橙陽高校ドッジボール部!
体育館に入ると、端のほうに数名が集まっているのが見えた。
2人の先輩は、その輪に向かって歩いていく。
「君、名前は?」
背の高い、大らかそうな先輩が声をかけてきた。
快冴は少し緊張しながら「環田 快冴です」と答える。
「環田くんね! 一年生はあと4人くらい来てるから、そんなに気を張らなくていいよ」
慣れない状況に硬くなっていた快冴に気づいたのか、先輩は優しく微笑んだ。
その笑顔に、少しだけ肩の力が抜ける。
「は、はい!」
快冴はぎこちなく返事をした。
やがて集まりの中心にたどり着くと、片側に5人、向かい側に4人が整列していた。
快冴をここまで案内してくれた2人の先輩は、5人の方へと並ぶ。
「お前、一年だろ? こっち」
整った吊り目の男子に呼ばれ、快冴は4人の列に加わった。
「よし、全員揃ったね!」
先ほどの背の高い先輩が声を張る。
「じゃあ、自己紹介していこうか!」
その一言に、快冴の肩がビクッと上がった。
こんな緊張感のある場で自己紹介をするのは初めてだ。
どうすればいいのか分からずにいると、先輩の自己紹介が始まった。
「俺は城谷 篤美。一応キャプテンをやってます! 今日は見学ってことになるけど、気になることがあったら何でも聞いてね。はい、次!」
城谷と名乗った背の高い先輩が、隣のメガネの先輩に目を向ける。快冴を体育館に連れてきたもう1人の先輩だ。
少し険しい顔つきだが、どこか落ち着いた雰囲気もある。
「俺は藍沢 賢慎。副キャプテンをやってる。城谷が頼りないと思ったら、俺に言ってくれ」
思ったより柔らかな声で、低く響くそのトーンに快冴は少し安心した。
「僕は外園 柔真です。よろしくー」
手をひらひら振りながら明るく笑う先輩。
ドッジボール部で一番の長身なのがすぐに分かる。
大きな手、茶色がかった髪、首元で跳ねる毛先。
前髪を後ろに括っていて、整った垂れ目の顔がよく見えた。
「俺は配野 陽和! みんなよろしくねー! はい、次!」
真っ直ぐな黒髪と柔らかな笑顔が印象的な先輩だ。
明るい雰囲気に快冴は自然と好感を持った。
「時雨 絢人です。今後のために相性占いたいから、あとで星座と血液型教えて」
目元が前髪に隠れたまま、淡々とした声。
快冴は「前、見えてるのかな」と素直に思った。
“ミステリアス”という言葉の意味を、初めて実感した気がする。
「時雨はいつもこんな感じだから気にしないでね〜。
んで、俺は律川 颯! 覚えたいダンスとかあったら、俺に言ってくれれば教えるよ〜! はい次、大ちゃん!」
“ダンス”と聞いて快冴の頭に浮かんだのは、地元の神社の盆踊りと運動会の出し物だけだった。
髪を軽く後ろで括り、中性的な顔立ちの颯は、可愛らしくも見える。
身長は快冴と同じくらいか、少し低めだ。
「天ノ矢 大地です。よろしく」
短く挨拶した彼は、どこかの芸能人のように整った容姿をしていた。スポーツ刈りと言うには少し長めの髪型がとても似合っている。あまりテレビを見ない快冴でも"テレビに出ている人みたいだ"と見惚れてしまう程だ。
すらっとした体つきは、キャプテンより少し低いくらいだろうか。
「以上が橙陽高校ドッジボール部! 三年は引退してるから、全員二年生だ!」
城谷の声が響く。
快冴はあらためて先輩たちを見渡した。
個性が強そうだが、思っていたよりも柔らかい空気で、緊張も少しずつ解けていく。
……が、次の瞬間。
「じゃあ次、一年生! よろしく!」
城谷のその言葉に、快冴の背筋は再びピンと伸びた。
最初に口を開いたのは、連れてこられた快冴に声をかけた生徒だった。
「鎮乃 翔聡です。三宝中学出身です。ドッジボールがやりたくてこの高校に入学しました。よろしくお願いします」
目に少しかかる前髪の隙間からのぞく長い睫毛。その瞳は、しっかりと目の前の先輩たちを捉えていた。先輩を前にしても物怖じせず、落ち着いた口調で話すその姿は、同級生であることを忘れてしまうほど堂々としている。快冴の緊張は、そんな鎮乃の姿を見てさらに高まった。
「空木 湊飛っす! 一光中出身っす! ドッジボールは結構得意なんで、見学希望しました。楽しくやっていければって思ってます! よろしくお願いしまーす!」
鎮乃とは対照的な、軽いノリの挨拶。
思わず快冴も他人事ながらヒヤヒヤしてしまう。額の真ん中で左右に分けられた前髪は、サラサラと風になびいていた。
「一条 清貴と申します。1年1組に所属しております。出身中学校は五盛中学校です。真面目すぎるところが自分の課題だと感じており、それを変えたいと思って、珍しいドッジボール部への見学を決意いたしました。どうぞよろしくお願いいたします」
