第92話 葉山ダンジョンコラボ⑬ 悠里と秋次
〜現在〜
「てな事があったんですよ。高校の時、武内くんと」
「ハァ・・・そんな恋愛マンガみたいな事やってんのに、なんで木の下さんの事、気が付かなかったの? アキ。そこはキチンと気が付くべきだよ!」
「いやだって、高校の時の篠原さんって、セミロングのメガネだったし、苗字が違うでしょ。気が付かないよ・・」
「名前でピンと来なさい! アキくん!」
「はい・・・」
「でも、神鳥くんはすぐに気が付いたよ」
「・・・流石、内も外もイケメンの神鳥・・って、どこで会ったの?」
「去年。ダンジョンでDウルフの群れに襲われてた時に、助けてくれたの」
「そうだったの!? 神鳥も言ってくれれば良かったのに」
「まあ、私が言わないでって言ったからね。その時は武内くん、彼女いたみたいだし」
「なるほど」
「木の下さん、ちょっとあっちで話をしよ」
「う、うん」
うー、全然気が付かなかったよ。木の下さんが篠原さんだったなんて。見た目も苗字も違ってるんだもん。気が付かないって。まあ、確かに悠里って漢字は、そう多くはないから気が付けって言われれば、反論できないんだけど。
それにしても、随分変わったよな篠原さん、いや、今は木の下さんか。髪もショートカットだし、メガネもコンタクトに変えたみたいだし。苗字が違うのは、なんでかは分からないけど。
それに、High−sceneのCH内の人気も、工藤さんと同じくらいみたいだし、俺より随分先に行っちゃったな。
今も忘れられない。最後のツナメー。「さよなら」と書かれたあの一文。なんか、凄く悲しそうな一文だった。
でも、今日、再開して木の下さんが元気そうで良かったよ。
「なるほどねぇ。悠里ちゃんが是が非でもコラボしたいって言う訳だわ」
「高校の時の想い人だもんねぇ」
「あー、それじゃあ、今日トシがいなかったのは、残念でしたね」
「・・・・・アキさん・・それ本気で言ってないよね?」
「え? 木の下さんって、トシの事が好きだったんですよ?」
《まおー、鈍感にも程があるぞ》
《見守り隊って、ファンクラブなんだぞ》
《その意味を考えろ》
うーん・・・・ファンクラブ・・え? まさか・・もしかして・・
「想い人って、俺?」
《そうだよ!》
《俺でも分かったぞ!》
ええええーーー!?
〜side−木の下〜
ずっと、武内くんの事が好きだった。神鳥くんにフラれても引き摺らずに清々しかったのも、武内くんの存在があったからだ。
その後、私みたいに恋愛相談をして武内くんにやられた人が結構いて、その人達とファンクラブを結成した。母性本能をくすぐられると言う事で、『見守り隊』と名付けた。言い得て妙だと思う。これは武内くんを陰に日向に見守る会だった。武内くんが振られた時はみんなで慰めてたっけ。懐かしいな。
その後、私は家庭の事情で宮城に引っ越す事になった。この時は、もう会えないと思ったら凄く悲しくなって、見送りに来た武内くんに抱き着いてしまった。武内くんは困惑してたけど、私は悲しくてどうしようもなかった。けど、仕方がない。ツナメーで連絡できるから、まだ良しとしよう。
宮城に引っ越した後、直ぐに両親が離婚して、私は母親の姓を名乗る事になった。引越しの理由も実は離婚が原因だ。
二年になった時に、一つ上の先輩に告白されて付き合う事になった。でも、それが原因で武内くんとツナメーが出来なくなってしまった。理由は、他の男の人とのやり取りを禁止されたからだ。あの時、「さよなら」の一文を送った後は、なぜだか涙が止まらなかった。今思えば、やっぱりまだ好きだったんだと思う。
武内くんを忘れようと思って、付き合ってはいるものの、事あるごとに今の彼と比べてしまう自分がいた。
結局、その人とは夏休みの終わり頃に別れた。比べる自分が嫌になったのと、向こうから別れを切り出したのがきっかけだった。
「武内くんに会いたいな・・・」
