CMR #02 ジャガー Eタイプ #24
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本来なら、そのへんに落ちているパワードスーツの液化素子なんかを修繕には絶対に使わない。クライアントにどう説明してもOKは貰えないし、こっちもそんなふうに提案はしない。ただ今現在、ガレージに使えるものがない。再組成ともなるとそれなりの材量資が必要になるけど、それが足りない。装置のいくつかが壊れてなかっただけでも幸いと思わないと
「ワルグ、こっちのスプラインを持っていてくれるかい? こいつを…こいつのインナープラグはどこだ?」
上半身を探すけど見当たらない。パワーテッドデバイサーは身体に装着する惑星環境外行動装置。一般的に高性能に作られている。こいつの上半身にある液化素子もそうだとは思うけど…随分、改造されている。慎重に…こういったことに関してはkリアラの方が機転が利く。大丈夫だ、なんとかなる
「ゴアhズのプラグインは腰の位置に重点的にあるはずだ」
「腰」
通常なら手の部分にあるはずのユニバーサルアクセスがない…腕自体がない。さっきワルグが吹き飛ばしたんだったっけ。背中の肩甲骨に当たる部分は…制御を失ったスーツは重くて動かせない
「そうか…先ほど蒸発させたんだったな」
正確には蒸発ではなくて、質量子崩壊だけど
ガレージの外を見てみる。どこにも腰の部分は見当たらない。足先だけが転がっていったように見えたけど…回収されたのかそれもない。その向こうで、隣の店舗のご主人がやじ馬を追い払ってくれている。消火隊も役所も来ていないところを見ると、上手く取り持ってくれたみたいだ。ありがたい
「エイドM?」
「え? ああ……ありがとう」
ワルグと04といわれた大型の男性体が上半身を裏返してくれている。背中の…あった、背骨、肩甲骨の間にユニットポートが設置されている。肩にも…こっちは制御用か。両方へと端子を繋げて、kリアラへと伸ばす。まだ生きている? どこかにリアクターがあるのかな、分解した後で確認してみよう
「kリアラ、端子が生きているみたいだからそれで検索してみてくれるかい?」
「………、あんた、そういうの初めからいってくんない? 無理な分岐、組まなくてよかったじゃん」
「いや、上半身が生きているとか思わなかった」
なんの反応もなかったし
「………、生きてるの? それ?」
不思議そうにそういう
「ああ」
胸の部分かな? こっちの脇腹かな? 何かあるんだろう
「はーん、なるほど……」
なんでかふたりして、にやっと、動物の幼生体みたいに縦に同時に相づちを打った。女性体は仲良くなるのが早いっていうけど…kリアラはその中でも得意な方だ。特異ではない、と思いたい
接続はこれでいい、こちらでもモニターする、AUgisに直接入れ込むとまずいから、コンバーターから回し入れる…状況を確認、スプラインOK、コンバーターOK
「イーゼルは?」
▽▲ O ▲▽
「いや、オーだけじゃ現状がわからない。どこまでOKなのか、きちんと提示してくれるかい」
▽▲ O…形成データ取得、成功 1011、適用変成、成功 投影共有同期、可能状態 維持 ▲▽
「マシンを起動させますから少し離れてください」
ふたりしてマシンの側で話し込んでいるロッkアとお母さんを退避させる。空間制御が発生する時、弾かれる可能性がある。プロテクターで守られているお母さんは大丈夫かもしれないけど、ロッカaは何も防御してない
「イマーク、ジェネレーターを起動させてくれるかい? ギアはニュートラルのままでいいから、アクセルを軽く吹かしてみてくれ。軽くだよ、強くなくていい。正面ガラスにジェネレーターからエクセルギーが漏れている、って出たら正解だから、それを見てくれるかい?」
「出た。ちゃんと漏れているって出ている。ラインへと流れているって」
本当ならちゃんとじゃない。今回の場合、そうじゃないといけないだけだ
「コンソールでマシン周囲の空間制御を周りにまで広げてくれるかい? エリアコントロールっていうセレクトにボーダーアクペクトっていう項目があるからそれを最大にしてくれればいい」
