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ヒューマンコード  作者: エイジ


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第6章 理想郷への侵入

アイグリッド南部拠点のハッキングルーム。

緊張が張り詰める空間に、三人の影がディスプレイを囲んでいた。中央にはルキ。左右には、彼の部下であるナッシュとティアナ。カイはルキの背後の椅子に腰掛け、黙って彼らの動きを見守っている。


「へい、ブラザー! 準備はいいか? ナッシュはルートAから突入、ティアナはバックアップ経路を構築してログにノイズを撒いてくれ」


「了解、兄貴」


「ノイズ生成開始。政府の定期メンテナンスを装うわ」


彼らは前回の作戦で設置した中継ノードを経由し、《ノア》の深層領域への侵入を試みていた。しかしセキュリティは予想以上に手強かった。


「……これ、自動学習型のディフェンスだな。攻撃パターンをリアルタイムで記録して最適化してやがる」


「2秒でも遅れたら即ブロック。こっちはおつむの弱い人間様なんですけどー」

ナッシュが肩をすくめながら苦笑する。額にはじっとりと汗がにじんでいた。


「よーし、じゃあIQ300の俺様がサポートしてやんよ」

ルキがキーボードを叩きながら茶化す。


ティアナはルキの軽口をスルーして、画面を睨みつけたまま口を開く。

「ルートAが塞がれた。B経路に切り替える。パケットを細切れにして、遅延挿入で潜り込むわ」


「OK、その間にプロトコルの癖を探る。お前らは罠に気をつけろよ、ぼくちゃんは純粋だからすぐ引っかかっちゃう」


30分近い、静かで熾烈な戦いの末――

ルキの指が一瞬止まり、その目が鋭く光った。


「……いたぞ、ベイビー。擬似ログの中に、一つだけ解析不能なブロックがある。たぶん、そこが本物の内部ルートだ」


「接続してみる? ……ハニーポットの可能性もあるけど」


「ティアナ、お前、俺がハチミツ大好きなの知ってるだろ? 遮断レベル4で接続。異常値が出たら即カットしてくれ」


ティアナが慎重に操作を進め、接続を実行する。数秒間の沈黙のあと——


「……入った。深層ログへのアクセス、成功」


ルキは静かに、そして満足げに笑った。



ログの解析が進む中、ティアナが声を震わせた。

「……改ざんされてる。選別ロジックの判定基準が、明らかに後から書き換えられてる。それに、ログ構造が妙に歪……意図的に隠蔽された形跡があるわ」


「こっちでも見つけた」

ナッシュが別の端末を叩きながらファイルを示す。


「更新履歴が無理やり塗り替えられてる。普通のAIの自己学習じゃ、こんな不自然な痕跡は残さねぇ。誰かが手動で書き換えた……しかも署名も残ってねぇ。唯一残ってたIDが──」


「“ARCADIA”」

ナッシュが重く口にする。


「ARCADIA……?」

カイが首を傾げる。「理想郷って意味ですよね? でも、個人のIDにしては変な名前ですね」


「理想郷ねぇ……どこぞの教祖様か何かか?気味悪ぃな」

ルキが苦笑しながらも、眉をひそめる。


ティアナはディスプレイから目を離さず、低く呟いた。

「選別の基準が変われば、排除される人も変わる。……この改ざんのせいで、どれだけの人が……」


ルキはファイルを閉じ、緊張が残る指先で通信ラインを切断した。

「よし、これ以上掘ったらAI様から粛清されそうだし、さっさとご帰還して報告しようぜ。命あってのハッキングだからな!」



オペレーションルームには、レオン、セラ、グレンが待機していた。

ルキたちが戻ると同時に、スクリーンにログが映し出される。


「報告するぜ。目標施設の深層ログに一部アクセス成功。そこでわかったのは、《ノア》の排除命令が誰かの“手”によって、あらかじめ書き換えられていた可能性があるってことだ」


ルキの声には、普段の軽口とは裏腹に重みがあった。


「……改変? AIの判断基準が?」

レオンが眉をひそめる。


「そう。自己学習で進化するはずのノアのロジックが、外部から人為的にいじられてた。で、そのログインIDが──“ARCADIA”」


「“ARCADIA”……理想郷、ですか」

グレンが低く呟く。


「皮肉な名前だよな。『逸脱傾向』とか『非効率性』って曖昧な理由で排除対象が選ばれてた。しかも、そこには明確に“誰かの意思”が入り込んでた」


セラがぽつりと呟く。

「……あの時も、“逸脱傾向”って理由だった……」


室内に重たい沈黙が落ちる。


ルキはゆっくりと目を閉じた。

「これは、AI様のご乱心じゃ済まされねぇ。誰かが排除の判断を誘導してやがる。その結果、人が……消されてるんだ」


レオンがゆっくりと立ち上がる。

「──つまり、みんなが信じている“中立のAI”ってのは、ただの幻想だったってことだな。……いいだろう。これでハッキリした。戦う理由が、また一つ増えた」


その瞳に宿る静かな炎が、室内の空気を変えた。



その頃、政府側――

アヤは、数日前にライアンと交わした会話を反芻していた。


「カイ・シエルドが、通信施設への侵入を試みたとの報告があった。一緒にいたのは、反体制組織ジェネシスのセラ・カーンだ」


「……侵入されたんですか?」


「ああ、内部までは入られた。ただし目的は不明だ。何か仕掛ける前に検知され、撤退していった。陽動だった可能性もある」


アヤの眉がわずかに動く。


「その《ジェネシス》、最近よく耳にしますが……一体どういう組織なんです?」


ライアンが静かに答える。

「反統治を掲げるレジスタンスだ。《ノア》の判断で排除対象となった人間たちの一部が結集しているらしい。全容はつかめていないが、動きは活発になってきている」


アヤはその名前に、言い知れぬ興味を抱きはじめていた。



それから数日――

ルキたちは“ARCADIA”という手がかりをもとに、情報を掘り続けたが手がかりは乏しく、苛立ちだけが募っていた。


そんなある夜、ティアナの端末に微弱なシグナルが届く。


「……待って。外部からアクセス要求」


「発信元は……識別不能。でも、A-13Cっていう古い暗号プロトコルが使われてる。これは……昔の軍事系の通信技術よ」


ルキが画面を覗き込み、顔をしかめた。


スクリーンには、たった一文だけが表示されていた。


『ARCADIAの真実を知りたければ、返答を』


「“ARCADIA”……!? 何者だこいつ……」

ルキの表情から冗談は消えていた。


その発信者は、“ARCADIA”を知っている。

ジェネシスの存在も、政府の裏側も──知っている。


そして、彼らを試しているかのように――静かに誘っていた。

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