そう思っても、往復の電車代が結構高い。いや、親に言えば出して貰えたとは思う。でもなぜか会いに行く勇気がなかった。それに、『見守り隊』はまだ健在していて、そのメンバーと常日頃ツナメーをやっていたから、武内くんの様子は聞こえていた。なので、近くにいる感じがするので、会いに行かなかったと言うのもある。相変わらず、恋愛相談の様なことをやっているらしい。そして隊員も徐々に増えていってるそうだ。
「ホント、面倒見がいいよね。変わらないなぁ。」
なぜか微笑ましく思った。結局、それ以降は高校を卒業するまで、彼氏は作らなかった。
高校を卒業して大学に進学した。最初は、武内くんと同じ東京に行こうと思った。けど、なぜか分からないけど、山形に進学した。やっぱり、生まれ育ったところが好きだったんだと思う。
その頃見つけた配信が『DSL(ディサイプル ストーリー ラバーズ)』だ。『弟子物語 〜Disciple Story〜』と言うアニメのコスプレ動画配信のCHだった。小説が原作のアニメで、私も原作ファンだったので、なんと無しに見てみたら、すごく面白くてファンになった。しかも、拠点は山形らしい。
元々、自動車免許と一緒に探索免許を取ろうと思ってたから、頑張ればこの人達と活動出来るかも。そんな事を思いながら、とりあえず大学内にある探索者サークル、通称『ギルド』に入った。そこで剣術の練習や探索者の情報を集めていた。
夏休みに入り、私は山形の蔵王にあるダンジョン学校に入校した。武内くんが帰って来てるって聞いたから、あわよくば会えるかと思ったが、違うところに入校したらしい。残念。
無事、卒業して免許を取得し、友人と一緒にダンジョンに潜って腕を磨いていた。その間に同じギルド内で彼氏が出来た。すごく優しい人で、ちょっと武内くんに雰囲気が似ていた。そして、私は初めてをこの人に捧げていた。でも、何故か感動も何も無かった。「こんなものか・・」が正直な感想だった。
ある日、彼と一緒にダンジョンに潜った時、イレギュラーに遭遇した。私は、応戦しつつ退路を確保しようと思い武器を構えた。と、その時だった。
「うわあぁぁぁ・・・!!」
「ちょっ・・! ナオ!!・・・くっ・・!」
あろう事か、彼は私を置いて一人で逃げた。何があっても必ず守る、と言っていたのに。
Dウルフ六体は、私には荷が重すぎる。ここで死ぬのか。そう思った時だった。黒装束の人がDウルフの群れを撃退してくれた。
「大丈夫か!!・・・あれ? 篠原さん?」
「へ?・・神鳥くん?」
私を助けてくれたのは、偶然にも神鳥くんだった。修行しにこのダンジョンにソロで潜っていたらしい。すごいね、と言ったら、シュウに負けたくないからな、って、意外な返事が返って来た。
言っちゃ悪いけど、武内くんって、運動神経、そこまで良くはなかったはずだけど。まあ、それが可愛かったんだけど。
でも、神鳥くんが言うには、才能が開花したらしく、幼体とは言え、銀狼をも倒して仲間したと言っていた。
何それ!? 高校の時と比べると全然想像つかないんだけど。カッコ良くなってるのかな、なんて思ってたら、すでに彼女が出来てるとの事。結構ショックだった。やっぱり早めに会いに行けば良かったかな。でも今更か・・。
その日は、神鳥くんと別れて。ダンジョンから出た。すると入り口あたりに彼がいて声をかけて来た。
「無事だったか。良かった。心配したんだぞ」
「・・・なんで一人で逃げたの? いや、あの状況じゃ仕方ないにしても、助けを呼んで来てくれても良かったじゃない! 助けも呼ばないで、何やってたの!」
「無事だったから、それで良いだろ。そんなに怒るなよ」
「・・・もういい。別れる・・・」
開いた口が塞がらなかった。無事ならそれでいい。それは助けを呼んだり、一緒に逃げたりした場合に通用する言葉だ。自分だけ逃げて、無事ならそれで良いだろ、は自分勝手じゃないのか。神鳥くんが助けてくれたから良かったものの、下手したら、私は死んでたんだぞ。
