俺、ドッジボールが好きだ!
「12人いるから6、6で分かれて元外野を2人選出、5分ゲームで行う。チーム分けは俺が決める。で、いいかな?」
城谷の問いかけに全員が首を縦に振る。
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一年生が体操着に着替えて体育館に戻ると先輩達は二手に別れて座っていた。
「こんな感じでどうだろう。一応、バランスを見て組んだから大丈夫だとは思うけど」
【城谷チーム】城谷、配野、時雨、鎮乃、一条、志久
【藍沢チーム】藍沢、外園、律川、天ノ矢、空木、快冴
「俺はいいと思うよ」
藍沢がそう答えると、他の部員たちも「そうだね」と頷いた。どうやらチーム分けは無事に決定したようだ。
「ありがとう。では、作戦を立てる時間を三分ほど取ろう!」
城谷の声を合図に、それぞれのチームが離れた場所で輪を作る。
「とりあえず、今回の作戦は俺たちで考えるから、一年は親交を深めておいてくれ」
藍沢にそう言われて、快冴は「はい」と素直に返事をしたものの――親交を深めるって、どうすればいいんだ?と、途端に困ってしまった。
そんな快冴の肩を、ぽん、と誰かが軽く叩く。
「ドッジボール、やったことないんだって?」
声をかけてきたのは、同じチームになった唯一の同級生・空木だった。快冴は少し肩をすくめながら答える。
「うん。前に通ってた学校、全校生徒が四人しかいなくてさ。大人数でやるスポーツは初めてなんだ」
「マジで? それ、結構田舎じゃん。不二峠中なんて初めて聞いたし」
「そうなのかも。親の都合で、今年からおばあちゃんの家に引っ越してきたんだ」
「へぇー。親とばあちゃんと一緒に住んでんの?」
「いや、おばあちゃんと二人。親は仕事で九州にいるから」
「そっか。じゃあ、何でも聞いてよ! 俺ずっとこっちだから、遊ぶ場所とか色々知ってるし」
空木が笑いながら、もう一度快冴の肩を軽く叩いた。その気さくな仕草に、快冴の胸の奥がじんわりと温かくなる。
「あ、ありがとう!」
自分でも驚くくらい声が弾んだ。緊張で固まっていた心が、少しずつほぐれていくのがわかる。
“鎮乃くんじゃなくて、彼でよかった。”
そう思いながら、快冴は胸の中でそっと安堵の息をついた。
その後、空木にドッジボールのルールを簡単に教えてもらう。快冴は頭の中で何度も繰り返して覚えようとした。
* 二つのチームでボールを投げ合う
* ボールが体に当たったらアウト、外に出て“外野”になる
* 逆にキャッチできればセーフ
* 最後まで内野に残っていた人数が多い方が勝ち。もちろん、相手全員をアウトにしても勝ち
「一年生、おいで〜!」
律川の声に呼ばれて、快冴と空木は先輩たちの輪へ近づいた。どうやら作戦がまとまったらしい。
「一年生は二人とも内野。俺と外園が近くにいるから、自由に動いていいよ。外野は律川と天ノ矢に任せる」
藍沢がそう告げると、快冴と空木は「はい」と頷いた。――正直、内容はまだよくわからない。でもやるしかない。
「俺たち準備できたけど、そっちは?」
城谷が声をかける。
「こっちも大丈夫」
藍沢が答えた瞬間、快冴の胸がざわついた。
これから始まるのは、人生で初めての“未知のスポーツ”。ルールは何となく理解したけれど、実際に体を動かすとなると、やっぱり不安の方が大きい。
テープで区切られたコートに、それぞれのメンバーが配置につく。
「ゲーム時間は5分!まずはジャンプボールからいくぞ!」
コート外に置かれたタイマーに時間を設定した城谷が全員に向かって声をかけた。
「審判いないから、ボールは俺が投げるね」
外野に回った配野がボールを持ち、中心へと歩み出た。
城谷チームからは城谷、藍沢チームからは外園がジャンプボールに出る。
快冴はそわそわしながら、その様子を見つめた。
その時――相手チームの鎮乃と目が合う。あの時と同じ、冷たい牽制の視線。
快冴は無意識に息をのんだ。
胸の奥で、何かが静かに始まろうとしていた。
高く上がったボールを、先に捉えたのは外園の大きな掌だった。
と同時にタイマーのホイッスルが鳴り響く。
パンッという小気味よい音を立てて跳ね返されたボールは、藍沢の腕の中に吸い込まれる。
次の瞬間、空気を裂くような勢いで相手コートへと放たれたボールが、快冴の目に映った。その速さに圧倒されていると、城谷が鋭くそれをキャッチする。
「だよなっ…!」
藍沢が小さく呟いたのが聞こえたかと思うと、今度は城谷が藍沢に負けない勢いでボールを投げ返してきた。それが一直線にこちらへ向かってくるのを見て、快冴は慌てて身をひねる。ギリギリでかわした。
「環田! 後ろ向いて下がれ!」
声に反応して振り返ると、コート外に出たボールを配野が拾い、投げる構えを取っている。快冴も急いで下がろうとしたが間に合わず、太ももに小さな衝撃が走った。
――あ、アウトだ。
自分の太ももに当たって跳ね返ったボールをキャッチすると、そのボールを近くにいた外園に渡し、外に出ようとする。
だが、その腕を外園が引き止めた。
「待って! 外に出なくて大丈夫だよ。当たっても、床に落ちる前にキャッチできたらセーフなんだ」
