NO.01 エンド・アフター
――ハッピーエンドなんて嘘っぱちだ。
始まりは悲劇で、終わりは喜劇だった。ありきたりの結果を、予定調和な犠牲と予想通りの裏切りが彩った。
虚無感と脱力感だけが俺の手に残された戦利品だ。栄誉も賞賛も、英雄という地位も俺には価値がなかった。燃え盛るような使命感も、魂を蝕むような憎悪も、強迫観念のような悲しみさえも俺の中から消え失せた。何もかもが燃え尽きて、燃えカスのような俺が残された。
だが、それでも、それでも人生は続く。俺の戦いは終わっても、俺の人生の結末には辿り着かない。燃えカスのような俺はただ、俺の体がその機能を停止するその日まで、ただ生き続けるしかないのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
いつものように目覚めは最悪だ。体調がではなく、気分的な問題だが、とにかく眠りから目覚めるその瞬間は俺とっては一日で一番不愉快な時間だ。
時刻は五時半。どれほど疎ましく思っても、身に染み付いた習慣はそう簡単には消え失せてはくれないらしい。二度寝しようかと思い布団を掛けなおすが、枕もとの時計を見て考え直す。七月五日、忘れたくとも忘れられない日付だ。といってもその日になるまで率先的に思い出そうとはしていなかったわけだが。
憂鬱な気分のままベッドから立ち上がり、テレビを付ける。真っ暗な部屋に一つの光が灯る。既に日は昇り、外は明るいのだろうが、カーテンを閉め切ったこの部屋には関係ない。
「――を明日に控えた今日、記念式典の行われる会場では……」
ニュースの音声を背後に、洗面台へと向かう。蛇口を捻り、顔を洗う。そうして顔を上げると鏡に見慣れた顔が映った。
少しやつれて無精髭をのばした顔色の悪い男。何の特徴もない我ながら凡庸な顔立ちだ。TVやらネットで流れていた予想図の顔とは似ても似つかない。世間もこんな死人のような顔をした英雄は欲しくはないだろう。
「NEOHの出現が収まっとはいえ、問題は今だ根強く活動を続ける"組織"残党に、TCS技術流出による凶悪の事件の増加であり、この時期での式典はテロの対象に――」
ニュース番組のコメンテーターが慣れた調子で御託を並べている。昔の俺なら、無責任な物言いに憤るなり、政府のやり方を愚痴るなりしてたのだろうが今の俺にはそういう人間らしい事をしようという気持ちすらわいてこない。
冷蔵庫を開け、中身を確かめる。
「――はあ」
案の定何もない。飲みもしないビールの缶とツマミ程度なら転がってはいるものの、朝食といえそうなものは一切ない。眠らずともどうにかなるが、空腹感は困る。行きがけにコンビニで何か買うしかないだろう。なら早めに出ても問題はあるまい。
適当な服を引っ掴み、手早く着替えを済ませる。見た目に拘らなければ、ごくごく短時間で着替えなど済む。というより早着替え、早飯、早起きは得意ではあるのだ。
煩わしいので電源を落としたまま端末をポケットに突っ込み、靴を履く。ドアを開き、振り向かぬまま歩き出す。オートロックのドアは機械的に鍵を閉め部屋の主を締め出した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
早朝とはいえ都会だ。人通りの少ないところを歩いていかなければならないのだから、近場が目的地でも時間が掛かる。まあ、急ぐことはない。ゆっくり歩いて昼前に到着というのも悪くはないだろう。
コンビニ買った鮭おにぎりを惰性で齧りながらそんな事を考えていると、大通りに出てしまう。時刻は六時過ぎ、通勤ラッシュには早いが人がいないわけではない。
ビルに投射された広告が早朝にもかかわらず大音声で宣伝を撒き散らす。映像の中では白銀の鎧をつけたようなキャラクターが、甘ったるい声で如何に自分たちの仕事が重要か誇大表現満載で喋り倒していた。そんな、広告を気に留めることなく人々は営みを続けている。
「――っ」
