第14章 囮と潜入
一週間が経ち、街はいつもと変わらぬ顔で夜を迎えていた。
だがその静けさの裏で、ジェネシスの拠点では息を潜める者たちがいた。
空気が張りつめ、臨戦の鼓動だけが確かに響いている。
アヤから託されたチップの情報をもとに、作戦は緻密に組み上げられている。
地図と通信ログ、そしてルキたちが徹夜で抽出した “保守モード” の痕跡──
それは旧政府庁舎の地下へと続く、ただ一つの“生きたルート”を示していた。
「行動は今夜だ。サガラ率いる陽動班は三手に分かれ、監視網を誘導する。
俺たち技術工作班は旧庁舎に地下から潜入し、接口を確保する」
レオンの声には迷いがなかった。包帯の下で握る拳は汗で湿っているが、震えは力に変えられている。
彼の周囲にはセラ、カイ、ルキ──そして南部の面々。
誰もが沈黙したまま、わずかな息遣いで彼の言葉を刻みつけていた。
サガラは三班の名簿を確認し、短く頷く。その目は鋼のように硬く、わずかな感情すら映さなかった。
隣で副リーダーのエドが端末を操作し、タイムラインを映し出す。
そこには監視ドローンの軌道、処理班の巡回パターン、そして「陽動の火花」を散らす行動経路が分単位で並んでいた。
「一班と二班は派手に陽動する。三班はその隙に“本隊”を装い、敵の意識をさらに引き寄せる。
本命を隠すには、嘘も真実に見せる必要がある」
サガラの低い声に、全員が頷いた。
緊張の中にも、鋭く研がれた一体感が漂っていた。
──夜半。陽動三班はそれぞれ街へ散っていった。
街路のネオンが雨粒のように滲み、ビルの谷間で風が低く唸る。
その合間を縫うように、ジェネシスの影が動いた。
通信妨害によるノイズ、掲示板の偽情報、交通灯の瞬間的な誤表示──
派手だが致命的ではない“見せ場”が各所で同時多発し、監視の焦点が次々と移っていく。
「一班、二班、誘引成功。巡回ドローンのパターンが崩れてる。本部に伝わるまで、あと数分だ」
サガラの声が無線に響く。湿った夜気の中、その声は異様に澄んでいた。
やがて政府の監視網が反応を示す。異常検知が中央に送られ、ゼクス少佐の端末に報告が上がった。
彼の瞳がモニターを射抜くように細まり、短い間の後、冷たい命令が下る。
「動いたなジェネシス。二地点に部隊を投入しろ。粛清対象として対処を許可する」
指令が走り、処理班が出動する。重装車両のエンジンが都市の地下を震わせ、
ゼクスの迅速な判断が結果的に都市の要所に“隙”を生む。
情報の動かし方が想定通りに機能し始めたのだ。
三十分後、二つの陽動地点では銃声が響き、閃光弾が夜空を裂いた。
金属と火薬の匂いが入り混じり、ビルの壁面に閃光が反射しては消える。
一班は路地裏で遮蔽物に身を隠しながら、処理班の装甲兵を迎撃していた。
「後退! 角を曲がった先で再配置!」
サガラの叫びが飛ぶ。弾丸が壁を穿ち、破片が頬をかすめる。
煙幕を展開し、隊員たちは瓦礫を飛び越えて次の位置へと移動する。
足音、息遣い、そして銃撃のリズムが、まるで一つの戦場の鼓動のように脈打っていた。
二班は高架下で応戦していた。
上空のドローンが照射する白いサーチライトが、夜の闇を切り裂く。
「撃ち落とせ!」
二班指揮官が携帯ジャマーを起動し、ドローンの一機が墜落する。
しかし敵の数は減らず、包囲の輪がじわじわと狭まっていく。
「後退しながら休まず撃て! 時間を稼げ!」
指揮官の怒号が響き、隊員たちは次々と物陰から発砲した。
応戦しながらも、一班・二班ともに計画通り徐々に後退を始める。
