気になるスイーツ
「働いていますか?」
王の執務室ににっこりと微笑みながら宰相は入ってくる。
うんざりしながらリュミエールは執務室の机の上におかれた書類に目をやりながら、決済された山積みの書類を指差した。
「どうだ。」
宰相は何枚かパラパラと書類をめくる。
「合格ですね。さすがは私の王。」
宰相は手を叩く。
「ダミーはやめろ。時間の無駄だろ。」
そうリュミエールは言い、別に分けた書類を数枚差し出す。
リュミエールの言葉を宰相は流す。
「ご褒美ですよ。彼女は頭がいい、仕事の邪魔にならない食べやすいものばかりになっている。」
アザレアの花が飾られた籠の中には焼きたてのクッキーが入っていた。
リュミエールはクッキーを手にとり口の中にいれる。
「…うまい……これだけか?」
甘いクッキー、けれど宰相の持ってきた籠の中にはチョコレートはなかった。
甘くないチョコレートだったはずなのに、口に残る。
口に残るあの味。
そう…甘い味。
「これだけか?」
「私はお菓子を隠すほど子供ではありませんよ。」
あまい
あまい
一度食べたら、忘れられない。
籠に飾られたアザレアを手に取る。
「後宮にいくぞ。」
宰相が驚いた顔になる。
「夫が側室に会いに行くのがおかしいか。」
憮然としてリュミエールがいう。
「いえ。」
宰相が短く答えた。
「仕事も終わったしな。女官長を呼べ。」
そう、おかしくはない。
王が後宮に行くこと自体は…
ただ、リュミエールが王となって一度も足を踏み入れたことのない後宮に今更行こうと言ったことがおかしいだけで。
おもしろくなりそうだと宰相は意地悪な笑みを浮かべた。
しばらくすると女官長がリュミエールの執務室にやってきた。
「は、後宮においで…に、ですか。」
宰相と同様に訝しげな様子を隠そうともせず女官長は答える。
「なにか、問題が?」
リュミエールは応える。
「いえ、ただ今更興味のない方を構いつけるのは如何なものかと。」
「確かに。」
宰相が同意をする。
確かに側室には興味はない。
側室はただ都合のいい道具にしかすぎない。
けれど、その侍女が気になる。
侍女を手に入れたとしても側室の侍女となれば手柄は側室が得られる。
もちろん寵姫となれば侍女の身分をあげなければならないが…側室にとっても悪い話ではない。
まだ決めたわけでもないのにリュミエールの心は踊った。
「美しい娘でしたしね。」
宰相が含みを持たせた言い方をする。
「何のことです。」
女官長が不思議そうに尋ねる。
「ああ、私と王はご側室様の侍女の話をしているのです。」
「お会いになられたのですか?」
「ええ、最近のお菓子の差し入れは侍女殿の手作りです。」
宰相が女官長に詳細を説明する。
「失礼いたします。」
女官長のもとに若い侍女がやってくる。
「ロザリア様ですが今日は体調がすぐれないと。」
若い侍女がやんわりと断りの言葉を伝える。
「わかりました。下がりなさい。…ということのようです。」
「そういえば体が弱く夜会もほとんど欠席されていますね。」
宰相が思い出したように言う。
「確かに可愛い娘ではありますが。」
女官長はため息をついた。
「ロザリア様もご気分がすぐれないようですし、贈り物などなさって、親しくなられてから侍女を譲り受けられたらいかがですか。」
本人達の知らぬ間に、侍女マリアの処遇が決まろうとしていた。
「いいですね。」
女官長の言葉に宰相もうなづく。
「側室には宝石でも贈ればいい。任せる。」
そうリュミエールは言う。
「侍女殿は、どうされますか?」
宰相が声をかけた。
「赤い薔薇だな。彼女にはよく似合うと思わないか。」
リュミエールが自信を持って応える。
「そうですね。あの輝く髪に似合いそうです。」
オスカーが素直にうなづく。
「髪?輝く?…ロザリア様のお付きのマリアの話では?」
女官長が怪訝そうに尋ねる。
「ああ、姫のためにお菓子を作る侍女だろう。」
リュミエールがうなづく。
「いえ、なにかマリアと印象が大分違いますのでどなたかとお間違えかと…。」
女官長がつぶやく。
「間違えるわけがないだろう。あの金髪だぞ。」
リュミエールが自信を持って応えた。
「金色の髪……」
女官長が考える。
「栗色の髪ではなく…。」
「ああ、帽子で隠していたが、きっと見事なものでしょうね。」
宰相が応える。
「国からこられた時はベールで隠しておいででしたし、国元からは姿絵などもありませんでしたし、気がつきませんでしたね。」
宰相は、ロザリアが行った最初で最後の謁見を思い出しながら言った。
女官長が非常に困った表情をする。
無機質な微笑みを常にたたえている女官長にしては非常に珍しいことだった。
女官長の表情に、リュミエールの眉が動いた。
「なにが引っかかる。」
リュミエールと宰相が顔を見合わせる。
「マリアは栗色の髪でございます。金色の髪はロザリア様でございます。」
リュミエールと宰相が顔を見合わせる。
「ですが、ロザリア様は体も弱くいつも伏せっていられることが多く、たまに司書室にお出ましになる以外は刺繍などたしなまれる大人しい姫君でございますが……」
「私には元気そうに見えました。」
宰相は言った。
「俺は庭の花をくすねている姿を見た。」
三人の空気が変わる。
「いくぞ。」
最初に口を開いたのはリュミエールだった。
かくして三人は嫁いで二年たち初めて後宮へ側室に会いに行くこととなった。
文章推敲いたしました。
ご指摘ありがとうございます。