空木の隣に立つ男子生徒の口から出た、あまりにも堅すぎる自己紹介に、先輩たちから「面接かよ」と小さなツッコミが入る。
「一条くん、ありがとう! 素晴らしい自己紹介だったよ」
それを宥めるように、キャプテンである城谷がにこやかに言った。
そして視線は、次に並んでいた男子生徒――快冴の隣に立つ生徒へと向けられる。だが、その生徒はなかなか口を開かず、時間だけが過ぎていく。
「……君の番だよ」
痺れを切らした快冴がそっと腕をつつき小声で促すと「え?もう俺の番?」と、特に慌てることもなく、ようやく自己紹介を始めた。
「どうも。俺の名前は、えっと、志久 凛太郎です。ぼーっとするのが得意です。よろしくです」
そう言ってヘラリと笑った志久のワイシャツのボタンは、一つずれていた。緩く結ばれたネクタイとのバランスが妙にしっくりきて、快冴は「この人もミステリアス系に入るのかも」と、思わず感心してしまう。
「じ、じゃあ最後! 環田くん、よろしく!」
「は、はひっ!」
微妙な空気を立て直そうとした城谷に名前を呼ばれた快冴は、緊張がついにピークに達し、思わず声が裏返ってしまった。
その様子に、先輩や同級生たちも思わずクスリと笑う。
「そんなに緊張しなくて大丈夫だよ! 頑張れ!」
柔らかい笑顔が印象的だった配野にそう励まされ、快冴は一気に自己紹介を口にした。
「た、環田快冴です!1年3組です!不二峠中学校から来ました!ドッジボールを知りたくて見学に来ました!よろしくお願いします!」
息継ぎもせずに一気に話し切った快冴は、ハァハァと肩で息をしながらほっとする。
だが、すぐに列の先頭から声が飛んできた。
「ドッジボールを知りたいって、どういうことだ?」
安堵の隙を突かれたその質問に、快冴の心臓が再び跳ね上がった。
「あ、あの、俺……ドッジボールっていうの、やったことなくて」
照れ隠しに笑ってみせたものの、鎮乃から鋭い視線が飛んできて、快冴は思わず肩をすくめた。
その様子を見た城谷が、すかさず声をかける。
「まぁまぁ、うちは未経験者も大歓迎だから!」
だが、鎮乃の快冴への牽制はまだ終わらない。
「血気盛んなのは勝手だけど、次は先輩のターンだから、こっち見ようなぁ?」
ドスの効いた低い声。
思わず2人が顔を向けると、そこには笑顔――だが、目がまったく笑っていない藍沢がいた。
“目が笑っていない”というのは、きっとこういうことを言うのだろう。
「はは……ありがとな、藍沢」
城谷は苦笑しながらも軽く頭を下げる。
「じゃあ、活動の説明をしたいから、みんな近くに集まってくれるかな?」
部員と一年生全員が輪を描くように集まり、床に座る。
快冴は鎮乃と目が合わない位置を探して、そっと体育座りをした。
「……恥ずかしい話なんだけど、昨年までは、うちは同好会みたいなもんでさ。出たい部員だけが地域の大会に出る、そんな形でやってたんだ」
城谷はそう言って、照れくさそうに笑う。
「二年は全員出てたけどな」と配野が軽く補足する。
「だけど――新しい大会が、今秋に開催されることが決まった」
城谷の声が少しだけ引き締まる。
大会名は『ドッジボールトーナメント ― HIOH’s GATE ―』。
一部では“ヒオウ杯”と呼ばれているらしい。
「これまでドッジボールの大会って、小学生対象か、中学生〜社会人混合が主だったんだけど……この大会は“高校生限定”なんだ」
その言葉に、快冴を含めて一年生がざわめく。鎮乃は知っていたのかスンとした表情で城谷を見ている。
城谷は一拍置いて、まっすぐ前を見据えた。
「絶対に出場したい。そして――狙うは、優勝」
最後の一言に、先輩たちが息を呑む音が聞こえた。
「いいんじゃないですか? 俺もそれがやりたくて“ここ”に決めたんで」
鎮乃の言葉に、先輩たちが一斉に「いいねぇ!」と笑顔を見せる。
その空気は一気に明るくなった。
「じゃあ、君は入部かな?」
城谷が確認するように尋ねる。
「そのつもりで来てます」
真っ直ぐに目を合わせて答える鎮乃の姿が、快冴にはとても格好よく見えた。
「他のみんなはどうかな?」
城谷の視線が一年生たちへと移る。
快冴は、鎮乃と先輩たちのやり取りを見ながら胸がざわついた。
彼らが本気になる“ドッジボール”というものが、どんなスポーツなのか――急に気になって仕方がなくなる。
そうなった時の人間の行動は、不思議なものだ。
「俺も……ドッジボール、やってみたいです!」
気づけば、考えるより先に言葉が口をついていた。
「よし! じゃあ、やろうか!」
城谷が嬉しそうに笑う。
その声に、体育館の空気が一段と熱を帯びた気がした。




