第2話 牟田口工作
盧溝橋事件はちょっとした小競り合いに終わる。日中軍はお互いに演習を一時停止して行方不明者の捜索を開始した。さらに、不必要な軍事衝突を避けるために合同調査会が設置されている。華北の安定を得るべく譲歩した格好だが、内地では牟田口の消極姿勢に批判が生じ、これを河辺氏が必至に抑えていた。
それは牟田口自身が最もわかっているこ。しかし、安易に動いては史実と同じ道を歩んだ。勝手に暴走して勝手に自爆する。ここはじっくりと内側から削ることにした。盧溝橋事件を収めたことで中国通を確立して幾つかのパイプを建設している。ここに政治工作を開始した。
「牟田口先生。今が好機ではありませんか。地下に潜っていてもこれ以上は動きません」
「そうだな。汪兆銘が蜂起したがっていると聞いたが、機は敏に見なければならない。河辺さんの黙認も得られていないんだ」
「中華民国を平らげることができれば、主席参謀も夢でありませんよ」
「それはわからん。ともかく、好機は待つばかりだ」
「牟田口少将のご命令をお待ちしております」
「勝手なことを…悪くないが」
大佐の身分であるが少将並みのパワーで物事を動かしていく。手駒に連隊を抱えているため、その気になればクーデターを起こせるが、自分が手を下すのではなく、誰にやらせることを考えついた。盧溝橋事件は見事に収めてみせたが、中華民国は真っ二つに分かれる。蒋介石筆頭の国共合作を主とする派閥と汪兆銘筆頭の日中融和を主とする派閥だ。現在は蒋介石が主たる権力を握っている。共産党の勢力拡大を恐れた汪兆銘も力を増した。また別の内戦が勃発することがあり得る。
これをスマートに解決するのだ。
牟田口は汪兆銘と接触を図る。内地も汪兆銘支援で決まっていた。意思疎通は円滑に行える。関東軍は武力で解決と言い張ることを河辺さんが食い止めた。今のうちに政治工作から転覆を試みる。政治工作の時間稼ぎとして外交交渉が行われた。華北の利権を事実上で放棄する譲歩をチラつかせる。
「どれ、いっちょ、やってみるか」
=8月=
南京の地下は蠢いていた。
「諸君、親友たる牟田口閣下から支援品が届いた。これで蒋介石を討てる」
「我々のために装甲車まで」
「中華が持つべき者は友である。共産党ではない」
蒋介石らが寝静まっている頃に汪兆銘の一派が集結する。彼らは日本の支援を秘密裏に受け取っていた。上海の租借地から物資が流れ込んでくる。近代的な装備を着実に蓄えた。蒋介石という逆賊を討つために情けと容赦は排除している。正規軍を質で上回るが数量は少ないため奇襲が大前提に置かれた。
「同志諸君! 蒋介石の強硬路線は中国を疲弊させるだけだ。共産党の脅威は深刻だが、日本との戦争を避け、経済協力で国力を回復せよ。満州の資源を共同で活用し、共産党を一掃する時だ! 明日の夜である。南京を制圧するぞ」
「汪主席の言う通り。蒋の独裁は限界だ。軍を動員してクーデターを実行せよ!」
「各方面に伝達せよ。明日の深夜に決行する」
ついに時が訪れる。汪兆銘の一派はクーデターを決定した。蒋介石らを言論で打ち負かすことはできない。こうなっては武力で覆す以外に手段は残されていなかった。奴は共産党の匪賊に呑み込まれている。このままでは偉大なる中華が蝕まれるばかりだ。今こそ人民の正義の下に逆賊と匪賊を討つ時である。
汪兆銘の一派だけでなく各地の軍隊にも協力者がいた。中華という広大な大地が一枚岩なわけがない。どこかにヒビが入っていた。そこへ小さな楔を打ち込んだ途端に音を立てて崩れる。中華全土が火に塗れるかもしれないが未来のためにはやむを得ない犠牲だ。中華の歴史は犠牲の上に成り立っている。
「今度は汪兆銘主席として会おうではないか」
