通勤路の男
勤め先の最寄り駅から会社までの道にずっと気になってる男がいる。
その男は60代半ばくらい。白髪交じりの短髪に、薄汚れたジャンパー姿。
ずっと同じところに立っている。
行きも帰りも、残業で遅くなった日も。
たまに休日出勤する日も。
マジで一日も欠かさず。
ある日、俺はとうとう我慢できずに声を掛けた。
「あの、ちょっといいですか?」
男は俺を睨みつけると、不愛想に応えた。
「なんだよ!」
「なんで、ずっとそこに立ってるんですか」
「…っせえな!見せもんじゃねえんだよ!邪魔すんな!」
「いや、どうもすんません」
俺が大人しく引き下がると、男は少し態度を軟化させた。
「…どうしても聞きてえのか?」
どうしてもってほどじゃないが。
「ええ。ちょっと前からずっと気になってて」
「俺ぁ、この町を護ってんだよ」
「ていうと、警備の立哨か何か?」
周りにはそれらしき建物もないし、服装もそんな感じには見えない。
「ちげえよ。俺の立ってるココ!」
男は足元を指す。
「よく見ろ。これ。地雷」
たしかに、砂や砂利にうっすら埋もれて、なんか黒い物体がある。
「地雷?地雷ってあの地雷?」
「俺の足の下にはなあ、地雷が埋まってんだよ」
…桜の木の下には死体が埋まっている、みたいに言ったな。
「…ウソですよね?」
「おまえ、伊達や酔狂で毎日こんなところに突っ立ってると思うか?」
「…そりゃまあ」
「でな、俺の立ってる後ろの小さい空き地。おまえ、変だと思わねえか?こんな町中にさ。ポッカリ穴が開いたみたいに空き地があんの」
「そう言えば」
「不発弾が埋まってんだよ」
「ふ、不発弾?」
「そう。だから俺がこの脚を外すだろ?そうすっと、地雷が爆発して、そしたら、埋まってる不発弾も同時にドカンだよ!この町なんか一溜りもねえよ」
「そんなの、それがホントなら、今すぐ自衛隊に電話して処理してもらわなきゃ」
「バカヤロウ!俺が邪魔で出来ねんだよ!」
「…あー、ね。」
でも、地雷?不発弾?
「それって戦時中の話ですよね?おじさん、けっこういってるけど、さすがにそんな歳じゃないでしょ?」
「俺は二代目なんだよ」
「二代目ってどういうことですか」
「だから、アレだ、初代、つまり俺の親父がな。もうダメだ。ってバタッと倒れる瞬間に、こう、サッと入れ替わったんだよ」
「…ホントっすか?」
「もう冷や汗もんだよ!チャンスは一回きりだからさあ」
「それから、ずっとここに立ってんすか」
「ズボンとか履き替えるとき大変なんだぜ?どうしても足を通すときにこう片足を上げんだろ?なんせ、どっちかの脚は、絶対地雷に体重をかけてなきゃ死んじゃうんだからさあ」
「まあ、百歩譲って不発弾はいいとしましょう。けど、地雷がこんなとこに埋まってるのはおかしくないすか?」
「むかし、この近所に軍需工場があったらしいんだよな。俺の親父はそこに務めててさ。ある日、出来上がった地雷をトラックに積み込もうとして、ウッカリそのうちの一つを落として、勢い余って踏んじまったんだな」
「はあ」
「…それきりだよ」
それきりだよ、じゃねえだろ。
「それって、周りの工員さんは冷たくないスか」
「いやいや、あれだぞ?ちゃんと親父が抱えてた他の地雷はトラックに積んでくれたらしいぞ?」
どこまで本気なんだか。
「ていうか、じゃあ、おじさんは何で生まれたんすか」
「なんだおまえ、藪から棒に。あ!おまえ!信じてねえな?俺のレゾンデートルを問おうってか。ナニサマだおまえ」
「いや、そういう難しい類の話じゃなくて、先代のお父さんがずっとここに立ってたわけでしょ?じゃあ、どうやって子供が出来たのかなあという、まあ、単純な疑問ですよ」
男は顔を赤らめた。
「失礼な奴だな。なんでそんなこと聞くんだよ!おまえ、そんなこと自分の親父に聞けっか?」
「普通は聞かないですけどね。…じゃあ、トイレとかどうしてんスか」
「そこの、紙袋んなか、見てみ」
「これ?」
俺は恐る恐る中を覗いた。
「ビニール袋がいっぱい入ってんだろ?」
「はあ」
「…そういうことだよ」
「で、このビニール袋はどこから」
「うるせえなあ!町の有志の人たちが持ってきてくれんだよ!」
「町の人が?」
「この町の安全を守ってくれてありがとうってな。畜生、まだまだ下町の人情も捨てたもんじゃねえよなあ!」
男は目頭を拭った。
「…そうかなあ。で、用を足した後は?」
「知るかよ!俺はここから一歩も動けねえんだからよ!口を縛ってそこら辺にぶん投げとくんだよ。したら、朝にはなくなってるよ」
だいたい、どうやって寝てるのか。
「おまえ、アレだろ?いま、どうやって寝てるのかとか思ったろ?な?」
「…はあ。まあ」
「そこにな、でっかい石があんだろ?まずな、あれを足の上に置く。痛えんだコレが。んでな、スッと足を引き抜くんだ。そしたら、石の重みで地雷は爆発しねえ。なあ?頭いいだろ?うひひ」
…ていうかそれ…。
「で、そこの空き地で寝て、朝6時に起きて、同じ要領でまたここに立つわけだ。大変だよもう」
「いやあの、それって…」
「なあ、そこにコンビニがあんだろ?」
「あ、はあ。ええ」
「こないだ、通りかかった小娘がニコニコしながら話しかけてきてよお。俺も男だから、つい釣られて笑い返したら、『おじさん暑くない?』ってさ」
「はあ」
「『いやあ、今日は暑いねえ』つったら、コンビニでビール買ってきてくれるってえからよ、『んじゃ悪いけど』って1000円渡したんだよ」
「ええ」
「したら、あのガキ、俺が動けないのをいいことに、そのまま持ち逃げしやがった」
「…でしょうね」
「おまえ、あれが、アレか?港区女子か?男を食い物にしやがって!ロクでもねえな!」
「…まあ、ちがうと思うけど」
「近ごろの若い連中はダメだな!俺もそろそろ引き際を考えなきゃならん歳だが、とてもこの仕事は任せられん!」
「これって仕事なんすか」
「そりゃそうだろ!とはいえ最近、膝がキツくてなあ。…三代目を継げる奴がいりゃ、気も楽なんだが」
男は俺をじっと見つめる。
「…イヤですよ」
「バカ。どこの馬の骨とも知れねえヤツになんか、頼まねえよ!」
そこへ同僚の女子社員が通りかかった。
「おはよう」
彼女は微笑んで小さく会釈したが、俺が知らない男と一緒だったので、そのまま先に行こうとした。
「よお、お姉ちゃん、お姉ちゃん!俺と子供作んねえ?」
彼女は軽く冷たい眼差しを投げると、足早に去っていった。
…ああ、最悪。
男は腕を組んで、小さく頭を振った。
「アレだなあ…どの業界も、後継者問題は深刻だよ」
そんな業界、ねえだろ。




