シンデレラとそれを巡る物語
ガラスの靴、推定二十八センチ。
どういうシンデレラだと言いたいのをぐっとこらえ、その違和感の塊を検分する。造形は文句なしに美しい。が、一体これはどういうことなのか。僕は困惑して持ち主を見やった。
ガラスの靴を履き純白のドレスに身を包んだ二メートルはあるかと言う巨大な狼が大理石の床の上に横たわっている。その腹部からは過度に装飾の施されたサーベルが幾本も突き刺さり、傷から流れ出る血が大理石に赤黒い水溜りを作っていた。
BGMとなっている貴婦人達のすすり泣きと、オロオロと歩き回るメイド達の足音、舞踏会を台無しにされて憤慨している貴族たちから放たれる不快の視線を背中に感じながら、僕は大胆不敵にも血だまりにつま先を突っ込んで引っ掻き回している隣の幼女に尋ねてみた。
「一応聞くけどさ、コレクター」
「何でしょうテラーさん」
ふわりと振り向いた彼女のスカートには血飛沫で水玉模様をあしらわれている。
今日も彼女の無邪気な好奇心は元気に暴走しているようで頭が痛い。そんな彼女の猟奇的問題点からは目をそむけ、とりあえず目の前の死体に取り組むことにした。
「この世界環はシンデレラだよな?」
「はい、ついでに申し上げるならかぼちゃの馬車が玄関に乗り付けられている事からかんがみるにグリムではなくペローの語ったシンデレラでございますよ」
「それは一体どう違うんだっけ?」
「この世界環ではシンデレラの義姉達はナイフで自分の足をコンパクトに外科手術致しませんし、最終的に眼球を潰される事もございません」
グリム兄弟は義理のお姉さんにトラウマでもあったのだろうか。
「まあそれはいいとして。問題は何故舞踏会の会場でドレス着た狼が殺されてるのかだ」
「そ、そいつが私を食い殺そうとしたのだ!」
背後で情けない悲鳴がしたので振り向くと、大勢の兵士に囲まれた少年が真っ青な顔で叫んでいた。
「最初は、女だった。そんな女に構っていられない。わた、私はいつもの通り追い払おうとしたんだ、だけど、カオ、顔のパーツがすげえ意味が分からなくなって……だから、兵士達が…………グサッと、うわああぁぁ!!」
彼なりに必死に状況を説明しているが、肝心の我々には全く届いてこない。
「彼は言語に不自由しているんでしょうかね」
うんざりしたようにコレクターが私に向かってボソッと切り捨てた。
「貴様! 無礼だぞ! 恐れ多くも王子殿下に向かってその言い草は何事か!」
耳ざとい兵士がいたもので憤怒の形相で怒鳴られた。しかも僕が。
どうやら僕はコレクターの保護者か何かだと思われているようだ。
「そもそも貴様らは一体何者だ! 誰の許しを得てこの舞踏会場にやってきたのだ!」
兵士の一言に周りの貴族達がざわつく。狼の死体を取り囲む円が我々を避けるように広がった。
その中心で堂々と胸をはり、僕が口を開くより先にコレクターは過激に、劇的に名乗りを上げる。
「ごきげんよう王子様、私はコレクター、そして隣の貧相な男はテラー、世界環の監視しその歪みを正すものでございます。我々はこの世界環『シンデレラ』に『赤ずきん』の世界環のキャラクターである『化け狼』を招いた何者かを特定し、添削する為に参りました」
王族さえ観衆に変える彼女の口上、その歌い上げるような名乗りは、しかし世界環の内に住まう存在に理解できるはずもなく。
困惑したような調子で王子が口を開いた。
「え~と、で、結局誰なの?」
やれやれ、コレクターの名乗り口上は何時も美しいが、残念ながら内容に欠ける事が多い。
結局今回も、僕が一から説明する事になりそうだ。
「だから言ったでしょう? 我々は…………」
「添削者と」
「語り手ですよ」