もう、この人とは一緒にいられない。私はその場で別れを切り出した。向こうが何か言っていたが、聞こえないふりをしてその場を去った。
その後は、友達と潜ったり、ソロで潜ったりしていた。そして、二年に進級した五月。DSLのチャンネルでメンバー募集をしていた。どうやら、セージュ役の人が転勤で遠くに行ってしまうらしい。コレはチャンスと思い、応募したら、受かった。
受かったのは嬉しいんだけど、パーティ内でのウージー役の本荘さんがやたら絡んでくる。私に気があるのは分かってはいた。でも、周りの男性を威嚇したり悪態をつくのはやめて欲しい。私まで白い目で見られる。私、何も関係ないのに。そして、私は徐々に孤立していった。
そんな本荘さんに対し、恨みこそすれ、好きになる事なんて有り得ないので、私は無視をしていた。工藤さん達も、「嫌になったら、いつでも辞めて良いからね」と言ってくれた。工藤さん達は良い人だ。こんな状況になって、私の心配をしてくれている。みんなをがっかりさせたくないので、辞めないでいたのだ。
そんなある日、元見守り隊の友人からツナメーが来た。武内くんが配信を始めたらしいのだ。送られて来たアドレスを開くと「Hobby Active TV」というCHが開いた。
「趣味を積極的に、か。ふふふ、どんなCHなんだろう。のんびり楽しくやってるのかな」
そう思い動画を開くと、のんびりは最初だけで、後はイレギュラーに次ぐイレギュラーだ。何度も死にそうになってるし、挙句、企業と敵対していた。でも、仲間や彼女達と助け合って、なんとか探索してる様だった。極め付けは、彼女の為に、人を殺してると言う。覚悟が凄い。今まで見て来た人でここまで覚悟をしてる人は見た事がない。また私は好きになってしまった。でも、武内くんには彼女がいる。私が入る余地は・・彼女が二人いる!? しかも、妖怪とも付き合ってる!? なんか、異次元の人になった気がした。高校の時から変わりすぎだよ。でも、やっぱり魅力的で優しい人なのは、高校の時から変わってなかった。そう思ったら思わず泣いてしまった。
夏休みに、山形に帰ってくると聞いて、工藤さんにコラボ要請を出した。工藤さんも了承してくれて、武内くんに連絡をしたら、OKの返事が来たとの事だった。
苗字も変わったし、髪も切ってコンタクトにしてるから、武内くん、気がつくかな。神鳥くんは気付いたけど、武内くんは、気が付かなさそうだなー。まあ、それはそれで面白いけど。
そして、コラボ当日。相変わらず、本荘さんは絡んでいたが、武内くんはスルーしていた。そして、コラボが始まって、私は愕然とした。みんながみんな実力が凄過ぎる。私なんか、足元にも及ばない位だった。
そして、鬼との戦闘の時は、武内くんが、自分達が引き付けておくから逃げろ、と言っていた。本荘さんだけが逃げて、私達は戦闘を見守っていた。見守っていたと言うより、あの戦闘の中に入れないと言った方が正しい。鬼と互角に戦えるなんて、凄過ぎる。
そして、この戦闘で武内くんの正体を知ってしまった。まさか、神様の生まれ変わりだなんて。アキ様が消えた後はいつもの武内くんに戻っていたけど。武内くんはやっぱり規格外だった。
武内くんと居ると、やっぱり楽しい。時間が過ぎるのが早い。もっと一緒に居たいけど、私は彼女でも、パーティメンバーでもない。ただのコラボ相手だ。でも、そんな私達に、魔獣をくれたりした。多分、護衛の役割も担ってると思う。
その後はイレギュラーの羆を、りんさんがソロで討伐したり、戦わずにボスを屈服させていたりと、常識外のことが起きていた。でも、武内くん達にはいつもの事だったらしく、冷静に対応していた。
ダンジョンを攻略しても、武内くんは、まだ私の事に気が付いてない。それどころか、俺の事知ってるの? とか聞いて来た。
全然覚えてないのか、と言う呆れと、まあ会ってなかったしな、と言う納得が入り混じった感情になったので、こうなったら意地でも思い出してもらおうと言う事で、ヒントを出しながら、話していった。
