スイーツを作ってみましょう
久しぶりに昔のことを長々と思い出してしまったロザリアは苦笑しながら立ち上がった。
結局、建前の側室は放置されることになった。
ま、王であるリュミエールに関しては一夜のアバンチュールを楽しまれているうわさはマリアからよく聞くけれど、親しくもしていない夫に嫉妬はわかない。
むしろ、正直ほっとした。
王族であるからには政略結婚も覚悟していたけれど…相手にされないならされないで気を使わなくていい分気持ちが楽だった。
訪れる人といえば女官長と、他国からきた姫への教育係り。
たまに自国の大使ぐらい。
王は訪れない。
最初こそ、ロザリアは後宮で祖国から伴ってきた侍女マリアと静かに暮らしていたが、王の訪れもなく次第に周囲の関心も薄れ、自由気ままな生活を手に入れることができた。
祖国では姫だったけれども、自由に厨房にも入れたし自慢じゃないがお菓子作りが大好きだったロザリアは、周囲の関心が薄れたことを幸いに思い立った。
何もすることがないならお菓子作りを極めよう…と。
「こんにちは。」
厨房に入り声をかける。
「マリアちゃん、よく来たね。」
厳しい風貌の中年男性が声をかけてきた。
「料理長、いつもありがとうございます。」
そう、暇なロザリアは女官長の許可をとり本宮の厨房とは流石にいかないけれど、今は使われていない離宮の一角にある厨房を貸してもらえることになった。
女官長も王の来ない側室に同情して快く貸してくださった。
ただし、お菓子を作るのが側室の姫だとわかったら許可なんておりるはずはないと思い、お菓子の好きな姫のために侍女のマリアが作っていることにして許可を得る。
嘘も方便っていうしね。
ロザリアは内心舌を出す。
料理長も、普段使っていない厨房に一人で若い子が入るのが気になるのか、私が料理をする時は必ず材料を持って待っていてくれる。
料理長なのに、気を使ってくれているのか私にすることには口を挟まず、味見をして感想を言ってくれる。
ちょっと厳しいけれど、いいおじさんだった。
そんなことをロザリアが思っていると、料理長が声をかけてきた。
「今日はいいバターが手に入ったんだ。」
そういって大量のバター差し出す。
若い子と二人っきりになるのはいくらおじさんの料理長でも悪いと思うのか、いつも部下を二、三人連れてくる。
まさしく鶴の声で部下たちが動き出す。
ロザリアには優しいおじさんだが、本当は厳しいのか、部下達はいつも「はっ。」っと返事をしキビキビと動き出す。
そして材料が綺麗に並べられる。
側室としてきてから良かったと思えることといえば、新鮮な食材、珍しい食材が割りと自由に使えるということ。
ただし、自分で採取したりはできないけれど。牛の乳搾り自信があるんだけどなぁとロザリアは苦笑する。
まぁ、王の関心のない忘れられた側室は侍女のふりをしてわりと自由に過ごせるし、いずれ王妃が迎えられた暁にはお暇乞いをし国でゆっくり暮らしたらいい。
田舎国では味わえないようなお菓子のレシピもたくさん手に入れたし。
そう思いながらロザリアは材料を混ぜ、お菓子を作り始める。
ロザリアはそれなりに楽しい側室ライフを満喫していた。
「相変わらずマリアちゃんは器用だな。」
いつの間にか料理長が傍によってきていた。
ロザリアがこの国へやってたときのことを思い出しながら作ったお菓子だったが、満足のいく出来栄えにロザリアは笑顔がこぼれる。
「今日はパウンドケーキを作ってみたの。」
いつも厨房に出入りさせてもらうお礼にと余分に焼いたケーキを切り分ける。
「隠し味はレモンかい。」
「あたり。料理長にはバレバレだね。」
「いや、わしだからわかったんだよ。わしの妻も隠し味によくレモンを入れたりしていたから、懐かしいな。」
やっぱり料理の話は面白い。
けれど料理長が話す亡き妻の話はくどくていただけない。妻命だったのかもしれないけれど、色恋では、お菓子を食べた時の甘い気持ちは味わえない。
ロザリアは、哀愁をかもし出した料理長の横顔を覗き込む。
「料理長?」
珍しくコック服や力仕事の男以外の男性の驚いた声がする。
こんな離れの厨房に珍しく、宮廷服の男性が訪れてきた。
宮廷服から、文官の…しかも位の高い男性だということが分かる。ロザリアは、顔を見られてはやばいと思い咄嗟に腰を折りお辞儀をした。
「マリアちゃん、ごめんよ。今から仕事の話があるから……。」
料理長が困った顔をしながら、やんわりとこの場から立ち去るよう促そうとしているのがロザリアには分かった。
「また、みんなで食べてくださいね。」
そう言ってロザリアは立ち上がり、立ち去ろうとする。
それを静止したのは文官の服に身を包んだ男だった。
「これ君が作ったの。」
呼び止めに二人は驚いた顔を見せる。
ゆっくりとロザリアは顔をあげた。
そういえば女官長の隣にいるのを見たことがある…ロザリアは自分の記憶の紐をたどる。確か、この国の宰相だったと思い出す。
背の高さを感じない柔らかい物腰、切れ長の瞳…目は笑っているようで笑っていない気がした。
「はい。」
うなづく。
「……このコは?」
宰相の言葉に、自分の立場を思い出す。
王家の厨房にいる侍女、しかも下働きではなく、貴婦人の相手をするための侍女の服装で厨房にいるロザリアの姿は、明らかにおかしい、これで声をかけなかったら遣り手の宰相の名が泣く。
「側室さまの侍女をしております。側室さまのお慰みにと、たまに厨房でお菓子などをつくっております。もちろん、女官長にも話はさせていただいております。」
顔を見られないよう、うつむき釈明する。
顔なんて知られていないと思うけれど…ばれたら自由な時間が台無しになると思って必死で言葉を紡ぐ。
「怪しい子じゃない。」
料理長が言葉を添えてくれる。
額から汗が流れている。
「叱責しているわけではありませんよ。この城には珍しく甘いお菓子があるから、驚いただけです。一つ頂いても?」
なんとかうなづく。
宰相はパウンドケーキを一切れ手に取り口に運ぶ。
「本当に美味しいですね。もう少し頂いてもよろしいですか?」
ロザリアは宰相の言葉に反論できず、顔色も失いながらうなづいた。
「それでは、少しよろしいでしょうか。」
料理長に宰相は向き直った。
ロザリアは今度こそ退席を促されたのだと感じ、その場を後にした。
ロザリアは心の中で大きく叫んだ。
あ〜、料理長のパウンドケーキとられちゃった。
バターをチーズと記載しておりました。修正しております。
2012.2.16サブタイトル用のメモを本文より削除しました。本文には関係ありません
誤字脱字・推敲いたしました。
ご指摘皆様ありがとうございます。
今後ともお付き合い頂けたら嬉しいです。よろしくお願いします。