これが後に南京事件と語られるクーデターだった。
汪兆銘率いる勢力は近代的な火器で武装して首都南京の主要施設を襲撃する。警備兵の問いかけには大火力を持って答えた。厳重な警備も内通者のおかげで突破は容易い。特に日本軍の新型装甲車が小銃弾を弾きながら重機関銃で制圧してくれた。建物の壁を粉砕して内部に侵入してクーデター軍の突入を支援する。
まさか南京でクーデターが勃発するとは予想だにしなかった。蒋介石は二度目の捕縛の目に遭う。夫人は命からがら脱出に成功して英米の支援を求めたが、すでに主要施設は占拠されており、街道もクーデター軍の検問が敷かれていた。市民を装うも呆気なく逮捕されてしまう。南京のクーデターに対して日本軍は即座に反応した。
「上海の邦人を保護する」
もちろん、予定調和である。クーデターに呼応した派兵は汪兆銘の支援だった。英米が動き始める前に日中融和を盾に制圧する。蒋介石一派の残党と小規模な戦闘が勃発して民間人に被害が出た。それも中華の未来に賭けた尊い犠牲と割り切っている。蒋介石一派が人質にとった非人道的行為と塗りたくった。歴史とは勝者が紡いでいく。
あっという間の出来事だった。
南京には汪兆銘を主席とする臨時政権が樹立する。中華民国が一夜にして覆ったことは世界中に衝撃を走らせた。すぐさま欧米諸国からコンタクトが図られるも日中融和を最優先と丁寧に断られている。日中交渉は国共合作というノイズを抜きにして行われた。汪兆銘が自ら交渉の場に出向いているが、日本側は牟田口なわけもなく、特使として船津辰一郎が派遣される。仲介人としてドイツのトラウトマン大使を用いることも考えられた。ドイツが蔣介石一派を支援していたことが判明する。不届き者として対ドイツ強硬路線に舵を切った。日独防共協定も汪兆銘政権と連携を重視して破棄を予定する。
「日本は満州国を返還せよ。中国は経済協力で報いる。共産党の毛沢東一派は両国の脅威。共同殲滅作戦で、延安を包囲し、内戦を終結させる」
「よろしいでしょう。満州国は返還いたしますが…」
「わかっている。開発は共に行おう」
「汪主席の勇気に敬意を示します。満州返還は可能ですが段階的に進めます。資源権益と軍事支援の見返りに共産党の殲滅を約束します。抗日はゆっくりとで構いません。自然と消えるようにしていただければ」
「もちろんだ。中華から共産党を排すると同時にドイツも排したい。中華は中華だ」
「同意します」
「それと指揮官は牟田口氏にお願いしたい。彼には大変助けられた」
「牟田口?」
汪兆銘主席と船津特使の和平交渉は出来レースと言われるように妥結した。中華民国は国共合作を停止して再度共産党の撃滅にシフトする。日本は満州国を返還するが見た目だけで中身は共同管理で一致した。その他の利権も順々に返還することで抗日感情の低減を目論む。
共産党の撃滅に関しては中華民国側で退路を断って包囲するが、軍事支援に含まれる指揮官に牟田口を指名したため、船津特使は予想外の希望に聞き返してしまった。盧溝橋事件を現地単位で平和的に収束に導いた者であるが「何故に」と沸き上がる。しかし、軍隊のことは軍隊のことで首を突っ込まない方がよく、関係各所に確認して折り返し連絡するに止めた。
これにより歴史的な和解が成立する。史実の日中戦争は回避されたが快く思わない者がいて当然だった。まず共産党を支援していたソビエト連邦は明確に苛立つ。南下するための道が消失した。政治的でなく武力を伴った実力行使を計画している。英米は蒋介石という操り人形を失って完全に締め出されてしまった。ドイツも国民党支援が潰えた上に日独防共協定も効力を失って関係は急速に悪化の一途を辿っている。
「今度は延安の殲滅戦だ」
続く




