第5章 決意の火花
夜の都市は、人工の光に満たされていた。だが街の外れにある古い通信施設は、どこか時代から取り残されたように沈黙していた。
三人ずつ三つの班に分かれたジェネシスのメンバーたちは、それぞれ別の通信設備を目指していた。どこかひとつでもハッキング経路として無線装置の設置が成功すれば、任務達成となる。
カイはセラと、もう一人の仲間とともに、アイグリッド北西にある施設に忍び込む。陽動を兼ねた突入だ。冷たい風が肌を刺す。
カイの鼓動は早まっていた。初めての任務、しかも敵の牙城に踏み込むのだ。
「落ち着いて。息を整えなさい」
先頭を行くセラが、低く囁いた。その声は不思議と安心感をもたらす。カイはうなずき、暗がりの中を進んだ。
三人は壁際に身を寄せ、監視の死角を縫うようにして施設の裏手へ回り込む。セラが小型の機器でロックを解除し、扉を押し開けた。内部には冷たい機械音が満ちている。
「ここね……急ぐわよ」
機器の群れの間をすり抜け、ロックを解除しながら設置ポイントへ向かう。だが、最後のロックを破り、制御室へと足を踏み入れた瞬間、天井の赤いランプが点滅した。
「……チッ、検知されたか?!」
セラが舌打ちすると同時に、警告音が施設全体に響き渡った。
やがて、複数の監視ドローンが羽音を立てて侵入してきた。機械仕掛けの赤い光が不気味に揺れる。
「撃ち落とせ!」
セラの号令に従い、カイは震える手で銃を構え、必死に引き金を引いた。
光弾が走り、弾かれた金属片が飛び散る。ドローンの機体が火花を散らして墜落した。だが次々と現れ、数で押してくる。小型ながら鋭敏な機動で、銃口を狙う暇さえ与えない。
カイは額に汗をにじませながらも、かろうじて一機、また一機と撃ち落とした。心臓が耳を打つ。——訓練とは違う。死の気配が、肌にまとわりつく。
ようやくすべて撃ち落としたかと思った矢先、重厚なブーツの足音が通路を震わせた。
「次、処理班が来るぞ!」
セラの叫びと同時に、全身装甲を纏った兵士たちが突入してきた。
閃光弾の光が走り、銃声が交錯する。カイは耳をつんざく轟音の中で必死に身を伏せ、狙いを定める。引き金を引くたびに、肩が反動で跳ねた。銃撃がひとりを貫き、兵士が倒れる。
「……やった……!」
安堵の息が漏れた瞬間、物陰から別の兵士が飛びかかり、体当たりされた。
「ぐっ……!」
鋼鉄の腕が喉を締め上げ、呼吸が奪われていく。視界が暗転しそうになる。だがグレンに習った通り体をひねり、なんとか抜け出した。反撃の蹴りを腹に叩き込み、相手を壁際へ弾き飛ばす。
勝った——そう思った瞬間、背後からの衝撃。馬乗りにされ、殴りつけられる。必死に暴れるが、相手の力は圧倒的に重い。
「カイ!」
閃光が炸裂し、視界が真白に染まる。セラが影のように飛び込み、兵士を蹴り飛ばした。
「立ちなさい! こんなところで終わるわけにはいかないでしょ!」
「っ……ありがとうございます!」
カイは血の味を噛みしめながら立ち上がった。だが処理班は次々に押し寄せる。彼らの動きは統率され、素人のカイにとっては一瞬の油断が致命傷になりかねない。
その時、通信機からノイズ混じりの声が響いた。
『こちら第二班。任務完了!』
荒い息遣いとともに入る報告に、セラの顔が引き締まる。
「よし、撤退するわよ! 全員、退け!」
号令と同時に、三人は弾幕を張りながら裏口から通路へ駆け出した。
出口へ向かう途中、待ち伏せていた処理班が再び道を塞ぐ。銃火が交錯し、壁面を抉る。セラが前に出て撃ち抜き、仲間が援護射撃を加え、ようやく突破口が開いた。
「走れ!」
足音が夜を切り裂き、警報と銃声が背後で混じり合う。
外へ飛び出した瞬間、冷たい夜風が肺を打つ。だが安堵の暇もなく、施設外周にはすでに待機していた処理班が展開していた。赤いスコープが闇に光り、銃口がこちらを狙う。
「まだ安心するのは早いわよ! 突破するわ!」
セラの声が鋭く響く。再び銃撃戦の渦に飛び込み、三人は必死に走り抜けた。
命からがら包囲を抜けたとき、夜風がようやく「生き延びた」という実感を運んできた。
*
一方そのころ、政府庁舎の上層階。静かなオフィスの一角。薄いガラス越しに都市の夜景が広がっていた。
アヤはカップに注いだ温かい紅茶を手に、窓際のソファに腰を下ろした。
アヤの同期で親友のユウナが対面に座り、わずかに首を傾ける。
