第一章
今日から新しい学校で新しい生活をする、そんな晴々しい朝、登校途中の俺は全力で溜息をついた。眠くてかなりだるい。それは、他人が見てもそう見えるだろう。登校する少し前、鏡をみた、すごい顔だった顔色は悪く、青っぽくなっていた。それから眼の下にはばっちり隈があった、それはもうばっちりと。初めての徹夜なのだからだろうか?腕に力はなく、だらりと垂れ、足取りは重い、俺は決めたもう絶対徹夜はしない。
「あっ、おかーさんゾンビさんがいるよ」
近くを通った、幼稚園児がそんなことを言っている。
「しっ、言ってはいけません、失礼でしょ」
俺は気になって声のする方を見た、園児はこっちを指差していて、となりを歩いていた母親の目と俺の目が合った。すぐに目をそらし苦笑いを浮かべている。
園児よ……そんなにも俺の顔はひどかったのか……
そんなことより、今日は入学式だ早く行かないとさすがに遅刻はまずいことになるだろう、だかゾンビと言われた俺の体は限界に達していた。とりあえず寝たい、ゾンビの脳は休息を求めていた。俺は近くに公園を見つけた。時間もある、少し仮眠をしよう、たった十分だ。だけどそれ以上寝てしまったら……。それだけ、ただの十分だけだ。理性と本能に揺れる自分に言い聞かせ俺は寝ることにした。結構、苦しい二択だった。門から入り、その門に犬がいた。そいつは少し歩くとこっちを見た。
俺を案内してるのか?その案内に乗った、右手にある手洗いを過ぎて公園の一番奥、木陰になっているところのベンチを見つけてそこに寝転がった。
「お前、いいところ知ってるじゃん」
そのまま犬は歩いてどっかに行った。睡魔に襲われていたせいかすぐ眠くなり。意識が消えた。
これは、夢?昔の記憶のようだ。色は薄く、ぼやけていた。
さっきの公園で俺が横になったベンチにばあちゃんが座っている。滑り台のほうから昔の俺が走ってきた、手と足が一緒に出ている。なんて不格好な走り方だ。ばあちゃんに貰ったお茶を飲みながら言った。
「ねえ、おばあちゃん。僕、魔法使いになりたい」
ばあちゃんは少し驚いた顔をして、そのあと満面の笑みを浮かべた。
「なれるよ、きっと――」
ばあちゃんの言葉が途切れた。どうしたんだ?
「おばあちゃん?」
「この世界には、神様だって、天使だって、魔法使いだって、死神だっている。ただ……人が知らないだけ」
「じゃあ僕もなれるかな?死神はいやだけど」
「そうさ、なれるさ。おばあちゃん応援しちゃうよ!」
そう言ってばあちゃんは立ち上がり、応援し始めた。それはそれは周りの家に聞こえるぐらい。
俺は恥ずかしくなった。
一通り応援歌を聞いたあと、遊びに行ってくると言って、子供の俺は滑り台へと戻って行った。あの不格好な走りで。
ばあちゃんは俺の小さな背中に向かって小さくつぶやいた。
「勇気、お前の背中に――」
俺はゆっくりと目を開けた、ここどこだ?あーさっき、寝た公園……あれから何時間たったんだ?
それより、なにより。
「うっせーーーーーーーーっ、ちっとは黙っとけ静かに寝てられねーだろ!」
寝起きが悪い、寝起きに不快なことがあるときれる。
俺は不快となった元凶をさがした、滑り台には俺の声に驚いだ子供が涙目をこすっていた。砂場、ブランコにはそれらしきものは見つからない。
あんなにでかい音だったのに、何かをうちつけるような音と……呪文みたいななにか?俺はもう一度寝ようと寝がえりをうった。それで俺はわかった、それはすく後ろに居たのだから。昼間なのに黒い服でフードのあるものを着ている、ずいぶん暑そうだ。しかも頭にロウソクを巻き、木にはわらで作った人形、わら人形だ。それが釘によって、頭を貫かれている。
「そこで何してる?」
腰と手を地面につけ、手の近くには鉄鎚が転がっている。
誰かを呪う気か?
