シュークリームの中身は何かしら?
ロザリアは自分の思いつきにうきうきしながら、緋色の薔薇が植えられた庭にやってきていた。
またバミュー侯爵夫人が例の伯爵と親しげに話している。
いい年と言ってもおかしくないバミュー侯爵夫人が嬉しそうに顔を紅潮させている。
対する伯爵は笑顔を浮かべているが、どこかよそよそしい。
「おさかんね。」
対象的な二人の姿にロザリアは苦笑する。
他人の、自分の色恋にも興味がないロザリアは二人に見つからないように庭を出ようと振り返る。
バミュー侯爵夫人に気を取られていたせいか、後ろを通り過ぎようとした女官にぶつかった。
「申し訳ありません。」
咄嗟にロザリアは頭を下げた。
「いえ、私の方こそ。急いでいたもので。」
中年の侍女が、急いでいるのか、全く心のこもらない声で答える。
そして足早に立ち去ろうとした。
「あっ。」
ロザリアが思わず声をあげた。
上むき…主に要人の世話や奥向きの事務的な役割を担う侍女が珍しく庭を歩いていたことも気になったが、それ以上に中年の侍女のまとう残り香が気になった。
「どうされました。」
中年の侍女がはじめてマリアの格好をしたロザリアの方をしっかりと見た。
「ああ、側室様付きの方ですね。」
マリアの侍女服を見て、中年の侍女がいう。
内心、マリアの顔が知らないよで良かったと思いながらロザリアはうなづく。
「一度、宰相様とお話をなさっていた侍女様ですね。マリアと申します。」
ロザリアは不自然にならないよう挨拶をする。
そう、目の前にいる侍女は捨て置かれた側室ロザリアが、リュミエールの興味を引くきっかけを作った宰相と話していたことのある侍女だった。
「私は書記官付きをしております、エリザと申します。姫様は離宮にお慣れになられましたか。」
エリザはねぎらうようにマリアのふりをしたロザリアに声をかける。
以前ならば、捨て置かれた姫の侍女に声をかけるものはいなかった。
以前なら顔見知りでもない侍女同士会釈をして終わったはずなのに、今ではマリアでさえ声をかけられる存在となっていた。
「はい。ありがとうございます。」
従順なマリアのふりをしてロザリアは答える。
「私たちも一度姫様にお目通りをしたいと話しているのですが…陛下も表立ったかたがたも、女官長様さえ月の離宮の方様のこととなると壁を作られてしまわれてどんな方ですの。」
噂話に花が咲く。
女官、侍女たちの間では寵愛を受けだした姫が、好奇といやがらせにさらされていたことは伏せられた事実となっている。
ただ愛されて月の離宮に入った側室ーこれがロザリアの姿だった。
そしてロザリアは自分だとばれていないことにほっとする。
「すばらしい姫様ですわ。」
マリアの言いそうなことを口にした。
「お会いしたいですわ。」
エリザも相槌を打つ。
「姫様にお伝えしておきます。」
エリザが驚きロザリアを見つめる。
「侍女の話をきかれるのですか?」
ロザリアはエリザの言葉に首をかしげた。
「ええ。」
「うらやましい関係ですね。」
「またお仕事のないときに遊びにいらしてください。」
ロザリアは社交辞令を返す。
「私…姫様とともに、こちらに来たよそ者ですし。姫様も私も…寵愛を受ける前までは、誰からも忘れ去られたような存在でしたので。2年もこの国にいるのにお恥ずかしいのですが、あまりこの国のことがわからなくって…いろいろと教えていただけたら嬉しいんです。」
実際、月の離宮に来られたら困ると思いつつ愛想笑いをロザリアは浮かべる。
「他国から来たものどうし仲良くできないかと思いまして。」
「えっ」
不意を疲れたようにエリザは声を上げた。
「違いましたの?」
エリザは困ったように笑った。
「私は生まれも育ちも、この国ですわ。辺境ですのでご存じないかもしれませんが。」
「すみません。」
ロザリアは頭を下げる。
「そそっかしいですね、私。こんなだから姫様も苦労なさるんですね。」
がっかりしたように肩を落とす。
「いいえ、かわいい方ですわ。私でよければ、いつでも声をかけてくださいな。」
エリザは優しい笑顔を見せてその場を後にした。
「いろんなところにほころび…か。」
ロザリアはつぶやき、旬も過ぎた薔薇の花の中で、美しい薔薇を選び一輪とる。
「寵姫の侍女だし、ちょっとぐらい許されるかな。」
そう言いながらロザリアは厨房に帰って行った。
ロザリアはシュークリームの皮の焼ける香ばしい香にうれしそうな顔を見せる。
「うまく焼けたな。」
料理長がロザリアと一緒にシュークリームの皮を覗き込む。
「ええ。」
「そういやシューはキャベツの皮って意味らしいぞ。わしはパテシェじゃないからよくしらないが、何層にもなった皮がそうみえるんだってさ。面白い名前だとおもわないか、マリアちゃん。」
「そうね。」
一枚一枚むけるキャベツの皮
中身には何が……ある?
誤字脱字修正いたしました。