スイーツを作る前に(マリアのつぶやき)
王宮の一角にあるとはいえないほど、静かな空間にはりのある美しい声が響く。
「ねぇ、マリア。私行ってくるから。またお願いね。」
そういって豪奢と呼ぶには質素だが仕立てのいい淡い桜色をしたドレスを侍女に渡した。
「姫様、またですか。」
マリアと呼ばれた私は諦めの境地で頷く。
「マリア、あなたしかいないの。もしものときはお願いね。といっても誰も来ないでしょうけど。」
この部屋の主、姫様は両手を顔の前で合わせ私を拝む。
「そうですけれども・・・お気をつけて。」
姫様を送り出した後、私は急いで侍女たちの集まる部屋に行く。
「女官長様はお時間がおありかしら?」
「今日は表方の宰相様とご予定があったはずだけれど。」
同僚としてはそれなりに親しい女官が答えてくれる。
思わず笑いそうになるのをこらえる。
「そう、残念だわ。姫様が体調がよろしいようで、陛下にいただいたお見舞いのお礼を言いたいと言われていたのだけれど。」
残念そうな声を出す。
「あなたも大変ね。体の弱い姫様に振り回されて。」
私はあいまいに笑う。
まさか姫様はお菓子作りに駆け回っているともいえないしね。
「ねぇ、お願いがあるのだけど。私は今からお菓子を作りに行く予定なのだけれど、姫様が散歩をしたいといわれているの。」
「ああ、女官長様に許可をいただいた日だったんだ。いいわ、私が姫様のお散歩に付き合うわ。」
予想通り人のいい笑顔で答えてくれる。
私は急いで、部屋に帰り丹念に白粉を塗り化粧をし、姫様の金髪とは違う栗色の髪を結い上げ、髪と顔を帽子とヴェールで覆い隠す。
「さ、これでよしっと。」
「姫様、よろしいでしょうか。」
準備を終えたころ女官がちょうどやってきた。
予定通り。
「ええ。」
「今の季節でしたら、南の庭の花が見ごろですわ。」
予想通り。
「ええ、案内をお願い。」
姫様の口調を真似る。
南の庭を散策していると護衛の騎士がそっと女官に声をかける。
「どうしたの。」
落ち着いた声で尋ねる。
「いえ、あの…陛下がもうすぐこちらを通られるそうです。」
これも予定通り。
今日の会議は南の棟であるし、ここの庭を通ったほうが早いものね。
女官が庭から出るように促してくる。
私は拒否せず、そうゆっくりと、ゆっくりと庭の出口を目指す。
そして目当ての主が通りかかる。
仮にも側室が散策しているのに声をかけない夫はいない。
「体のほうは調子がいいのか。」
興味がないといわんばかりの挨拶、これでこそ陛下。
「ご心配をおかけしております。陛下におかれましては…。」
長く丁寧な礼文を述べようとする。
「急いでいる。ではまた。」
私の長々とした挨拶をさえぎり目的の地へと消えていく。
「姫様。」
女官が痛ましげな視線をかけてくる。
これも予想通り。
「帰りましょう。」
何かい痛げな女官を連れて部屋に戻り人払いをする。
うっとおしい帽子を脱ぎ、体の弱い姫のためにと送られてくる部屋に飾られた花を手に取る。
「2年余りも顔も合わせないなんて、むしろ興味を抱いてくださいって言っているようなものよ!」
花に罪はないけれど、さっさと花瓶の中から抜き取り処分する準備をする。
「たまには顔も合わせてつまらない女だって思わせとかないと。」
花を処分した後、私は一仕事追えた達成感に浸る。
忘れ去られた側室。
これの立ち居地を守るには、少しの小細工もしないと。
だって、あの姫様の美しさ。
惹かれない人はいないはずですもの、ね。
「マリア~帰ったわよ。」
ほら、ちょうどいいところに姫様がお帰りになったわ。
甘い香りをさせて…
甘い香りに群がる虫は、私が始末して差し上げますからね、姫様。
これが彼女たちの日常。




