し続けた。この手の話は聞き飽きた。その間も二体の敵はピクリとも動かず、こちらを観察している。まるで待てをされた飼い犬のような律儀さだ。
ただその視線の片方は無機質ではない。感情のこもった纏わり付く様な視線だ、恨みや怒りの視線ではない。向けられたことない類の感情だ。この視線、男の声以上にどうにも頭に引っかかる。
「――だが、それももはや、過去の話だ。五年前、憧れるだけだった私はついに君達を完成させた。似姿でなく、君達そのもの、いや君たちを越えうる唯一の存在を作り上げたのさ」
大それた言葉と共にマントの奴が動く。警戒を深める俺に対して奴のほうは無防備だ。まるで殺気は感じられない。こちらを射抜く視線以外は余りにも無機質だ。
正直に言うとこのときの俺はこの男の言葉にまともに取り合ってはいなかった。この手の連中は昔もいた、確かあいつが有名税みたいなものだとか何とか言っていたのを覚えている。だというのに、俺の第六感は決して侮るなとやかましいほどに吠え立ててくる。こんな感覚は本当に久しぶりだった。
「さあ、10(ワンゼロ)。君の兄君に挨拶をするといい」
その瞬間、奴の身体を覆っていたマントが内部から焼け落ちた。エネルギーセンサーが最大警報をかき鳴らし、視界を朱色の光が染め上がる。目もくらむほどの閃光、戦意高揚を目的とした過剰エネルギーの放出。
ありえない、ありえてはいけない。だが、今のは確かに永久炉の光だ、しかし、そんなことは絶対に――。
「――ッ……」
光が晴れ、敵がその姿を現した。血の様な赤に鈍い銀色を基調とした生体装甲、女性型特有の丸みを帯びたデザイン、黒色のエナジーラインとマフラー、そして俺と同じ緑色の眼。間違いない、外見だけならば俺達の特徴を全て備えている。
奥底で沈めていた怒りが再び炎を上げた。感情の奔流に頭が割れるように痛む、足元から崩れていくような気分の悪さだ。
「――どうだい? 完璧だろう? 永久炉の光は素晴らしい、これこそ希望の灯火そのものだ」
「……貴様ッ!」
酷く自然に感情が漏れていた。封じていた感情が鎌首をもたげ俺に忍び寄る。痛みすらも覚えるほどに苦しい。
妹を殺そうとしたこいつらを八つ裂きにしろと、式典会場を襲い、たくさんの人間を殺そうとしたこいつらを皆殺しにしろと、頭の中で声が喚く。そしてなによりも、彼女の永久炉と仲間達を汚すこいつらを絶対に許すなと自分が叫んでいる。
「はは、まだ驚くには早いよ、01。もっと素晴らしい取って置きのサプライズを用意してるんだから、それを見てから存分に驚いてくれたまえ」
今になって調子に乗った声が酷く耳障りだ。サプライズだろうがなんでもいい、とにかくいつものように感情を切り離さなければならない。怒るのも悲しむのも驚くのも後回しにしなければならない。
「見せてあげなさい、10。君の力を」
主人の号令と共に猟犬が拳を振り上げる。間合いは開いている、追加装備がない以上、接近戦を挑んでくるはずだ。一体、何を――っ!!
刹那、直感にも任せて後方に跳んだ。それでも、もう遅かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――統括官、手当てを」
「構うな、掠り傷だ。それより通信機能の回復はまだか?」
「いえ、それが……戦闘の影響か通信障害が発生しておりまして……」
「急がせろ、最優先だ」
埃塗れの制服を着た技官が慌しく動き回り、機材の修復に努めている。破壊された設備はそう多くは無いが通信機能を的確に破壊されてしまった。状況が把握できなければ、指揮のしようがない。そもそも指示を飛ばそうにもそれすらもできないという有様だ。
臨時司令部の被害は、見た目ほど深刻ではなかった。事前に厚くしていた直営が功を奏したのか、司令本部では犠牲者すら出ていない。通信機能さえ回復すれば完全復旧といえるだろう。
「護衛の何人かを斥候に出せ、H.E.R.Oたちに司令部に順次集結するように伝えさせろ」
「はあ、しかし、通信が……」
「なら、口伝で伝えなさい! 駆け足!!」
「りょ、了解しました」
酷い頭痛の原因は先程の怪我だけではあるまい。頭の中では数々の可能性が浮かんでは消えていく。五年ぶりの修羅場に脳味噌がフル回転し、古傷が熱を持ち疼き続けている。五年前のようにはさせない。そのためにこの五年間があったのだから。
奇襲部隊の規模は分からないが、鎮圧しつつあるはず。いくら奇襲攻撃とはいえ、所詮はドローン、直営のH.E.R.Oたちでも充分対応可能。問題は襲撃直前に感知された五つのエネルギー反応、01の近辺に突如出現したそれらはドローンとは比較にならないほどのエネルギー係数を示していた。おそらく、それこそが03を倒したサイボーグだ。
「――01……」
あの傷だらけの戦友は今も戦い続けているのだろう。いつものようにたった一人で、感情を殺して冷たい心のまま戦っているのだろう。うちに沈めた怒りと死よりも暗い喪失感を抱えたまま、戦い続けているのだろうか。
傷つき全てを失った彼を戦いから引き放したのも自分なら、その彼をこうして戦いに引き戻したのも自分だ。しかも、彼の妹を利用するなどという卑怯な手段でだ。彼を今立たせているのは、妹を傷つけられたことへの怒り、その事への自責の念、そして五年前のトラウマだ。それを卑怯にも利用したのもまた自分なのだ。
だからきっと自分にはその事を詫びる権利すらない。けれど、信じることだけは許して欲しい。01は、私のヒーローは絶対に負けないと。
どうも、みなさん速さの足りないbig bearです。
今回とうとう十話になります…。
では、こんなだめ作者と拙い文章ですが、どうかこれからも暖かい目でよろしくお願いします。
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