「この世界、つまり本の世界は完結した一つの物語であると同時に、読み手が認識するたびに何度でも再構成される終わり続ける世界なわけです。我々はそれをその構造から世界環、と呼んでいますがね。そこに存在するキャラクターは本来自らの周りを取り巻く世界環の影響で幾度となく同じ現象を繰り返すはずなんですが、極まれに強力な自我を持ったキャラクター自体が読み手となり自らの世界環を認識してしまう現象が発生してしまうのです。そうなった場合キャラクターは自身を取り巻く世界環を、本の中の事象として捉え直し再構成する事が出来るようになります。しかし、キャラクターには世界環を創造する力はありません。そのため彼らは他の世界環と自らの世界環を混ぜ合わせて自らの物語に干渉します。そうして歪んでしまった世界環を再生するのが我々です。添削者が世界から読み手となったキャラクターを添削し、語り手がその添削された世界に再びキャラクターを語り出し、世界環を再生する。簡単に言えばそういうことです」
「彼の言う簡単は難解と同意語ですのであしからず。簡単に言えば、二つの物語が混在した現状を我々が正しに来た、といったところでしょうか」
「なるほどわかった。私に出来る事があれば何でも言ってくれ。王国を上げて協力しよう」
しきりに納得した様子でうなずく王子。
「いつもながら添削者の手腕には恐怖しか覚えないな」
「いえいえ、ほんの些細な添削ですよー」
添削者は語り手の語り終えた世界環のあらゆる事象を支障のない範囲で書き直す(彼ら風に言えば添削)する力を持っている。そのおかげで王子の中の疑念という不必要なモノは添削され、消滅したのだ。
「さて、王子様。早速ですがお願いしたい事が一つ」
「もちろんいいとも」
初対面の印象とは真逆に素晴らしく素直な王子。この様子では一言命じればその場で丸裸になりそうだ(事実、そうなるのだが)。
「この舞踏会場に、シンデレラと言う少女の親類がいるはず。その方々に話を聞きたいのでつれてきてもらえますか?」
「よし、分かった。わが国の威信をかけても。行くぞ兵士たち!」
そう言って兵士を連れて駆けていく王子の後姿からは、疑う心どころかプライドまで添削されたようだった。
「さて、とりあえず現在残った主要キャラクターから話を聞いて見ます。その段階で彼らがぼろを出せば添削してしまえるのですが」
「とりあえず読み手に成り得るような主要キャラクターはこれで全部か。王子に、意地悪な継母に義姉。狼の腹の中のシンデレラは……あれだけ腹にサーベルを突き立てられちゃ生きてるはずないか」
「それにグリム以前の『赤ずきん』の世界環からやってきていた場合、狼が赤ずきんを食べて終わりですからね」
「え、助からないの?」初耳だ。
「ええ、キャラクターとして猟師を登場させたのはグリムが最初です。それ以前の『赤ずきん』ではキチンと消化されていますから。赤ずきん。でも、一応取り出してみます?」
ニヤリ、と暗黒面な微笑を浮かべるコレクター。
「止めとけ。それじゃあ、僕は『赤ずきん』の世界環を再生してくるよ」
「一人で大丈夫ですか?」
「まあ、ね。願わくば、グリム以降の『赤ずきん』である事を願うばかりだ」
本当にそう願う。僕はコレクターとは違って血なまぐさい話は嫌いなのだ。
「……だからね、赤ずきんちゃん。一人で森をうろついたら危険なんだよ?」
「うん、分かった!」
こちらの幼女は素直で助かった。うちのコレクターはどうも嗜好が捻くれている。
「わざわざどうもテラーさん。どうぞうちのアップルパイを食べて行ってくださいな」
「おばあちゃんのアップルパイは世界一おいしーんだよ!」
彼らの暖かい歓迎を微妙な気分で迎えつつ、僕は切り分けられたアップルパイにフォークを入れた。
歪められた世界環を正す方法は基本的に単純である。