「は、はい!」
初めて聞くルールに戸惑いながら返事をすると、外園はにこりと笑ってボールを快冴の両手に戻す。
「そのボール、投げていいよ」
「え? あの……」
快冴が戸惑っていると、外園の斜め後ろにいた藍沢が小さく頷く。その頷きに、快冴の胸の奥で何かがカチリと噛み合った。
「…分かりました!」
そう答えた快冴は深く息を吸い込んだ。
手の中のボールは思ったより軽く、けれど熱を帯びているように感じた。外園の掌の温もりがまだ残っているのかもしれない。
相手コートでは、城谷が再び構えを取っていた。
――次は、自分の番だ。
快冴は助走をつけず、ほとんど反射のようにボールを放った。腕を振り抜いた瞬間、空気が切り裂かれる音が耳の奥で鳴る。
思っていたより速い。
そして――まっすぐ、相手の足元を狙っていた。
「ナイススロー!」
外園の声が響く。
ボールは城谷の横をすり抜けると、後ろにいた一条の膝をかすめ、そのまま床に転がった。
「アウト!」
わずかに遅れて味方チームからの歓声が上がり、快冴はようやく自分が息を詰めていたことに気づいた。
胸の奥で心臓がどくどくと跳ねる。
藍沢がこちらを見て、にっと笑った。
「今のよかった。ちゃんと狙えてたよ」
「え、あ、ありがとうございます!」
顔が熱くなる。
けれど、どこか心地いい。
さっきまで感じていた緊張が、少しずつ楽しさに変わっていくのがわかった。
これがドッジボール…!スゴく楽しいかもしれない!
胸の奥がじんわり熱くなる。体を動かすことがこんなに面白いなんて、今まで知らなかった。
気づけば笑みがこぼれていた。
そんな快冴の感動などお構いなしに、試合はもう再開されていた。ボールは鎮乃の手に握られている。
その視線が、真っすぐに快冴を射抜いた。
(……来る。)
体の奥がビクリと反応する。心臓が跳ね、指先まで血が巡るのが分かった。
鎮乃の狙いが自分にある。
それは快冴だけでなく、誰の目にも明らかだった。
(鎮乃くんは俺に投げるつもりだ…っ!)
恐い。けれど、それ以上にワクワクの方が勝っていた。今度は避けるのではなく、ボールをキャッチする事が出来るかもしれない。そう思うと自然に足が前へ出た。
——その瞬間だった。
「アウト!」という相手側の歓声が響く。
外野に向かったのは、快冴ではなく空木だった。
(え……俺じゃない?)
一瞬、頭が追いつかなかった。
鎮乃のフェイント。
その見事さに、思わず息を呑む。
「あいつ、上手いな」
藍沢が苦笑を浮かべる。
快冴は胸の高鳴りを抑えられずにいた。
鎮乃のフェイントに驚かされたはずなのに、不思議と笑みがこぼれる。
(やっぱり、ドッジボールってすごい…!)
ボールひとつで空気が変わる。
その瞬間の駆け引きが、たまらなく面白い。
今はただ——この勝負が楽しくて仕方ない。
「楽しいだろ?」
ドッジボールを心から楽しむ快冴に気づいたのか、藍沢が嬉しそうに声をかけた。
「はい!!!」
今日いちばんの声が出た。自分でもびっくりするくらい大きな声で。
途端に顔が熱くなって、思わず頬をかく。
でも——そんな恥ずかしささえ、今は心地いい。
ボールが再びコートを飛び交う。
速くて、重くて、でも目が離せない。誰かが笑って、誰かが叫んで、みんなが動いている。
(すごい……こんなに夢中になれるなんて。)
その後もボールの攻防は続き、アウトになって外野に回ったり、外野から内野へボールを当てて内野に戻ったり。
タイマーを見るとラスト15秒。
快冴の視界にボールが入る。鎮乃の鋭いスロー。それを藍沢がギリギリでキャッチし、笑顔を見せた。チーム全体がひとつに繋がっているように感じる。
"ビーーーーーーッ"
5分経過のホイッスルが鳴り響く。
ボールのやり取りが止まり、内野に残っている人数を城谷が数え始めた。
「うちのチームは2人、藍沢チームは3人。
……そっちの勝ちだ」
そう言った城谷の笑顔には、どこか悔しさが滲んでいた。
「勝ったーー!!」
仲間たちの歓声が響き、快冴も思わず両手を突き上げた。
(楽しかった……本当に楽しかった!)
体は汗でべたついて息も上がっているのに、心だけはどこまでも軽かった。
そんな快冴の元に鎮乃が歩いてくる。
それに気が付いた快冴は少し身構えた。
「…悪くなかった。初めてにしては」
そう言った顔は無表情のまま、だけど試合前の鋭い視線は無くなっていた。
鎮乃の言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなる。
肩で息をしながら空を仰ぐと、体育館の天井の光が滲んで見えた。
最初は不安だったのに。
投げるのも、当てられるのも、みんなの中で動くのも、全部初めてで不安だった。
それが今は、こんなに気持ちが高揚している。
ボールを追って走るたびに、心臓が跳ねた。
誰かの声が聞こえるたびに、胸の奥が震えた。
「勝ちたい」と思う気持ちも、「繋がりたい」と思う気持ちも、全部があの瞬間に詰まっていた。
こんな風に夢中になれるものが、この世にあったなんて——。
——俺、ドッジボールが好きだ!