「わかった、やってみる」
「頼むよ」
ジャガーの居住空間内維持のための空間制御は、マシンの縁に沿って発生するように設定してある。マシンが起動すると、マシンの縁から少し離れた何もないところに、重力レンズで見る極性偏光のようなやや丸まって歪んだ、マシンの後ろの景観が見えるようになった。これでマシンに直接、ものが当たる、という心配はなくなる
イマークがコンソールを操作すると、その端が大きく広がっていって、周囲を包むように楕円形になった…はず。視覚で確認できるような処理はしていないから、空間歪極で光が歪んでいることを確認するしかない。大丈夫だ、レンズの端のように、歪曲して後ろが見えるところがきちんと確認できる。最大といってもマシンの幅の2倍程度しかない。これもこんな用途には組んでいない。ニュートラルでももう少し、大きく空間維持ができるようにしておくんだった…次のリメイクにはそう組み込んでおこう。この範囲でも充分、全員を制御下に位置させることができる
「じゃあゆっくりとこの中に入ってください。くれぐれも勢い良く入らないように。弾かれる可能性があります」
空間制御は、速度のあるものはその速度に比例するように抵抗する。空間の弾力性、抵抗性はクーロン力と同じ原理で働く。マシンのコーティングは反発弾膜性じゃないやや古いものだから、この反射性が低くて、弾き返す力とタイミングが同じじゃなくて、弱い。これで事故を回避できなかったんだろう。この反発性は弾かれる可能性がゼロじゃないだけで、なにかの拍子に間違いが起こる可能性は十分ある。気を付けないと
ただこれで、ものが落下してきてもこの中にいる限り、問題ない…はず。というより発生した空間維持によって周りの空間が押されて酷く崩れることはなくなる…これもはず。歪極は見えづらい。境界上に位置すると、外と内との空間膨張の差によって物性的に怪我をする可能性がある。これは気を付けさせる。境界に装置を置くのも厳禁だ
「OK、kリアラたちもこの中に」
「待ってくれ、今できるとこ…できた、ラインに送る、こっちでも追跡するから、かまわずやって」
「でも…」
「大丈夫、イルファがいるから、何とかなる、ね? そうでしょ?」
「ええ、まかせて」
胸を張る。そういえばこの人のプロテクターはところどころが壊れて失われている。何か上から被せるものがあった方がいいかもしれない
それにしても…こんな短時間で仲良くなれるとか……これは才能とかいうものを超えているような気がする
「じゃあ、あとは…それぞれ臨機応変に。ワルグ、何か出てきたらお願い。じゃ、起動しますよ? ゼイvlrスさん、いいですか?」
これでコンバーターもダメになる。結構高いんだけど…ガレージ、コンバーター、工具、壁、後、ドア…あとなんだろう? イマークが頭を抱えるのもわかる。大損害だ
「お願いいたします」
「ええ」
起動させる。ジェネレーター循環、確認。ラインコンバーター、液化素子、異物除去を…おっと
「ワ…」
頼む前にそれはもう消えていた。触っただけでなにか紐? みたいなものが消え去る。光るバンドの形態情報かな
「いま除外した。あれはもう出ない」
さすがkリア、こういったことは早い
「止まりましたね」
「ゼイvlrス、よく我慢した、すぐに治るぞ」
「もったいなきお言葉にてございます」
どうやら崩壊は止まったようだ。ただ、現状では崩壊より直る方がよくなった、というぐらいのはず。このままなにも出ずに、安定してくれればいいんだけど……
「いまのは原子崩壊ですか?」
え?
ロッkアのお母さんが、興味深そうにそれぞれを見て、聞いてくる。原子崩壊? ワルグのか。普通のお母さんがそんなことに興味を示すなんて意外だけど、一部の生命類種には影響のあるのも確かだ。ロッカaに悪影響がないか、心配なのかもしれない
「いいえ、違います。いまのは質量子崩壊です。原子崩壊だと放射線が検出されて、ガレージのセンサーが反応しますが、警告はありません。安心していいですよ、質量子だけを飛ばして物質を光とエネルギーに変換しただけですから」
「どう違うのです?」
どう違う?
