第37話 九十九里ダンジョン ⑦ 狐の訳アリ
「な、何泣きながら懇願してくるんですか! しかも縋り付いてまでして。説明してくれなきゃ意味わからないっすよ」
[・・・・・・・(こくん)]
俺の腕に縋り付きながら無言で頷き、説明を始めた。この狐は、思った通り地狐だった。地狐なのに何故尻尾が九つ有るかと言えば、付け尻尾らしい。本物の尻尾は三つだそうだ。と言う事は、地狐でもかなり上の方だろう。そして、何故契約をしたかったかと言えば、修行のためだそうだ。
もう直ぐ五百歳になるので、晴れて気狐になれる。そこで、また人間と契約して修行をやるんだそうだ。『また』というのは、実は以前にも地狐になる直前に同じ事をやったらしい。ただ、その時はまだ百歳前だったので人の姿になる事はできず、仙狐のままでの契約だった。
仙狐とは、仙術が使える様になった狐である。野狐の時から五十年以上に渡って、洞窟で書物を読んだり、老狐から仙術の教えを受けたり等の修行をして、泰山娘娘の試験を受けて合格して初めて仙狐になれるのだ。その後も修行を積み、百歳を越えれば地狐となる。ちなみに、人化は地狐にならないと使えない。
その時に契約した人間が最悪だった。仲間として見るどころか都合のいい道具としか思っておらず、何度か殺されそうになった。なので契約解除して、別の人間と契約した。先の人間よりはマシだった様で、普段は仲間として接してくれた。
しかし、この人間もいざという時の盾や囮位にしか考えてなかった様で、自分の生命の危機の際には、狐を盾にして逃げて行った。その事を問い詰めると、『物怪なのだから、死んででも自分を守れ』などと言われこの人間を信用できなくなった。なのでまた契約解除をし、それからは一人で修行をしていたらしい。
しかし、契約解除って一方的に出来るんだな。お互いの同意がないと出来ないと思ってた。狐曰く『今で言うところの、事実婚みたいなものよ』だった。互いの同意で一緒に住んで、一方的に出て行ける。なるほど、分かりやすいな。
[一人での修行も気楽で良かったんだけどね、やっぱり一人だと周りの狐と差が出てくるのよ。そうなると私、落ちこぼれ扱いになっちゃうの。だからと言って罰がある訳じゃ無いからいいんだけど、でも悔しいじゃない。やっぱり人間と契約しなきゃなっては思うんだけど、以前の契約者の事が頭に浮かんで来るのよ。契約した人間がまた最悪な奴だったらどうしようって。そんな時あなたの独特な魔力を感じて、確認に来たって訳なの]
なるほど、そういう理由だったのか。俺も落ちこぼれの部類だったから気持ちは分かる。
高校生の時は成績も下から数えた方が早かったし、運動だって良い方じゃない。かと言って、それでいじめに遭ってたという訳では無い。周りのみんなは優しかったし、神鳥の様な親友もいる。でもやはり劣等感があったのも事実だ。探索者になったのも半分は劣等感の解消というのがあった。誰かを見返す訳じゃなく、俺だってやれば人並みに出来る、と自分に言い聞かせる為だった。今でも人並みに出来ているかどうかは分からない。
《そういう事だったんだ》
《お狐様も苦労してるんだね》
《理由は分かったけど、泣くほどの事なのかな》
[だって、考えてもみてよ。この人って契約した魔獣を盾にも囮にもしないで、仲間同様に接してるのよ。どっちにしろ命を賭けるなら、道具として見られるより、仲間や家族として見られたい。この人は、使役してる魔獣を、家族として見てる。こんな人は滅多に居ないし、居たとしても、いつ出逢えるか分からないでしょ。だから断られた時、思わず泣いちゃったのよ]
《あー、確かに主って、ユキちゃんが銀狼の姿の頃から家族の様に可愛がってたもんな。それって魔獣からしたら、やっぱり嬉しいんだな》
「うん、そうだね。普通の人は魔獣の姿だったら、道具扱いだもん。でもお兄ちゃんは、魔獣の姿でも可愛がってくれたから、すごく嬉しかった」
「うん・・・・分かった。契約する」
事情を聞いた今なら、悩む必要はないな。気持ちは分かるし、逆の立場だったら、同じ事をしたと思う。だったら助けるべきだろう。あとは三人とも仲良くしてくれれば良いか。
[本当に? 本当に契約してくれるの? 嬉しい。ありがとう! 私、一生懸命頑張るね、アキ様!]
「みんなと仲良くしてくれれば、別にそこまで頑張らなくても良いよ」
[なんて優しい・・]
《出たよ。主の必殺技、魔獣タラシ》
「・・・魔獣タラシ・・・」
《ところで主〜、何で急に契約する気になったの?》
「うん、まあ、俺も落ちこぼれの部類だったから、気持ち分かるし。助けなきゃなーって思ってね」
[は? 真眼持ちの、どこが落ちこぼれなの?]
「シュウ、お前、どの口が言ってんだ。こんなに凄い魔獣を三体も使役してる奴が、落ちこぼれなわけがないだろう」
二人に睨まれてしまった。え? 俺って周りより全然だったよ? 成績も下だったし、運動もそこまで良い訳じゃなかったし、全然モテないし。魔獣を使役出来たのだって、偶然でしょ。それと真眼って何? そんなの聞いた事ないんだけど?
