食べられたパウンドケーキ
重厚な柱、使い込まれた、けれど手入れの行き届いた絨毯、細かい技巧をあしらった扉の前に宰相は現れた。
扉の前に騎士が立っている。
宰相の姿を見た騎士は敬礼する。
そんな騎士に宰相は軽く挨拶をし扉を開けるよう促す。
ゆっくりと思い扉が開く。
綺麗に整えられた広い室内の中に、格調高い木彫り細工が施された大きな机置かれていた。そして、その机の上には、綺麗に整えられた室内とは対照的に膨大な書類が山積みにされ、一人の男が険しい顔でペンを走らせていた。
宰相が入ってきたことに気がつかないはずはないが、男は宰相の存在を無視して新しい書類に手を伸ばした。
「陛下。きちんと仕事はしていらっしゃいますか。」
爽やかに、かつ丁寧に宰相が芝居がかった仕草で手を広げながら執務室の机の前に座る陛下-リュミエールに声をかける。
くせのない紺藍色の髪に藍色の瞳を持つリュミエールは顔をあげず、次の書類に手をかけた。
リュミエールの様子に宰相は肩をすくめた。
「やっていないように見えるか。」
うんざりした声でリュミエールはペンを置き書類を指さした。
細工が施された大きな執務机の上には、束になった書類が詰まれている。
「さすが、それでこそ、わたしの愛する陛下。」
宰相はリュミエールを褒め称える。
「皮肉があいかわらずうまいな。」
宰相がおやっという顔で肩をすくめた。
「今日はご褒美をもってきましたのに。」
「お前の『ごほうび』は怖いな。内乱でももってきたのか。」
ペンを置き、眉間の皺を伸ばしながらリュミエールは顔を上げ、宰相の顔をうんざりした表情で見る。
「まさか。」
そういって宰相はパウンドケーキを差し出した。
リュミエールは年甲斐もなく顔を輝かせる。
「私の陛下は、このお年になっても甘いものには目がないのですね。」
二十六歳にもなって子様だと、言外にお宰相は匂わせる。
「ぬかせ、母上とお前が陛下は甘いものが苦手ですと言って以来、口にできなくなったせいだろうが。」
そういいながらもリュミエールはおいしそうにパウンドケーキをほおばった。
「それは陛下がお食事もとらず、お菓子にうつつをぬかしたからでしょう。」
「10年も前のことだ。」
リュミエールが言い返す。
「まあ、今更こんな大の男がお菓子が好きとは思わないでしょう。お酒も嗜まれますし。」
宰相は目を細めながらリュミエールに言った。
「甘いな。」
リュミエールが手に残ったパウンドケーキの最後のひとかけらを口にした。
「もうないのか?」
あっという間に食べきったリュミエールは宰相に尋ねる。
「またとってきてあげますよ、陛下。」
「とって?」
「面白い方と会った副産物なんですよ。」
そういって書類の山を軽く叩く。
「全部終わったらね。」
教師と出来の悪い生徒がそこにいた。
ロザリアが宰相と出会いしばらくたち、季節は春から夏へと少しづつ変わろうとしていた。
宰相の名称を統一しました。
誤字脱字・文章推敲いたしました。
ご指摘ありがとうございます。