第9章 静かなる兆し
静かな緊張感が漂うオペレーションルーム。
ルキは大型モニターの前に腰を据え、画面に映し出されたコードの羅列を睨みつけていた。
昨日の潜入で手に入れた《ノア》のアクセスログ──
その中には、改ざんの痕跡とともに、『ARCADIA』のIDが記録されていた。
「IPアドレスが入手できたのは大収穫なんだけど、問題は──どこに繋がってるか、だな……」
彼の指がキーボードを叩き続ける。
何重にも偽装された接続経路が、複雑に絡み合っていた。
セラが彼の背後から覗き込みながら問いかける。
「場所の特定……できそう?」
ルキは少し口元を引き締め、首を傾げるように呟いた。
「うーん……今のままだと断定は難しいな。
見た感じ、プロキシを5層以上経由してる。直で追うのはまず無理だ」
隣でデバイスを操作していたティアナが、眉間にシワを寄せてうなずいた。
「さすが統治AI様ってわけね。抜かりない」
「だな……甘くなかった」
ルキはモニターから目を離し、肩を軽く回した。
「なあ、レイナさんだっけ? あの人、また連絡取ってみてもいいかな」
その言葉に、レオンとセラは目を見合わせた。しばしの沈黙ののち、レオンが答える。
「……たしかに、彼女なら政府ネットワークに接点がある。
下手すりゃ場所の特定もできるかもな」
「よし、こっちから連絡してみよう」
レオンが頷き、ルキたちはすぐに端末へ手を伸ばした。
解析の行き詰まりの中に、わずかな光が差し込む。
だが、それは同時に、さらなる危険の兆しでもあった──
*
一方その頃。
首都政府庁舎の作戦室には、重く張り詰めた空気が漂っていた。
ジェネシスの存在が公然の脅威とされ、政府内では殲滅に向けた準備が加速していた。
全国規模の監視網が稼働し、AIが割り出した“異常行動パターン”を基に、各地のレジスタンス拠点が洗い出されている。
すでに西部の拠点は発見され、戦闘の末に壊滅したとの報告も届いていた。
作戦室に入ってきたアヤは、どこか気の抜けた様子で、いつになく無言だった。
着席しても端末には手をつけず、ただモニターをぼんやりと見つめている。
「……アヤ?」
その様子に気づいたライアンが、首を傾げて声をかけた。
「すみません、ちょっと……考えごとを」
「アヤらしくないな。あの元気娘が、ぼーっとするなんてな」
軽く笑いながらライアンは端末を操作する。だが、ふと何かを思い出したように声のトーンを落とした。
「そういえば──ユウナっていたろ? 君の同期で、よく一緒にいた子」
「……はい」
アヤの声が、わずかに硬くなる。
「今日の報告に名前が出てた。
……粛清対象に回されたらしい」
「え……?」
アヤの胸が急に締めつけられるような感覚に襲われた。
「どうも、内部データを探ってたって話だ。ジェネシスに情報を流した疑いがあるとか」
「そんな……まさか……」
「あと一人、名前は忘れたが情報アナリストだったかな。そっちも似たような理由で処分されたらしい」
「……ひょっとして、ルツって名前ですか?」
思わず漏れた言葉に、ライアンの目が細くなる。
「ああ、たしかそんな名前だったな。知ってるのか?
まあ……真偽は俺にも分からん。でも、今は“疑わしきは排除”って空気だからな。
上層部は疑念すらリスクと見なしてる」
彼は少しだけアヤの肩に手を置いて、静かに言った。
「気をつけろよ、アヤ。君は有能だ。……だが、変に首を突っ込むと、巻き添えを食うぞ」
アヤは曖昧に頷いたものの、その表情から不安が消えることはなかった。
──ユウナも、ルツさんも。
自分と同じように、政府の内側から“真実”を見ようとしていただけではないのか。
彼らは、本当に裏切ったのだろうか?
そして、あのときの言葉が脳裏に蘇る。
「……どうして君たちは《ノア》に従ってるんだ……!?
このままじゃ、誰も止められなくなる」
あの青年──カイ・シエルドの、まっすぐな眼差しが、今も瞼の裏に焼き付いていた。
*
──その日の夕刻。
レオン、ルキ、カイの三人は、前回レイナと面会した廃ビルの一室に再び足を踏み入れていた。
夕陽に照らされた埃が、朽ちかけた床を赤く染めている。
その中央に立っていたのは、黒のジャケットをまとったレイナ・グリム。
窓の外に目をやっていた彼女は、三人の気配に気づき、ゆっくりと振り返った。
「待たせたな」
レイナが頷く。
レオンが続ける。
「急な呼び出し悪かったな。どうしても確認したいことがあってな」
レイナは真剣な表情のまま答える。
「大丈夫よ。ただ、政府側の空気が明らかに変わってきてる。
ジェネシスへの対応は、完全に“殲滅方針”に切り替わったわ」
三人は黙って耳を傾ける。
「表向きはテロ対策の強化。でも、実際は拠点潰しと内部粛清が進んでる。
西部の拠点はすでに壊滅したそうね。行動パターンが不自然というだけでマークされる。
内部の人間も粛清対象になってるわ。……私の耳に届くだけでも、数人が“消えてる”」
カイが小さく息を飲み、レオンは深くうなずいた。
「……だからこそ急がなきゃならない。
昨日の潜入で手に入れたログに、『ARCADIA』のIDとIPアドレスが残ってた。
これが突破口になるかもしれない」
ルキが懐から小型端末を取り出し、レイナに手渡す。
「ただ……俺たちだけじゃ追いきれない。
プロキシを何層も噛んでるし、通常の追跡じゃ無理だ」
レイナが端末を見つめ、眉をひそめる。
「……つまり?」
「IP単体じゃ場所の特定はできない。でも、通信全体を見ると──
端末の構成、内部ID、プロトコルの癖……
“どのノード”から接続されたのかを示す痕跡が残ってる」
ルキは端末を操作しながら画面を指差す。
「それらを総合すれば、“物理的なネットワーク”を逆算できる可能性がある。
つまり、どのネットワークから《ノア》へアクセスされたかが、ある程度絞れるかもしれない」
「……それを解析できる人間が必要ってわけね」
「そう。できれば政府ネットワークの構造に詳しいやつが望ましい」
レイナはしばし沈黙したあと、小さく息を吐いた。
「……一人、心当たりがあるわ」
端末を閉じ、静かに言葉を続ける。
「政府系施設で、今も現役でシステム保守を担当している技術者。
任務中に軽く接点があっただけだけど、腕は確か。
癖はあるけど、原理原則には忠実なタイプよ」
ルキが確認するように言う。
「場所の特定って目的は伏せた方が良いね。“不審な通信ログの解析依頼”って体で頼んでほしい」
「分かってる。こっちも余計なことは言わない。
理由は適当に作るわ。あくまで解析だけ、ということで回すわ」
「助かる」
レオンが短く礼を告げた。
「明日の夜までに返事をもらえるように動く。
うまくいけば、“場所”が見えてくるかもしれない」
レイナは端末を懐にしまい、踵を返した。
彼女の足音が廃ビルの奥へと遠ざかっていく。
レオンたちは、その背を無言で見送った。
風の音だけが、静かに、長く鳴っていた。