その世界環を極めて歪みの少ない方法で終わらせた上で、読み手が再び世界環を再構成すること。
なぜなら、キャラクターはよほどの事がない限り世界環に記された通りに行動しようとするため、一度異なった世界環を潜ってもさほど支障はないからだ。
だが、一度世界環とは異なった行動をした、つまり読み手としての力を手に入れたキャラクターと、その行動により異なった行動を強いられたキャラクター達は、世界環を一巡してもその行動が元に戻らない。前者は読み手としての能力を持ったまま再構成され、後者は今度は歪められた行動を再び取ろうとする。
『赤ずきん』で言えば、赤ずきんは必ず森の中の家に行かなければならず、お婆さんは一歩も家を出ることは出来ず、狼は必ず誰かを食べ、食べた誰かに化けてからもう一人を食べなければならない。そこにキャラクターの有無や、世界環の違いは関係ない。だから化け狼は何者かの手によって『シンデレラ』の世界環に行った時、目の前のシンデレラを食べて、その上でシンデレラに化けて舞踏会に行き、もう一人誰かを食べようとしたのだろう。
狼にとって、それは予定調和でしかない。
二人のキャラクターを食べ、そして満足して寝る。それが彼の存在意義であり、そのあとで殺されることは蛇足のようなものだ。
当然、物語の最後に何者かの手によって殺されるキャラクターは、生きたまま世界環を終えてしまってはならない。誰かが、エンドロールが流れるまで殺してしまわなければならない。そうでなければ、彼らを添削してしまわなければならないからだ。
一度構成された世界環は、生者が死ぬ事を許さない。
キャラクターを世界から削る最悪の方法は、取らない事が最良だ。
「ここがグリムの世界環で助かったよ」
「え、何で?」
無邪気な顔で赤ずきんが問う。
その無邪気な彼女が、僕の手によって殺される光景を脳裏から抹消し、笑顔で答える。
「そりゃ当然、こんなにおいしいアップルパイが食べられるからさ」
何処かの森で銃声が聞こえた。
「あら、近いわね」
純粋に、他人事のようにお婆さんがアップルパイから顔を上げた。
アップルパイから顔を上げずに僕は答えた。
「きっと猟師でしょう。この森には狼が一杯いる。狼を撃つのが彼の仕事ですから」
猟師は必ず狼を撃つ。
もちろん、それが彼の存在意義だから。
「そんなことだから貴方は殿方に嫌われるのよ! 下女に嫉妬? 全く馬鹿馬鹿しい」
「いーえ、お姉さまはシンデレラに嫉妬してらしたわ。出入りのパン屋の男の子がシンデレラに一目ぼれしてからは特に」
「それをいうならお姉さまもでしょ? 全くみっともないったらありゃしないわ!」
僕が『赤ずきん』の世界環から帰ってきたら、城ではちょっとした修羅場が形成されていた。
一向に進まないにもかかわらずすさまじい勢いで熱を増す義姉達の不毛な戦場を極力避けつつ、一人離れたところで我関せずと紅茶をすすっているコレクターに事情を聞いた。
「それがですね……」
彼女の話によると、あのあと兵士達に重罪人のような扱いで連れて来られたシンデレラの継母と義姉達に話を聞こうと、王子に城の一室を借りたそうだ。そして、彼女がまず一番濃厚そうな動機について軽く質問をしたそうだ。
「なんて質問したんだ」
「あなた方はシンデレラよりブッサイクな事を気にしてたんじゃありませんか? と礼儀正しく」
「お前は誰かに礼儀を添削されでもしたのか……」
ともかく、その一言で義姉達は一気にヒートアップ。
僕がアップルパイに舌鼓を打っていた間中、こんな不毛な会話を続けていたそうだ。
「しかし、あんなになるほどシンデレラに嫉妬してたのか?」
「ええ、もちろん、彼女は美しかったですから」
どこからともなく継母が現れた。話の展開上てっきり彼女もあの争いに参加しているのかと思ったが、彼女も傍観組の一員だったようだ。