「原子崩壊は…原子内の陽子と中性子を切り離して他の原子へと遷移させる行為です。崩壊とはいっていますが、切り離された陽子も中性子もそのまま残ります。時間経過とエクセルギー不足によっていくつかは崩壊しますが…基本的には位相変移です」
そしてその際に放出されるのが放射線。素粒子間で失われた結合のエネルギーが飛び出していく現象
「質量子崩壊は、素粒子内に存在する質量子が消失することで、素粒子の結合そのものが崩壊する現象です。質量体が光速度に達すると発生する現象と同じことを、ただ殴る、蹴る、という、それだけで行ったんです」
もし、殴る、という行為で質量子を飛ばしたいのなら、殴る…接触する方が光速度を超えていないといけない。ところが、それだと接触体のほうが先に光速度崩壊を起こすから、そんな現象はおきないことになる。接触体のほうが先に消え去る。それなのに、光速度に到達もしていない状況で、ただ、軽く触っただけで、対象の質量子を消失させる。理論的、原理的に不可能なはずの事象を発生させている。これは何度見ても不思議で、わけがわからない
科学文明は、質量子を結合させるところにまでは行きついている。陽子や中性子も比較的安全といわれる成製法が確立している。ぶつけて作る…ということではなくて。ただ、対象をそんなふうに簡単に中和、消去、除去はできないでいる。これは今も昔も同じ…PCBとか枯葉剤とか、作られた化合物の簡素な中和、除去、撤去ができない。それなのに……
「離せッポ、このままじゃ全員、吹き飛ぶっポ。そんなのに巻き込まれるのはごめんだっポ」
そんな声が聞こえて、物理的な紐に繋がれた子豚が足だけをバタつかせて逃れようと必死になって懇願していた。その後ろに…
「なんだってぇー? テメエ、んなもん仕込んでんじゃねーよ、この豚っ」
ネズミみたいなふたりが同じように拘束されて、反論している…ってこっちのふたりは誰だい? 片方はずいぶんと口が悪い、もう一方は観念したようにうなだれたまま、首を左右に小さく振る
「豚じゃないっポ、オレはゴアhズさまだッポ。間違えるんじゃねーッポ」
「うっせー、一番下。やっぱてめーが来ると碌なことにならねー」
「うるさいッポ、あんな…パワードスーツを真っ二つにするような奴がいるなんて聞いてないッポ。事前にいってないお前たちが悪いッポ」
「勝手に飛び出してって大暴れした奴がなにいう、この豚っ」
「豚じゃないっていってるッポ」
騒がしい。責任の押し付け合いは後にしてほしい
「自爆するようにしていたんだ」
「そうだっポ、そいつは起動しなくなったら自動的に爆発するように設定してあるっポ。これで逃げ出すチャンスができるもんだッポ、ポーポポポポポポ」
「ワオ、なんてこった……」
kリアラがそう聞くと、子豚は機嫌よくそう答えた。お尻だけでぴょこぴょこ飛ぶ。kリアラも女性体として入るらしい。それを聞いてイマークが頭を抱えてマシンの中へと逃げこむ。確かに、マシンの周りは空間制御されてるから爆発したところで影響はない。ある意味、一番安全。そういったところはクライアントに譲るもんじゃないかな?
「お前たちなら特別に助けてやるッポ。だからこの縄を解いてほしいッポ。そうすればすべてうまくいくッポ」
「へえ、そうかい……」
にやりと、ご満悦に笑う、kリアラと子豚。ただ…あれはイマークがなにかしくじった時に見せるkリアラの顔だ
「アホなの? あんた、そんなの一番初めに除外しているに決まってるじゃん。それに暗号ももっときちんとした奴に設定しなおしておきなよ。初期のままじゃ、解いてくださいっていってるようなもんだぜ」
笑顔のまま、そんな事実を突きつける。大抵、そういった問題になりそうなやつは最初に処理する
「は?」
なんでだか、ものすごくショックを受けたように子豚は口を開けて呆ける
「なっ、何をいってるッポ。そんなわけないッポ。あれはそう簡単には解けないようになってるッポ」
「現に…爆発してないじゃん」
「ガーン」
そう口でショックを受けたっていう類種ははじめてみた
「まっ、まだプラズマリアクターの暴走があるっポ。あれなら……」
「そんなのも想定済み。あんた…もっとない頭使ったら? そんなんじゃどこいっても何もできないぜ」
「ガガーーンン」
いや、何もできないはいい過ぎだと思う。どんな存在も何かしらできることはある。ただ…他人に迷惑をかけることはあまり喜ばれることじゃないから、気を付けてほしいだけだ




