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第2章 地下への招待

闇に紛れて、レオンとカイは廃ビルの地下へと身を滑り込ませた。

背後ではまだかすかに警報が響いていたが、地下通路に降り立つと、それも次第に遠ざかっていった。


「ここまで来れば、もう安全だ」

レオンはライフルを肩から外し、周囲を確認する。仄暗い通路には、配管と古びた電線が這い、かつての地下鉄の名残が色濃く残っていた。


「……あれが、統治AI直属の処理班なんですね。なんで僕の家族が……」

声が震える。状況を理解しきれないまま、カイは両手を膝につき、うつむいた。


レオンは静かにそばへ寄り、ポケットから小さな水筒を差し出す。


「ほら、少し飲みな。ご家族のことは……なんと言えばいいか……

でも、君はまだ生きてる。まずは、それを喜ぼう」


カイは無言でそれを受け取り、少しだけ口をつけた。


「あらためて、俺はレオン。君と同じく、《ノア》に家族を奪われた人間だ」


「レオンさんも……家族を?」


「ああ。大事なアニキを奪われた。アニキに庇われて俺は逃げた。《ノア》の監視は日ごとに厳しくなってる。君が逃げ延びたのは、奇跡に近い」


レオンの表情は冷静だったが、その奥に怒りの炎が確かに宿っていた。

カイは彼の顔を見つめる。ゴーグルの奥に隠された表情は読み取れない。だが、言葉からは確かな人間の体温を感じた。


「……これから、僕はどうすれば……」


「君には、ここで選んでもらいたい。俺たちの“拠点”に来るか、それとも一人で逃げ延びるか」


「選ぶ……?」


「俺たちは、《ノア》の支配に抗うレジスタンスだ。君のように理由もなく家族を奪われた者たちが集まっている。戦いの中で命を落とす可能性もある。強制はしない。これは、君自身の意志で決めるべき選択だ」


カイはしばらく黙っていた。

頭の中に、叫ぶ父の声、連行される母と妹の姿が何度もよみがえる。


「……行かせてください。レオンさんたちの場所へ。僕は家族を取り戻したい」


レオンはわずかに口角を上げた。


「わかった。じゃあ、こっちだ」


彼は懐から小型の投影装置を取り出し、床の隅に設置する。青白い光が走り、隠された扉が開いた。

その先には、さらに深い地下通路が続いていた。



そのころ、中央都市エシュリオン――《ノア》の中枢がある政府庁舎。


処理部隊の報告室では、アヤ・レインが直属上官のゼクス・ガイル少佐と対面していた。


「……対象の家族は、長男カイ・シエルドを除いて全員拘束済みです。彼のみ取り逃がし、現在も捜索中です」


「逃したのか? ただの大学生だろう。どういうことだ」


ゼクスの声は冷たく、平坦だった。無表情のまま、机に肘をついてアヤを見下ろす。


「最近活動が活発化しているレジスタンスのリーダー格の男に連れて行かれたようです」


「……それで?」


「捜索は継続中ですが、地下へ逃げたとの報告があり、追跡信号も現在は途絶えています」


「増員して、早急にアジトを炙り出せ」


「……はい、申し訳ありません。ただ――

対象はごく普通の大学生です。生活履歴にも、特筆すべき問題行動は確認されておらず――」


統治AIノアが“逸脱傾向あり”と判断した。それがすべてだ」

ゼクスはアンドロイドのように、感情を挟まずに言った。


「ですが、最近の判断は、あまりにも――」


言いかけたアヤの言葉を、ゼクスは冷ややかに遮った。


「アヤ・レイン。君は処理部隊の士官として命令を実行する立場だ。思考する権限は《ノア》にある。

……君自身が排除対象になりたくはあるまい」


アヤは口をつぐむしかなかった。

処理班に配属されて二年。数多くの「排除」に立ち会ってきたが、今回の件は何かが違っていた。


家族全員を“逸脱の兆候あり”として連行。しかも、行動ではなく「思考傾向」が理由――。


(このまま従っていて、本当にいいの……?)


ゼクスは端末を操作し、映像記録を再生する。

処理班が家族を拘束し、カイが逃げ出す瞬間を切り取った場面だった。


「逃げた者は、例外なく追跡・排除対象だ。……君の部隊が、その任に当たることになる」


アヤは敬礼し、部屋をあとにした。


だが、その足取りはこれまでになく重かった。



地下通路を抜けた先に、巨大な防爆扉が現れた。

外界から完全に遮断されたその入り口には、複数の監視カメラと認証端末が備えられている。


「レオン、生体認証を」

低く落ち着いた男の声が響いた。


「俺だ。開けてくれ、グレン」


ピッという電子音とともに、扉がゆっくりと開く。

その奥から現れたのは、短髪の黒髪に鋭い目つきを持つ男だった。年齢は四十代半ばほど。

白衣の上に戦術ベストを羽織り、背筋はピンと伸びている。


「あなたが……カイ君ですね」

彼は理知的な瞳で見つめながら、右手を差し出した。

「私はグレン。ここで情報と分析を担当しています」


「あ、はい……グレンさん」

カイは戸惑いながらも、その手を握った。


「まだ混乱しているとは思いますが、大丈夫。今のあなたは《ノア》の監視網から外れています。少なくとも、今はね」


カイの視線の先には、広々としたホールのような空間が広がっていた。

複数のディスプレイに囲まれたオペレーションルーム、工具と部品が並ぶ作業台、数人の男女が黙々と作業を続けている。


「……ここが、レジスタンスのアジト……」


「正確には、“アイグリッド南部拠点”です。全体の一部にすぎませんが、重要な拠点のひとつ。あなたの身柄も、ここでしっかり保護します」


その言葉に重なるように、レオンが背後から口を開いた。


「君も、今日から仲間だ。ここには《ノア》の犠牲者が大勢いる。みな、それぞれに傷を負い、目的を持って戦っている」


カイはもう一度、周囲を見渡した。

誰もが真剣な表情で動いている。その空気に触れ、胸の奥に、ほんのわずかな希望が芽生える。


「……僕も、仲間に入れてください。何ができるかは分かりませんが……」


「ええ、もちろんです」

グレンが穏やかに微笑んだ。

「共に戦いましょう。自由のために」


レオンがカイの肩に手を置く。


「君の家族が、なぜ《ノア》に排除されたのか――その理由を突き止め、《ノア》の暴走を止める必要がある」


カイは静かにうなずいた。

すべてを知りたい――その気持ちが、確かに胸の内で芽生えていた。


こうして、カイは運命の歯車へと足を踏み入れた。

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