狐によると、真眼とは読んで字の如く、真実を見る眼だそうだ。最初は魔力から始まり、属性が見える様になって、心や考えてる事など、色々なものが見えてくる。見たくない時は見えない様にも出来るらしい。俺って、もしかしてチートなの?
[別にチートじゃ無いよ。ただ見えるだけだからね。それを生かすも殺すも自分次第だし]
「なんでみんな、俺の考えてる事が分かるんだ」
《だから、主は顔に出やすいんだって》
「・・・・と、兎に角、契約してしまおう」
[あ、もう契約は終わったよ。お互いが了承すれば良いだけだから]
「あー、そうなのね」
《ホント主って、隷属契約って言うより、魔獣を口説き落としてるって感じだよね》
《それが魔獣タラシたる所以って奴よ》
「なんか、散々な言われ様だな」
まあ、みんなからの評価は取り敢えず置いといて、言われてみれば、確かにこの狐と繋がってる感じがする。魂レベルで魔力が繋がってる感じだ。この感じは、ユキとセイカにも感じるので、契約してるのは間違いないんだろう。ユキとセイカもそうだが、この狐の魂も温かい。この温かさは気持ちが落ち着く温かさだ。大事にしなきゃなと思う。
[アキ様の魂って温かいね。こんな温かい魂に触れたの、生まれて初めてよ]
「あー、分かるなー。私も兄さんと繋がった時同じ様に思ったな」
「私も思った。お兄ちゃんの魂って温かくて気持ち良いって」
「私もアキと魂でも繋がりたいな・・・」
みんなも俺と同じ様に思っていた様だ。ところでりん、君は一体何を言ってるのかな?
[じゃあ、人化の法を使うから、ちょっと待ってね]
「ちょっと待って! いきなり全裸になるんじゃ無いだろうな。もう着る服ないぞ」
[大丈夫よ。服も構成するから]
そう言うと狐の身体が光って、徐々に人の姿になっていく。光が収まりそこに現れたのは、狐顔の可愛らしい女子中学生くらいの女の子だった。そして服は、なぜか和服だった。可愛いのは可愛いけど、動き難くないのかな。そういえば、聞く事があったんだ。
「そういえば、名前あるの?」
「私、名前はないの。だから兄ちゃんが付けて」
「こっちは兄ちゃん呼びかよ。まあ良いか。んで名前かぁ・・・。うーん・・」
《なんか、小中高大、全部揃ったねー》
《下から、ユキちゃん、お狐様、セイカちゃん、りんちゃん、ね》
《三姉妹ならぬ四姉妹か。なんか良い》
「私が長女なの? 良いのかな」
《主ー、名前決まったかー》
悩む。いつもの事だが、悩む。名前かぁ、何が良いかな。やっぱりウチの家族になるんだから、季節に関係する名前が良いよなぁ。見た目がユキとセイカの間だから、秋に関係する名前が良いか。となると、楓とか、紅葉とか・・・うーん・・紫苑・・。
「ちなみに私の名前の『りん』って、秋の花のりんどうから来てるんだ」
「え!? そうなの!?」
《秋に因んだ名前を付けようとしてたな》
《でもりんちゃんが秋だったから、ダメになったと》
《相変わらず、分かりやすいな》
「んー・・・・よし、トウカにしよう。漢字で『桃花』どうだ?」
「桃の花か。桃の節句、女の子の節句だね。良いんじゃないかな」
「うん、いい名前。ありがとう、兄ちゃん」
「見なくても分かるけど、一応、実力を見せてもらえるかな?」
「おっけー、兄ちゃん」
俺と契約できたのがよほど嬉しかったのか、嬉々として飛び出して行った。直後、第五エリアに響く魔獣の悲鳴。まあ、そうだろうなー。トウカはユキですら勝てない三尾の狐だ。第五エリア程度の魔獣じゃ運動にすらならないだろうな。ちなみにトウカは狐火を放ちまくって、魔獣を炭にして行った。
《やっぱりトウカちゃんも強いな》
《この四姉妹、みんな強くて美少女だもんな。まさに可愛いは正義》
《でも、配信を見てる人は意外と少ないんだよね》
《まあ、ダンジョン配信が一番人気ってわけじゃないからな。数ある人気コンテンツの一つに過ぎない訳だし》
《でも、少ないからこそ、俺たちも会話のキャッチボールが出来る》
《それは言えるなー。なんか友達と会話してる感じだしな》
《でも、この四姉妹が認知されてないのは、ちょっと残念な気もするかな》
《あー、俺もちょっと思う。けど無理に広めなくても良いかなとも思う》
《確かに。主はどう思う?》
「んー、俺も無理に広めなくても良いかなと。無理に広めて、変な奴が来ても嫌だし。広まる時は勝手に広まるだろうし」
そんな話をしながら進んで行き、第六エリアの前に着いた。そして第五エリアでも、人間の出番はなかった。このダンジョン、碌に戦闘してないんだけど、なんか、いいのかな。
次こそは、人間の出番があります様に。




