黒い森
一つ…剣が芝生の上に落ちる。
その上に倒れる人影。
「勝負ありですね。」
宰相が冷静な声を出し、腰に下げていた短剣を使うことなく離す。
倒れたのはカエ伯爵だった。
「止めを刺さないのですか。」
宰相が指摘する。
「もう動けないだろう。」
リュミエールが軽く血のついた剣を払う。
宰相がこれ見よがしにため息をつき、倒れたカエ伯爵に目をやる。
腹から流れる血を抑えながらカエ伯爵は体をおっくうに起す。
「今は動けずとも、また悪事を働くかもしれませんよ。」
カエ伯爵が無表情に言った。
「俺が王である限りできない。」
リュミエールが尊大な調子で言い切った。
カエ伯爵の表情が少し崩れ、瞳に暖かな光が宿る。
「やはり、あなたはお子様だ。」
そして近くに落ちていた剣に手をかけた。
ゆっくりと時間が流れを変える。宰相が腰元の短剣を取りカエ伯爵に投げつける、けれど剣ははじかれる前にカエ伯爵ののどを貫いていた。
「あなたは私の王にはなれない。」
カエ伯爵はリュミエールのほうを向き、声を出すというよりも口角を小さく動かす。
傷から噴水のように血液が噴出し、ものをいえなくなった口からも血が出てくる。
真っ赤に染まった剣が、青い芝生の上に音を立てず落ちた。
リュミエールがロザリアの目を塞ぐように抱きつく。
「見ます。」
ロザリアはしっかりとした口調で言い、リュミエールを押しのける。
リュミエールのもつ剣が怪しくきらめき、二人の視線が絡み合い、視線の先には血まみれで事切れたカエ伯爵のむくろが月影に照らされていた。
「黒幕が倒れたからといって、密輸がなくなるわけではない。」
リュミエールは血塗られた剣を鞘に納めながら、ロザリアに声をかけることなく宰相に言い放つ。
「カエが死んだことを言いことに、マスキンのやつらは罪をなすりつける相手ができたと喜ぶだろう。」
そして血で汚れた剣を宰相に渡す。
「喜ばせるものか。」
「畏まりました。」
宰相は頭を下げた。
「仮にも愛妾と、国王が不在となれば広間ではいらぬ噂がたっているだろうな。」
鼻で笑う。
「見世物になるのも仕事のうちか。」
面白くなさそうにつぶやいた。
乱れた紺藍色の髪を手櫛で整える。
たったそれだけで、先ほどまで激しく動いていたことを感じさせない雰囲気を作り出した。
「いくぞ。」
そう言うと、二人の前を歩き出す。
「ご気分が悪いようでしたら、お休みになってくださってもかまいませんよ。」
皮肉を含んだ口調で宰相が言った。
「エスコートしてくださるかしら。」
ロザリアはドレスに付いた芝を払い落とす。
質のいいつややかな生地から芝はおもしろいように落ちていく。
「では、参りましょうか。甘い姫君。」
ロザリアの手が宰相の腕に回される。
月影に照らされる意外は静かな闇が庭園を包み、まるで黒い森にいるような錯覚を起こす。
そして
舞踏会ははじまったばかりだった。