途端、吐き気を催した。今食った朝飯が食道を逆流しそうになる。突発的な眩暈と嘔吐感、衝動的な嫌悪感、そして足元から崩れ落ちるような恐怖。
なんのことはない、いつものことだ。そう自分に言い聞かせ、足を踏み出す。一度歩き出してしまえば平気だ。精神を蝕む病も慣れてしまえば、生活の一部に過ぎない。誰に習わずとも対処法は知っている。
そうやって思考を捨て去り、足を進めることに集中する。一度集中してしまえば周りの人間もあってないようなものだ。このまま無心に歩き続ければ、予定よりも早く目的地に付けるだろう。
路地を曲がってできるだけ人通りの少ないほうを目指す。やはり人ごみは苦手だ。鞄を持ったサラリーマン、談笑する学生たち、気だるそうな主婦たち、何のことはない日常の風景を見ているだけで、どうしようもなく彼らと自分は違うという事を否応なく思い知らされる。それだけじゃない、その何気ない風景が炎と血に染まるその光景が何度も過ぎる。その光景が溜まらぬ恐ろしい。
考え込みながら歩いていると全く人気のない郊外の裏路地に辿り着いていた。ここならちょうどいい、誰もいないほうが心が落ち着く。少し休んでもいいかもしれない。
だが、しばらくして自分の失敗に気付いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――区画封鎖完了しました」
「ご苦労。部隊配置は完了しているな?」
「はい、各隊準備完了です。しかし、異相空間の展開にもう少し時間が……」
永山隊長は補佐官の報告を聞きながら、手元のコンソールを通じて現状をダイレクトに掌握していく。ディスプレイでは郊外の大きな廃ビルを囲むようにして隊員を示す青い光点が展開している。包囲は順調に完了しつつあった。
手狭な指揮車の内部では所狭しと並んだ機器をオペレーターたちが絶え間なく操作を続けている。流石は精鋭で知られる極東支部の隊員たちだ。動きに淀みがない。その整然とした動きを観察しながら、永山は指向をめぐらした。
敵は手配犯、とはいえ一体のみ。こちらは万全に装備を整えた特務小隊だ、この戦力差で突入すれば制圧は容易い。しかも標的はこちらに気付いてすらいない、楽な仕事だ。
「準備が完了次第突入する、野次馬連中が嗅ぎ付ける前に事を済ませるぞ」
「統括官からは到着を待つようにと……」
「この程度で統括官を煩わせる必要もあるまい。それより、内部の様子は確認できているんだろうな?」
多少独断ではあるが、結果さえ出せば大した問題ではない。たかが一統括官の評価より、将来の事を考えれば派閥内での点数稼ぎのほうが優先だ。それに来年度からは本部へと栄転だ、この程度の事案は点数稼ぎに丁度いい。
彼の直属の上官である統括官の有能さは疑うべくもない。しかし、その有能さゆえに彼女がこの場に居合わせては点数稼ぎにはならない。あくまでこの逮捕劇は彼の手腕により成功したと上層部に印象付けなければならないのだ。
そのためには、すぐにでも突入する必要がある。
「――隊長、異相空間展開準備完了です」
「よし、全部隊突にゅ――!?」
瞬間、強烈な衝撃が彼らを襲った。指揮車が激しく揺れ、廃ビルの天井が弾けた。舞い上げれれた瓦礫が雨のように降り注ぎ、周囲の視界を塞ぐ。続いて、けたたましく警報が鳴り響き、現場の隊員たちから次々と通信が届着始めた。
「対象がビルを爆破! 東側の包囲を突破し、市街地へと進行中です!!」
「い、異相空間を展開して対象を拘束しろ! 奴を追うんだ!!」
動揺しながらも、どうにか指揮を飛ばす。腐っても彼はエリートだ、派閥競争に勤しんでいたとしても完全な無能ではない。現状において最適解と思える行動をとるぐらいの能力は持ち合わせている。
「しかし、東側に展開した部隊は……」
「――こちらH-11ッ!! 奴を追います!!」
若い、少女の声が答えた。声は少女のものだが、彼女の示すレーダー上の反応とコールサインが示すのは最強の証。単独での追撃も充分に可能だ。
