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悪組織  作者: kiko
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冬アパート

息を吐くと、白くなった。

部屋の中で、それが見えるようになったのは、いつからだっただろう。奈津子は、薄い毛布の上から美波の肩を抱き寄せながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。

ガスが止まったのは先月。電気が止まったのは、、、たしか先週。水道だけは、まだ細く出る。それだけが、唯一の救いだった。

「お姉ちゃん、寒い」

美波が、毛布の中でそう呟いた。二十三歳という年齢よりも、ずっと幼く聞こえる声だった。生まれつき、体が弱く、知的な発達にも遅れがある美波は、寒さにも人一倍敏感だった。

「もう少し、もう少しだけ我慢して」

奈津子は、自分の上着を脱いで、美波の体にもう一枚かけた。自分の体温が、少しでも妹に伝わればいいと思った。

二人が住む六畳一間のアパートは、十二月の夜、外気とほとんど変わらない温度になっていた。窓の隙間から、あまりに冷たい風が、容赦なく入り込んでくる。新聞紙を丸めて隙間に詰めても、焼け石に水だった。

奈津子と美波の両親は、奈津子が中学二年、美波が小学四年のときに、交通事故で同時に他界した。残されたのは、わずかな保険金と、この古いアパートと、そして互いだけだった。

親戚はいたが、誰も二人を引き取ろうとはしなかった。美波の障がいが、理由の一つだったことを、奈津子は子供の頃から薄々感じていた。

奈津子は高校を中退し、働き始めた。コンビニに、スーパーのレジ打ち。資格も学歴もない奈津子にできる仕事は限られていたが、それでも、美波と二人、なんとか生きてこられたときもあった。

そんな生活が崩れ始めたのは、ここ二、三年のことだった。美波の体調を崩す頻度が増えた。奈津子は、そのたびに仕事を休んだ。最初は理解のあった職場も、欠勤が重なるにつれて、態度が変わっていった。

正直に言えば、本当に辞めるしかないほど、美波の容態が悪かったわけではない。ただ、何か理由が欲しかった。だから、自分から逃げるように辞めた。

仕事を辞めるたびに、貯金は減っていった。奈津子は、何度か役所の窓口を訪れたことがある。

「就労可能な年齢ですし、まずはご自身で働くことを前提に考えていただけますか」

窓口の職員の言葉の端々に、「本当に困っている人」と「そうでない人」を選別しようとする壁のようなものを、奈津子は感じた。何度か通ったが、書類の不備や、追加で必要な証明書の話になるたびに、奈津子の心は、少しずつ折れていった。最終的に、奈津子は窓口に行くこと自体を、やめてしまった。

十二月のその夜、二人は、何も食べていなかった。冷蔵庫の中には、何も入っていない。最後の数百円も、水道代の支払いに消えていた。

美波は、毛布の中から、奈津子にこう聞いた。

「お姉ちゃん、あのアルバム、見たい」

奈津子は、押し入れの奥から、古い写真アルバムを取り出した。表紙には「かぞく」と書かれている。ページをめくると、まだ両親が生きていた頃の写真が並んでいた。家族四人で行った海。誕生日のケーキ。

「これ、覚えてる?」 「うん。お母さんが、写真撮るの、すごく下手だった」

二人は、声を出して笑った。寒さで震える体のまま、二人は、写真の中の家族と、今の自分たちを重ねるようにして、笑い合った。

「お姉ちゃん」 「なに」 「寒いけど、お姉ちゃんと一緒だから、大丈夫」

奈津子は、何も答えられなかった。代わりに、美波の頭を、そっと撫でた。

アルバムのページが、また一枚めくられる。二人の笑い声は、次第に小さくなっていった。

ノックの音がしたのは、深夜だった。

「夜分にすみません。私、この近くで、生活に困っている方の支援活動をしている者です」

奈津子は、ドアを開けなかった。「結構です。うちは、大丈夫ですから」

「そうですか。では、今夜は、これだけ置いていきます」

ドアの向こうで、何かが置かれた音がした。気配が無くなったのを感じてから、ドアを開けた。おにぎりと、温かいスープの入った魔法瓶、そして、一枚のメモが置かれていた。

「無理に何かを求めません。ただ、今夜だけでも、温かいものを食べてください」

メモの下には、電話番号と、一つの名前。

黒田蓮。

奈津子は、魔法瓶の蓋を開けた。湯気が、ふわりと部屋に広がった。

「温かいね」 美波が、小さく笑った。

奈津子は、その夜、初めて、少しだけ、涙を流した。窓の外では、まだ雪が降り続いていた。だが、部屋の中には、わずかな温もりが、確かに灯っていた。


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