第7章 境界線の接触
「……返答するかどうか、リーダーに判断を任せるぜ」
ルキがモニターから目を離し、振り返った。
ジェネシスのオペレーションルームには、レオン、セラ、グレン、ルキ、ナッシュ、ティアナ、そしてカイが集まっていた。
先ほど届いた謎のメッセージ──
『ARCADIAの真実を知りたければ、返答を』
それは、彼らの調査が誰かの目に留まった証左でもあった。
「罠の可能性が高いわ」
セラが腕を組み、警戒をあらわにする。
「このタイミングで向こうから接触してくるなんて……。発信元も匿名、暗号化も高度すぎる。政府内部からの可能性が濃厚でしょ」
「だが、接触せずにいては何も始まらん」
レオンが静かに言う。「『ARCADIA』──俺たちが追っている《ノア》暴走の根源かもしれない。
確実に辿り着くには、多少はリスクを取る必要がある」
「……まぁ、それも一理あるわね」
セラは眉をひそめながらも渋々頷いた。「ただし、テキストのやり取りだけじゃなく、顔を突き合わせて話したいわ」
「そうだな。その方向で調整を進めよう」
「じゃ、さっそくデート設定するぜ!スーツで行ったほうがいいかな?」
ルキは、ナッシュとティアナを連れてハッキングルームの方へ歩き始めた。
*
数日後。
レオン、セラ、カイの三人は、こちらから指定した郊外の廃墟に向かっていた。
市街地から離れた工場跡地。半壊した鉄骨が月明かりに浮かび、風が荒れた建材を擦るたび、不気味な軋み音が響く。
――カンッ。
廃墟の鉄扉をノックする音が響いた。
「……来るわよ」
セラが廃墟の奥を見つめて呟いた。
その声と同時に、鉄扉の向こうから人影が現れた。
フードを深く被った女性。足取りは落ち着いており、何かのデバイスを取り出すと周囲に通信妨害フィールドを張った。
「……あなたたちがジェネシスのメンバーね?」
彼女の声は落ち着いていて、知性を感じさせる。
「あんた、ひとりで来たのか?」
レオンが警戒心を隠さず問う。
「ええ。一人よ。監視もつけていない」
彼女は淡々と答えた。「早速だけど、『ARCADIA』──あなたたちはどれほど情報をつかんでるの?」
「俺たちはほとんど何も知らない。あんたは関係者なのか?」レオンが前へ出る。
「いえ、関係者ではないわ。でも、私も《ノア》の粛清について調べているうちに、政府中枢で密かに存在している『ARCADIA』という組織にたどり着いたの」
「政府中枢……『ARCADIA』っていうのは組織の名前なのね?」セラの目が鋭くなる。
「ええ。公には存在しない、非公開の組織。《ノア》の稼働当初から密かに運用され、開発に携わった元技術者たちも関与しているとの噂もあるわ」
「《ノア》の開発者も……」カイが呟いた。
「目的は明らかではないけど、最近の粛清強化は、彼らの意志が関わっている可能性が高い。私は、その動きに疑問を持ち、あなたたちと共闘したいと考えてアクセスしたの」
「なぜ、政府側の人間がそこまで?」
レオンの問いに、女性はわずかに目を伏せる。
「私は……今の《ノア》のやり方に疑問を感じているの。《ノア》は人知を超えた存在……。だから、正直なところ正否は分からない。でも、直感的に正しいとは思えない。その裏付けを取って、それを止めたい。あなたたちと目的は近いと思っているわ」
沈黙のあと、レオンは小さく頷いた。
「協力しよう。あんたの名は……?」
「私は、レイナ。レイナ・グリムよ」
「よろしくレイナ。俺はレオンだ。こっちの二人はセラとカイ」
セラとカイは小さく会釈した。
「ええ、こちらこそよろしく。レオンとセラは政府内でも最近よく聞く名前ね」
「そうか、完全にブラックリスト入りだろうな」
レイナは少し微笑みながらUSBデバイスを差し出した。
「これは《ノア》の中枢ネットワークへのアクセスが可能な中継通信拠点に関する情報よ。
この場所は、10年前までAI開発に使われていた研究所跡地──“コードネーム・ベータライン”。
現在は封鎖されているけれど、地下通信回線がまだ生きているらしいわ。これを使えば、より深く内部へ入り込めるはず」
「旧世代のAI研究施設……」レオンが眉をひそめる。「政府がそんな場所をまだ……」
「だからこそ、外部の目が届かない。『ARCADIA』もそこを使っていた可能性が高いわ」
セラが腕を組んだまま、冷ややかに問いかける。
「どうしてそれを私たちに渡すの?あなたが完全に裏切っていない証拠は?」
レイナは目を細め、数秒の沈黙のあと、低く答えた。
「残念だけど、私にはこれを有効に使えるスキルがない。あなたたちの仲間にはいるでしょう?
あと、裏切ってない証拠ね……私の友人も《ノア》によって消されたわ」
場が静まり返る。セラの目がわずかに揺れる。
「そう、分かったわ。でも完全にあなたを信じたわけじゃない。裏切ったら──その時は覚悟して」
セラが冷たく言うと、レイナは静かに微笑み、何も言わず、またフードを深く被り直した。
*
一方、政府庁舎の一室では、アヤがユウナの紹介である人物と面会していた。
彼の名はルツ。中年の情報アナリストで、政府内でも古参のひとりだ。
「私、最近の《ノア》の判断、少しおかしいと思っているんです……
ユウナからあなたも……そういうことを言っていたって聞いたので……何か知っていたら教えてほしいんです」
ルツは少し困った顔をして答えた。
「うーむ、あまり大きい声では話しづらいが、私は最近、粛清対象のリストを何度か解析している。その中に、明らかに危険でもなんでもない人間が増えているのは確かだ」
「やっぱり……」
「誰かがリストを“操作”しているとしか思えん。それが可能なのは──」
「……中枢組織?」
アヤが低く言った。
ルツの顔に微かに驚きが浮かんだが、すぐに頷いた。
「ユウナか?あいつはおしゃべりだな……。公な組織ではないので私も見たことはないが……」
「どういう組織なんですか?」
「《ノア》が稼働する以前に組織され、開発メンバーもいるらしい。正式名称か呼称か分らんが『ARCADIA』と呼ばれている」
「『ARCADIA』……」
「そう。その組織で勢力が分断し衝突が起きているという噂だ」
「その影響で粛清対象が“操作”されているってことですか?そんなことで……」
「うむ、あくまでも噂だがな。組織内の少数派メンバーはすでに粛清されたという話もある」
「じゃあ、もう粛清強化の流れは収まるんですか?」
「それは分らん。あくまでも噂のレベルで、実際は何も掴めていないんだ。『ARCADIA』が本当に存在しているかどうかも確認できていない」
「そんな……」
「だが、気をつけろ。『ARCADIA』の存在有無はさておき、政府内にも“見張る目”はある。我々が疑念を持っていることすら知られるべきではない。
じつは、私も先日警告を受けた。もうこの関係の調査は止めることにしたんだ」
「そうなんですね……」
「悪いことは言わん。君もこのあたりで止めておいた方がいい。大事な家族を失うことになるかもしれんからな。ユウナにも伝えておいてくれ」
アヤは小さく頷いた。
彼女の中で、疑念は強まっていた。が、同時に《ノア》に対する恐怖も強まっていた。