「よ、よし、H-11、許可する。異相空間を展開し、対象を無力化せよ!」
「隊長! H-11は今回が初任務です!! 単独追撃は――」
副官がそう声を上げたときにはすべてが遅かった。市街地の近辺に異相空間が展開され、H-11と対象は通常空間から消失した。ある一人の人物がその中に巻き込まれたということをこのときは誰一人として知らなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…隔離異相空間か」
誰もいない。だというのに、ただ影のみが残され、変わらず営みを続けている。周囲の建物は歪んだ鏡に映したようで、前衛芸術に潜り込んだような錯覚を覚える。先程とは別の意味で吐き気を覚えた。何度経験してもどうにもこの歪んだ風景は生理的に受け付けない。だが、さっきまでよりは完全に落ち着いている。少なくとも人ごみよりはましだ。
歪な静寂を耳を劈く轟音が破った。それも一度ではなく続けて何度も、こちらに向かって移動してきている。見慣れた景色に、聞きなれた轟音だ。五年前まで毎日見てきた日常の一部だったのだから当然か。
「……まずいな」
そう呟いた瞬間、一際大きく甲高い音が響いた。幸運にも決着が着いたらしい。巻き込まれたのは予想外だったが、すぐに出られて助かった。どっちが勝ったにせよ、空間閉鎖を続ける利点はないはず。後の面倒は連中の仕事で、俺にはもう関係ない話だ。
心とは裏腹に頭脳と感覚はこの異常事態へと適応している。眠っていた機能に再び火が灯った。
「――きゃああああああああ!!」
このままそ知らぬ顔で通常空間に回帰するまでやり過ごすつもりだったが、そうはいかないらしい。
吹き飛ばされた人影が俺のすぐ傍に墜落した。周囲の建物は瓦礫に変わり、コンクリートの道路が砕けちった。粉塵が巻き上がり、一気に視界が低下する。
「っあ、うあ」
粉塵の中から呻き声が聞こえてくる。先程の悲鳴もだが、声の感じからして女だろう。呼吸音が乱れている、胸部を圧迫されているのか、肺に穴が開いているのかどちらかだ。どちらにせよ、このままでは長くは持たないだろう。
数秒で粉塵が収まり、吹き飛ばされてきたやつの姿が見えるようになる。その姿はまったくもって予想通りだった。
鮮やかなメタリックレッドの装甲は埃でくすんでいる。美しい流線型のフォルムも所々傷つき、凹んでいた。とくに胸部装甲は無残に陥没しおり、肺を圧迫しているはずだ。故障部分は火花を上げている。この様子だとメインシステムのほうもダウン寸前だろう。
肩の部分にペイントされた女神の盾と世界地図の紋章は人類連合軍(United Allied Forces)所属である事を示すこれ以上ない証拠だ。正式採用型の機械化装甲服、俺が知るものとは多少の差異はあるが間違いない。赤のパーソナルカラーという事はライセンス持ち。紛れも無いUAFのH.E.R.O(Human Evolution form Refined for Order)だ。
「あ、あなた、どうして一般市民がここに・・・・・・」
俺に気付いたのか、女が戸惑った声を上げた。呼吸するの苦しいだろうに、必死に立ち上がろうとしている。意識も朦朧としているだろうに良く頑張る。
「と、とにかく逃げて! ここはいちゃ…だめ!」
俺の事を完全に一般市民と勘違いしているらしく、こちらに必死で手を伸ばしとにかく逃げろと訴えかけてくる。今更ではあるが、うらやましいほどに職務に忠実だ。皮肉抜きに、俺よりもよっぽどH.E.R.Oの名前に相応しい。
だが、本来一般市民、というかただの人間が異相空間に巻き込まれることも、侵入することもありえない。よくよく考えればわかることなのだが、あの傷で意識も朦朧としている、その上彼女のバイザーには俺のデータは表示されない以上、まあ仕方がないことではある。仕方がないことではあるが、不用意で素人じみてるといわざるおえない。