「ふーん、それでいじわるを?」
「そう、誰だって自分より美しい同性を隣に置いておきたくないでしょう? 娘達は単純に嫉妬していたみたいだけど。私はむしろ警戒していたのよ。あの子が人前に出たら娘達が霞んでしまうからね。確かに彼女は美しかったけど、親が可愛いのは何時だって自分の子供でしょう? でも……」
継母は眼を細めた。その瞳には、微かに羨望の色が浮かんでいた。
「虐げられれば虐げられるほど、あの子は美しさを増していくように見えたわ。まるで鋭く刀を研いでいく様に、彼女の美しさは鋭く、危ないものになっていったの。まるでこの世のモノではないみたいに」
継母の感情は確かに嫉妬ではなかった。それはむしろ、美しすぎる者を見たがゆえの絶望。その横顔に、一瞬義姉達の姦しい叫び声の応酬さえ遠のく。
もし、生き残ったキャラクターの中で読み手になれるほどの強い意思を持つものがいるなら、それはこんな風に変えられない世界に絶望した精神の持ち主ではないかと、ふと思った。
それにしても、本当に義姉達の声が聞こえなくなった。
まるで、本当にぴたりと黙り込んでしまったかのように…………。
「やられましたね」
誰にともなく呟かれたコレクターの呟きに、僕は我に返った。
義姉達の声のした方向を向くと、皆一様に床に倒れ伏している。
「そんな……お願い! 眼を覚まして!」
継母の悲痛な叫びが空ろに響く。冷静な口調で、コレクターが状況を分析する。
「どうやらこれが原因のようですね」
彼女がつまみ上げたのは齧られたリンゴ。机の上のバスケットを見るとリンゴが入っていた。どうやら誰かが持ってきて、それをあの口喧嘩の最中に飲み物代わりに齧ったようだ。
「毒リンゴ……『白雪姫』か」
「ええ、白雪姫は喉に詰まらせただけでしたが、彼女達にそんな幸運は期待できないようですね」
僕はやけに高い天井を見上げた。
また閉ざされた円環の中で、死ぬはずのない人物が死んだ。
読み手は一体何を望んでいるのだろう。
「で、『白雪姫』の世界環は問題ないんだよな?」
「ええ、キチンと欠損分の毒リンゴは戻して置きました。しかし、いくらなんでもあまりに登場人物が少なすぎる。エンディングも相当速まっているかもしれません」
本の中の世界に存在する世界環が終わるのはページが尽きるまでだ。
あまりにキャラクターが欠落し、白紙を埋めるべき自体が発生しなければ、その世界環は閉じる。
そうなればますます読み手の特定は困難になり、さらに多くの世界環に影響を及ぼすことになる。
「最後の手段を使うしかない、か……」
「白紙に戻す…………ですか」
つまり、主要キャラクター全てを抹消し、その上でもう一度全てのキャラクターを語り直す方法だ。
確かに一番合理的だが、あまりにも残酷なやり方だ。なにしろ、そのキャラクターが存在した全てを無かった事にするのだから。そして、それを知っているのは僕らだけだ。
それを死ではないと断ずる語り手もいるけれど。
失った魂を背負うのは、生きてる僕らにはあまりに重い。
「もう一度、繰り返してもいいような気もするけどね」
「優しすぎますよ……それは」
僕とコレクターは断定を避けながら、終わりの見えない会話に終始する。
もし誰かがどちらかを決めてくれるならば、喜んで選択権を差し出すだろう。
気がつけば僕らは、始まりの場所に戻って来ていた。
「そういえば、あと5分で魔法が解けますよね」
壁時計を見ると、時計は12時五分前を差していた。
「……ああ、シンデレラのドレスか」
「それにしても不可解な話ですよね。日跨ぎで魔法が使えないなんて。魔法使いの意地悪なんじゃないかって話ですよ」
「………………あっ」
魔法使い?