が、気が付いたのは、私が見守り隊だった事だけ。私自身の事は気が付いていなかった。
仕方ないので、高校時代を話して、やっと私に気が付いた。武内くんはびっくりしてたな。ふふふ、私はずっとドキドキしてたけどね。
それにしても、りんさんと智子さんの話ってなんだろう? 横恋慕するな、とか、泥棒猫、とか言われるのかな・・なんか緊張する・・。
〜 〜 〜 〜 〜
木の下さんが、りん達との話が終わって俺の所に来た。一先ず、謝らないとな。気が付かなくてごめんって。
「木の下さん。篠原さんだったって気が付かなくてごめん」
「私の事忘れてるかと思ったよ。全然気が付かないんだもん」
「忘れてないよ。忘れるわけが無い。今でもあの頃の事は覚えてるし、特に最後となったあの『さよなら』の一文。あんな悲しそうな一文、忘れられるはずがない。あの後、ショックで一ヶ月引き摺ったんだから」
「私もね、あの『さよなら』だけは忘れられないんだ。彼氏が出来ても、忘れられなかった。思い出すと今でも泣けてくる・・・グス」
俺は、思わず抱き寄せた。本当はあの別れの時、木の下さんが抱き付いた時に、抱き返したかった。けど、照れや恥ずかしさで出来なかった。その時の想いも合わせて今の木の下さんを抱きしめた。
「本当は、あの時こうしたかった。でも、照れくさいのと恥ずかしいのとで、出来なかった。はは、篠原さんには勇気を出してなんて言っておいて、自分は抱きしめる勇気がなかった」
「あの時は、そんな見返りなんて気にしてなかった。私がしたかったから抱き締めただけ。それに、武内くんには、いっぱい勇気や元気をもらったよ」
「ありがとう、篠原さん。いや木の下さんか」
「お願い。名前で呼んで・・・」
「うん。ありがとう、悠里」
「ふふ。どういたしまして、秋次」
しばらくお互い抱きしめあった。会えなかった三年半の時間を取り戻すかの様に。そしてその間、出会ってから別れるまでの思い出が頭の中に甦って来た。今思い出しても、俺の大切な思い出だ。青春の一ページと言っても良い。色褪せることのない、大切な思い出。別れても決して忘れる事の無かった人。あの時、自分でも気が付かなかったけど、俺は悠里の事が好きだった。失って初めて気が付き、二度と会えないと思ったら、涙が止まらなかった。今では立ち直ったけど、あの時を思い出すと、今でも、胸がチクリとする。
でも、その悠里が目の前にいる。二度と会えないと思った悠里を抱きしめている。俺は自然と涙を流していた。
「もう、二度と会えないと思ってた・・・。でも、また俺の前に現れてくれて、ありがとう。おかえり、悠里」
「うん・・・ただいま、秋次」
「はい! そこまでー!」
《りんちゃん、嫉妬か?》
《せっかく良いところだったのに》
《そうそう。俺なんかもう、号泣してたんだぞ》
「違うよ。これも三人で話していた事なんだよ」
「そうだよー。わたし達はね、木の下さんなら良いかなって話してたんだよ」
「そうそう。このコラボで木の下さんの為人を知ったからね。それに、高校時代の話を聞いたら、なんか応援したくなっちゃったのよねー」
「でもねー、アキくんが受け入れれば、って条件だったの」
「その条件を見事克服したってわけなのだ。分かったかな、現見守り隊のみんな」
《て事は、木の下さんはまおーの嫁になるの?》
《まあ、木の下さんなら仕方ないか。あんな話を聞かされちゃ、応援したくなるよね》
《俺らの先輩だからな、全力で応援するよ!》
「りんさん、智子さん、視聴者の皆さん・・ありがとうございます!・・グス・・」
なんか、三人の中で話が出来上がっていたみたいだ。でも、それでも良い。三年前に、一度手放してしまった悠里が、また戻って来てくれた。俺は悠里を抱きしめながら、
「今度こそは、もう二度と手放さない・・・」
俺は、そう心に誓った。




