ギャルズミートと地域の交流
翌朝、冷たい霧が立ち込める中で朝礼が始まった。社長は、わざとらしく目元を拭う仕草をしながら、集まった研修生たちに告げた。
「……みんな、悲しい知らせだ。グエッツが失踪した。昨日、急にいなくなったんだ。私は本当に、胸が張り裂けそうだよ」
ハキハキとした、だがどこか空々しい声が響く。研修生たちの間に動揺が走った。
「ソンナ、ワケナイヨ……」
「オカシイヨ。アイツ、日本デ、ガンバルッテ、言ッテタ」
「シゴト、タノシイ、言ッテタヨ……!」
「だまれ」
社長の低く、地を這うような声が一瞬で場を凍りつかせた。
「はい! というわけで、皆さんは失踪なんてしないようにね……」
夫人が、蛇のように細めた目でニコリと微笑む。その笑顔の奥にある「警告」を、彼らは本能で察した。
「この餌、お前たちで豚にあげておくように。さあ、仕事だ」
台車に載せられた、例の異臭を放つ「特製の餌」。
「マタ、このエサだよ……」
「ナンナンダロウ、これ。ゼッタイ、ヤバイゾ……」
研修生たちが怯えながら作業を始めようとしたその時、けたたましい犬の吠え声とともに、一台の最新型の軽トラが滑り込んできた。
「あー、社長! これさ、焼き芋のお裾分けだよ!」
降りてきたのは、近隣でサツマイモ農園を営むアキラだ。
「あぁ、アキラさん。これはこれは、いつも悪いね」
社長は、先ほどまでの冷酷な顔を剥ぎ取り、善良な経営者の仮面を被る。
「おいおい、こっちだっていつも『うめぇ豚』を安く回してもらってんだ。おあいこだろ?」
アキラは上機嫌で笑う。
「アキラさんのところの『べにはるか』は絶品だからね。妻と二人で、いつも夢中で食べちゃうんだよ。今度買いに行く時に、また肉を持っていくよ」
「頼むよ社長! 俺もさ、あんたのところの肉なしじゃあ、もう生きていけない体なんだ。ハハハ!」
昨夜、人間がミンチにされたその場所で、男たちは和やかに笑い合う。アキラは満足げに軽トラを走らせ、去っていった。
「よし! 仕事を始めろ、お前ら! 餌、ちゃんとやっておけよ……」
社長はニヤリと口角を吊り上げ、事務所へと戻った。
事務所に入るなり、社長は組合へと電話を入れる。
「あー、もしもし。東日本ミート協同組合さんですか? 困るんだよね、また一人、研修生が失踪しちゃってさ。そうそう、前から問題の多かったグエッツだよ。もっと『まともな』のを補充してくれないと仕事にならないよ。……あぁ、よろしく頼むよ」
不機嫌そうに受話器を置くと、社長は呟く。
「次は……どんな『餌』が来るかな……犬の」
その顔には、隠しきれない愉悦の笑みが浮かんでいた。
その日の夕刻。仕事を終えた研修生たちが宿舎に戻ると、部屋には不自然な静寂が満ちていた。
「アレ……? グエッツ、財布モスマホモ、置イタママダヨ」
「荷物モ、全部アルヨ。失踪スルナラ、持ッテイクハズ」
彼らが顔を見合わせ、拭いきれない疑念に震えていたその時、背後のドアが乱暴に開かれた。
「――そんな荷物もいらないほど、働くのが嫌だったということだ。未練がましい。さっさと捨てておけ」
社長が、蛇のような冷たい眼光で彼らを射抜いた。反論を許さぬその威圧感に、研修生たちは言葉を飲み込み、俯くしかなかった。
再び、庭のドーベルマンたちが狂ったように吠え立てる。
「……すいません、失礼します」
現れたのは、東日本ミート協同組合の事務員、アコだった。
「あぁ、協同組合さんか。今、家内を呼んでくるから」
社長の声は、先ほどとは打って変わって穏やかなものに切り替わる。
「あらあら、アコちゃん。困っちゃうわよね、あの子、急にいなくなっちゃって……」
夫人が、心底悲しそうな顔をして母屋から出てきた。
「はい……お話は伺っております。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。それで、こちらの書類にご記入をお願いしたくて……」
アコが差し出したのは、事務的な『失踪届』だった。グエッツという一人の人間の命が、ただの紙切れ一枚で処理されようとしている。
「ええ、わかったわ。書けたら連絡するわね」
「いつも、ありがとうございます。……あ、それじゃあ私はこれで」
帰り際、夫人が保冷バッグに入った大量の肉パックをアコに手渡した。
「これ、アコちゃん。組合の皆さんに分けてあげて。お裾分けよ」
「わぁ、いいんですか!? ここのお肉、本当に美味しいんですよね……組合のみんなも大好きなんですよ!」
アコは花の咲くような笑顔で、その「重み」を受け取った。その中身が、昨夜タケルに蹂躙され、その欲望の滓ごとミンチにされて豚に喰らわされた、あの少女の成れの果てだとも知らずに。
「アコちゃんも、しっかり食べてね。若い子の体には、ここのお肉が一番なんだから……」
夫人の慈愛に満ちた言葉に見送られ、アコは軽やかに車を走らせていった。
遠ざかるテールランプを見つめながら、社長がポツリと零す。
「……あの子も、良い『餌』になりそうなんだがな」
隣で夫人が、クスクスと、壊れた機械のような声で笑い続けた。
「……だめよ。あの子は足がつくから。今はまだ、このお肉で『外の連中』を黙らせておくのが一番なのよ」
夫人は優しく夫を諭すと、血の匂いが染み付いた手で、満足げに自分の頬を撫でた。




