パウンドケーキのお味はいかが?
ロザリアは自室に戻ると、パウンドケーキを食べながら侍女のマリアに今日の出来事を話す。
少し甘みを抑えたパウンドケーキをマリアはおいしそうにほおばる。
「姫様の腕前は絶品でございますね。けれど・・・宰相様に見つかってしまわれたのは残念ですね。」
マリアはロザリアの話を聞きながらため息を漏らした。
マリアは城での宰相の評判を手短に話す。
「20歳で王の教育係、そして王の信任も厚く宰相にまでのぼりつめた方ですね。優しそうにみえて、結構えげつないことも淡々とこなされている様ですわね。ご家族は、奥様に一男六女のお子様達。皆様、奥様がお産みになったそうですわ。」
ロザリアは『ふーん』と気のない返事をする。
「そうなんだ、でも、それより料理長にあげたパウンドケーキをとられたのがムカつくわね。いつも料理長には無理聞いてもらっているのに。困るわ。」
もう一度マリアはため息をついた。
「姫様、そういうことではなく、もし宰相様が姫様を気に入られたらどうするのですか?」
マリアの心配そうな声にロザリアは笑う。
「ない、ない。だって侍女の格好をしていたし。子沢山だし、奥さん大好きなんじゃない。ありえないわ。」
ロザリアは宝石のようにきらきらとひかる紅茶を飲み干す。
ケーキの甘さと紅茶のほろ苦さが口の中でとろける。
「美しい娘であれば、身分の高い方のお手つきになることだってございます。」
マリアは拳を握りしめて言う。
「ないない、側室の侍女だよ。それに私より美人さんはお城にいくらだっているじゃない。」
ロザリアは手を大きくふりマリアの言葉を否定した。
「ま、今回は間が悪かったと。でも顔見られちゃったから、マリアは気をつけてね。私の影武者やってるなんて知られたら、それこそね。私はお菓子を作りながら穏やかにすごしたいの。欲を言えば庭もいじりたいけれど…側室付きの侍女が土いじりなんておかしいものね。」
少しも悪びれる様子なく、ロザリアは舌を出し大きな口でパウンドケーキにかぶりつく。
一国の姫としても、側室としても、貴婦人としても、ありえない行儀の悪さだった。
「姫。」
マリアが大きな声でロザリアをたしなめた。
ロザリアはまったく気にせず、パウンドケーキを食べていく。パウンドケーキの盛られていたお皿が空になった。
「この城の王妃様が現れるまでひっそりと暮らせたらいいのよ。」
そして、ロザリアは高らかに宣言する。
マリアは大きなため息をついた。
ひっそり暮らしたいと言いながら、大胆な真似ばかりする姫に昔から振り回されっぱなしだとマリアは内心思う。
「姫様はご自分を過小評価しすぎでございます。」
マリアはロザリアの姿を見る。
この国では珍しい黄金の流れる髪に、大きなきらきらと光る緑色の瞳。
象牙のようなきめ細かい白い肌、透明感のある桜色をした唇。
この国に来たときと違い幼さも抜け、細さの中に女性らしさを感じさせる体。
この姫様を見たら十人中十人が美人だという容姿だというのに、本人は気がついていないのが恐ろしい。姫様らしくない性格、関心ごとには凄まじい集中力と行動力を持つ姫様。
至高の宝石よりも輝くロザリア姫。
マリアはつぶやく。
この私の大切な姫様ですから、と。
「姫様の作ったケーキは絶品でございますね。」
「でしょ。」
気の使わなくていいマリアにロザリアは嬉しそうにはしゃぐ。
「次は何を作ろうかしら?今度はハーブを使ったシフォンケーキも焼いてみたいのよね。欲しいハーブがあるから、お姉様にお手紙を書かなくっちゃ。」
ロザリアは自国でしか採取できないハーブを思い浮かべながらマリアに話す。
「公爵令嬢様にそんなことお頼みにならなくても…。」
「いいのよ。お姉様の近況も知りたいし。」
自国で姉としたう公爵令嬢を思い出しながら、ロザリアは大きく背伸びをした。
「それにね、スイーツの会からの連絡もあったみたいだし。」
そういいながらロザリアは祖国の公爵家の印が入った便箋をとりにチェストの方へと向かう。
マリアはロザリアがいなくなったことを幸いに、食べ散らかされたテーブルを片付け始めた。
宰相の名称を統一しました。