レイジと店主。
ダンジョン調査・攻略専門ギルド『3丁目』に所属するハンター、仁久レイジ。
ハンターに覚醒した時、与えられた職業は『格闘家』
そして、戦闘職優遇なハンター社会という事もあり、ハンターギルドに所属して、食いっぱぐれずにやってきた。
が、ハンターギルドも一種の会社である。
稼ぎがない場合、お金がない状態に陥る。
設立まもない頃の『3丁目』は、同業他社から妨害に遭う事も多く、死者は出ずとも、ダンジョン内でギルド員が多数負傷するなどで、治療費の支払い、装備の補填など、苦しい状況に立たされていた。
「今月も給料半分……。ダンジョンから持ち帰った品々が売れれば、いままで引かれていた分が返ってくるとはいえ、売れなければ……。あと、これ以上損害が出てしまうと……」
仁久レイジのスマホに映るのは、電子給与明細。
なんとかギリギリやれているものの、そのうち半分では済まなくなるかもしれない。
今でさえ厳しい。給料日前なんて、財布も腹も空っぽに近い状態だ。
「そもそも、妨害に遭う事自体がおかしいんだ……」
ダンジョンを見つけたら、調査権を獲得したギルドが調査に入るが、公式的にギルド所属をしていないけれど、実は所属していて、野良のハンターを演じている敵対組織の面々に、調査の邪魔をされること多々。
損害賠償の請求のため、別のギルド員が調査中である。
自分にできることは、ダンジョンから金になるものを多く持ち帰ること、早く妨害がなくなることを祈るだけだ。
覚醒者に、ゲームでいう回復専門職は、今のところ現れた話を聞かない。
怪我をしたら痛いし、すぐ治る事もない。
病院で手当を受けるしかないのだ。
「……なんだ?」
家までの道を歩いていると、ふと美味しそうな匂いが漂ってくる。
ふらふらと匂いのする方へ、つい足が向いてしまうのは、数日ろくに食べれていない所為もある。
「この……店……からか?」
おしゃれな喫茶店といった外観ながら、漂ってくるのは和食の匂い。
店の名を刻んだ看板は見当たらず。
しかし、中に灯りはついているし、客と思える人の姿も、ドアにはめ込まれたガラスにより確認できる。
匂いに釣られて、つい扉に手をかけてしまった。
カウンターを挟んで横柄な態度の男と、店員と思える小柄な女性が言い合いをしている。
「生意気な女だなっ! 逆らうんじゃねぇよ!」
男は叫び手を振り上げて、謎めいた怪しい動きをしている。
何かスキルを使うようだとレイジは見抜いて、くにゃくにゃ動く右手を力一杯掴んだ。
「んぎゃあぁあぁ!」
「女性相手に何してるんだ、恥を知れ!」
ガラの悪い男は、自分を掴んだ者を睨みつけるが、明らかに自分より背が高くガタイも良い。
単純に敵わないことを悟り、男は慌てて店から出ていった。
「大丈夫か?」
何かしらのスキルを使おうとしていた、という、使用前な状態で怪我はしていないだろうが、自分より大きくガラの悪い男が迫ってくる光景は、女性にはつらい人もいるはずで、レイジは咄嗟に声をかけた。
「大丈夫です、ありがとうございました」
力強い笑みを向ける女性店員。心身ともども無事そうに見えて、レイジはほっと息を吐き落とす。
カウンター越しにいる店員のその手には、包丁が握られていたが、衝立があるデザインのカウンターなので、内部であるそこは、レイジには見えていなかった。
――グゴゴゴゴッ
腹の虫が盛大に鳴く。ダンジョンに生息している魔物の虫でも腹にいるのだろうか……という響き方をして、レイジは慌てて腹を押さえるも、止まるものでも無い。
「騒がしい音で、すまない……」
「いいんですよ、ここは飲食店です。美味しそうな匂いでお腹の虫が鳴いてくれたなら、嬉しいです」
そして、店員はカウンター席への着席を促す。
財布の中身が悲鳴をあげているけれど、ここでの1食くらいは何とかなる金額は入っている。
レイジはそっと座る。
「……お兄さん、ハンターさんですよね?」
「あぁ、そうだが……」
「あっ、えっとですね……」
店員がこの店の扉は、ハンターじゃないと開けられない仕様になっている事を告げて、なのでハンターだとわかったという事を伝え、レイジを安心させようとしている。
(……なんか、必死だな。俺の顔、そんなに怖いのか……?)
