第8章 揺らぐ正義
廃墟でレイナから受け取ったデバイス──
そこに眠っていた“旧AI研究施設”の座標データが、ジェネシスにとって確かな突破口となった。
「ここが“ベータライン”らしいな。《ノア》の中枢へつながる地下ルートってとこか」
ルキの一言が、室内の空気を引き締めた。
モニターには、衛星写真と断片的な内部構造図が表示されていた。
「監視は緩そうだな。中に入れれば──《ノア》のログイン端末や通信ノードに触れる可能性があるね」
ナッシュがどこか楽しげに口角を上げる。
「だな。でも、前回の作戦みたいに通信機器を設置できるかどうか、情報がないから……俺たちで現地を確認するしかなさそうだ」
ルキは眉をしかめながら答えた。
レオンは深く頷き、静かに言葉を紡ぐ。
「今回の潜入メンバーは、俺、セラ、ルキ、ナッシュ──あとはカイ。
それぞれ、準備を進めておいてくれ。作戦は、二日後に決行する」
「了解。俺もとうとう潜入か……ミッション・インポッシブルを全話見返しとかなきゃな」
ルキがニヤリと笑い、室内にわずかな緩和が生まれた。
その空気を破るように、カイが真剣な声で応える。
「絶対、成功させましょう!」
その瞳に、迷いはなかった。
*
旧AI研究施設・地下層。潜入は想定以上に順調だった。
廃墟と化した地上部から、コードで封印された隠し通路を経由し、古びた研究施設へとたどり着いたジェネシスの一行は、慎重に奥へと進んでいく。
かつては書類が並んでいたと思われる棚には何も残っておらず、書類の切れ端や埃をかぶった参考書がいくつか転がっている。
「ここだな」
先頭を歩いていたレオンが、皆を振り返った。
研究施設の一番奥の研究室。
レイナから入手した情報に従い、扉の右にあるパネルにパスワードを入力すると、静かに扉が開いた。
中は廊下の雰囲気とは一変し、今でも使用されているように整っていた。
複数のパソコンが並び、壁際には大型のスクリーン、奥にはマシン室と思われるスペース。空調の音が一定に響いていた。
「じゃあ、さっそく始めるか!」
ルキが腕まくりをして端末が並ぶデスクへ向かう。ナッシュがその後ろに続いた。
「かなり新しい端末だな……『ARCADIA』の連中が、ここから《ノア》を操作してるってのも、信ぴょう性が出てきたな」
ルキが端末を起動しながらつぶやいた。
端末には難なくログインできた。
ルキとナッシュが調査を開始してから、30分ほど経ったころ──
「……これだ。『ARCADIA』のログが残ってる。やっぱり、ここから《ノア》へアクセスしてるらしいぜ」
記録を確認しながら、ルキが声を殺して喜ぶ。
さらに調査を進めると、外部からのアクセス履歴が残されていることが判明した。
「ルキ……このIP、やばいぞ。『ARCADIA』の拠点……いや、本丸かもしれねぇ」
「こりゃ……かなりの収穫だな。『ARCADIA』の宝石箱、開けてもうたわ!って感じか。
もう少し深く掘れるな……ナッシュ、行けるか?」
「もち! 任せろ。あと三分……いや、二分くれれば、通信ログも抜き出せそうだ」
──だが、その“二分”は許されなかった。
鋭い警告音が、静寂を引き裂いた。
《侵入者検知。排除モードに移行します》
「っ、バレたか……!」
全員が即座に撤退体勢に入る。
レオンとセラは銃を構えて入り口の扉へ、カイはあらかじめ避難ルートとして設定していた裏手の扉へすばやく移動した。
ルキとナッシュは、急ぎ情報の抜き取りを続けていた。
しばらくすると、廊下の空調口から複数の監視ドローンが飛び出してきた。
「避けろ!」
レオンの怒声と同時に、レーザーが壁を焼く。
ドローンは機敏に旋回しながら、無慈悲に攻撃を加えてくる。
応戦しながら撃墜していくが、間もなく重厚な足音が響きはじめた。
「早いな……処理班が来るぞ……!」
厚い扉が爆音とともに吹き飛び、黒い戦闘装備の処理班が廊下に姿を現す。
即座に銃撃戦が始まった。
「俺とセラで前線を押さえる! カイ、ルキとナッシュを保護しろ!
作業終わり次第、後方出口から退避!」
レオンの指示に、セラは処理班に照準を合わせ、カイはルキとナッシュの元へ駆けつける。
薄暗い廊下に、ドローンの羽音と銃声が響く。
「ルキ! あとどれくらいかかる!?」
レオンが叫んだ。
「もう終わる! ……よっしゃ、完了だ! カイ! とっとと退散しよう」
ルキが身をかがめながら怒鳴る。
「はい、行きましょう! 付いてきてください!」
カイが先導し、ルキとナッシュが続いて裏口から廊下に滑り出した。
レオンが目配せで合図を送り、セラも三人の後を追って走り出す。
レオンは煙幕弾を廊下に投げ、視界を遮ったまま銃撃戦を続けつつ、皆の後を追った。
*
裏口側には処理班は待機していなかった。
カイたちは息を切らしながらひたすら走る。
ようやく出口が見えてきて、わずかに安堵したその時──
側方の廊下から飛び掛かってきた処理班が、カイに体当たりして吹き飛ばした。
「カイ! 大丈夫か!?」
ルキが叫ぶ。
「ぐっ……大丈夫です! 先に逃げてください!」
カイはもがきながら応えた。
ルキは頷き、ナッシュとともに再び走り出した。
処理班はルキ達を追いかけようとしたが、カイは後ろから羽交い締めにし、投げ飛ばす。
そこに後ろから走ってきたセラが現れ、別の処理班を撃つ。
「少しは成長したな!私はルキたちの援護に回る!」
そう言い残し、二人の後を追った。
「ありがとうございます! ……お願いします!」
カイは処理班を抑え込みながら答えた。
その時──カイの背後に、処理班とは異なる装甲をまとった人物が現れる。アヤ・レイン。
「……あなた、カイ・シエルドね?」
彼女は腕を掴み、拘束具を装着した。
カイは振り返り、叫ぶ。
「だったら……どうしたっていうんだ! 離せ!
──こんなところで捕まるわけにはいかない!《ノア》から家族を取り戻すまでは!」
その言葉に、アヤは動きを止めた。
脳裏をよぎる違和感。
拘束命令に感じた異常、ルツから聞かされた《ノア》の矛盾、そして何より──目の前の青年の瞳。
(この子……本当に、危険分子なの?)
わずかに手が緩む。その隙を逃さず、カイはアヤと処理班を突き飛ばす。
背後から追い付いたレオンが処理班を撃ち倒し、カイを引き寄せる。
「カイ、今だ! 逃げるぞ!」
カイは、アヤを振り返る。
「……どうして君たちは《ノア》に従ってるんだ……!?
このままじゃ、誰も止められなくなる」
その言葉を残し、闇へと消えていった。
アヤは──その背を追えなかった。
正義とは何か。従うべきものは何か。
その全てが、いま揺らいでいた。
*
二時間後。政府庁舎・深夜の会議室。
ゼクス少佐が、冷徹に告げる。
「今回の侵入は極めて重大だ。”ジェネシス”なる組織は、明確に国家の秩序を脅かした。
この集団を、“危険分子”として正式に指名手配とする」
誰もがうなずいた──ただ一人、アヤを除いて。
誰にも気づかれず、アヤの手はわずかに震えていた。
9/13は予定があるため、今週は早めに投稿します
次回は9/20の予定です