「――まだ、死んでなかったのか。往生際の悪い女だ。ん、それになんか増えてるな?」
山のような巨体の影が俺の目の前に降り立った。逃げようとした矢先にこの有様なのだから、どうにも間が悪い。
「そ、そこの貴方、速く逃げてください!」
彼女の悲鳴を無視して、うんざりとした気持ちで上を見上げる。ああ、でかい、ふざけた大きさだ。十メートルくらいはあるな。しかも筋肉モリモリサイボーグゴリラだ。膨れ上がった人工筋繊維を惜しげもなく晒している。高分子装甲は胸部と腹部を覆っており、頭部には二本の角の付いたヘルメッド。かすかに見える両の目は血走り、本人も気付いていないのだろうが拒絶反応で体が痙攣しているのが見て取れる。典型的な違法改造と過剰強化のナンバーレスだ。
「一般人、というのはないな。異相空間に紛れ込むなんてことはありえない、UAFの犬か? それとも――」
ゴリラサイボーグが俺のほうを訝しげに見つめる。俺を敵か味方か判断しかねているのだろう。
めんどくさい事になったと内心毒づいた。当然相手しないわけにもいかず、姿を晒すのも憚られる。ただ始末するだけならいまの俺でも簡単にできるだろうが、できることなら姿を見られたくない。
両立は面倒だが、できないわけではない。感情と切り離された思考と身体すでにやる気だ。
「あ、貴方、まさか、そいつらの!?」
決めてしまえば後は簡単だ。戸惑っている彼女のほうへと足を進める。素人といわないが経験が浅いのだろう、スーツの上からでも恐怖と困惑が手に取るようにわかる。完全に勘違いしてたからな、この娘。
「ほう。味方か。じゃああんたは組織の連中だな。なら最初からそういってほしいもんだ」
後ろのゴリラが少し安心したようにそう呟いた。見た目通りの脳筋だ、完全に決め付けている。五年前にもこんなのはいたような気はするが、ここまで酷くはなかったはずだ。
とはいえ、そこの彼女、中々頑張っていたようだ。ゴリラのほうにも治癒済みとはいえダメージが入っている。敗因は技量じゃなく、性能とみた。
「――あ、ああ」
しかし、まあここまで怯えられると俺が悪いとはいえ、複雑な気分になる。本当なら、彼女達にとって俺は敵とは逆の存在なのだが、実際に死ぬわけじゃないので許して欲しい。死ぬような思いのトラウマのほうが実際に死ぬよりはましだ。
「く、来るなら来い! お前達のようなやつらに――」
彼女の雰囲気が変わった。よく知っている覚悟を決めた人間の風格だ。その証拠にふら付きながらも痛みを堪えて立ち上がろうとしている。その覚悟には心地の良い懐かしさすら感じるが、今は喜べない。
死なば諸共と暴れられる前に懐へと踏み込む。弱っている相手だ。一撃で充分、意識を刈り取るだけならそう手間は掛からない。スーツを着ていても、体の構造は人間と同じ。顎に一撃掠らせればそれで脳は揺れる。
「――――あ」
狙い通りだ。もともと朦朧としてたのもあってあっさり彼女は気絶した。五年ぶりで上手くいくか少し不安だったが、不本意ながら腕はさび付いていないらしい。
機能停止と同時に緊急信号の発信を感知した。これで閉鎖空間外で待機している連中に状況が伝わっただろう。
自己修復は動いていないが、動かなければ傷が悪化することはない。どうせすぐに助けは来るのだから、十中八九彼女は助かるはずだ。
「む、気絶させたのか。駄目じゃあねえか、きっちり殺さないと。そいつらしつこいんだからよ」
後ろでゴリラがなにやら文句を言っている。目敏く殺してないのを見破ったようだ。ゴリラの癖に変なところで勘がいい。
まあ文句ぐらいは聞いてやろう。どうせすぐに文句も言えないようになるのだから、遺言くらいは覚えてやってもいい。
「――どういうつもりだ」
踵を返して自分のほうに向かってくる俺に対して警戒している。どうやら殺気がもれてたらしい。このゴリラの勘が意外と鋭いのかもしれないがどちらにせよかかる手間は変わらない。