「珍しいね。こんな時間に話そうなんて」
ユウナが柔らかく笑う。だがアヤはその笑みに返さず、しばし沈黙を置いた。やがて静かに言葉を紡ぐ。
「……最近、《ノア》の判断、ちょっとおかしくない?」
その一言に、ユウナの表情がわずかに引き締まった。冗談ではないのだと、すぐに理解したのだ。
「……たとえば?」
「粛清対象の選定。明らかに脅威ではない人まで、突然リスト入りしてる。しかもその理由が明かされないまま、即座に排除されてるケースが増えてる」
アヤは目を伏せ、握ったカップに視線を落とす。
「私たちは《ノア》の判断に従うしかない。でも、それが本当に最善なのか、最近は……わからなくなってきた」
ユウナは一度、深く息を吐いた。戸惑いを隠すことなく、手の中のカップを見つめたままぽつりと口を開く。
「……噂なんだけどね。《ノア》の側近に、“中枢組織”があるって」
「中枢組織?」
「公にはされてない。でも、政策判断に密かに関与してるグループがあるって話。最近、その中で分裂が起きてるんだって。主導権を握りたい一部が、《ノア》の判断を“利用”してるって」
アヤは顔を上げた。
「……つまり、《ノア》の判断が狂ってるんじゃなくて、“狂わせてる”ってこと?」
ユウナはゆっくりうなずいた。
「たとえば――本来なら粛清対象にならないような“少数派”を排除するために、わざと一般市民も無作為に排除して、“偏り”を目立たせないようにしてるんじゃないかって……」
その言葉に、アヤの喉が詰まった。思わず紅茶をひと口飲むが、味は感じなかった。
「そんなことが……本当に……?」
「噂よ。ただのね」
ユウナはそう言ったが、その目は笑っていなかった。
「でも、もし本当なら――私たちは、“何か”に加担してることになる。自覚もないままにね」
沈黙が、ふたりの間に重く落ちた。窓の外では、無機質な都市の灯りが静かに瞬いていた。
そのとき、アヤの携帯端末が鳴った。
「はい、アヤ・レインです」
ライアンからだった。
『例の少年。発見されたらしいぞ。また逃がしたらしいが』
「そうなんですか? すぐ向かいます」
アヤは通話を切り、ユウナに「ごめん、呼ばれたので行くね。また聞かせて」と詫びて走っていった。
*
夜明け前、ジェネシスの拠点。
セラ班が戻ると、レオンとグレンが迎えた。仲間たちは疲労の色を隠せないが、通信経路の確保という目的は達成された。
まだ緊張の余韻が残る空気の中で、各班のリーダーから状況報告があった。
三班のうち一班は、一人犠牲者が出た。
ミーティングはレオンから任務達成の喜びと、犠牲者への弔いの言葉で締めくくられた。
ミーティングが終わったあと、レオンに話しかけられた。
「カイ! 初任務、ご苦労だったな。どうだった?」
「正直、疲れました……僕もやられそうになったんです。処理班に押さえつけられて……。でも、セラさんが助けてくれました。僕が戦えたのは、ほんの一瞬だけで……」
悔しさが混じる言葉に、レオンは短く笑った。
「誰だって最初はそんなもんさ。セラだって、最初からあんな風に戦えたわけじゃない」
「え……セラさんも?」
カイが思わず問い返すと、レオンは懐かしむように視線を宙に漂わせた。
「ああ。初めての戦闘じゃ銃をまともに構えることもできなかった。敵に囲まれて、震えて……。俺や仲間が何度も庇ったもんだ。それでもあいつは逃げなかった。怖くても必死に立ち向かってきた」
レオンの声には、仲間への敬意と、当時を思い出す温かさがにじんでいた。
「……どうして、そんな危険な場所に身を置こうとしたんですか? セラさんは」
カイは、少し離れたところでいつも通り冷静に会話しているセラの姿を見つめながら聞いた。
「……恋人を、目の前で奪われたんだ」
レオンの声が低く沈む。
「《ノア》の処理班にな」
カイの胸がざわめく。
「……目の前で……」
「そうだ。俺たちもその場にいた。助けようとしたが、武装した処理班を止めることができなかった。なんとかセラは助けることができたが……恋人は無情に引きずられていった。……それが、あいつがここに立ち続ける理由だ」
静かな部屋に、レオンの声だけが響いた。
装備の手入れを始めたセラの背中には、深い決意の影が刻まれていた。
カイは拳を握りしめる。
「……僕も、もっと強くならないと」
レオンは黙ってうなずいた。