よく、顔が怖いと言われがちなレイジ。
ちょっとだけショックを受ける。
「んで、です。ダンジョンにある食べ物って、食べられた事ありますか?」
「……い、一応」
腹が減っている時は、木になっている果実のようなものを食べた事はある。
無味に近いものだったけれど、みずみずしいものだったので、乾きは防げた記憶がある。
「このお店、ちょっとしたツテで、ダンジョン産の食べ物が手に入るんですね。そちらを使った料理をお出ししているんで、そういったものに抵抗がないかの確認です。きちんと鑑定で、食べられるものである事を確認してあるやつですが、苦手なら、普通の食事のご提供になります」
丁寧な説明に「ほう」と息を落とす。
ダンジョンにある食べ物を調理する、という発想はなかったため、驚いてしまったが忌避感は感じていない。
目の前の店員が、丁寧に接してくれているからだろうか。
「お……これか」
カウンターテーブルに置いてあるメニュースタンドを手に取り、目を通す。
――――――――――
カレーライス:体温持続、寒さ耐性
生姜焼き定食:腕力上昇
焼き魚定食:釣れた魚次第なので不明。お訊ねください。
フライ定食: 〃
ポテトサラダ:体力上昇
かぼちゃサラダ:ジャンプ力上昇
パスタサラダ:腕力上昇
中華スープ:声量微増
コーンスープ:疲れ目予防
※なお、上昇率は気まぐれで、極微弱〜微弱で時限的
――――――――――
「ダンジョン産の食材というのは?」
「魚や野菜っぽいものです。肉はツテがないので、普通の肉屋さんのお肉です」
飲食店で見ることのない、ステータスアップが書かれたメニュー。不思議な気分になる。
「そういえば、和食料理のような匂いに釣られて来たのだが……」
「あ、それはですね、新しい食材が手に入ったんです。人参のようなビジュアルだけど、大根みたいな味の野菜で、里芋のような食感なので、煮物にしちゃいました」
そう言って、店員は皿に盛った煮物をレイジに差し出す。
「試作品なので、お代は不要です。よければ感想をお願い致します」
「あ、ああ。では、お言葉に甘えて……頂きます」
甘くて塩っぱい、煮物らしい味であるが、ピリッと辛味が後からやってきて、白米が進む味である。
「とても美味い……。辛味が食欲をそそる。煮込み加減がとても好みだ……。もう少し塩辛いと、酒のアテになりそうだ」
飲食店で出される食事が美味しいのは当然な事。なのでレイジは、美味い以外にも、自分に伝えられそうな精一杯の感想を伝える。
オレンジ色な、里芋の食感をした大根味の野菜が、見た目で思った味と違うものの、空きっ腹に優しく沁みる。
「あ、あの、よければ、ほかのメニューに載せてないやつも、試食をお願いしていいですか?」
「感想は俺の主観になってしまうが……」
「何の問題もありません! さっき助けて頂いたお礼というかたちで! あ、お礼とお願いがごっちゃになって申し訳ないのですが……」
「いや、ありがたく頂こう」
そして次々と並ぶメニューにない品の数々。
試食というが、小鉢と呼ぶには大きい器で出される。
そして、白米やお吸い物も並び、レイジの目の前は、品数の多い和食料理コースのような状態になっていた。
元々、コンビニ弁当2個くらいでは足りないほど食べるレイジ。たくさん出てきても、全く動じず箸を進める。
ほっとする和食の優しい味は、空きっ腹に優しく染み渡り、食欲にも火がついてしまう。
「これらがメニューに並んでいないのは、もったいない気がするな……」
「ハンターさんだと、ガツンとしたの食べたがる人が多そうで、メニュー化していいものかと不安でして」
話をすると、この店員は店主だという。
1人でこぢんまりと切り盛りしているのもあり、他の従業員はいない。