「あああああぁぁぁ!!」
「……なんなんですかテラーさん。野生にでも目覚めましたか?」
「魔法使いだ。彼女もキャラクターの一人だ! そうか、それで全て合点が行く!」
「もしかして……」
「読み手の正体が分かった。そして、その目的も。全てはこの世界環というシステム、添削者と語り手を騙すためのものだったんだ。行こう、コレクター。読み手に会いに」
継母は城の一室を借りて(というか半軟禁状態で)夜を越すらしい。何しろ義姉達が毒殺されたときに一番近くに居た人物だ。ともかく、僕らはその部屋で彼女が来るのを待った。
隣ではメイドが思わぬ客人に焦ってベッドメイクやら部屋の手入れをしている。
「簡単に説明しよう。最初見た時から違和感は感じていたんだ。シンデレラで最大のモチーフとして使われているガラスの靴があまりに大きすぎる事にね。それは化け狼と言う更に大きい違和感に押しつぶされて気がつかなかったけど、よく考えたらおかしな話だ。『シンデレラ』に登場するガラスの靴は本人以外の足には合わなかったんだから。国中の女性が皆履きにきたと言うのに誰も履くことが出来ないそれはシンデレラの足にだけ合う魔法の産物。サイズではなく、資格があるものにしか履くことが出来ないモノだ。それが狼の足にぴったりと合っていた時点で真相に気づくべきだったよ。つまり、魔法使いに魔法をかけられたのは、シンデレラではなく狼だったんだ。キャラクターは全て世界環に記された通りに動く。魔法使いの場合それは舞踏会に行きたがっている誰かに魔法をかけることだ。別に対象がシンデレラで無くたって構わない。そして、狼は目の前のキャラクターを食べて、その対象に化けた。つまり最初から狼はシンデレラになんか化けていなかった。もし狼がシンデレラに化けて魔法使いに会っていたとしたらその時点で二人のキャラクターを食べた事になり、狼は満足して寝てしまうからね。王子の発現も妙だった。『シンデレラ』で王子は彼女に一目ぼれするはずだったのに、シンデレラに化けていたはずの化け狼を彼は追い払おうとしたと言ったんだからね。なら生きているはずのシンデレラはどこにいるのか。当然、彼女は目的を果たそうと舞踏会に紛れ込む事になるだろう。しかしドレスなど持っていない。そうするともう、メイドに扮するくらいしかないんじゃないかな? それで、水差しに入れているのは毒リンゴのジュースかな?」
メイド、いや、シンデレラの手がぴたりと止まって、こちらをゆっくりと振り向いた。
「なにが簡単に、よ。あまりに延々と区切り無く話すもんだから出て行くタイミングが無くなっちゃったじゃないの」
そういってにこりと微笑んだシンデレラは確かに、危ないほど美しかった。
「今のは完全に自白ですね。テラーさん」
「あらひどい、名推理の後には大抵犯人のターンが廻ってくるものじゃなくて?」
「そうだね。一つだけ、君に確かめたい事もあるし」
「何でも聞いて」
「君はその力を手に入れてから、何度この世界環を巡った?」
シンデレラの笑みが、より鋭いモノへと変化する。
「数え切れないほど、よ。想像できて? 延々と繰り返される舞台の主人公になる気持ちが。私という存在が、自我が、出来そこないの人形に縛り付けられたように惨めな気持ちが。一分の隙も無く巡る世界の環からただ一人取り残された孤独が」
「だから君は、僕らに君が死んだと錯覚させて新たなシンデレラを語りださせようとしたのか」
そして、その為に邪魔な人間は彼女の顔を知っている人物だ。
継母と、義姉。
繰り返される世界環の中で、自分を見つけ出しうる存在を全て消し去ろうとした。
それが、彼女の自由への計画だ。
「エンディングでは誰もが私みたいになりたがった。そうして羨む自由さえ、私にはうらやましかったのよ。ただのメイドでも、誰でも良い。誰でもない誰かとして、未来を選ぶ権利さえ持てればそれでよかったのに」
悲しむでもなく、怒るでもなく、不満そうに唇を尖らせて彼女はただポツリと呟いた。
「感情さえ世界環に操られるなら、なんで私は自分なんだろうね」
そして、彼女は次の瞬間、誰でもない無に消えた。
彼女を削ってから、コレクターは私の手を触れるように握る。
「それ以上彼女の言葉に呑まれたら、語れなくなっちゃいますよ」
「そう、だな」
これから先は、僕の仕事だ。
エンディングを迎えつつある輪郭を失った世界の中でコレクターが尋ねた。
「それにしても、えらく簡単でしたね。最悪ドラゴンが混じってくるところまで覚悟していたのに」
「きっと、彼女もそれはわかってたさ。それでも彼女は、ただ消えることにも、メイドとして永遠を巡ることにも耐えられなかったんだろう。それほどまでに、彼女を自由への渇望が蝕んでいたのさ」
「え?」
彼女が最後に望んだのは、誰にも語られずに無為に消える事ではなく。
自分の自我を、心を、僕という語り手を通して世界環として刻むことだった。
言葉として刻まれないキャラクター達の心を知ることは難しい。
僕には隣にいるコレクターの心さえ知ることは出来ない。
ただ自分というフィルターを通して、それを物語るだけだ。
けれど、キャラクター達の心を少しでも汲み取ることができる者がいるとしたら、それは……
「君だろ? 読み手さん」
……この最初の五文を書いた作者はどSに違いない(企画ページ参照)。