「ええと、あなたがいきなり怒鳴り声揚げるからびっくりしちゃって」
「いや、そうじゃなくて。そんなローブ着て、わら人形に鉄鎚なんて」
「えっと、私はこうしたら魔女になれるって聞いたから……私、魔女になりたいんだ」
そのコンビは誰かを呪う以外考えられない。魔女っぽいことには変わりないんだが……
「えっ、魔女になりたいわけ?それってつまり……」
つまり、魔法使いってことになる、まだこんなやつがいたのか。なんだか懐かしい響き。
「そう、魔法使い。いいよねー自分のしたいことが現実になる。一つの呪文で今の何かが変わる、そう考えると、すごくいいと思うよね?」
おおっなんか俺に聞いてきた、俺はどう答えたらいいんだ?そんなものはないあきらめろ、現実をみるんだ。そんなことをしてもむなしくなるだけだ。俺がそうだったように。そんな脳内での考えは無駄だった、もうすでに口が開いていたから。
「いいねそれ、あこがれる」
心に太陽が宿ったみたいにあったかくなった、俺も昔はそんなことを思ってた。
「そうだよね、魔女になったら私、いろいろかなえたいことあるんだ。えっと、おなかいっぱいにケーキを食べて、あっ空も飛んでみたいな、それと……あと……いやそれとも……」
俺は本当の笑顔をそこでみたきがした、作り笑いじゃない。本当の笑顔。純粋な瞳。俺の終わった夢をまだ持っているやつがいる。そいつの夢かなえてやりたい、これほど強く思ったことはない、だがその夢はたしてかなうのだろうか?いやかなえてやろう。これは俺の俺自身での――約束だ。
「とことで、そのわらには誰の髪を入れたんだ?」
「ん?えっと、そこの犬の毛」
そんな犬なんて呪ってどうする気だよ、と軽く溜息。
そういえば、ベンチの下に犬がいるな。さっきの犬だ。ひどく震えているが、俺はその犬をみて呆気に取られた。犬の背骨のラインの毛が刈り取られている。このライン……バリカンか?
「あと……」
まだあるのか!今度はどの動物が犠牲に、俺は犬を見ながら。泣けそうなほど悲しくなってきた、ごめんよお前は何も悪くない。悪いのはあの女だ!安心しろ毛はそのうち生える、そんなに震えるなよ。
「ん……」
こっちを指差した。ん?あー俺か、人の毛も混ぜないとな。って
「まさか、いやまさかねー」
おそるおそる手を伸ばした、この緊張感はなんとも言えないものだった。手が頭に触れた。涙が出た。犬が頭上から降ってくるものをよけるように外に出てきた。それで俺をじっと見て、いつか髪は生える、気にするな、お前もがんばれと言いたそうな顔でうなずいていた。気がした。それから、去って行った、その背中は太陽の光を反射していて輝いていた。
俺の頭はもみあげの部分をバリカンで五厘、それから後頭部を五厘。落ち武者の正反対の頭だと思えばいい、これはひどい。溜息をついた、ほんと今日はよく出る。
良く見たら、わらの頭から茶髪が見える。犬の毛だな、あれ俺の毛が見当たらない。
あっ……わらと供に編まれていた。
「ねえ、これちょっと打ち込むの手伝って。はいこれ」
三体のわら人形が手渡された。もちろん、頭は茶髪に、体には俺の毛がはいったやつが。なぜ、お前はこんなことをしてしまったんだ。溜息をついた、今日一番についたのよりもでかかった。
そして俺は、徹夜をしてしまったこと、公園に寝てしまったこと、変な約束を己の中でしてしまったことを――後悔した。その後悔を恨みにして俺に(犬にも)呪いをかけることにした。犬はおまけだ。高速で、手の限界を超えた動きで打ちつけた。
その中でふと思った、
「そういえば、お前の名前は?俺は神田勇気」
「私は、秋坂千里」
その日は、釘と鉄鎚がぶつかり合う音が響くこととなった。
夜中まで男のすすり泣く声とわけのわからない呪文と唱えてる女の声が、その付近の住人に七不思議の一つを作らせた。