あちらはあちらで俺が味方だと思っていたのだからとんだ間抜けだ。もっともあちらの彼女も大した差はない。何度でも立ち上がろうとする心構えは在り難いものだが、実際H.E.R.Oのレベルも下がったと嘆くべきなのか、それともそれだけ平和になったと喜ぶべきなのか若干複雑な気分だ。
「お前、一体何者だ?」
今更その質問かとも思うが、当然の疑問ではある。UAFのH.E.R.Oでもなければ、自分のようなナンバーレスの仲間でもない、だというのに異相空間にいる謎の人物。混乱するのも頷けはする。といってもそれを表に出した時点で二流三流だ。
もう彼我の距離は奴の拳が届く間合いだ。奴がその気なれば俺を潰すのは簡単だろう。だが、取り繕った奴の瞳の奥に恐怖が見える。
「なに、お前と同じただの化け物さ。気にしなくていい」
その言葉と共に牙を剥く様に嗤う。
眠らせていた力が再び燃え上がった。焼けるような熱が体内で荒れ狂う。白銀の光が、視界を追いつくしていく。その熱さ、その痛みが唯一、俺に生の実感を与えてくれる。焼きついた記憶と狂う様な衝動が蘇った。俺という存在そのものが五年前へと立ち返っていくのがわかる。皮膚が、肉が、骨が、内臓が、血液が、脳が、細胞が変換されていく。人間のふりをしていた体がその役割を破壊へと変える。
ああ、認めよう。俺は今でもあの戦場にいる。
「エ、エネルギー反応!? 貴様ァァ!!」
ようやく状況を理解したのか、今更拳を振り落とした。遅い、遅すぎる。あまりにも不用意で、あまりにも無意味だ。俺を殺すならもっと速くやってくれ。
瞬間、骨が砕け、肉がちぎれ、鮮血が散った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
おそらくこいつには自分の身に何が起こったのか、どうして死んだのかなんてことは全く理解できなかっただろう。
目の前に横たわる死体を見つめ、未だに血に濡れた自分の掌を見つめる。赤黒い人工血液が銀色の装甲を汚していた。足元に転がるのは潰れた心臓だ。
振り下ろされた一撃を交わした俺は奴の胸部装甲の薄い部分を見極め、拳を放った。装甲を容易くぶち破った俺の拳は奴の心臓まで突き刺り、俺はそのまま心臓を引き抜いた。動作にして三つ、たったそれだけの事でこの名前も知らないサイボーグは死んだ。
「――ハ」
これも、いつものことだ。命のやり取りは慣れてる。まだ殺し殺されは健全だ。こんな風に一方的に命を奪うのはもはや戦いともいえないはずだ。ただそのことが、無性に悲しく、虚しかった。
視線を落としていると、ふとあるものが目に入った。奴の体から漏れた伝導液、透明なそれに自分の姿が映っていた。
白銀の装甲に、黒のエナジーライン、緑色に光る二つの目、甲冑のようなシャープなライン、そして翻る赤色のマフラー。五年前と全く変わらぬ俺の姿がそこにあった。俺の精神はどうしようもなくなったというのに、強靭な人口筋肉、ナノカーボンの骨格も、機械化した内臓も、改造され変異した俺の体は五年前のその日から少しも変わらぬままあり続けているのだ。
気が狂いそうだった。まるで生き地獄だ。どれほど酒を呷ろうと、どれほど現実から逃避しようと俺の体はいつまでも俺を放してくれない。
全く忌々しい。なにがH.E.R.Oだ。こんな男が英雄で、こんな呪いが世界を救った見返りであってたまるものか。
――やはり、ハッピーエンドなんて嘘っぱちだ。
どうも、みなさん速さの足りないbig bearです。本編放置でなにやってんのお前? という方はありがとうございます、そしてすいません(ズサー)
誰お前?という方は始めましてアンドよろしくお願いします。今回、燃焼系燃えカスヒーロモノ?と言うジャンルではじめましたでございます。
では、こんなだめ作者と拙い文章ですが、どうかこれからも暖かい目でよろしくお願いします。
誤字脱字報告、ご意見、ご感想、ご質問等ございましたらぜひぜひお書き込みください。