ティータイムの終わりには薔薇の魔法
「どうだ。」
エミリアが立ち去る姿を目で追いながらリュミエールが尋ねる。
なにが『どう』なのか、なにを言って欲しいのか怪訝そうにロザリアはリュミエールを見上げた。
「エミリアだ。」
「はっきりしたご令嬢ですね。」
まさか、何とも思わなかったとも言えずロザリアが曖昧に答えた。
「あいつは昔っから王妃になるっていって困ったやつだ。お互い兄と妹みたいな感情しかないのにな。」
「いい王妃になられると思いますよ。」
ロザリアは立ち去ったエミリアを思い浮かべる。
エミリアの洗練された物腰に、国の機密も知っているということは高い教養も持ち合わせているのだろう、もちろん家柄も十分に王妃になる資格を兼ね備えていると思う。
それに、なにより……リュミエールの隣に立つ姿はきっと私よりも似合う。
「お前がそれを言うのか。」
苛立ったリュミエールの声にロザリアは我に返った。
「えっ、なんですか?」
「いや、いい。」
リュミエールが何か言いかけようとするが、ロザリアはふと視界に入った人物の名前をいい話題を変えた。
「あらバミュー侯爵夫人だわ。」
バミュー侯爵夫人が親しそうに中年の男性と話していた。
そう、まるで恋人のように。
「悪い病気だな。」
恋の火遊びに興じるバミュー侯爵夫人にリュミエールは眉をひそめることもなく相槌を打つ。
「お相手の方は初めて見ますが?」
ロザリアは感じのいい笑顔を見せているバミュー侯爵夫人の相手を尋ねる。
「カエ伯爵だな。もともと商家の出だが才覚を前伯爵に見込まれ伯爵になった。」
「カエ?」
「何だ、知っているのか?」
ロザリアはまさかいたずら返しをしましたとも言えず曖昧に微笑む。
「ご令嬢にお会いしました。」
「あの令嬢か。」
「ご存知ですか?」
「書物が好きで、よく王立図書館にこもっているな。なかなかの博識だ。」
リュミエールの言葉に、一番聞こえるように悪口を言っていた令嬢だったとロザリアは思い起こした。
「それより…面白いものを手に入れた。」
リュミエールはいい加減バミュー侯爵夫人の話に飽きたのか、二人から少し離れたところに控えていたマリアに声をかけた。
マリアが恭しく、ガラスのビンをテーブルに置いた。
ガラスのビンは白い砂のようなものの中に緋色の薔薇が入れられていた。
「これは?」
「まあ、みてろ。」
リュミエールがグラスの中に、ガラスのビンに入った緋色の薔薇を取り出しグラスに入れる。
王という立場のものが自ら給仕する姿を誰も止めようとはしなかった。
「ドライフラワーですか?」
ロザリアが尋ねる。
「みてろ。」
そういうとリュミエールは炭酸水をグラスに注いだ。
グラスの中で、炭酸水が勢いよく泡を立てる。
中に入った緋色の薔薇が液体と混ざりあい、音を立てて花びらがグラスの中で舞う。
まるで薔薇の蕾が花咲くように。
「この庭の薔薇で作った砂糖漬けだ。」
ロザリアの瞳が、グラスの中で舞う薔薇に釘付けになった。
「お前の国では薔薇は見て楽しむものだと聞いた。この国ではこういう風に楽しむこともあるんだ。どうだ。」
今度のリュミエールの『どう』という言葉に、ロザリアは目を輝かせて答えた。
「素晴らしいですわ。」
ロザリアはリュミエールの入れた薔薇の飲み物を口にする。
無色の液体がほんのりと赤くなっている。
口の中に広がる薔薇の香り。
「お菓子にも使えそうです。」
満面の笑みでロザリアがリュミエールと視線を合わせようと、グラスから目をあげると、熱く見つめるリュミエールの視線がそこにはあった。
親しすぎるほど近づいた二人の距離。
「もう狩りの時間は終わりましたわ。戻りましょう。」
ロザリアは平静を装う。
「ああ。」
リュミエールは手を差し出し、ロザリアをエスコートする。
東屋でから庭道におりた後も、リュミエールの手はしっかりとロザリアの手を握っていた。
遠巻きに貴族たちが二人を見ている。
「ここまで話題をふることもないでしょう。」
ロザリアが本来の調子を取り戻しリュミエールに言った。
リュミエールが小さく笑いロザリアを引き寄せた。
そしてー
二人の唇が軽く合わさる。
「話題をふるなら、これぐらいしないとな。」
ロザリアは思わずでリュミエールの鳩尾に肘をいれる。
「痛いな。」
「痛くしてるんです。」
ロザリアはリュミエールの手をさりげなくどけ、緋色の薔薇を触った。
動揺が隠せないのかロザリアの手は薔薇の棘にあたる。
ロザリアの白い手から真紅の血が滲む。
「本当に見事な薔薇。」
ロザリアが小さくつぶやいた。
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