スイーツの時間
咲き乱れる花も散り始め、新緑があたりを彩りはじめた頃。
ロザリアは後宮の当てがわれた一室で、窓辺に椅子を置き静かに本を読む。それは正しく後宮に住まう貴婦人の姿だった。
「姫様、お茶が入りました。」
マリアがお茶の準備をロザリアに告げる。
「ねえ、マリア。もうそろそろ、ほとぼりもさめたかしら。」
退屈な様子を隠そうともせずロザリアはマリアに問いかける。
「そうですわね。」
ある程度予想していたのか、控えめに同意し、姫の美しさに惑わされなかった宰相に胸を撫で下ろす。
「んーーじゃあ、料理長に会って来ようかな。
今度厨房貸してもらえるのいつになるか、聞かなきゃ。」
「では厨房に問い合わせておきますね。」
そういうとマリアは女官長に伺いを立てるべく部屋から立ち去った。
「んー、今度は何を作ろうかな。」
マリアの入れてくれた熱いお茶をゆっくりとロザリアは飲み干した。
しばらくするとマリアは戻ってきた。
「料理長、午後からお時間がおありだそうです。直接尋ねられますか?」
「そうね。話はくどいけれど面白いおじさんだしね、暇だし行ってくるわ。」
そう言って慣れた様子でロザリア姫は侍女服に着替えた。
「本宮の裏庭にいらっしゃるそうですよ。せっかくお会いするのだから、鶏の雛をお見せしましょうと伝言を承ってきました。」
「いいわね。じゃ、あと、よろしくね。」
ロザリアは先ほどまで着ていたドレスをマリアに押し付ける。
「いってらっしゃいませ。」
久々の外出に喜ぶロザリアに軽くマリアは頭を下げた。
「料理長、呼び出してしまってごめんなさい。」
裏庭とはいいながら、綺麗に整備された庭でマリアのフリをしたロザリアが謝る。
「いや、可愛いヒヨコが生まれたからみせたくてね。」
「ありがとうございます。料理長、今度はいつお邪魔させていただいてよろしいですか?」
まるまる太ったヒヨコに、美味しそうな卵を産んでね。とロザリアは思いながら尋ねる。
料理長の後ろに控えていた、いつものきびきびした部下の人が何か料理長に言っている。
「ごめんなさい、お忙しいみたいですね。」
何となく雰囲気が暖かいものでないことを悟り、ロザリアは謝る。
「ああ、気にしないでくれ、ちょっと待ってくれよ。今夜の夜会のことでちょっとな。」
そう言って料理長は少し離れた場所に移動し、厳しい顔で部下に何か言っている。
………夜会、そういえば側室のロザリアにも招待が届いていたのを思い出す。
いつも病弱を理由に断っているから忘れていた。
まずい時にきたなと思いながら、とりあえず待つことにした。
庭園と呼ぶには少し狭い広場で飼育されている鶏をながめる。
新鮮な卵、何を作ろう。
「どうされましたか?」
穏やかな声が聞こえる。
ほとぼりが冷めたはずなのに…出会ったのは宰相だった。
本宮とはいえ数多くある裏庭に都合よく現れた宰相に、ロザリアはマリアのふりがばれたのではないかと冷や汗がでる。
「失礼しました。料理長を待っております。」
謝りたくなる衝動を抑えながら、優雅に腰をおりながらロザリアは挨拶を交わす。
宰相は柔和な態度で話しかける。
「…あの方と仲がいいですね。気難しい人ですのに。ああ、この前のケーキ美味しかったですよ。また、ぜひ作っていただきたいものです。
…あなたにあえて幸運だった。」
甘い言葉とは裏腹に、ロザリアは自分にとっては幸運ではないことを悟っていた。
「宰相様、私はこれで…。」
宰相の後ろに控えていた中年の侍女が一礼する。
ロザリアにはなにも言わず一瞥をなげかける。
侍女の通り過ぎたあとにはクセのある残り香がする。
料理をする厨房に香料など料理長が怒りそうだとロザリアは思う。
そして…ロザリアも、中年の侍女にならい一礼して退席しようとする。
「待ってください」
腕を掴まれてふりむかされた。
特徴的な髪の色を隠すためにかぶっていた帽子がずれる。
さらり
金の髪がひとしずくおちる。
「今日は作っていかれないのですか?」
王の訪れない側室のこと、ロザリアとマリアの入れ替わり…など予想していた話題とは違う言葉に思わずロザリアは宰相を凝視する。
「うちの料理長やこちらの料理長がつくるよりシンプルで美味しかったものでね。」
無言の圧力。
「お口に合うようでしたら、次回宰相様までお届けします。」
「悪いね。」
口でいうほど悪そうに思っていない当然の顔。
「それでは失礼しました。」
今度こそ退席しようとする。
けれど、二度あることは三度ある。
タイミング良く料理長が出てくる。
「マリアちゃん、お待たせ。」
軽いノリで出てきた料理長はオスカーをみて慌てて背筋を伸ばす。
「ああ、夜会の準備ですね。」
宰相が料理長に声をかける。
「何の御用ですか?」
「少しお話が…急ぎませんが。
それより、こちらの方が待たれているようですが?」
ロザリアの方を向き直る。ロザリアは完全に逃げ道を塞がれた気分だった。
「あの、今日は…厨房のご予定を伺いに参っただけなのですが。」
ロザリアは宰相が何を言いたいのかわからず、言葉を選びながら気まずい空気を和らげようと口を開いた。
「今空いているようですが。本宮の厨房は使っていても、あの厨房は今は使う主もいない…いつでも空いているでしょう。」
宰相が奇妙と思われてもおかしくないほど熱心にお菓子作りを進める。
ロザリアと料理長は顔を見合わせた。
「実は私の可愛い子がいたく貴方の作ったものを気に入ってしまってね。」
本日二度目の無言の圧力。
「なあ、マリアちゃん、簡単なものでも作って差し上げたら。」
料理長が助言してくる。
ロザリアは宰相の勢いに負け、うなづくしかなかった。
宰相の名称を統一しました。
誤字脱字・文章推敲いたしました。
ご指摘ありがとうございます。