「とても落ち着く味で美味い……この煮付けは――」
美味しいものを食べると、言葉が出なくなるというのが良くわかる。
黙ってじっくりたっぷりしっかり食べて、とことん味わい尽くしたい気分になってしまうが、試食という名で提供を受けているのもあり、ひとつひとつ丁寧に感想を伝えていくレイジに、店主はメモを取り真剣に聞いてくれている。
「あ、もちろんですが、こちらがお願いして食べてもらったので、お代は頂きませんからね」
「いや、しかし……」
店主は食後のコーヒーやデザートまで出してくれる。
久しぶりに美味い飯を腹一杯食べたレイジは、店主の申し出がありがたいながらも、申し訳ない気持ちになる。
「食べたい物と違う物だって、食べてもらったんですから」
「だが……」
「んじゃ、今度ダンジョン産の魔物の肉でも、持ってきてください。調理できそうならしてみたいです」
店主のイタズラっぽい笑みに、レイジの心臓は跳ね上がる。
「わかった、必ず」
「お待ちしております」
考える間もなく、即返事をしたレイジ。
店を後にし、ふと気になりステータスを見てみた。
「ステータスオープン」
――ステータス(簡易)―――
腕力: 85(+0.2)
俊敏: 64(+0.2)
体力:118(+0.1)
技術: 46
魔力: 75(+0.7)
運: 2(+0.0001)
――――――――――――――
――なんだ、この上昇率は……!
体が軽い気がして、ステータスを見ると、食べ物効果で本当にステータスが上がっていた。
ダンジョン産の果実らしき物を食べた時は、0.002ほど上昇をしていた記憶がある。何も変化は感じなかったが。
アップしているのは1未満の数字ながら、体の軽さを感じるため、食事の効果に驚きが隠せない。
「上昇値は小数なのに、体の調子がこんなにも変わるのか……」
いい店を見つけた。レイジは口角が上がる。
ダンジョン素材で調理された、ステータスアップの品々。
これはダンジョンに行く前に、ぜひ食べておきたいものだ。と幾度も頷く。
それに、素敵な笑顔の店主に、とても美味しい数々の料理。
「正規の客として行かねばな……」
次のダンジョン攻略に向けて、気合を入れる。
ダンジョン産の品で、ギルドの収入を上げ、給料を元に戻し、あの店で腹一杯食べる。
やらねばならないことに、やりたい事が加わると、心の火の灯り方も変わるものだ。
ギラリと気合の入った目となり、拳を握る。
――数日後
レイジが所属するハンターギルド『3丁目』は、ようやく妨害者やその組織を撃退した。
日本の法が適用されるダンジョンで、人を殺めてしまった場合は、ダンジョンから出たあと殺人罪が適用される。
妨害者たちは野良のハンターぶっている、敵対組織所属の者なので、万が一殺めてしまったら、身元がわかっているため、色々証拠を揃えて乗り込んでくるはずなのだ。
そのため、ダンジョンへ入ったあと、待ち伏せをし、大きな怪我をさせないよう生け捕りにして、敵対組織が動くのを待って、相手を潰した。
今回はダンジョン攻略ではなく、最初から対人戦として挑んでいたこともあり、容易に解決できた。
「あとは任せたぞ」
「こっちも証拠は掴んだ。こいつらを捕まえてきてくれて助かった」
縄でぐるぐる巻きになった人間たちをぽいっと、上長の前に捨てて、レイジは部屋を後にする。
捕まえた人間たちの中に、この間の店で店主に暴力を振るおうとした人間がいたため、他の妨害者たちよりこっそり数発多く殴っておいたことは、内緒にしておく。
そして翌日になり、妨害者のいないダンジョンを攻略をした。
その時、魔物の肉がいくつか手に入ったので、レイジはその肉を報酬として取得し、意気揚々とあの店へ向かった。