シュトーレンのお味
ロザリアが心の中で『あの宰相、私から掠め取ったお菓子配り回ってるなんて』と思いながら、後ろは振り向かず小走りに厨房へと戻る。
一礼して去って行く侍女の姿を見送りながら藍色の瞳を持つ青年…
この国の王、リュミエールは笑っていた。
「何の為にいる、か…。」
リュミエールはロザリアの言葉を繰り返した。
結局、一度も会う機会を作らず、周囲のうるさい声を黙らせるために迎えた側室。
望んだ人物ではなかった側室。
リュミエールにとっては消えた存在。
きっと…これからも消えた存在。
季節が一回りした段階で、暇を出そうと思っていたが、王妃か新たな側室ができるまではと宰相に諭され名目上置いている。
名目上の側室でも一国の王女という地位にあれば、新たな側室を迎えることの牽制にはなっている。
自分にとっては利のある話であっても、あの侍女にとっては迷惑な話だとリュミエールは思う。
「当たり前か……。」
いつも弱さを見せないリュミエールを寂寥感がおそう。
優しさだけでは王は務まらない。
当たり前のことを思い出した。
「執務に戻るか。」
リュミエールもその場を後にした。
リュミエールが息抜きに逃げ出した庭園から執務室に戻ると、そこには宰相が待っていた。
「決済書類ですよ。抜け出すなんて、相変わらず子供染みていますね。」
宰相の顔を見た時点で、ある程度の嫌味を予想していたリュミエールは軽く受け流す。
「新鮮な空気も吸わないと、作業効率が落ちるしな。」
「素晴らしい、では作業効率をあげていただけるのですね。」
書類の塊が増えた。
「ああ…………そう言えば、菓子職人に会った。」
宰相の眉が動く。
「厨房まで行かれたのですか、ひもじいお子様ですね。」
「側室の侍女のことだ。」
流れ落ちた金髪が印象的な侍女の姿を思い出す。
「わざわざお会いになったのですか?」
「まさか。お前こそ、どうして出会った。」
「私もですよ。たまたまです。」
宰相の地位にあるものが、たまたま奥向きの侍女に会う機会があるのか、宰相が何か画策しているのかとリュミエールは思う。
貴族の差し出される側室話には、貴族の名前によっては嫌悪感をただよわせる宰相だが、リュミエールが身を固めることを願っているのはよく知っていた。
「顔に出てますよ。」
宰相が指摘する。
「本当にたまたまです。先の陛下に用があって探していたら偶然会ったのですよ。」
「あの狸親父をか。」
「いろいろと御指南いただく事はありますからね。陛下こそ、侍女に会うなんて…まさか自ら強請りにいったのですか?」
宰相が返す。
「違う、庭園を散歩していたら、歩いてた。」
「そういうことですか。女官長には内緒ですが、彼女は植物に詳しいらしく、庭園で咲いている花などもくすねてお菓子の材料にしていると庭師が言っておりました。」
「お前の情報網はすごいな。」
「足元は大切ですからね。さあ、働きなさい。」
山積みなった書類が少しずつ減ってきた頃、宰相の部下の一人が執務室に入ってきた。
宰相の耳に小さく耳打ちをする。
「わかりました。」
宰相が小さくうなづき、執務室を後にした。
しばらくすると宰相が執務室に戻ってきた。
「まぁ、頑張ったでしょう。少し休憩にしましょうか。」
そう言って執務室の隣にある小部屋に来るよう仕草で示した。
「これがシュトーレンか。」
小部屋に茶菓子とお茶が用意してあった。
リュミエールは粉砂糖がふりかかったパン菓子を口に入れる。
いろいろなドライフルーツの味が口の中に広がる。少し硬い食感…そして上にのる粉砂糖の甘さ。
「うまいな。」
そして、走り去った侍女の姿を思い出す。
そう…見事な金髪の侍女を。
リュミエールは気がつかないうちに侍女の姿が瞳に焼き付いて離れなかった。
誤字脱字修正しました。
文章推敲いたしました。
ご指摘ありがとうございます。