まるで獣が自ら罠に誘い込むように、敵を市街地の奥へと引きずり込んでいった。
やがて、街のあちこちで爆発音が連鎖し、都市全体が混乱に包まれる。
警報が鳴り、ドローンが一斉に舞い上がった。
市民区域は騒然となり、監視網の目が一方向――二つの戦線に集中していく。
「三班、十五分後に監視網につかまれ」
サガラの低く冷静な声が通信に響く。
「ラジャー」
エドの短い返答。
三班は一班・二班の交戦地から離れた旧通信設備へ潜入しており、
旧庁舎とは反対側――“ダミーの本命”として動いていた。
エドは静かに腕時計を見やり、タイムラインを確認する。
「──予定通り、仕掛ける」
三班の隊員たちはヘルメットのライトを消し、闇の中を滑るように前進した。
目的は潜入ではない。検知される“こと”そのものが任務だった。
古い通信塔の裏側に到達すると、エドが携行端末を起動させる。
周波数干渉プログラムが作動し、わずかにノイズが空気を震わせた。
「信号、上がった。監視系統に引っかかるまで、あと十秒……」
その言葉と同時に、警報灯が赤く点滅し始める。
数秒後、都市の監視網が反応。
高空からドローンが急速に飛来し、レーザーセンサーの光が地面をなぞる。
「かかったな」エドが苦く笑う。
都市の監視の焦点は完全にそちらへと向かった。
「……任せたぞ。」
エドは闇の奥を見据え、誰にともなく呟いた。
──その瞬間。
「行くぞ」
レオンが短く告げた。技術工作班の五人が、闇を縫うように旧庁舎の地下入口へと向かう。
入口はアヤの情報からルキが解析で突き止めた古い保守口。長年使われていない鉄扉。
カイが手動制御モードに切り替え、旧式の電子ロックを解除する。
錆ではなく、通電の遅れが生む低い唸り音が響き、扉がゆっくりと開いた。
湿気を含んだ冷気が吹き出す。中は薄暗く、古い機械油とカビの匂いが混ざる。
「音を立てるな。撃ち合いは避ける。見つかったら、すべてが水泡に帰す。」
レオンの声は低く、冷徹な集中を帯びていた。
通路は細く、壁の内側を無数の光ファイバーが脈動するように走っていた。
ところどころ断線したケーブルから、青白い微光が漏れている。
床には古い制御パネルの破片が散らばり、過去と現在が入り混じったような光景だった。
ルキは携帯端末を耳元に当て、ノイズとログを照合しながら進む。
赤フィルターのライトが全員の顔を薄く染める。音を立てることは命取りだ。
「このノード、古い保守ルートと一致してる。でも反応がある。稼働してる配線が混ざってるぞ」
ルキの囁きに、セラが素早く周囲を確認する。
「気を抜かないで。静かに。」
慎重に進む彼らの前に、想定外の警備パトロールが入ってきた。
足音が金属を打つように響き、胸の鼓動がそれに重なる。
ルキは素早く天井の小型監視カメラを指差す。
レオンがナイフを取り出し、配線を引き抜く。映像は途切れ、カメラの赤いランプがふっと消える。
「来るぞ」
レオンが耳打ちし、全員、壁に張りついて息を止める。影が視界をかすめ、足音は通り過ぎた。
セラは静かに人差し指を唇に当て、わずかな反射光さえ抑える。
数秒が永遠のように過ぎ、気配が遠のく。緊張が少し緩んだ瞬間、通路の奥に古びた鋼鉄の扉が見えた。
表面には薄く「保守区域」の刻印が残る。ルキがライトを寄せ、番号を確かめる。
「ここだ。ログにあったノードの一つ──“ARCADIA接続端末”。」
レオンはゆっくりと拳を握り締めた。
「……よし、ここからが本番だ。」




